CSPP 回路について




 まずはCSPP回路との比較説明の為に、通常のPP(DEPP)についても簡単に説明したいと思い

ます。下の図1はよく見るPP回路で、これについての説明は無用と思いますが、一つだけ触れますと、

入力信号も各電源もアース基準で供給されています。そこで、これを簡略化して左右対称に描くと図2の

ようになります。ただ入力の接続を忠実に描くと赤で描いたようになるのですが、電源は交流的に短絡と

見なせるので、結果的に黒で描いた回路のようになります。


 このDEPPの問題点は、各々の出力ループがP1−B、B−P2と別々の負荷を通るのですが、出力

信号を合成する為に、この負荷が直列に接続されるので出力インピーダンスが高くなるのです。DEPP

アンプでは必然的にOPTを負荷とするのですが、実際にOPTを製作する時にこれが大変不都合なのは

インピーダンスが高くなればなる程、巻線が細くなるので(高インピーダンスに見合うインダクタンスを

得る為には細い線を沢山巻かなければならない)整列巻きが困難になって良い特性が得難くいのです。

 それでも真空管式PPアンプでDEPPが主流なのは、全ての電源がアース基準なので一つの電源で賄

えるという事があり、かつて交流を整流する素子が整流管しかなかった時代から引き継がれているのと、

信号入力もやはりアース基準で済むのが、何と言っても大きな要因ではないかと思います。

 しかし、さらに高性能を目指そうとすると上記のようなOPTの問題が立ちはだかるので、これを解決

しようとして考案されたのがCSPPなのです。CSPPの大まかな回路は下の図3のようなもので、左

右の増幅素子を180度反転させて接続する事で、一つの負荷で双方の負荷を共有出来るようにしたもの

です。その結果として負荷インピーダンスがDEPPの1/4で済むので、高性能なOPTが作りやすく

なるのです。なお五極管を使った場合は図4のようになり、基本形は何ら変わりません。




 そこで試作器を組んでみて、この回路が実際にプッシュプルアンプとして動作するのか実証してみよう

と思います。ただ、このままの回路で動作させようとすると、B電源だけでも、それぞれは共有出来ませ

んからステレオだと4組用意しなければなりませんし、C電源まで考えたら8つもの電源を用意しなけれ

ばなりません。今は整流ダイオードがあるので複数電源を組むのも簡単になりましたが、それでも8つも

の電源を用意するのは現実的ではありません。

 そこで、もう少し現実的にする為にC電源の要らないカソードバイアスとして、またB電源も両方とも

フローティングにする必要はないので、片方は接地する事とします。これで接地側はドライブ段の電源と

も共有出来るので、ステレオでも3組ですし、モノアンプの試作器程度なら2組の電源を用意すればいい

事となります。

 さらにこの回路図を、普段見慣れた回路図のように左から右へと信号の流れに沿って描くと図6のよう

になります。ずいぶん印象が違って見えますが、図5と図6は全く同じ回路なのです。


 次に問題となるのは入力信号をフローティングとする事です。金田式の半導体アンプのような電流注入

法も考えたのですが、本機の場合は片側の電源がフローティングなので、これも無理のようです。そこで

インプットトランスを使って、完全なフローティング信号を得る事にしました。幸いに、このような用途

にも使えるインプットトランスが (有)ソフトンから発売されていて、ソフトンさんのご厚意で今回の

試作の為に貸し出して頂きました。このトランスの詳細は以下のページをご覧下さい。


ソフトン汎用入力トランス RC−20

(有)ソフトン TEL 045−989−4642   http://www.icl.co.jp/audio/k-mt.htm


 電源トランスは野口の50W型絶縁トランスで、これも好都合にも二次側の巻線が2組巻かれているの

で、その一方をフローティング電源としました。ヒーター巻線は並四トランスで、B巻線は前段部用にと

考えていたのですが、今回は出力段の一方の電源と共用させたのでヒータートランスでも可です。

 出力管は、250Vで10W程度を考えていたのでお馴染みの6BQ5として、ドライバーには、なる

べくrpの低い電圧増幅管という事で、6DJ8(6922)としました。

 という事で、試作器の回路としては以下のようになりました。




 もう一つ問題となるOPTは、東栄のOPT−10Pを改造して使う事としました。これは中を開いて

8Kだった1次巻線の接続を変えて、2KのOPTとして使いましたが、改造法は別章をご覧下さい。

 なお、このような改造は失敗や危険を伴いますので、もしも参考とする場合には自己責任の上で行って

下さい。たとえ改造の失敗や事故が起きても、トランスメーカーも私もいっさいの責任は負いませんので

念のため申し添えるものです。

 さて、実際に動作させてみて手を焼いたのが発振対策で、高gmの6DJ8をパラにしたのでは当然の

成り行きでしたが、負荷にCを入れて強引に止めてしまいました。これでやれやれと思ったら出力段でも

90k付近の超高域で発振していて、これはフローティング電源側で信号の飛び付きを起こしているよう

でしたが、マイナス側を小容量のCで接地する事で止める事が出来ました。これでどうして発振が止まる

のかは、図8を見ると分かるように双方のマイナス側を接地すると、出力ループが負荷を素通りしてしま

