Aqua  Sky @
                      作・相澤加奈子

   男1  男2  男3  女1  女2  女3

  Aqua SkyA  Aqua SkyB

 

  幕が開くと、女1に光がかすかに当る。時計が午前0時を知らせる。
   
1ゆっくりと顔を上げる。

真夜中か・・・・。
  電子音。
メール?(パソコンを操作する)
  数人の人間の影が見える。手には携帯電話。
眠れませんか?
えっ?
女3 眠れぬ夜には星を見てみませんか?
女1 星?
男2 真夜中に星を見てごらん。
男1 宇宙という空間はどちらの世界にあるのだろう。
男3 あの星はどちらに存在するのだろう。
男1女2 そこは二つの世界の接点。調和へと導く窓!
  SE。全員の姿がシルエットとなり映る。
僕らは夜明けという何かを待ち続ける。
誰もいない海岸に車を停め
波の音を聞きながら
カウンターの隅でロックグラスの氷を指で弾きながら
あるいは眠れぬ夜に窓際で頬杖をつきながら
真夜中という時の中でたった一人待ち続ける

あの人の声を聴いたのは何時だっただろう
あの人の声は記憶の奥の方へ
まるで蝋燭で照らされた古い肖像がのように
ぼやけてしまってている

あの人とともにこの時を過ごせたら
そう思いながらふと空を見上げれば夜明けは・・・・
もうすぐなのだろうか
それともそれはもっと先なのだろうか
僕らは夜明けという何かを待ち続ける

たった一人で
  暗転。
女2
女3 先輩、何を読んでいるんですか?
女2 演劇の脚本よ。
女3 脚本?
女2 だって、コンクールまで一ヶ月しかないのに、未だに台本が決まってないでしょ。いいものがないかと思って・・・・。
女2 それでインターネットで・・?
女3 そう。便利になったよね。でも・・・・。
女2 できそうな台本がなかなか見つからなくて・・・・。
女3 今の台本は?
女2    ああ、これ? なんだか面白そうだったんだけど・・・・・。
女3

けど?

女2

だめよ。これ、男子部員がいないとできない。

女3

男子部員?
女2 そう、男子がいないとできないの。
女3    男子かあ。
女2    どうして演劇部って男が入って来ないんだろう。
女3 どうしてでしょうね。
女2   

男が欲しい。

女3  男が欲しい。
女2  でもいい男じゃないとね。
女3 いい男見てないなあ、最近。
  そこへ唐突に男2登場。
男2 お困りですか?
女3  は?・・・・あなたは?
男2    お困りでしたら入部してあげましょう。
女3 

あなたは誰?

男2 なあに通りすがりの平凡な高校生です。
女3   話を聞いていたの?
男2  人聞きわるいなあ。ちょっとそこで煙草吸ってたら・・・・い、いやね。聞こえちゃったんですよ。
女2   だから?
男2  いい男をお探しですね。
女2  いい男?
男2   ほら、ここに唐突にまるで芝居のように都合よく登場したじゃないですか。
女3    先輩、入部させましょうよ。
女2    いや、でも、こんな急な展開・・いくら60分しか上演時間がないからって・・
男2 ジャニーズの役者がいなきゃ、ドラマは作れない。これはもはや日本のテレビ業界の鉄則です。
女2    ジャニーズねえ・・
男2

何かご不満でも?

女3    先輩、いいじゃないですか。部員が少ないんだから。
男2 そういうこと。
女2 じゃあ、簡単な入部テストを行います。
女3  ええ、そんなのあるんですか。
女2    この手の男は何を考えているかわからないんだから。
男2 で、何をすればいいんですか?  
女2    では、今一番好きな歌を歌ってください。  
    男2、歌う。
女2 まあいいか。
男2    やったあ。これで授業抜け出して寝る場所ができた。
女2 えっ?
男3 い、いやね。最近保健室が厳しくてねえ。
女3  初の男子部員ですね。先輩。
女2  初じゃないわよ。
女3   

そうでしたっけ?

