C.劇作ノートを作ろう
C Kさんの「劇作ノート」
D Kさんの脚本

 C Kさんの「劇作ノート」

           
○Kさんの劇作ノートから

               Kさんの「劇作ノート」から

 二年目の「脚本創作イーハトーブの会」も、いよいよ最終回(第三回)になりました。前回からわずか三週間という短い期間てでしたが、参加者のひとりであるKさんは、自分の構想を「劇作ノート」という形にまとめ、脚本まで書いてきたのです。これには「参加者一堂びっくり!」でした。
 本人の言葉によると、頭にあった構想を「劇作ノート」にぶつけていくと、どんどん形がはっきりしてきたというのです。そして、最後の項目の「各場面」について箇条書きで書いているうちに、自然にセリフが出てきたので、一気に脚本という形になってしまったというのです。見せてもらった「劇作ノート」は、二冊目の途中まで書いてありました。
 Kさんは、「字が汚くて、とても見せられるものではない」と言ってましたが、もちろん他人に見せるための「劇作ノート」ではないので、なぐり書きになるのは当然てです。あふれ出るイメージが消えないうちに一気に書き留めることや、一度書いたものに書き足したり消したりと、体裁や字体などは関係ない状況になるのはあたりまえです。
 なにも根拠はないのですが、私は「構想を考えながら、劇作ノートの形になるまで一ヶ月」と言ってきました。もちろん、素材さがしから始めて形がまとまるまでの期間は、その時々で異なるのですが、「少なくとも一ケ月かけてほしい」という気持ちなのです。
 脚本という形にするための、下地となり設計図となるものが、この「劇作ノート」なのです。慣れた人であれば、ノートという形にしなくても、頭の中で組み立て、書きながら人物や場面を作ることもあると思うのですが、始めて脚本に挑戦する人はぜひ参考にしてください。

 Kさんの「今回は、よこさわ先生のために書いちゃった」という言葉をいいことに、その「劇作ノート」を借りることができましたので、本人の了解のもとに一部を紹介します。

(一)タイトル

<ノートから>
「ある日、スーパーで」      平凡
「自由と規律のはざまで」    堅い
「あなたの本当にはしいもの」  思わせぶり
「あなたは、言われたくない」  だけすぎ、たいした劇じゃない
「生徒対教師対親」       ちょっと見たくない、うんざり
「ものごとにはわけが・・・」
「女子高校生とはなにか・・・」  全部言えるわけがない
「責任者をお出し」
「それぞれの言い分」
「迷路」
「こたえは簡単?」
「誰の背中?」
「たとえば、レモン」

<私の感想>
 タイトルは、これだけものが一気に浮かぶわけではありません。最初は二つか三つくらい、メモ程度に書く場合がありますが、ストーリーができていくなかで、「使えることば」や「大切なもの」か見えてきたり、セリフを書いているうちに「光ることば」と出会うことがあるのです。
 もちろん、「タイトルが先にあって、そこから内容が発展する」場合もあるわけですが、一般的には書きながら「ことばを掘り当てる」ことが多いようです。
 Kさんの場合、印刷された脚本のタイトルは「たとえば、レモン」となっていました。劇のなかで、レモンが効果的に使われているのです。

(二)あらすじ

 
このぺーじは、前回の講習会で示された内容とほぼ同じなので、ここでは省略します。

(三)構想・ねらい・おもい

<ノートから>
○見終わった高校生が、みんな万引きをしてるんだと、安易に考えたり、マネをしてやってみたりするような印象は残さないほうがいい。

○ある解決策がしめせればいい。少なくともみんなでどうすれば万引きがなくなるのか、一人ひとりの自覚が大事だとか、お互いに注意が必要だとか、ものの大切さ、相手の人やその人のものを大切にする(尊重する)ことができれば、万引きや暴力なども起きないのではと考えられればよい。思いやりの心。こんなことをしたら相手が不愉快だろう、困るだろう、がっかりするだろう、かなしむだろうという空想力の欠如をどこで身につけ補っていくべきなのか。

