「劇作ノート」は、劇を作るための設計図のようなものと説明しましたが、その意味が少しは理解してもらえたでしょうか。
家を建てるときに、家具の置き場所をかんがえたり、人の出入りや窓を考えたりしながら間取りを決めると思うのですが、完成してから変更するというのは大変なことです。いろいろ考えたり参考意見を聴いたり、他の家を見学したりしながら、自分にとって本当に住みやすいものをと検討したつもりでも、実際に住んでみると、気がつかなかったところが出てくるものです。
脚本の場合でも、同じことが言えます。いざ書き上げてみると、良くても悪くても自分の作り上げた世界というものに愛着が湧いてきて、なかなか修正がきないものです。まして、どこがどのようにまずいのかが見えないと、書き直すのが難しいことになります。
仮に、ある程度の作品のレベルを十とした場合、最初にできた作品のレベルが五以上でないと、舞台に乗せるのが恥かしくて、没にしてしまうことが多いようです。
そのためにも「劇作ノート」を作って、内容を吟味し、レベル五以上のものになるようにイメージを膨らませてください。
さて、「各場面の構想」ですが、ここではひとつひとつの場面について、「目的」をはきっりさせながらその「場面内でのストーリー」を考えます。
ではさっそく、その内容に入りましょう。
場 面 一
(一)登場人物 3名 (3名とも同じクラス)
「佐藤康夫」 高校二年生
「瀬川勇司」 高校二年生
「鈴木昭二」 高校二年生
(二)状況
夏頃から始まったいじめが、次第にエスカレートし、最初の頃は小銭を持ってきた康夫が、一月頃から持ってこなくなり、それ以来、勇司と昭二の暴力行為が激しさを増してきた。
今日も、人目につかない場所に康夫を呼び出した勇司と昭二が康夫が待っている。
二月のある日
(三)目的
この場面で観客にしっかり知っておいてほしいことを確認する。
・3名の名前
・勇司がいじめの中心で、昭二はその手下
・康夫は以前は小銭を持ってきたが、最近はもってきていない
・いじめの程度は、からかいと暴力
・康夫は、いじめにじっと耐えている様子
゛意思の堅い康夫
(四)ストーリー
・幕が上がると、勇司と昭二の二人が康夫を待っている
・なかなか来ない康夫を、ケイタイで催促するよう勇司は昭二に促す
・電源を切っているため連絡がとれない
・イライラして康夫の悪口を言うふたり
・そこへ康夫が登場する
・小銭を要求する昭二
・持っていないと言う康夫
・「以前は持って来たのに、なぜ持ってこない」
・康夫は無言
・暴力を振るうふたり
・耐えている康夫
・勇司と昭二、退場
・舞台に残る康夫にサス
このように、その場面の目的をある程度はっきりさせると、人物が動き出してくれます。また、観客にしっかり伝えておくべきことも確認しておくと、後で訂正するときの参考になります。
この「場面一」では、この時点では「いつ、どこで」ということはあまり重要ではありません。「いじめの中身」に焦点を絞って、「だれがだれを」そして「どのように」いじめているかということをしっかり印象づけておくことが大事です。
観客には、いつ、なにを、どのように提示し、興味や関心を持たせながら舞台の世界に引き込み、どの場面でなにを知らせるのが効果的かを考えます。
例えば「康夫がいじめられるようになったキッカケ」について考えると、次のようなことがポイントになります。
・それを観客に知らせるかどうか
・どの程度に知らせるか
・だれの口から知らせるか
・どの場面で知らせるか
開幕直後にいじめの場面を見た観客の心理としては、「なぜ、どうして、いつから」ということが胸の中に起こります。それを六十分の中で効果的に知らせることで、観客は舞台についてきてくれるのです。最初から「いじめがはじまった理由」を説明してしまうと、観客の興味の半分がなくなってしまいます。
このような意味では、「場面一」は「問題提起の場面」といえると思います。
場 面 二
続いて、次の場面について考えます。この場面から、本当の意味での康夫と勇司のぶつかり合いが始まるのです。
観客にとてっは、「場面一」での二人の関係とは別な形での出会いになることで、興味をもって舞台の世界へと入ってくれるでしょう。
(一)登場人物 3名
「佐藤康夫」
「瀬川勇司」
「勇司の母親」
(二)状況
・二月も末に近いある日
・勇司の父親の転勤によって引越しすることになった勇司の家の勇司の部屋
・勇司も当然転校することになったが、転校に対する不満やいらだちのため、引越しの準備 にあまり乗り気でない。
・二日後に控えた引越しの準備のためか、部屋は乱雑である。
・手伝いに昭二を呼び出している。(または呼び出す)
・母親は、勇司にある程度手を焼いているが、転校をキツカケに立ち直ることを期待してい る。少々甘いところもある。
・父親の転勤の理由をなににするか?
