いや〜、FUNは楽しかったですね。まるで昨日のことのように、鮮やかな映像が浮かびました。
メンバー同志でいる時に、彼らは本当に嬉しくて楽しかったし、今もそうなんだなって思いました。でもやっぱり、最初のメドレーは辛かったな。
タケの声。あとハーモニーと音が合ってないように聞こえたんだけど。キーが変わっている影響は大きいし、ノリがなかったね・・・。
この状態を見ると、ライブは他のメンバーがヴォーカルを取る曲がかなりあるだろうなと思った。
もう、私が変わりに歌ってあげたいくらいだ。
ところでイージーライダーさんのお話、面白かったです。確かにビートルズその他の影響について、ゴダイゴの曲には「模倣」の形では現れていないと思います。
彼らの中で昇華してから曲になるからか、自分の感性を通って出てくる音になってますよね。
Angels are watching over youはホント、嬉しくなりますね。まさに「こんな曲かけたんなら、早く出さんかい」です。
タケのコーラスはImitationを始め、Dragons & Damonsなんかを彷彿とさせるし、途中の展開やフレーズ間の流れなんか、
ゴダイゴがよくライブで使う音になってて、嬉しかったです。
タケが日本語の歌詞を書いたり、歌ったりし始めたことによる曲への影響、って話がありましたね。なるほどな〜って思いました。
タケの場合、英語に音を乗せている方が、フィーリングがそのまま表現できるような感じがします。
やっぱり言語ってその国の文化だし、音楽が国によって違うのは言葉の持つ音のためですよね。
ゴダイゴの音楽の持つ自由な広がりって、メロディや展開を限る考えがなかったから生まれたんだと思う。
日本語に音を乗せると、言葉の持つ音に引っ張られて制約が生まれる。
曲を先に作って後から詞を乗せる場合は別ですが。別の言い方をすれば、日本語には日本語にあったふしまわしがあるということですけど。
それをタケみたいに日本語を母国語とする人が、英語に音を乗せるもんだから、また面白い発想の音ができあがるんじゃないかな。
ビートルズの真似にならない音のわけは、そんな所だったりして。 ところでReturn to China、本当に感動します。
これってゴダイゴの復活を歌ってると思うとその通りに聞こえます。
「昔交わした約束」、っていうのはゴダイゴ結成時の世界へ出て行く音楽、っていう約束だし、
「僕らが一つだった場所へ戻ろう」とか、「最高峰の頂に届く栄光」なんてそのまんまだし、
to find ourselves "what we have done"を「僕らが成し遂げたことを振り返る」なんて意訳すれば完璧です。
私はいっつも、そういうつもりで聴いています。浅野さんのギターも細やかなピアノも、大好き。
なにより、「ゴダイゴ」に戻ろう、って聞こえるんだよ〜。私だけかな?
これ、タケが歌うとどんな感じなのかな、って思ってしまう。
今聴いても、ゴダイゴの音楽って独特で、何にも流されてないって思う。
タケのソロ(ゴダイゴの前後とも)とゴダイゴ時代のタケの曲とを比べてみると、ゴダイゴ時代の方が、広がりがあって、その特異性が異彩を放ってるなって思う。
タケとミッキーって、そういう意味で互いに必要な関係だと感じるし、二人で作る音楽にゴダイゴがアレンジを加えていくことで奇跡が生まれるんだなって。
バンドになることで、1x5が二倍にも三倍にもなる。
今までずっと長い間、別の音楽を聴いて離れていても、ゴダイゴに戻ってくると、そこにはちゃんと私の場所が空けてありました。
Sprinter liftbackに出てくるような太陽の国、サンデッキにいるようなあったかくて、優しい場所です。
色んなわだかまりが融けて今があるはずだから、コマーシャルなことや市場を意識しないで、創る人たち、に戻って欲しいです。
今のゴダイゴが彼らにとっても心地よくて、刺激的な場所なら、彼らは3ヶ月を越えてゴダイゴであり続けると思います。
音楽家だから彼らは、ライブでどれほど盛り上がろうとも、音に耳が行くし、全神経も集中してるはず。
だから一つには、ライブでもセッションでも、音が合って自分がぴったりフィットしている感覚を感じれば、そこにいたいと思うんじゃないかな。
ソロでタケがゴダイゴの曲をやったとき、歌いずらそうだったというお話がありましたけど、まさしく楽器隊なんてその世界。
この5人じゃなければ駄目だという感覚をライブで味わって欲しい。
もう一つには、楽曲に対する愛着や発展性をメンバーみんなが見出していかれるか、ですよね。
トイレットペーパーにまで音符を書いてしまった頃のような、インスピレーションがタケに戻るといいな。
そしてこうした二つの要素を刺激していくのが、ライブでの私たちの反応だと思う。
ファンと一体になれる、自分たちの新しい音楽を受け入れてもらえる、そうしたことはとても重要。
ゴダイゴの新譜を手にする感動を、これからも味わっていきたいですよね。
私も通勤時にCDを聴いているとき、「あぁ、きっと今も同じものを聴いてる人がたくさんいる」って思って感動しています。
ところで先日はチャットでみなさんに、お世話になりました。お陰様で無事振り込みも終わり、ライブを逃さず済みそうです。
ありがとうございました。
■『RE:Return to Godiego』 (1495-1489) 1999/10/31(日)10:17 ぴろ |
タケは、風邪をひいていたのかなと、思いました。それと...。
「喉」の病気に罹ったのかな〜とも。これは、現在ではなく。過去に。そんな話しは聞いたことないのですが。
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■『RE:Return to Godiego』1999/10/31(日)23:00分(1498,1489) くま |
>タケは、風邪をひいていたのかなと、思いました。
>それと...。「喉」の病気に罹ったのかな〜とも。
>これは、現在ではなく。過去に。
>そんな話しは聞いたことないのですが。
タケは以前に扁桃腺を治療しています。(MORエッセイ参照)それが少なからず影響しているのですよ。
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■『RE:Return to Godiego』 (1503-1489) 1999/11/01(月)09:36 ぴろ |
くまさん横レスありがとうございます。
へん桃腺処置は、80年始めだと思うのですが、あの影響が出ているのでしょうか。
医者でもない人が推測しても仕方ないとは思いつつ。やはり気になって。
MORの時代はもちろん、その後もずっと聞いてきましたが、異変(と言ってしまっては、いけないかな)に気付いたのは、今年に入ってからなんですよね。
CDでは、気付かないだけ。ライブでも単に興奮していて気付かなかっただけ。なのかしらん。
(さすがに近年は、興奮する年でもないので、落ち着いて聴いていたつもりだったけど「タ〜ケ〜〜〜。キャ〜〜〜」みたいなのり・・)
ともかく、今の状況をできるだけ、楽しもうと思います。
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■『RE:Return to Godiego』(1507-1489) 1999/11/01(月)12:10 necco |
私もReturn to Chinaを聞くと感動します。
ゴダイゴ復活の象徴的な曲だという気がします。
それだけに、「ベストテン同窓会」での、ミッキーのちょっと恐い雰囲気のヴォーカルとタケカワさん「棒立ち」状態が悲しかったです。
でも、あの時タケカワさんが1ヶ所だけ発声した「And to find ourselves」のところが耳について離れなくて、
今回のアルバムでも(ミッキーの真摯で力強いヴォーカルもいいんだけど)「タケカワさんが歌っていたらどうだっただろう」と思ってしまいました。
LIVEでタケカワさんがヴォーカルとるとか、二人で歌うとか、そんな奇跡おこらないでしょうかね。
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