バリ語とバリ文化

CONTENTS



■はじめに


■バリ語の発音


■バリ語の敬語


■補 註


■参考文献


バリ語講座

NAVIGATOR



●講座のご案内


●目 次


第0回
バリ語とバリ文化


●第1回
 発音と表記法


●第2回
 挨 拶


●第3回
 人称代名詞


パ・デソと学ぼう、バリ語の基礎
第0回「バリ語とバリ文化」
<プレビュー版>

■はじめに

  • これからいっしょにバリ語を学んでいくに当たり、ぜひ知っておいていただきたいことがあります。それは、バリ語の発音敬語についてです。バリ語の発音はジャワ語と似ており、またジャワ語や日本語のように敬語が存在します。
  • ここに書かれた内容をご理解されていることを前提に、講座を進めてまいりますので、必ず目を通してくださるようお願いします
  • なお、バリ語の話になぜジャワのことが出てくるのかというと、バリは10世紀以降、とくに東ジャワの影響を強く受けているので、その辺の歴史的背景をご理解願います。

■バリ語の発音とその文化的背景について
 「始めよければ、すべてよし」
 「終わりよければ、すべてよし」
 二つの言葉のうち、あなたはどちらがお好きですか? もちろん、始めも終わりも大事だよ、ということでしょうが、あえてどちらかを選んでください。
 そんなのは好みの問題だし、第一、バリ語と何の関係があるのだと、いぶかる人もいるでしょう。少しお付き合いください。
 インドネシア、とくにバリやジャワの人たちは、「終わりよければすべてよし」の方を好む傾向が強いと感じられます。これは、個人の好みというレベルではなく、民族文化の根幹をなすものと言っても過言ではありません。
 ジャワのガムランを聴いたことがあるでしょう。もちろん、バリのガムランでもよいのですが、ジャワの方が特徴がはっきりしていて、わかりやすいと思います。
 ここで、二つめの質問です。ガムランの楽団はたくさんの楽器で編成されていますが、ガムランの拍子をとっているのはどの楽器かご存じですか?
 ・・・。多分、グンダン(小太鼓)と答えた人が多いのではないかと思います。確かに、現今のバリのガムランでは、グンダンが鳴らされてから演奏が始まったり、グンダン奏者が他の楽人や踊り手にあれこれ指示を送ったりしています。
 でも、ガムランには、あまり目につかないところで、重要な役目を担っている楽器があるのです。ヒントは、英語辞典に一番最初に載ったマレー語(ジャワ語)です。ヒントその2、ジャワやバリの人たちは、ガムランのことを何と呼びますか。あれ、ガムランはガムランじゃないのと、思った人はガイドブックを読み直しましょう。ヒントその3、「タンスに・・」。
 そうです。ゴン(ゴング、銅鑼)です。ガムランとは gamel「叩く、打つ」+an「もの、こと」という意味で、「ガムラン・ゴン」、すなわちガムランを演奏することはゴンを鳴らす、打つことなのです。
 では、ゴンはどのように打つのでしょうか。民族音楽の概論ではないので結論を急ぎますが、各楽節や楽章、曲の最後にゴンを打ちます。音楽会などで単調なジャワのガムランの演奏を聴いて、いつ拍手をしたらよいか戸惑ったことがあるでしょう。演奏が止んで一瞬静寂な空気につつまれた後、文字どおり「ゴーン」と、ゴン・グデ(大銅鑼)の音が響きわたったときが曲の終わりです。これは「終わりよければすべてよし」ということなのだなと、初めてガムランを聴いたとき私は思いました。
 そろそろ本題に戻りましょう。バリ語の発音とガムランとに何の関係があるというのでしょうか。
 あなたがバリの片田舎を歩いていたとします。バリの知人に遭いました。彼または彼女は、きっとこう語りかけるでしょう。
 「Lunga kija?」、または単に「Kija?」と。
インドネシア語でお馴染みの (Pergi) kemana?「どこへ(行くの)?」です。
 文字で書けばそのようですが、発音はどうでしょうか。インドネシア語を知っている人は、こう言うでしょう。
 「バリ語って、インドネシア語の親戚だろ。だったら、『ルガ・キジャ』じゃないの」(この「ガ」は、鼻濁音)と。
 ところが、バリ語では、最終音節の終わりにくる「a」は「o」ないし「e」(曖昧母音)に似たように発音します。日本語の「エ」よりも口を横に開いて「オ」と発音すればよいでしょう。したがって、上の例では「ルゴ・キジョ」となります。もちろん、地域差(方言)や例外もあります。
 ジャワ語はもっと徹底していて、最終音節が「a」で終わっている場合、もう一つ前の「a」も「o」、さらにもう一つ前の「a」は「e」(曖昧母音)と発音することがよくあります(標準語とされるマタラム地方=ソロ、ジョクジャのジャワ語)。例えば、ジャワの古都といわれるソロへ行かれた方は、街の看板に、時々サラ(Sala)と書かれているのを不思議に思ったのではないでしょうか。ソロは、ジャワ風に書けば Sala ですし、インドネシア語で書けば Solo になります。でも、どちらも「ソロ」と発音します。
 また、バリ語やインドネシア語でも「a」を「e」と発音することがあります。一例をあげましょう。
 nagara「国、都市国家」という語は、インドネシア語、ジャワ語、バリ語に共通しています。この語は、もともとインドのサンスクリット語「ナーガーラー」nagara からの借用語=外来語です。しかし、発音は三者三様です。

