タイ旅行記その2:苛難な南下

10月25日(月)
 矯正博物館というのがある。何の博物館なのか、何を矯正するのか、ガイドブックには何も書いていない。雨の中をバスに乗って行ってみたが閉まっていた。というより入り口付近に無数の鉢植えがあり近づくことすら不能だった。ひょっとしたら、こんな博物館に興味をもつ人の嗜好を矯正するためかもしれない。

 近くのワット・ラーチャマボビットに行く。ここも戸が閉まっていて入れない。どこかに正門があるのか、とぐるりと回ろうとすると、懐かしい三輪バイクの後ろに荷台をつけた簡易タクシー、トゥクトゥクの運転手に声をかけられた。今日は礼拝日だからこの寺には入れないとのこと。これは後で、運転手の常套手段の嘘だと聞く。トゥクトゥクの運転手は誘う。それよりワット巡りをしないか。タイシルクのテーラーと宝石店に寄ればガソリン代30バーツは店でもってくれるんだ。だからあんたは20バーツ払うだけでいいよ。

 誘われるままに乗り込む。最初はワット・インドラヴィハーン。スリランカから来たという巨大な立ち釈迦像。巨大で黄金なのだが荘厳ではないなあ。隣のラッキーブッダというのはやはり大黒様だった。でも運転手に布袋様だと説明してしまったような気がする。悪かった。
ワット・ベンチャマボビット 次はワット・ベンチャマボビット。きらきらと輝く石を随所にはめ込んだ寺。左右対象の優美な建築。この境内で日本語の堪能な姉妹にしつこくスーツを作るよう勧められる。アメージングタイランドのプロモーションで、今日までは安売りで税金カットだとか。ダイアナとかいう店の店員らしい。

 そしてシルクの店へ。最初は黒のシルクシャツを買おうと思っていたのだが、あまりにも店員がスーツとコートばかり勧めるので、止めてしまった。カシミアのスーツとコートは1万バーツくらい、シルクシャツは1500バーツと言っていた。
 最後にワット・モンクット。千年前に建立されたもっとも古い寺。中には入れなかった。境内の柱などに置かれた仏像、武神像などがみな首がとれているのはどうしたことか。ここもアユタヤのようにビルマに攻められたか。
 この境内でも兄が僧侶をしているというおじさんに宝石を買え、今セール中だ、買わないと馬鹿だぞとさんざん勧められる。こうも続くと、シンジケートが裏から手を回しているのではないかと邪推したくもなる。
 最後に宝石店へ。何も買う気はなかった。とにかく二十分いればガソリン代が出るから、と運転手に言われて入ったのだ。エメラルドもサファイアもまるで興味がなかった。ただの光る石じゃねえか、こんなもん。
 しかし、店員の「これ、ブルートパーズ」の言葉に強く惹かれるものがあった。ブルートパーズの指輪。水野先生の名曲である。本当に、あなたが好きです。本当に、本当に、大好き。ああ、それが一万バーツ? ちょっとまけてくれる? オーケー? リサイズオーケー? 支払いはJCBカードでオーケー? おいおい、買っちゃったよ。馬鹿だねえ。うん、馬鹿です。宝石を買ったんじゃない。水野先生を買ったのだ。

 そしてホテルへ。雨がひどいので昼食はホテルのコーヒーショップで。でも実は中華茶房でした。チャーハンとシンハビール。結構美味い。
 バスの時間まで、部屋でテレビを見て時間つぶし。タイのテレビのバラエティ番組はだいたい日本のと同じ構成。ああ、これは松村の役割だな、これは松本明子の役だな、と台詞までほぼ推察できる内容。まあ、日本の番組もほとんどアメリカの構成をパクっているわけだからね。穴井夕子に似た歌手が歌っていたが、日本のほどお高く止まっていなくて愛想がよかった。西野妙子に似た歌手もいたが、バンコクの西野妙子は元気にやっているようだった。

 四時に駅構内の旅行代理店へ。ここで集合し、プーケット行きのバスに乗るのだ。ところがそれがなかなか来ない。不安になりはじめた頃、ようやく係員がやって来て、マイクロバスで移動。カオサン通りらしい賑やかな通りのちょっと先で、VIPバスという超豪華バスに乗り換える。超豪華と言ってもフロントガラスはひび割れている。

 客はほとんど欧米人だ。東洋人は私と、一人の青年だけ。その青年が週刊宝石を読んでいるのを見て、話しかけてみた。
「日本の方ですか」
「そうです……あっ、あなたも日本人だったんですか」
 私はいったい何人だと思われたのだろう。そのくせタイ人は私の国籍を見誤たず、「マッサージ、五百バーツ」とか「安いよ、安いよ」などと日本語で話しかけるのだものなあ。
 しかし洋もののお姉ちゃんって、どうしてああも陽気なのかね。天理教なのでしょうか。肌は露出してるし。

