連載コラム・藤子な瞬間


月刊FFMM 2000年10月号(2000/10/06発行)より




▼その2「ミノタウロスの皿」

 現実の出来事や日常生活の中でふと「こんな場面がマンガにあったな」と思う、そんな「藤子な瞬間」を紹介します。第二回もF先生のSF短編から「ミノタウロスの皿」です。

 あれは中国の銀行(日本の中国地方ではなく中華人民共和国の銀行です)に自分名義の預金口座を開設する手続きに行ったときでした。日本から口座振替で送金されるお金を中国で受け取るため、地元の銀行に口座を開設する必要があったのです。しかし銀行員には「口座に振り込まれる」ということがわからなかったのか、以下のようなかみ合わない会話が延々と続いたのでした。

送られてくる金を受け取るために口座を開きたい。
銀行員まずはこの銀行宛に金を送ってもらいなさい。その金をもって口座を開きます。
先に口座を開いて、その口座番号を連絡しなければ、送金してもらえない。従ってまず口座を開かねばならんのだ。
銀行員送金ならこの銀行の名前と支店名を伝えて、あなた宛に送ってもらえばよい。金が届いたらすぐあなたに連絡するからそれでよい。
先方が口座振替でしか送金してくれないのだ。
銀行員大丈夫だ。銀行名と支店名とあなたの名前があればちゃんと届く。

 この時思い出したのが「ミノタウロスの皿」の主人公の「言葉は通じるのに話が通じない奇妙な体験」です。私の場合は言葉も十分には通じちゃいなかったのですが、言葉が通じない以上に話が通じなかったのです。何もよその星へ行かなくても、外国というのは背景にある習慣・常識・文化が違うわけで、そうすると言葉の表面的な意味はわかっても「要するに貴君は何を言わんとスておるのか」という状態になるんですね。

 その土地の常識に当てはまらない日本の常識を説明するのも苦労するところです。玄関で履き物を脱ぐとか、床は地面より高いとか、天皇や皇太子などは名前を呼ばないとか、皇族には姓が無いとか・・・。私、今の天皇の名前よう知らんし、皇太子も浩宮としか知らないから名前はわからないしで、訊かれると困るんですよね。日本じゃ「天皇陛下」「皇太子殿下」で済んでるわけで、名前なんか知っている必要ないんですが。

 なお、私の銀行口座ですが、どうにかその日に開設しました。しかし、そこへ振り込まれるはずのお金はなぜか為替のような形で(私の口座にではなく)「銀行に」届いていて、それを口座に入れる手続きは私が改めてやりました。どうなってんだか。

<『ミノタウロスの皿』あらすじ>

 宇宙船の事故でただ一人生き残り、とある星にたどり着いた主人公(21エモンそっくり)。その星の家畜「ウス」は地球人にそっくり、その星の人間は地球の牛にそっくり。主人公は、「血統のよい肉用種」の美しい雌ウス「ミノア」を食卓に上る運命から救おうとするが・・・。

<収録>

●SF全短編1巻「カンビュセスの籤」(中央公論社)
●小学館文庫異色短編集1巻(小学館)
●SF短編PERFECT版1巻「ミノタウロスの皿」(小学館)
 ほか

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