(三)目的
・三月末であることを観客に知らせる。
・勇司の家族が引越しすることを、母親との会話で観客にある程度伝える。
・勇司は、準備に乗り気でない様子。
・母親との会話でふたりの心理的関係を示す。
・康夫は、あと二回殴ってほしいため、意を決して勇司の家にやってくる。ただし、表面は 「引越しの手伝い」ということにしている。
・ 突然現れた康夫に、勇司は戸惑いながら驚きを隠せない。
・勇司は、勇司の気持ちを計りかね、想像する。
母親にいじめを告げるためか
いやがらせに来たのか
仕返しに来たのか
転校する自分に対する同情か
本当に友達だと思っていたのか など
・母親は康夫とは初対面である。
・「手伝いに来た」という康夫に母親は好意的。
・康夫は、手伝いをしながらなんとか殴られようてする行動をとる。
・勇司は「しかえしをされるのではないか」と誤解をする行動をとる。
次は「ストーリー」に入るわけですが、以前に述べた「脚本創作イーハトーブの会」で、参加した各自にこの「場面二」のストーリーを考えてもらいました。
その中の二名の「ストーリー案」を参考として載せてみます。
ストーリー案
「ストーリー案1」
・勇司が文句を言いながらダンボール箱を組み立てている。
・ケイタイで昭二から手伝いに来るという連絡が入る。
・寝ころがってマンガを読む。
・母親が入ってきて準備をするように話すが、悪態をついてしない。
・玄関のチャイムが鳴り友達が来たという母の声。
・入ってくるように勇司は叫ぶ。
・入口に来たのが昭二と思い、マンガを読みながら話しかけるが、返事がない。
・振り向くと康夫なので勇司は驚く。
・すごんだ調子で、来た理由を康夫に尋ねるが、返事をししない。
・再度尋ねるが、康夫は返事をせずにそばにあったダンベルを持ち上げる。
・勇司しあとずさりすると、康夫は勇司に近づき、そばにあったダンボールにしまう。
・勇司はほっとする。
・康夫はそばにあったバットを取り上げ勇司に近づく。
・驚く勇司。
・康夫は軽く素振りをする。
・昭二が登場し、康夫とパットの取り合いになる。
・康夫は手伝いに来たと言う。
・昭二は驚く。
・康夫はその場に座り、手伝いに来た理由を話し始める。
「ストーリー案2」
・勇司の部屋で衣服や荷物をダンボールにつめている。
・バスケットのユニフォームが出てくる。
・部をやめたことなどを思い出し、捨てることができないでいる。
・母親が登場し、準備の状況を見ながら明日が引越しであることなどをいう。
・バスケットのユニフォームを見て、部を止めさせられたことなどを言う。
・実は、勇司は問題を起こして部をやめさせられたのだった。
・そのとき昭二も一緒に辞めていたが、康夫は続けていた。
・チャイムが鳴り、母が玄関に出て、友達が来たことを告げる。
・康夫が登場し、世話になったから手伝うつもりで来たという。
・餞別でも持ってきたかという勇司に、労働力で手伝うと言う康夫。
・見構える勇司に対して、殴られることを期待する康夫。
・そこへ母親が、果物とナイフ、缶ジュースなどを持って登場する。
・母親退場したあと、ぎこちなく仲良くしているふたり。
場面の作り方
今回は、場面一と二について内容やストーリーを考えたのですが、その内容は「木に例えるなら幹にあたる部分になると思うのですが、「幹」だけでは木の形にならない場合が多いでしょう。