 バスは夜の闇の中を疾走する。雨だ。それも豪雨。最初に給油に入ったところなど、30センチくらい水が溜まっていた。それでもバスは百キロを超えるスピードで疾走する。途中三回の休憩。真夜中、二回目の休憩でお粥を食べる。まあ変な時間に頼んだ私も悪いけどさ、冷えていたしぐちゃぐちゃだし、いやあ不味かった。

10月26日(火)
 早朝6時、ようやくスラターニーに着く。ここでバスを乗り換える。サムイ方面とプーケット方面に別れるのだ。これがなかなか来ない。係員に聞くと、バスが来るのは七時半とのこと。

「これって、ガイドブックでは所要十五時間となってるけどさ」
「実際に走っている時間は、たしかにそうですけどね」
「でも十七時間と書いて欲しいよなあ」
 などと日本人青年と愚痴をこぼしながら待つ。

 ようやくエアコンバスが到着し、乗り込む。またもバスは、凄いスピードで疾走する。
 土が赤い。これはタイの色なのか。道ばたにバナナの木や、パパイヤの木が生えている。みんな実を付けている。パパイヤなどは高さ一メートルくらいの細い樹が、三十センチくらいのでっかい実を十個近くも実らせている。折れないのだろうか。

 十二時、ようやくプーケットへ。タウンをちょっと見て回るつもりだったが、半ば強制的に乗り合いタクシーに乗せられ、カタビーチに連れて行かれる。まあいいか。
 海は荒れている。どうもこのシーズンはこんなものらしい。もう雨期も終盤なので、若干優しいと思ったのにな。みんなサムイに行ったわけだよ。

 荷物を抱えてダイビングサービスへ。東さんという人が対応してくれる。海が荒れているのでビーチが使えず、全部ボート講習になる四日間コース、10500バーツ。ついでに宿も紹介してくれませんか、と厚かましく頼むと、東さんはじっとこちらの人相風体を値踏みし、じゃあ近くのスマイルインがいいでしょう、と教えてくれる。
Smile Inn 華僑系タイ人の経営らしい。「中国語は話せるか?」と聞かれ驚く。中国人に見られたのだろうか。バスタブがないことを除くと、立地、冷房、テレビ、冷蔵庫、申し分なし。従業員がちょっと愛想がないけどね。でもいい人らしい。あと、水の出が一定でないことか。

少し波が荒いカタビーチ 両替ついでにビーチを散策。するつもりだったが道に迷う。行けども行けども海が見えない。どうも海岸よりひとつ奥の道を通ってしまったようだ。湾の突き当たりまで行ってしまった。そこから海沿いの道がある。ああ、こっちだったのか。海岸通りを通ったら、ああ、ビーチだ。欧米人がほとんど。波が高いせいか、ほとんど泳いでいない。みんな、チェアに寝そべったり、マッサージをしてもらったり。トップレスはいない。しくしく。

 近所のスーパーで買い物をする。タイの焼酎で、沖縄の泡盛のルーツと言われるラオカーオを見つけて嬉しかった。この匂い、この味、ああ確かに泡盛の味だ。
 夕食を食いに行く。つい道に迷って、また海岸に行ってしまい戻る。サンセットという店でシーフード盛り合わせとココナツスープ。無論シンハー。ココナツのわずかな甘さと海老のダシが溶けあって美味。辛いけどね。あまりに汗が出るので、ボーイに笑われてしまった。
 その後バーを見つけ、カクテル。たしか二杯飲む。というのはそのあとどうしたのか、いつ宿に戻ったか、どうして戻ったか、まるで記憶がないのだ。気がついたらホテルの部屋で寝ていた。眼鏡をどこにやったかすら憶えていない。コンタクトをつけて探そうとするが、どうしても装着できない。おいおい。よく心を落ち着けて探すと、シャワー室に眼鏡があった。これが十二時。次に目が覚めたのは五時。完全に二日酔いだ。やれやれ。

今日と昨日の収支
 残金 約1940バーツ
 バス代 3・5バーツ
 トゥクトゥク 20バーツ
 ワット・ベンチャマボビット 20バーツ
 指輪 8500バーツ(カード支払いにつき今回の旅行からは除外)
 昼食 90バーツ(チャーハン、ビール)
 ウィスキー、水、たばこ、ライター 115バーツ
 計 約250バーツ
 残金 約1700バーツ
 夜食 35バーツ(粥) 50バーツ(ビール)
 朝食 30バーツ(豚肉と卵の煮込み飯) 30バーツ(ビール)
 トゥクトゥク(プーケットタウンからカタビーチまで) 100バーツ
 買い物(ラオカーオ、ビール、シュウェップス、スナック2、ガムテープ、タバコ) 211バーツ
 ビーチサンダル 250バーツ
 ダイビング講習 4日間 10500バーツ
 夕食 シーフード盛り合わせ、ココナツスープ、ビール 約500バーツ
 カクテル二杯 300バーツ?(ごめん憶えてない)
 計 約12000バーツ
 両替 5万円トラベラーズチェック 18374バーツ
 残金 約8000バーツ


戻る       次へ      目次に戻る