○電車に乗っても、他人のことを考えられず、出入口に立ったり座ったり、おしゃべりをしたり、乗り降りの際もモタモタして他人の進行をさまたげているような鈍さ。整然とした行動ができないのはどこからきているのだろうか。体育の授業が悪いのか、親が電車に乗って指導することがほとんどなかったせいか。人数が多い世の中では、お互い見知らぬ者同士で、自分以外はカボチャのような感覚か。そういった中では自分さえよければいいのか。

○自転車の寸借(窃盗)、放棄の罪の意識のなさも大問題。悪の連鎖。自分も盗まれたから。不親切、無関心にふるまわれたという思いが、次々に伝染か。豊かさも一因。なくしても、また買ってもらえる。

○近頃気になるのは、若い人達の"幼な顔"だ。「nonnon」などのモデル達やテレビに映っているタレント達の顔が、みな同じように似てきている。知能の低さとは言えないとしても、生活経験の不足、似たような日常、学習や生活パターン。食生活が影響か。それとも価値観の変化か。知的大人や豊かな個性をもつことが大事。そのためにはどうあればいいか。

○物やお金優先の世の中である。貧乏でも、心豊かで気高く、立派な言動わ保ってきたかつての日本人。謙虚で勤勉に努力をしてきた日本人に、どうすれば戻れるか。昔のおみやげは、小さな飾り箱だった。「精神の向上」「努力」「愛」「真実」「夢」・・・。

○学校では何を教えているか。学校の役割は? 口で「こういうもの」「こうあるべき」「こうしましょう」といったって、世の中の大勢が「悪の繁栄」状態では・・・・。「親の背中を見て子は育つ・・・・」「教師の背中もみられている」

○生徒指導とは、ある意味では社会教育、生き方教育なはず。しかし、スローガン的で処分的。「こうしましょう」「こうしてはいけません」「そんなことすれば、停学→家庭謹慎→退学→進路変更ですよ」。家庭で面倒を見られないから「登校謹慎」とは何だ?! 学校では「学ぶ権利を保証しないのか?! 学校で頭髪や服装を規制できるのか? その根拠は? ユネスコの児童憲章は? 子どもの自由や権利を守るとは?! 親だから、学校だからといって、どれくらい侵害できるのか?

○生徒には生徒の思い・・・・・素朴な疑問、要望、意見があるのでは? うまく言えないだけ。言い負かされる。理屈を並べられ、考えを押し付けられる。閉口する。嫌われる。だまって言うことに従っていた方が楽・・・・と。お腹の中では不信と不満と今だけの我慢とあきらめるが、くすぶり、学校を出てからは結局は、したいようにする。

○先生の中にも、そんな生徒が親になり先生になってしまっていたりするので、「上」の考えに上手に反論もできず、「なんで?!」と思いつつ、スカートの長さを計ったり、髪に黒いスプレーをふつつけたりしているのがいるだろう。

○確固とした考え、姿勢、行動はもてるのか? そのためにはどうあればいいのか。深い自覚、知性、意思の力?! 信念?! 愛?! それをどうやって生徒に教えるの? みんなでん区立するにはどうすればいいの?

○議論(セリフ)で終始するのではなく、具体的な場面で見せる。シビアに深刻にならず、淡々とユーモラスに、軽いタチッで描きたい。

<私の感想>
 全体の構想を考えるときに、「単なるおはなし」を作るのてではなく「その内容と自分とのかかわり」をしっかり持つことが、作品としての深さをつくることになると思うのです。
 私は舞台を見たときに、作品の筋立てや構造という柱の骨太さを感じることがありますが、それを木に例えるなら、その作品全体をしっかりと支える目には見えない「根っこ」が大切だと思っています。
 その「根っこ」とは、作者の「ねらい」であったり、「おもい」の質と深さではないでしょうか。もっと別な表現をするなら、「怒り」や「おもいやり」や「優しさ」というものが、その作品を書く原動力になると思うのです。その部分をあいまいにしたまま、形だけ整えても「力のある作品」にはならないと考えています。
 自分はいま、なぜ゜これを書こうとしているのか。これを書こうとしている「根っこ」はなになのか。それらをはきっりさせるために、「構想、ねらい、おもい」というページは必要だと感じています。