男3 あの・・・・。
女2  そうでしたっけって。  
男3  僕はここにいるよ。
女2    何か聞こえませんでした。
男2 いいえ何も。
男3    いいんだいいんだ。僕はどうせどこでも誰にも相手にされないんだから。
女2    松本君。
女3  そういえば、いましたね。男子部員。すっかり忘れていました。
男3 忘れたって、僕はいつもここにいいるじゃないか!毎日来てるじゃあないか!(倒れる)  
女3 どうかしたの?  
女2 虚弱体質で大きな声を出すと貧血起こすのよ。
男2 それでどうして演劇部に。  
男3  僕、誰にも相手にされないから学校来るのが嫌で・・・それで担任の先生に相談したんだ。僕誰にも相手にされないから、学校来たくないですって・・そしたら・・・・。  
    男1登場。  
男1 それなら演劇部へ行きなさい。あそこは正に誰にも相手にされない人間の掃き溜めだ。  
女2 先生。
男1 君たち今日も授業サボってこんなとこで井戸端会議かい?
女3 えっ?本当だ。昼休み終わつてる。
女2 先生、顧問の癖に自分の部をそんな言い方しなくてもいいんじゃないですか。  
男1 掃き溜めが嫌ならゴミ捨て場だな。
女3 ひど〜い。
男1    まあ、ともかく授業サボるんじゃない。
女2 先生こそ、こんなところで油売ってていいんですか?  
男1  おっ、油売ってるなんて古典的表現よく知ってたね。さすがは芝居オタク部だ。  
女3 演劇部です。  
男2   

ちょっと、あんた言い過ぎじゃないのか?

男1  おまえ誰だ。  
女2    新入部員です。  
男1  また変なのが一人増えたってわけか。
男2    変なのはないだろ。
男1  ふん。煙草持ってくるんじゃないよ。2年J組堀龍君。
男2  な、なんで俺の名前を。
男1  なんでって、お前有名だぞ。
男2   

そうかあ。照れるなあ。

男1  はあ。
男2 どうしても目立っちゃうんだよね。ごんなイケ面に生んだ親が悪いんだけど。
男1    ちがう!ショッチュウ授業抜け出してタバコ吸ってるだろ。  
男2   

はあ。

男1 この間の小火騒ぎも、お前の仕業だって話じゃあないか。  
男2 し、知らないですよ。  
男1  先週は学校抜け出して、隣のタイヤ工場に火点けただろ。日本中大騒ぎだったんだぞ。
女3 あの事件この人が犯人だったんですか。  
男3 そりゃあ驚きだなあ。  
男2 知りませんよ。そんなこと。
男1 とにかくだ。こんな奴入部させるとろくなことにならないぞ。
女2  私もこの顔をみてそう直感したんですけど……。
女3  今度のコンクールに出場するにはどうしても人が足りないんです。
男1  コンクール?
女2  先生知らないんですか?来月の19日、もう1カ月しかないのに台本も決まっていないんですよ。
男1   だったらやめたらいいじゃない。
女3    えっ?
男1    そんな疲れること、無理してやることないじゃない。
女3    なんてこというんですか?顧問の癖に。  
男2  お前それでも教師かよ。  
男1 お前に言われたくないよ。大体なあ、演劇部の顧問なんて引き受けたくなかったんだよ。
女3  引き受けなきゃよかったじゃないですか?
男3   そうだ、そうだ。  
女2  私達は別に誰でもよかったんですよ。  
男1   寝てる間に決まってたんだよ。職員会議で!  
女2  じゃあ、先生が悪いんじやないですか?  
男1 でもね。運動部よりは疲れないかなと思ってね。
女2  まったくいい加減なんだから。
女3 これって今話題の指導力不足教師ってやつかな。
男2    指導力不足というよりは、やる気が全く感じられない。
男3 無気力教師か。だめだねこりゃ。  
男1    クラスで一番無気力なお前に言われたくない。  
女2  とにかく、私達はコンクールに参加しますんで・・・・。
男1 いやあ、やめといた方がいいんじゃないの?  
男2   

いいんじゃないの本人達がやるって言ってるんだから・・・・。

男1    そんなことよりお前たち授業だろ。  
女3 いけない。  
女2 先生鍵閉めといて下さい。  

  女2,3去る

男1 さあ、お前達もだ。  
男2  えええ!俺面倒クセえよ。  
男3  教室怖いよお。皆の視線が怖いよお。
男1  うるせえ。さっさと行け。  
   (男2、3去る)男1パソコンの前。
男1 ここはどこだろう。水底に沈むような間隔が長く長く続き、ふと唐突に目覚めた後、僕らはふと そんなふうに感じることがあるだろう。ここはどこで、そして私は誰なんだろう。 
女1   

(スポットの中)  私はいったいだれなのだろう。そして今私は起きているのか眠っているのかさえ 分からないふんわりとした身体を中に浮かせ、体中は何か液体のようなものにつつまれ、そういえば以前にもこのような感覚にとらわれたことがある。それは太古の時代、あるいは母の胎内。私はAquaと名づけられたその流体に包まれ呼吸をしている。見上げれば、遠くに光のようなものが見え私はそっと。

