補遺 マヤ・ダナワの物語
(第3章/第12章への補遺)
[1]『カカウィン・ウサナ・バリ』(42〜44歌章)におけるマヤ・ダナワの物語

 イスワラ神はケラサ山の頂上を取り、島の上に置いた。それ以来、山はトランキール(=グヌン・アグン)と呼ばれ、島はバリ島となった。マヤ・ダナワはデウィ・ダヌの息子で、ダナワ魔族の王であった。苦行によって彼は神通力を得た。欲望を成就させるためにトランキールの神と闘い、住民を殺し、金銀財宝を奪った。マヤ・ダナワを滅ぼすため、神はインドラに援助を求めた。王は邪悪な妻と結婚した。住民を犠牲にして私腹を肥やし、邪教を布教するなど悪行を重ねていった。神軍を率いてインドラはバリへ赴いた。猛烈な戦闘がはじまり、双方に死傷者が続出した。インドラはマヌック・ラヤ(現マヌック・アヤ村)へ行った。シ・オルバラという旗をもらい受け、地面に突き刺すと泉がわいた。その水を飲むと、戦士たちは元気を取り戻した。マヤ・ダナワは殺された。金の流れのように口から噴きでた血がペタヌ川となった。この川で水浴したり、川の水を飲んだりすると、不幸になるといわれるのはそのためである。戦闘後、神々はアイル・ウンプル(現ティルタ・ウンプル)という泉で禊をした。パスパティとインドラ、アグニの諸神をたたえ、聖人によってホマの儀礼が執行された。(マヌック・ラジャまたはマヌック・ラヤと呼ばれる)神国の建設と神々の座が記述される。祝宴が終わると、神々は帰天した。

 バリ人の最初の居住地が列挙される――ルウラン、クディサン(バトゥール湖南岸)、トリンガン(現ティインガン)、ウルマヌック。

 マヤ・ダナワの母は悲嘆にくれ、息子が殺されたことを憤った。彼女は、トゥンプヒャンという山(バトゥール山)で苦行を行なった。その激怒により湖水が沸騰した。インドラが現われ、マヤ・ダナワが再生するチャンスを与えると約束した。蛇女マリニの化身デウィ・カウカダンを伴い、彼はプジュン・パルフル(グヌン・アグン)に帰った。クルピンガ(ココ椰子の葉の束)に化身して二柱の神は旅した。二神はバリで崇拝され、デウィ・カウカダンはバリの王母となった。しばらくして、二神は天界へ戻り、アプサラ(天人)とアプサリ(天女)となった。インドラはパハルワン(バスキアン)に束を落とした。束は寺の地面に落ちた。寺には寺僧ジュル・サプー(掃除人)がいた。(原典では、マスラが掃除人の名前なのか、それとも掃除人を指す語なのかは明確でない。)束を見つけると、彼は南に投げ捨てた。彼は帰宅した。翌朝また束を見つけ、今度は西に投げた。彼は帰宅した。翌朝、掃除人は寺の寝台の上で美しい男女の子供を発見した。どこから来たか彼は二人に訊ねた。束に乗って来たと二人は答えた。デウィ・ダヌとカシャパの息子マヤ・ダナワの化身トスラと、蛇のアナンタとワビヤラの娘マリニの化身ラトナ・カウカダンであると、二人は言った。二人を送ったのはインドラ神であると掃除人に教えた。彼らの目的は地上の清浄と帰天であった。掃除人は喜んだ。二人が長寿で、バリの王となる子供をたくさん産むことを掃除人は望んだ。彼は、掃除人としてこの男女に仕えることにした。彼は二人を結婚させた。二人の子供、孫、曾孫が列挙される。彼らの名前はトで始まる。