(四) 場所・装置の設定

<ノートから>
○スーパーマーケットの事務室の隣の主任の部屋。

○主任の机と椅子。簡単な応接セット。つまりソファーとテーブル。

○スーパーで万引きが多いのは何故か? 自由にどうぞ、カゴにおとりください。レジを通過すればおわり。(カゴに入れた物は清算され、入れないものは清算されない)。レジを通らずに入口を出ると、買わなかったとみなされる。商品の並べ方、死角、棚の置き方、そもそも商品をとりやすいように、欲しくなるように並べている。

○大量仕入れで安価だが、大量販売(薄利多売)によって利益を得るしくみ。チェーン店多し。沢山のお客さんに来て欲しい。子供も、老人もOK。

○駐車場は当然ある。トイレはどこにあるか、見えないところが多い。水、ペーパー、電気料、掃除がバカにならないからね。

○出入口 は何ヶ所あるか。レジとの位置関係は?

○スーパーの店の奥はどうなっているの?
 「関係者以外立入禁止」のその奥は? 従業員の休憩室、仕入れの電話注文する部屋、帳簿わつけるところ、苦情に対応するところは必要。主任さんの部屋はあるのか? ないかもしれない。店長さんの部屋はあってもいい気がする。それともみんな一緒かな。あまりひろくもなく、そんなに立派でない気がする。出入り口はひとつかな。

○倉庫は当然あるだろう。あってもあまり大きくないのでは? トラックで次々と新鮮なものを運ぶから、ムダな仕入れはしないが、多少の買い置きはあるかもしれない。

○スーパーのトラブルにはどんなものがあるか。
・賞味期限切れや消費期限切れ
・広告の印刷ミス        
・売出し商品のまちがいや値段表示のまちがい
・袋に穴があいていた、やぶれていた
・商品を落として割れた(こわした)
・床がすべりやすくて危険
・駐車場が狭くて大変(ぶつかった)
・ゴミや家庭ゴミを捨てられた
・万引き
・万引きと思ってつかまえたが、まちがっていた
・子供が走り回る
・停電した
・開店(閉店)時間が遅れそう
・セールのときの混雑
・商品の不足
・問屋との連絡ミス
・冷房(暖房)の効き過ぎの苦情
・冷蔵庫(冷凍庫)の電源が抜けていた
・似たような商品のまちがい
・レジの打ちまちがい
・会計のミス(金額が合わない)
・おつりが合わない
・従業員の態度や応対に対する苦情
・カゴが持っていかれた
・自転車がなくなった
・カサを忘れた(もっていかれた)
・アルバイトに仕事を教えるのが大変
・時間にルーズな従業員
・売れ残りの商品の処理
・ダンボールや大量のゴミの処理
・夕方、値下げする商品を待っている客

〈私の感想〉
 今回のように、スーパーを舞台にした作品を書く場合に、実際に観察することを勧めます。
 作品に嘘がないように配慮するだけでなく、素材となる「万引き」をとりまくスーパーのいろいろな雰囲気が「生活感」をつくってくれるからです。店内放送が入ったり、苦情の電話が飛び込んでくることで舞台が生き生きしたものになり、「万引き」の話も本物になるのです。
 実際のスーパーの様子を観察し、ありとあらゆることをメモするなかから、使えそうなものを拾いあげるのです。もちろん、「関係者立入禁止」の奥を実際に見せてもらったり、従業員の話しを聞ければ最高です。
 NHKのドラマ「わたしの青空」の脚本を担当した放送作家の内館牧子さんは、「脚本の『脚』は足を使って書くという意味がある」と言っていましたが、現場に行ってみることで、いろいろなものが見えてくることがあります。
 中心となる素材を生かすためにも、味付けとなる舞台設定の下地の調査はしっかり行ってください。

(五)スタイル

〈ノートから〉
○現代劇・・・・リアルなもの
○現実感あふれるもの・・・・夢や空想ではない世界
○あまり理屈っぽくなったり、重くなったりしないで、軽妙に、コミカルに、しかし、しみじみするところもあるように
○笑いもあるように・・・・自然な笑いを!
○暗転はつくらない
○ある日のある時間を切りとってみせる形
○時空を越えない、場所も固定
○しかし、最後には盛り上がりもあり、人物の心の変化もあり、観客も少し感動があったり、豊かな気分になっているといいなあ
○短いセリフ、少ないセリフにし、動きで見せる
○セリフでいろいろ説明したりしないで、場面で見せる