話しの中身をストレートに表現すれば、観客は話しはわかるかもしれませんが、真面目で幅のない堅いものに感じると思うのです。もっと「あそび心」を入れて、幅をもたせながら観客に届ける工夫をしませんか。
そうはいっても、どのようにすればいいのかわからないと思うので、ここでは作者の了解をもらって、石原哲也さんの作品を例に紹介します。
私の大好きな作品の中から、その一部を紹介しますが、このことは、脚本に書いてあることと演出の効果が,実際の舞台で表現されたものとして、見ていて「おもしろくて、うまいな」と感じたものです。私の文章ではうまく伝わるかどうかわかりませんが、味わってみてください。
「ランナウェイ」
・夜の公園
・家でをしてきた二人の男子高校生がいる
・名前は「稔」と「元気」
・開幕後しばらくして、二人はそれぞれベンチに横になり、寝る支度をする
・稔はバックから毛布を取り出す
・元気と毛布の取り合いになる
・あきらめた元気はベンチに横になる
・稔は、カッターナイフで毛布を半分に破り、片方を元気に渡す
(毛布を破る行動は、観客からすれば予想外な行動であり、一瞬驚きました。そして、半分を元気に渡すことで、おもいやりや二人の仲の良い関係を感じたのです)
・その後、稔がベンチに横になるのですが、その時バックから大きなヌイグルミを出して枕にするのでする。
(観客の心理として「男の子がヌイグルミ?」と一瞬、意外な感じを受けながらも、会場の笑いとともにそのような稔が大好きになるのです。)
「停学の名人」
・夕方 学校のある部屋
・男子高校生「吉川」が椅子に座っている
・先生らしき人物が、吉川に「本当はバイクに乗ったんだろう?」と詰問している
・「乗ってません」と反論する吉川
・吉川を取り調べている雰囲気のところに、先生が登場する
・「俺の背広を着てなにしてるんだ?」という先生の言葉に、「小山」はあわてて背広を脱ぎ謝る
(状況を理解した観客は、小山の様子見ながら笑いに包まれる)
・小山が退場する
・改めて、先生は「バイクに乗ったこと」の取り調べを始める
(開幕後すぐ、先生の取り調べの場面になっていたのでは、堅い雰囲気の開幕になってしまう。それをほぐしながら、しかも、吉川が中心人物と感じさせる効果も合わせもった作りになっていました。また、小山が再び登場するとき、学生服にチョンマゲのカツラをかぶり、十手を持って登場するのです。取り調べという堅い場面になりがちな内容を、小山の登場で味付けをするつくりになっていました。「うまいなあ」と感じながら舞台に引き込まれていました)
「それぞれに如月」
・登場人物のひとりである「ゲン」は、ギターを手にしています。
・ある場面での母親との会話で、このギターが効果的に使われていました。
母 じゃあ、行ってくるよ。
ゲン あんまり飲むなよ母さん。
母 わかってるよ。毎日同じことを言うんじゃないよ。
ゲン 母さん!
母 何?(行きかけて振り返る)
ゲン 男に騙されるなよ。
母 バカ、大丈夫だよ。それよりおまえ、ちゃんと風呂に入るんだよ!
ゲン ジャン!(ギターで答える)
母 ガスの元栓ちゃんと締めるんだよ!(下手から声のみ)
ゲン ジャン!
母 タバコ吸ったら承知しないよ!
ゲン ジャン!
母 あまり変なビデオ借りてくるんじゃないよ!
ゲン シ゜ャーン!