うからです。実際は小容量のCで接地しているので、高域では負荷が短絡されてしまうのです。



 という事で少々手を焼きましたが肝心のCSPPの動作としては、テスト信号を入れて波形を観測した

ところ、以下の正弦波形のように何ら問題なくPP動作をしている事が確認出来ました。さらにはクロス

オーバー付近の段差もなく、AB級動作という事もありますが上下信号の合成がきわめてスムーズに出来

ているようです。

 ただ出力を上げていくと約8Wでクリップしていて、さらに10Wになると、さすがにクロスオーバー

歪みが目立ってきますが、その段差の繋がりはDEPPの場合と差異はないようです。




 なお参考までに今回の試作器はご覧のような物です。いちいちシャーシをひっくり返さなくても良いよ

うに裏返しにして使い、真空管は後方側面に取り付けています。これはARITOさんのバラックセット

のパクリで、電源トランス類も木板上に取り付けるつもりでしたが、今回はシャーシ内に納まりました。

しかしインプットトランスだけは大きくて納まらないので、木板上に据え付けています。小さな発見だっ

たのですが、日本酒の紙パックがインプットトランス RC−20のカバーにピッタリで、これを木板に

接着し、その中にRC−20を入れています。

 このインプットトランスは、小型出力管で大型三極管をドライブするように設計されているので、6D

J8でのドライブでは力不足だったようです。せっかくのCSPPなので、前段も差動のPPドライブに

しようと思ったのですが、高域特性との兼ね合いで、1次巻線を直列として6DJ8はパラにしてのシン

グルドライブとなりました。本機でも前段に小型出力管を使えば良かったのですが、今回の試作の目的は

出力段のCSPP動作を検証する事ですから、ここは簡便に電圧増幅管を使う事で可としました。






 SEPPの場合は


 CSPPとよく似た回路にSEPPがありますが、電源をフローティングにしなくても済むように図9

のように接地側に移動させたもので、CSPPとは片側の電源の位置が違うだけの、双子の兄弟のような

回路です。通常は図10のように描かれていますが、図11のように単一電源でも構成出来たのでOTL

アンプ等でこちらの方が一般的でした。



 それでは、出力段をSEPPに組み直して同様に動作するか検証してみようと思います。ただし後ほど

説明するように五極管接続では回路的に難しくなるので三結としています。さらに三結でも出力が取れる

ように出力管を6CW5に変更しました。

 先のCSPPとは動作条件を変更した上に出力管まで変更したので、あまり比較対象にはならないかも

知れませんが、回路としては以下のようなものです。差動電源のSEPPとしてよく見る回路だと思いま

すが、それらと大きく違うのは打ち消し回路がない事で、入力信号をフローティングにして与えている為

に、打ち消しが無くても上下の出力回路は全く同じ様に動作するのです。



 最大出力としては8W程度を予想していたのですが、6CW5にしては負荷が2kと高かった為に5W

でクリップしてしまいました。しかし3W時の上下の波形はよく揃っていて、またクリップ時の波形もほ

ぼ同時に切れています。



 さて、先に五極管でのSEPPは回路が難しくなると言ったのは、電源が増えて煩雑になるからです。

図13に示すように下側のSGは単にアースに落とせば良いのですが、上側のSGは専用の電源をフロー

ティングで与えなければならないのです。五極管でのSEPPアンプとしてはフッターマンアンプやテク

ニクス20Aがありますが、どちらもフローティングのSG電源を用意しています。もっとも、これらの

アンプはSG電圧をプレート電圧より高くして、出力インピーダンスを下げるようにしているので、本来

接地するだけで済む下側のSGも専用電源で供給しています。

 SG電圧が多少低くても良い場合は、図14のようにCRで簡易的にSG電源を供給する方法もありま

す。下側は接地するだけでも良いのですが、こちらは低耐圧のCでいいので上下の特性を揃える為にCR

で供給するようにしています。


 当初は、本機もこの簡易法で五極管接続にしようと思ったのですが、6BQ5のようにプレート電圧と

SG電圧がほぼ同じ電圧で動作する出力管では、抵抗によりSG電圧が下がると出力も大きく低下してし

まうのです。それならばとSG抵抗を2.2kに下げたところ、せっかくの出力がこの抵抗を通って逃げ

てしまって、やはり出力が上がらないのです。負荷抵抗が2kですから、半分近くは逃げている計算にな

ります。

 という事で、この簡易法が使えるのはOTLなどのように負荷抵抗が十分低くて、かつ水平偏向出力管

など通常からSG電圧を下げて使う出力管に限られるようです。ただ本機ではSEPPの動作を検証する

のが目的ですから、これらの問題は棚上げにして三極管接続にしてしまいました。


 雑 感

 今回のCSPP回路の試作では、動作の確認は出来たのですが、実際に実用機を組むとなると入力信号

をフローティングにする事の難しさを実感しました。せっかく出力トランスの特性を上げようとしている

のに入力トランスを使ったのでは、その努力も帳消しになってしまうからです。

 その様な理由もあって、現在CSPPの主流となっているのはマッキントッシュタイプのCSPP回路

で、上下に負荷を分ける事により接地基準の入力信号でも動作するようにしたものです。