〈私の感想〉
 今回の舞台はリアルなものなので、そんなにむずかしいスタイルや表現にはならないと思いますが、作品の内容によっては、この部分でイメージを膨らませなければならない場合があります。
 Cのニ「劇作ノート〈劇のスタイル〉」で示したものだけでなく、劇には様々なスタイルがあるので、「いま表現しようとしている内容にもっともふさわしいスタイル」をさがしてください。
 この部分は装置とも密接な関係にあります。場所がいろいろ変わるような場合、どのような装置でどのような表現方法をとるか、ここで、舞台の大きな要素を決定することになります。

(六)各々の人物について

 ストーリーの展開を考えたり,場所のイメージが決まってくると、人物が動き出します。しかし、その人物をある程度掘り下げておかないと、表面的な表現になってしまうことがあります。
 スーパーの従業員であれば、「今の仕事をどのように感じているか」「上司をどのように思っているか」というようなことをはきっりさせないと、セリフの表現も違ってきます。
 年齢や生活環境や、考え方などもイメージしながら、その人物の姿をはっきりさせよう。また、この時点で名前をつけてあげよう。
 セリフにつまったとき、場面の展開に苦労するようなとき、人物に関するページを見ることでなにかひらめくものをみつけることがあります。

〈ノートから〉
 ノートに書いてある、各人物についてのメモを見てみます。

[若い教師 杉田のぞみ]

○過ぎた望みを持っている。・・・・それは過去の夢か
 本当は、別なものになりたかったとか
 我が身に過ぎた希望なのか・・・・野望・・・・
 社会に対する甘い希望(的観測)なのか?
○生徒には親しく、優しく接しようとしている
 好かれたい、嫌われたくないと思っている
 生徒理解に努めようとしてきた
 その点、甘い教師と見られるかもしれない
○教科は・・・・家庭科なんてどうかな?
 教え方は、まあまあ
 時々金切り声をあげて「静かにィ・・・」といって調理実習をする
○家庭環境は、両親と住んでいる
 兄弟は?
 高校生の妹がいた方がいいか・・・・高校生と話が合う
○独身で、恋人と呼べる人はまだいない
 気にしてはいる
○おしゃれはしたい方。でも、生徒の手前、したいおしゃれはできず、がまんしている
 髪も染めてみたいし、マニキュアもしたいし、胸の開いた服も着たいが、おさえているし、おさえられている(先生方や自分の親に)
○日頃、生徒に頭髪や服装などは、そんなに厳しく規制しなくてもいいのでは?  と、内心思ってきた
○ある程度の自由は認めてもいい派
○クラス担任で、町田遊子については、日頃、他の先生からも服装・頭髪・遅刻などで注意されていて、気にしていたし、ちょっと手のかかる要注意の生徒だと思ってきた
○先輩の生徒指導部の副主任の成田勝子については、自分も注意されそうで、ちょっとイヤだという苦手意識がある・・・・タイプが違う
 彼女はバリバリで厳しい・・・・それでいいと思っているところがイヤ
○町田の母親とは、夏休み前の三者面談でも会っていて、化粧の濃いことなどは知っていた
 押しがつよいし、おあいそは言うし・・・・
○今回の遊子の万引きについては、迷惑だと思っている
 なんで私まであやまるのかと

[年配の女教師 成田勝子]

○40代ぐらいか
 体育系がいいか
 生徒指導副主任
 自信もって生徒指導にあたる
○勝気で負けず嫌い
 なんでもやりたいことはある程度やれるし、やってきたし、でも、他になりたかった仕事もあるというわけで、成田勝子
○生徒の評判も、そんなに悪くはない
 バリバリしていて、男の先生にもハッパをかけたりする?
 女の先生たちも苦手に思っている
○教科は体育?
 結婚して、子供もいる(独身の方がいいかも?)
○泣きどころは、音痴
○以前、若い頃スーパーに万引きをした生徒を引き取りに行ったとき、拇印を押させられた経験あり
○今日は主任が行けないので、頼りない女の先生と来なければならなかった
 イヤであった
 まして、この若い女の先生は甘いからダメと思っている
 この先生のクラスは、授業中もうるさく、遅刻も多く、成績も悪いと思っている
 本当は、あんたひとりで来れば十分なのに
○卒業させた生徒の顔も忘れがち
 スーパーの若い事務員を、以前、担任(または部の顧問または教科担任)したが、無神経な言い方で傷つけていた