・単に言葉で返事をするだけでなく、ギターを鳴らすことで返事をするという使い方で心理をうまく表現していました。
・しかも、「じゃん!」と弾くたびに、音程が少しずつ高くなっていき、最後の「ジャーン!」は不協和音なのです。
・ゲンの心情がよく表現されていて、会場は爆笑に包まれました。
「俺たちの甲子園」
・下手に小さな稲荷神社の赤い鳥居がある。
・スポーヅバックとバットを持ったシゲルが登場する。
・神社に小さな物を供える。
シゲル (拍手を打って拝んで)稲荷大明神様、こんばんわ。あのー、いつものスーパーが今日は閉まっていてしょうがないので、そこのコンビニに行ったら、油揚げがなくて、サツマ揚げしかなくて、それで今日はサツマ揚げにしました。玉葱入りと牛蒡入りがあったので牛蒡入りにしました。キツネとゴボウなんてね、ハハハ・・・・・失礼しました。えーと、いつも同じですが、今日も僕の二つのお願いを聞いてください。(周りを見回して)他人に聞かれるとます゜いので小さな声で言います。(なにかボソボソと言ってから、再び拍手を打って拝み、頭を下げる。帰ろうとして、再び戻り)あの、サツマ揚げは、賞味期限が今日までになってましたので、早めにお召し上がりください。
・ このセリフに含まれている部分的な面白さに、観客はクスクス笑っていましたが、最後の賞味期限のところでは、大爆笑でした。
・また、ここでお願いしている二つの内容が、観客にはわからないのですが、わからないだけに気になります。
・その二つの願いを観客は想像しながら、最後まで舞台に引きつけられていくのです。
(そして三者面談の場面)
・先生が何か話しているが、セミの声が大きすぎて声が聞こえない。
・観客もセミの声が大きいと感じていると、母親が立ち上がる。
・母親が手を叩くと、セミの声がピタッと止まる。
(観客は、思わず「やったー!」という心境になり、大爆笑になる) 縦糸と横糸
このような作品を取り上げながら、ストーリーを考える「縦糸と横糸」というものに例えて考えることを話したのです。
最初は「縦糸と横糸?」という疑問の声が聞こえたのですが、私の考えていることが少しはわかってもらえたようでした。
柱となるストーリーの展開を形作る「人物や話」を縦糸とするなら、それらをしっかりと結びつけながら丈夫に仕上げるために登場する人物や出来事が横糸になると話しました。
参加者全員で考えてきた話しでいうなら、康夫と勇司が縦糸の中心人物です。いじめを受けていた康夫が勇司のところにやってくるところから、いわゆるドラマが始まります。その二本の糸が絡み合い、どのような展開になるかが中心になります。
そこへ、勇司の友人昭二が登場します。この人物も康夫へ絡み合う形での縦糸になるわけです。母親は、中心となる話の展開に直接かかわりがないので、横糸と考えていいでしょう。
先生の登場は、完全に横糸的存在です。三人の男子高校生の場面に登場することで、それまで見えていなかった三人の別な面を観客に示すことが出来る他に、60分の舞台のある時間を雰囲気を変えて締め直す役割を持たせることができるのです。
また、三人は以前同じクラブ(仮にバスケット部とする)であったとすれば、その話を時々使うことで、流れを変えたり締め直したりすることができるのです。クラブの話を使うとすれば、それも横糸と考えることができます。
その他に、紹介した石原哲也作品のように、場面場面に味付けをして、中心となる縦糸に横糸を絡ませて、全体を柔らかくそして深く見やすいものへと作りあげる工夫をしてください。
「中心となる柱は大切」ですが、されだけでは単純な味になるので、「様々な横糸の工夫」をすることで、全体をまろやかな味になるようスパイスを効かせるのです。
次回にむけて
このようにして、「脚本創作イーハトーブの会」二年目の第二回の講習会を閉じました。
各自が考えている構想を、今回学んだ「劇作ノート」という形にしてみることで、「脚本」という形あるものへと変化させることができるのです。
前にも述べたように、「劇作ノート」を書かなければ脚本が書けないというものではないのですが、初めて脚本創作に挑戦するさいう人にとっては、この「劇作ノート」は有効な手段だと思います。
三週間後の第三回の講習会までに、自分の構想を暖め、発展させ、ある形としてまとめるために、時間がある人は劇作ノート」を作ってみようと話し、解散しました。
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