  • インドネシア語−「ナガラ」nagara、「ヌガラ」negara
  • ジャワ語(ソロ標準語)−「ヌゴロ」nagaraまたはnegara=negoro
  • バリ語−「ヌガロ」negara=negaro
 最近のバリの小学校では、一音節語(kaなど)の「a」と、後ろから数えて三つめの音節にある「a」は「e」(曖昧)と発音するように教えているようです。
 いずれにせよ、発音の変わる母音が必ず最終音節から数えられているのは、ゴンの打ち方と同じです。ここにも、「終わりよければ・・・」の思想が現われているのではないでしょうか。
 本講座では、「a」を「o」ないし「e」と発音する場合、例えば negara のように太字で表記します。ただし、発音の仕方は、話者の出身地や出自、年齢などによって違う場合があるので、現地で実際に会話する人の発音を聞いて確認されることをお奨めします
 なお、個々のアルファベットの発音については、第1回「発音」をご覧ください。

■バリ語の敬語とその文化的背景について
 バリ語は、日本語と並んで敬語表現の発達した言語です。「普通語」(普通体)「粗雑語」「敬語」(敬体)の三つに大別されます。basaとは、バリ語で「言語、言葉」(インドネシア語の bahasa)のことです。
(1)Basa Biasa バソ・ビヤソ「普通語」は、初対面の人に対し、階位の高い者が低い者に、親が子に、あるいは親しい仲間同士の会話で用いられます。まず最初にこれを習得すれば、一応は誰とでも会話ができます。だからといって、見境なくこの言葉ばかり使うと、「あの人はカサール(粗雑、下品)な人だ」と見られてしまうので、注意してください。また、たとい相手が年下や子供でも、トリワンソ(イダ・バグス(男)、イダユ(女)、アナック・アグン、オカ、ラカ、ライ、アノム、グスティなどと呼ばれる人、つまりワヤン、マデ、ニョマン、クトゥット以外の人)は、いい顔をしません。特に、相手が既婚女性の場合、あなたに対する印象は確実にダウンするでしょう。必要に応じて、敬語を学ぶ必要があります。
(2)Basa Kasar バソ・カサル「粗雑語」は、俗語の類です。バリ語は敬語が発達した言語なので、冗談を交すときや喧嘩のときなど特別な場合を除き、日常では使わない方がよいでしょう。
 後述する敬語との比較から、Basa Biyasa「普通体」のことを (Basa)Kasar と呼ぶことがあります。これは、身分の低い者が高位者に敬語で話し、高位者が低位者に普通語で話すときの言葉を指します。本講座では、このような場合、本来の用法と区別するために「低位語」と呼ぶことにします。
 「敬語」は、さらに四つに分かれます。
(3)Basa Alus バソ・アルス「丁寧語」は、父母や教師、年長者など目上の人に対し、あるいは年下や同年配の大人同士の改まった会話に用いられます。
(4)Basa Singgih バソ・シンギー「尊敬語」(singgih=高い)は、身分の高い人が、自分や家族の呼称、所有物(目鼻などの体の部位、家など)、動作(食べる、寝るなど)などを高貴に呼ばせるための言葉です。現代日本語における尊敬語と似ていますが、自分自身にも使うところが違います。トリワンソ(上述)の人と会話するには、必ず習得してください
(5)Basa Alus Sor バソ・アルス・ソル「謙譲語」(sor=低い)は、身分や地位の高い人に対して、自身の所有物や行為を低く表現する言葉です。使用できる語彙は限られています。
(6)Basa Madia バソ・マディヨ「中間語」は、Basa Alus madia という意味で、丁寧語の一種です。バリ語くらい敬語が発達すると、普通語の中に丁寧なニュアンスを含む言葉が生まれたり、尊敬語の中に比較的気さくな言葉が生まれてきます。そこで、さほど丁寧でもなく、ぞんざいでもないというどちらとも言えない言葉を中間語と呼ぶようになりました。
 バリで売られている観光客向けのバリ語会話帳では、バリ語を三つのカテゴリーに分類した上で、Basa alus「丁寧語」のことをBasa Madia「中間語」と表記しているものがあるので、本来の用法と混同しないように注意してください。ただ、外国人にとって繁雑すぎる敬語を二つにまとめているのは "good idea" です。
 これに倣い、本講座では、謙譲語と中間語は丁寧語に含め、「普通語」「丁寧語」「尊敬語」の三つに分類することにします。
 このように、バリ語は、出自や年齢、男女などに基づく伝統的な階級制度と密接に結びついています
 これからバリ語を学び始めようとする方に、バリ人でも難しいとされる敬語について文面を割いたのには訳があります。バリの人たちは、私たちとバリ語で話すことを喜び、歓迎してくれます。それは同時に、私たちがバリの伝統社会に組み込まれていくことでもあることを忘れてはなりません。少なくとも、彼らはそう意識します。しかし、私たちはほとんど意識しません。彼らの意識の水面下で、私たちが外国人(英語で話す人)から日本人、インドネシア人を経て、「バリ人に近づく」に従い、「バリ人たること」が陰に陽に要求されてくるようになります。
 インドネシア語に飽きたらずバリ語まで学びたいとお考えになり、このページまでたどり着つかれた方は、さぞかし筋金入りの「バリ狂い」であり、「バリ大好き」人間であると思います。ですから、使いこなせるか否かは別として、せめて「敬語」の存在だけでも知っておいて欲しいし、何よりもバリの友人たちの前で恥をかかないようにと、願うからです。
 最後に、エピソードを一つ。以前、私がウブッドに住み着いたころ、半年づつ日本とバリで暮らしているという女性に会いました。「ここで長く暮らす秘訣は」と、彼女はよく言っていました。「『あの人は、バリ語は話さない(話せない)けれど、バリ語の意味がわかっているらしい』と思わせることです」と。もちろん、彼女は、バリ語もバリのこともよく知っていました。くれぐれも、「あの人は、バリ語はよく喋るが、バリのことはからっきし知らねぇ」てなことにならないことを祈ります。