[女生徒の母親 町田和子]

○娘顔負けのおしゃれのフルコースでかためている
○40歳台。学歴は、短大卒か高卒
○遠慮がなく、言いたいことは言い、したいように振舞う、傍若無人
○学校教育には、大いに不満あり
 うちの子が伸びないのは指導が悪いから
○今度の娘の万引きをどのように思っているか、そしてどう対処しようとしているか
 「うちの子に限って」そんな
○えらそうな、学のあるようなこと言おうと思うが、似たような言葉と言い間違えたり、勘違い
したりして、失笑をかう
○扇をしょっちゅうバタバタさせ、ハンカチ(あるいは油とり紙)で鼻と額の汗をぬぐう
○あまり「感じのいい人」ではないけれども、悪人でもない
 耐えられないほどのブスというものでもない方が同情をかわないだろう

[スーパーマーケットの女主任 太野牧子]

○ 年齢は40代
○ 体格も良く、バリバリ仕事をする、男顔負けの自信家
○ やさしく成慣もまあまあの自慢の息子かいる
  サッカー部の高校生
  サッカー部の中学生−−−この息子が、後で他の店で万引をしたという連絡が入る
○ 夫は、リストラされて、今は家で主夫とか?
○ 部下の評判は、まあ「こわいおぱはん」
○ 過去に仕事のミスは?
○ 出世や望みは、最低でも店長、最高でも店長
○ 家庭では、帰るとビールをググッと飲み、鼻唄まじりで夕食作りにとりかかる
大体は、スーパーで売っているバック商品
○ 生い立ちは、田舎で伸ぴ伸び?
○ 息子に対する願いは、大学を出て一流のところへ就職させたい
○ 仕事の不満は、とにかく忙しい、雑務ぱっかり、
  上からは厳しくチェックされるし
○ 今回の万引きについては、「まあ、またいつもの・…・買いなさいよね、こんな安物」
○ 先生や親に望みたいことは、「善悪の判断くらい身につけさせることもできないで、何を教えてるの」、親の顔が見たい
○ 社会や教育について日頃感じていることは
  お先真っ暗ね、汚職が多い
  親も先生も教育もなっていない
○ 現在感じていることは
  「お金があれぱ、働かないわよ」
  「自由な時間と、自由に使えるお金がほしい」
  「息子をなんとか大学に入れたい」
  「夫の再就職、早く決まってほしい」
  「本採用になりたい」
  「ふつうに働いて、なんでパート扱いなのよ、まったく」

○ この他に登場する人物についても同様に書いてありました。

(七)・各場面の構想

 この後、各場面について三○ぺ−ジ以上も続いているのですが、その場面の内容や構想の個条書きなどが、なぐり書きしてあるのです。
 一度書いたものを大きなバツで消していたり、別な欄外に書いたものを矢印で挿入してあったりと、その内容をワーブロに表すのとても困難です。
 また、内容を書いているうちに、どんどんセリフが出てきているので、脚本の下書きそのもののような形になっている部分もありました。
 場面一・二と進んでいるうちに、ノートが足りなくなり二冊目に入っていったのです。
 ストーリの柱となる場面や人物の姿がはっきりしてくると、その人物が動き出すのです。その動きを個条書きにするより、ことぱ(セリフ)で書いた方が早いという気持ちになったんですね。

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               五 Kさんの脚本
                 
     
Kさんの脚本
                             ○私の感想
                Kさんの脚本

<Kさんの脚本>
     
  第三回の講習会に提示された脚本は、時間で計算した場合約八○分になると思われる内容のものでした。 
  ストーリーは明確でわかりやすく、登場する人物の個性もうまく表現されていて、読んで面日いと感じました。会話もスムーズで味のある作品になっていました。
  開幕から本題に入る部分が少し長いと感じましたが、手を加えて第二稿・第三稿と書き直す段階で、よりよいものへと変わっていくものと期待できました。
  では、Kさんの脚本の一部を紹介します。

