列車旅行

列車旅行
片野 晃司


君が旅行したい というので僕はリゾートのカタログ山ほど君の前
に積んだけれど君は 電車がいいの というので僕らは狭いカプセ
ルを出たのだった

ステーションのゲートでホログラフィのカードをぴらぴらさせれば
すぐ乗車 電子音の警告 ドアが車体に密着し 室内が加圧され 
鼓膜が奥に押しやられる 窓の外は闇と光と空 闇と光と空 かす
かに金属音を漏らしながら力強く加速していく 前方のスクリーン
には信じられないスピードが次々に書き換えられて 窓の外にはも
はや残像も残らない 軌道は上昇し 僕たちはこれからの旅につい
て話し合った 山のこと 土のこと 肌を刺す虫のこと 葉の裏に
いる“ひる”のこと そんなことを話し合った 窓の外は真っ暗で
僕の向こうに君の顔が映って、

 それから僕は君に話しだす、

  庭に落ちた雷のこと、
  岩の隙間に落ちて足を折ったこと、
  港に沈んだ漁船のこと、

 それから黙る、

時折窓の外を踏切の音が高く低く聞こえては消えて 窓を開けると
駅に停まって駅弁を買って黙って食べた 列車は走ったり停まった
りして、

 それから君は話し出す、

  小さな時の怪我のこと、
  公園で見た恐い風景、
  西武百貨店の大きなネオンサインのこと、

 それから黙る、

小さな町をいくつか 無人駅をいくつか

駅弁の包みを踏むと列車の床と皮靴の間で潰れてぷしゅうと情けな
い音をたて それを聞いて笑った君の顔の向こうを見ると軌道は下
降して山並みが見え 杉の先すれすれを駆け抜け 峠を越え街道を
横切り 砂利道になり お寺の境内を抜けてあぜ道を走り あぜ道
を踏み外し 僕たちは泥んこになって駆け回った

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