[2]プリ・チャラン・サリの稿本における『ウサナ・バリ・マヤ・ダナワ』によるマヤ・ダナワの物語

 マヤ・ダナワの王国の中心はバリンカンといった。彼は王国の拡張をはかり、多くの王を滅ぼした。バタラ・ダヌが降臨し、恩恵を与えた。中国人の妻(プトリ・チナ)を娶ることが許され、彼はホンテ王の年長の娘を得た。結婚後、王国は平和であった。中国人の妃はバリの生活になじめず、病気になった。薬も効果がなかった。マヤ・ダナワは、トランキールの聖所に出向き慈悲を請うことにした。トランキールの神は異教を信仰する者に恩恵を与えようとしなかったので、マヤ・ダナワは怒った。爾来いかなる神をも崇拝しないことに決めた。誰もがマヤ・ダナワを神として崇拝させられた。しばらくしてプトリ・チナは死んだ。彼女は火葬の準備をしていた。マヤ・ダナワは、タガスの東にある宮殿に独り残された。12年後、彼はインドラに滅ぼされた。



[3]『ウサナ・バリ』の散文原典によるマヤ・ダナワの物語

 このバリの支配者は、ブサキーでマジャパイト(ジャワ)の神々を家臣たちが崇拝するのを禁じた。クルプティー(ヒンドゥー教の聖者)はジャワの神々に援助を求めた。パスパティ(シワの顕現)はインドラ神と神軍をバリへ派遣した。初戦で神々は敗戦し、軍神の多くが殺された。しばらくして形勢が変わった。軍神たちはマヤ・ダナワとパティ(大臣)を追った。逃走中、神々を迷わすために彼らは姿を変えた。これらの変身が後にバリの村名の由来になった。(1)パンノキ(ティンブル)、(2)天界のウィディヤダラ(妖精)(ケンドラン)、(3)ココ椰子の葉(プスン・クラパ)、(4)巨石(サウー・ワトゥ)、(5)ピサンの花の大きな蕾(プスー)(パニュスワン)、(6)巨鳥(マヌック・アヤ)。発見される度ごとに彼らは逃走し続けた。最後に彼らはマヌック・アヤ南方の密林に逃げ込んだ。この密林はアラス・パグリンガンと呼ばれる。水がなく、マヤ・ダナワとパティは喉の渇きを覚えた。パティは瞑想に入った。瞑想の力によって泉がわいた。泉の水を飲んでから水に呪いをかけた。この泉の水を飲んだ者は死に至るであろう。この咒文はワイ・マラと呼ばれる。森に到着すると、軍神たちは水を飲んだ。多くが死んだ。ブサキーの神とバトゥールの女神のもとへガンダルワ(天人)が駆けつけ、事の次第を報告した。ブジャンガ・ルシ・セワ・ソガタのナラダ・ウレハスパティが瞑想に入り、蘇生させるための聖水が生ずる咒文を唱えた。インドラとプトラジャヤは下天した。ティルタ・ウンプルと呼ばれる泉があった。その水を三度かけると、死者が蘇った。マヤ・ダナワを捜しに全員がマヌック・アヤへ戻った。彼らはニャグルダ樹に注目した。梢に大きな鳥がとまっていた。インドラのパティが射ようとした。鳥はマヤ・ダナワに変わった。彼は南のタンパク・シリンへ逃げた。その地で稲の穂(パディ)に変身した。発見され、北東のパンクン・パタスへ逃げた。その地で彼とパティはパラス石の大きなランプに変身した。神軍がその石を射た。石が割れた。マヤ・ダナワとパティは絶命した。マヤ・ダナワの口と耳、身体から血が噴き出た。流れ出る血がプタヌ川になった。インドラとマハデワ(=プトラジャヤ)はその水を呪った。この水は、灌漑用水や洗濯、飲用、聖水として使用できなくなった。この水を使用したものは毒死するであろう。

 パスパティとインドラ、マハデワ(=プトラジャヤ)はベダフルへ行き、マヤ・ダナワの宮殿を訪れた。マヤ・ダナワは呪われた。彼は再生できなかった。彼は五重にサンサーラを経験(輪廻転生)し、地獄の銅釜で煮られるであろう。帰天する前に、神々はバリの諸山にヒンドゥーの神々の座を再建した。神々の意思に服従するプンガワ(統治者)とマンク(僧侶)の義務となるであろう。プンデサ(村長)は、神々が住民から崇拝されるように配慮しなければならない。

(H.I.R.Hinzler, "The Usana Bali as a Source of History", Yogykarta, 1986 より)


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NISHIMURA Yoshinori@Pustaka Bali Pusaka,1996-2000.