『たとえぱレモン』
[登場人物]
佐藤のぞみ    若い教師
成田勝子     年配の教師
町井和子     遊子の母
柳さやか      若い事務員
太野まき      年配の主任
町井遊子      高校生
高橋友美      高校生

[場所]
スーパーマーケットの事務室の隣の主任室。主任の机と椅子。簡単な応接セット、つまり、ソファ−とテーブル。

[時]
季節は夏。夏休みが終わったあとの日曜日。午後十一時頃。

[第一場]

 軽快な音楽とともに幕が開く。しぱらくして、ドアの向こうから二人の女がはいってくる。

のぞみ  失礼しまあす。
成 田  おじゃまいたします。
のぞみ  誰もいませんよ。・……あ−あ。(ソファ1に座る)
成 田  そうねえ。……のぞみ先生、だれもいないからいいようなものの、こういうところに通される時は、私の  方が先ですよ。
のぞみ  はあ。
成 田  そして、そう勝手に座らない。
のぞみ  あっ、すいません。(立ち上がる)誰もいなくてホッとして、気ごが抜けて。
成 田  腰が抜けたんじゃない?
のぞみ  ハッ?
成 田  殺風景ねえ。
のぞみ  ええ。主任室と言っても、あんまり、ですね。
成 田  スーパーだからね。
のぞみ  はい、スーパーって、何がスーパーなんでしょうねえ。
成 田  そうねえ。あんた、余裕ね。
のぞみ  何がですか?
成 田  こんな所に来て……。
のぞみ  別にイ。先生は?
成 田  だって、あやまりに来てるのよ、私亭……
のぞみ  ええ、でも本当にあやまるのは、生徒の方ですから。それに、親。
成 田  学校も悪いのよ。
のぞみ  えっ、どこが?
成 田  学校も一応、その子の教育に関わっているから。
のぞみ  でも、こういうことは家庭の貴任でしょ。やっぱり。

    
机上の電話のベルが、鳴る・まもな主任が入ってきて、受話機 を取る。二人、挨拶しようと、立ち上がる。

太 野  はい、主婦の店、太田店でございます。はいっ?えっ?そん  な。間違ってました?値段? さようでございますか?レジの打ち間違いか? はあ、今度いらっしゃる時に、レシー トをお持ちくださいませ。精算させていだだきますので。そうですか? じゃあ、そのようにお願いいたします。(深々とお辞儀をする)

    立ち去ろうとして、歩くとまた電話。戻ってきて電話に出る。

大野   はい、主婦の店、太田店でございます。はい? なんだあ、高橋さん? 庄平さんねえ。お元気? そう? 腰が痛い?うーん、いつものねえ。違う? こんどのは、特別痛い?そう?それは大変だ。今日はお嬢さんが出かけていない? それで、 のんぴり電話したい? そんなあ。あのね、今忙しいから、また、今度ゆっくりねえ。元気になってお店にいらしてえ、ねっ。はあ−、いつもサイクリングしてもらって有り難い? サイクリング?したことないなあ。ん? ん? あ−、カウンセリングねえ。分 かった、分かった、大丈夫、腰痛じゃあ死なないから。うん、またねえ。じゃあ。またあ。はい。失礼しますう。(受話機を置く) あ−あ。私と会うと若返るだって。もう、気をつけなきゃあ。