男1    私はその光の方へと手を差し出す。けれどもその光の粒子はあまりにもはかなくて、私の手のひらに届く前に小さな泡粒が水中で消滅していくかのように消えていく。まるで電子と陽電子が衝突し無に帰っていくように。  
女1 私はその届きそうで決して届かない遠い遠い光の世界を「Aquasky」と名づける。深く暗い闇に覆われたこの場所が「真夜中という名のオヴジェ」だとしたら、あそこはきっと「夜明け前という名のオヴジェ」なのだろう。
男1 私は私に告げる。君の作り出そうとしている世界は、君が今見つめている世界に比べて余りにも安易すぎるんじゃないのかな。  
女1    そうでしょうか。あまりにもありふれた日常を見つめなおすということを、安易ということができるのでしょうか。  
男1  ともかく僕らは拉致監禁されている。どうして抵抗することさえできないのだろうね。閉じ込められていても抵抗すらできなかったあの少女達のように。  
   
女1 へえ。ずいぶん難解な台本をやるのね。
男1 ね。読んでもっぱり分からないだろ。
女1 作者でも呼んで少し説明してもらったら  
男1  それができないんだって。  
女1  なんで?  
男1  作者不明だそうだ。
女1    えっ? じゃあこれは?
男1 インターネットに載っていたのを加奈子がプリントアウトしたものなんだけどね。作者は不明。誰が載せたかも不明なんだ。  
女1  そう。  
男1  ともかく、仕方ないから協力するしかないね。
女1  できるの?  
男1   協力たって、鋸使ったりペンキ塗ったりくらいだけどね。  
女1  へえ。いい先生になったんだ。
男1  なんだそれ?  
女1   いいえね。あなたが真面目に仕事やろうなんて珍しいから。  
男1  あっそう!
女1  でも演劇部の顧問なんてよく引き受ける気になったよね。  
男1  仕方なかったんだよ。僕ははめられたんだ。
女1  そんな大げさな。
男1  大げさじゃない。  
女1  まあ、とにかく引き受けたんだから。  
男1   まあね。
    明りがつく。台本を手に女2、3、男2、登場。  
女2 さあ、さっそくオヴジェを創りはじめましょう。真夜中という時の中で形を持たない何かわ集め、少しずつ形にしていくのです。あなたはなぜここにいるのですか?  
男3  行くところがないから。  
男2  行くところ゛ないから。  
女3  そう、行く当てもないから。  
男3  その昔のはなしをしてもいいですか?  
女2   どうぞ。  
男3   は空を飛びたかった。空中に浮かぶときっと気持ちいいんだろうなって蝶を見ながら考えた。そして空を飛ぶ話も大好きだった。空飛ぶ絨毯の話やピーターパンの話は夢中になって聞いていたんだ。だから僕の夢はパイロットになること。雲の上を自分の操縦で飛んでみるのが僕の夢だった。お父さんやお母さん、そして僕を苛めるやつらはそこからまるで砂粒のように見えるだろう。奴等に僕を苛めることはもうできないだろう。加奈子ちゃん、僕は君を助手席に乗せて大空を飛びたいな。僕が苛められているとき、皆僕をあざ笑っていたけど、君だけは違っていた。君だけは違っていた・・・・。  
女2    松本君。久しぶり。元気だった。  
男3      元気なわけないよ。毎日毎日学校に行くのが怖いよお。
女2      やっぱり苛められているの?  
男3      やっぱりって、同じクラスだもん分かるじゃないか。
女2 えっ、全然分からないよ。  
男3   そんなことないよ、よく見ていてよ。  
男2   よお、松本、ちょっとプロレスごっこしようぜ。
男1 よお、松本、ボクシングでもいいぜ。
女3 ええ、私も混ぜて!
男1    いいけど。
女3    イラクから持ってきたムチよ。ついでにアメリカ軍の残した不発弾もあるわよ、  
男3 ひええ。
女2 楽しそうね。
男3      ちょっと待てよ。これのどこが楽しそうなんだよ。
     女1      楽しそうじゃない。  
男3     

つらいよお。苦しいよお。誰か助けてよお。

女2 どう見ても楽しそうに見えるけどな。
男3      違うよ!どう見ても僕は苛められているじゃあないかあ
女3      苛められているのに楽しそう?
     男1      世の中には色々なやつがいてねえ。
男2 苛められて喜ぶやつもいるんだよ。
女2           へえ、勉強になったなあ。
男3 助けてよ。  
女2  またまた、嬉しいくせに。
男3  マジ、痛いんだって。苦しいんだって!
 女2 じゃあ、せいぜい頑張ってね。  
男3  見捨てるのか?
女2      そうじゃないわよ。  
男1   じゃあ、最後の仕上げだ。  
男3    だずけてええ!・・・・・そうして僕はここにやって来た。  
女2 