■補註

  • 鼻濁音:インドネシア語を習った人にはお馴染みの発音。喉だけで発音せず、少し鼻に抜けるように発音します。日本語東京方言の「ガ」行の音に近い。<戻る>
  • 最終音節:音節とは、単語を1音(音素)づつに分解し、一定の規則でかたまりにまとめた単位。バリ語では、「母音のみ」や「子音+母音」が一般的です。「lenga」を例にとると、「le」と「nga」が一つの音節です。最終音節とは、最後の音節を指し、「nga」がこれに当たります。<戻る>
  • 方言:バリ語は、地域差の大きい言語です。しかも、標準語や共通語がありません。極端にいえば、自分の村で普段話している言葉が「標準」と考えられています。バリ島は、北部(ブレレン)と南部に分けられ、南部はさらに東部(カランガスム)、西部(ジュンブラナ)、そして中部(それ以外)に分けられます。各地方ごとに方言がありますが、実際には無数にあると考えた方がよいでしょう。したがって、本講座では中部バリ地方の言葉を「基準」とし、その他の方言は取り上げません。また、辞書は、南部方言と北部方言のみ載せているのが普通です。蛇足になりますが、バリ語を人に教える場合、どこの言葉かもいっしょに教えてあげると良いでしょう。「せっかく教えてもらったのに、通じなかった」こともありうるからです。<戻る>
  • 曖昧母音e:これもインドネシア語でお馴染みの音です。日本語の「エ」ではなく、「エ」の口で「ウ」と発音するとこれに近い。<戻る>

■参考文献
 バリ語の敬語について詳しく解説した日本語文献はありません。そこで、ジャワ語の敬語について書かれた本を紹介しておきます。ジャワ語(Basa Jawa)もまた、敬語が発達した言語なので、興味のある方は参考になさってください。

  • 石井和子『ジャワ語の基礎』大学書林,1974年12月.
  • 崎山 理「ジャワ語の敬語」『敬語講座・第8巻・世界の敬語』明治書院,1973年,pp.94-120.

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