   一直線に去っていく・


二 人  あっ、あのー。
成 田  なに、あれ。
のぞみ  ええ、見えなかったんですかねえ。
成 田  馬車馬ねえ。。こっちも忙しいの、来てるんだけど。
のぞみ  まったく。他人のために
成 田  生徒は、他人と言えるの?
のぞみ  言えないんですか?
成 田  さあ?でも、あんたのクラスでしょう。
のぞみ  はい、それは、そうですけど。なんで日曜日、来なきゃないんですかね、私達。
成 田  親が来れぱ良さそうなもんだけどね。本人と。
のぞみ  そうですよねえ。なんでも、学校、学校って。
成 田  ……。
のぞみ  (顔を見て)成田先生は、生徒指導部の主任さんだから、慣れているんでしょ、こういうこと。
成 田  慣れてないわよお。なんで?私ね、私の担任したクラスからは、いつもほとんど問題行動は無かったの。
のぞみ  ラッキーでしたね。
成 田  ラッキー?
のぞみ  この部屋暑くありません?クーラーはあるけど。
成 田  動いてるみたいよ。
のぞみ  ですよね−。でも、設定温度を高めにしてるのかな。
成 田  省エネでねえ。なんでも。
のぞみ  省エネって、なんかビンボーくさくて……。
成 田  なに、いってんの。これからの若い人達のためでしょう。資源の節約、環境の保護。
のぞみ  さすがですねえ。
成 田  何が?……遅いわねえ。いったい、いくら人を待たせるのかしら。
のぞみ  本当に。町井遊子も、お母さんも。お父さんかなあ。
成 田  ここのお店の人よ。
のぞみ  そうですね。町井も遅いなあ。十一時に、駐車場のある方の入口でって言ってたのに。もう、十分も遅刻して……。
成 田  ……(腕時計を見る)
のぞみ  ちょっと見て来ます?
成 田  窓から見えない?
のぞみ  ああ。(立ち上がっ窓まで行き)ん−、見えますけど。
成 田  見えるの?
のぞみ  はい、見えます。
成 田  じゃあ、来たんじやない?
のぞみ  いいえ、来てません。
成 田  そう?見えるのに来てない?
のぞみ  はい。分かります?
成 田  なんとなく。
のぞみ  私、だめなんです。国語苦手で。家庭科ですから。
成 田  そう?でも、家庭科で、幼児からのしつけなんて、バッチリ教えてんじゃない?
のぞみ  まだ、そこは。今、調理実習。
成 田  ああ、あそこ通るとうるさいんだ。
のぞみ  うるさいですか?
成 田  うるさいよ。もっと静かにできないの?
のぞみ  って言うか、盛り上がるんですよねえ。生徒。
成 田  盛り上がる?
のぞみ  はい。すごくいい顔をして、楽しそうにやります。わかる授業、楽しい授業、数学や英語の時間は、むりだろうなあ。あんな、いい顔。
成 田  ……。
のぞみ  あっ、何か変なこと言いました?
成 田  ううん。私、体育だから。
のぞみ  そうでした。成田先生が言えぱ生徒は、言うことをきくし。
成 田  生徒はね。
のぞみ  ハッ?

  ノックの音がして、柳がお茶を持って入って来る。

柳     失礼します。どうぞ。
のぞみ  ど−も。
柳     どうぞ。
成 田  ……(会釈をする)。

  柳は、二人の顔を見て驚き、もう一度よく見て

柳     先生。
二 人  はい(二人、顔をあげる)
柳     あのう、……。
二 人  はい?
柳     私、……。
二 人  私?
柳     いいえ。先生ですよね。
二 人  はい。
柳     失礼しました。

  柳はもう一度二人を見るが、出て行く。(以下、省略します)

〈私の感想〉
 会話が生き生きしていて、ニ人の様子が目に浮かぶようです。個性もそれぞれしっかり表現されていて、面白い舞台になりそうな予感を感じさせます。
 前にも書きましたが、本題である「万引き」の話に入るまでが長いため、観客にとっては「面白いと感じても、この舞台の中心が見えない」ため、とまどうかもしれません。
 開幕から五分後くらいまでには、本題に入ってほしいものです。でも、まあ、初稿ですから、書き直すときに、この点を考慮することにして、第一稿としては合格です。
 本来であれぱ、Kさんの脚本のすぺてを紹介すれぱいいのですが、紙面の関係で省略しました。今、私の手元には何度書き直したものかわかりませんが、送られてきた完成脚本があります。今回載せた部分も書き直してあるのですが、あえて、初稿のものを載せました。
 これを書き直すとどのようになるのか、それは、これからの講習に役立てたいと思っています。

 ここまでの私の原稿では、「セリフの客き方」と「ト書き」について触れませんでした。「脚本創作イーハトーブの会」でも、毎年三回の講習では、このことについて詳しく話す時間がなかったのです。次年度の課題ということになりました。

               
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