 はいカット!あっ、先生おはようございます。

男1 おはようって、もう放課後だよ。  
女3  演劇部はいつでもおはようございますでしょ?  
    いいかげん覚えてくださいよ。
男1     

あっ、でも俺やる気ないから。

女2   やる気ない割に今参加していたじゃないですか。
男2   そうだよな。勝手に代役やってたよな。  
男1     

別に。一人足りないって言うからやってあげただけだよ。

男3      勝手に蹴るなよ!教師のくせに。
男1 だって台本にそう書いてあるだろ。  
女2 まあ、とにかく人数が足りないところは当分先生にやってもらうことにして。
女3       さあ、続きをやらなくちゃ。
男1 もう帰ろうぜ。  
男2      もう帰ろうぜって、まだ始まったばかりだろ。
男1 部活なんてやってられないよ。早く帰って寝たいだけ。
女2  もう少し付き合って下さいよ。
男1      ええ。平塚先生どうする!
女3   えっ?
男1 あれ、平塚先生は?
女2      何言ってるんですか?  
男1      いやね。さっきまでここに居たはずなんだけど・・・・。
男2   平塚先生って・・・・。
男3    何か聞いたことあるね。  
男1     

何言ってるんですか。毎日・・あれ?

女2 どうしたんですか?  
男1      いや、私は毎日保健室に・・・・。ちょっと待って。  
女3    そんなことより、続きをやりましょうよ。間に合わなくなりますよ。  
女2  はいではシーン12をやってみます。
男1  シーン12?  
女2     

そう、シーン12です。

全員 シーン12、「そして僕らはここに居る」
  明かりが変わる。男23女13携帯電話でメールを打ち続ける。  
女1  ちょっとあなた達、何やってるの?
女2       芝居の稽古ですよ。
女1 芝居の稽古?これが?  
女2      そうです。そういうシーンなんです。
女1    でもこんなの?第一何考えてるかわからないじゃないの。  
女2    だったら先生も…。
女1 えっ?何。
女2 

先生もパソコンの前に座ってチャットに加わって下さい。  

女1 ちゃっと?  
女2    そうです。  
女1   

チャット……。(パソコンの前へ)

女2 どうですか?皆の声が聞こえますか?
女1   

いいえ?

女2 入室して下さい。ハンドルネームは「aqua」。
女1   

a qu a

女2 今は何時ですか?  
女1 今‥・。(立ち上がってカーテンを開ける仕草。)真夜中か‥・。
女2  ここからあなたは出会います。
女3  自分を消してしまいたいと思ったことはありますか?
女1 えっ?あなたは?
女3 

こんばんは。MIUです。今日また自殺に失敗してしまいました。でもある本によると「リスト カット」のような自傷行為というのはシステムを変えたいという願望なのだそうです。本当に死ぬ 勇気なんかないのかも知れませんね。

男3 こんばんは。「ハル」です。僕はこの部屋からもう何年も出ていません。外の世界の人間と付き合うのが煩わしいのです。ですが、ここからだと不恩義なことに話をするのがさほど苦ではない。不思議ですね。僕はこうして初めて他人と繋がることができたのです。  
男2    一度繋がる嬉しさを感じると、今度は繋がっていなくては不安になってしまう。そういう気持ち って分かりますか?僕はあちこちのチャットルームの中で行方不明になってしまった彼女を 探しています。変ですか?現実の世界で行方不明になった彼女をインターネットの中で探す なんて……。
女1 いいえ、それは決して不思議なことではないと思いますよ。人間って弱いから誰かにやさ しい言葉で語りかけて欲しいものでしょう。だから、現実の世界ではなかなか会話ができな くなって、このようにお互いに気兼ねすることなく会話ができる空間を居心地よいと思うの は当然じゃないのでしょうか。それであなた方の気持ちが少しでも癒されるならそれはそれで 良いではないでしょうか。
女2 きれいごと言ってるんじゃないよ。
女1   えっ?  
女2 きれい事いってるけど、お前に私達の気持ちが分かるのか?  
女1  そんな。私は……。  
女2  お前は学校の教師か?
女1    いいえ。私は 「a qu a
 女2  お前みたいにきれい事言う奴は嫌いなんだ。出て行け!  
女3 そうだ。ちつともわかっちや居ないくせに分かつたような振りする奴はうざいんだよ。  
男2   確かにウざい。  
男3  じゃまするな。
男2 て行け!  
女3      出て行け!  
女2  出て行け!  
男1     

やめろ!

   照明変わる。  
                             つ づ く            

      次 へ