Genesis y:25.5 差し入れ
"Talking with a stranger"


「羊が 7981 匹、羊が 7982 匹、羊が 7983 匹、‥‥」

ボスッ

「‥‥ 寝られない。何故? ‥‥‥‥ いいか。‥‥ そうしよ」


コンコン

「‥‥ なんだ?」
「差し入れです」
「差し入れ? ‥‥ 乗れ」

カチャ、バタン

「はい」
「本当は受け取れないことになっている。が、まあいい。差し入れ、感謝する」
「‥‥」
「どうした? 戻らなくていいのか? 碇シンジ」
「眠れなくて ‥‥ あの、お名前は ‥‥」
「保安局の規則で教えられない」
「でも、‥‥ えと、僕はシンジでいいです」
「仮にで良いなら、タロウとでも呼んでもらおう。シンジ君」
「タロウさん ‥‥」
「なんだ」
「ネーミングセンス、その、‥‥」
「シンジ君。君は少し勘違いをしている。 『タロウ』というのは断じて私のセンスではない。
‥‥ 気取った名前から癖を読まれる、それが命取りになることもある」
「あ、そうか ‥‥ ごめんなさい」
「分かればいい」
「あ、でも加持さんやアルさんは?」
「名前自体がトラップになっている者もいる。人それぞれだ。 私も名を持つことがある」
「それはアルさんみたいなお仕事も?」
「ノーコメント」
「あ、その、護衛、いつもありがとうございます ‥‥」
「仕事だ。礼を言われる筋合いは無い。 それに、どちらかと言えば目障りだろう?」
「はい、あ、いえ、そんなことないです」
「ふ。正直だな。 死ぬなよシンジ君。正直な人間はトラブルに巻き込まれやすい。
そして、我々の手は必ずしも万全ではない」
「‥‥」
「つまらない話だったな。脅すつもりはなかった。
ところで、どうした。眠れないというのは」
「なんか、その ‥‥」
「?」
「良く分かりません」
「分かった。ファースト、セカンドの不存在はサードを不眠にする、 上にはそう報告しておこう。
君がおいてきぼりを食わされる心配は次回から無くなるだろう」
「え、いいです、そんなの、」
「‥‥ 『違う』、とは言わないのだな。事実としては認める訳だ」
「‥‥ そうかも、しれません。タロウさんも脅すし」
「言っておくが、脅したのは君が眠れなくなった後だ。
しかし無理にでも眠れ。
体力が落ちている者を救うのは、そうでない者より格段に難しい。 ファースト、セカンドの二人まで不眠症にしたくなければ、まず寝ておけ」
「‥‥ はい」

カチャ

「おやすみなさい」
「‥‥ 二人は、明日の昼過ぎに戻る。君がまだ知らなかったら、だが」
「あ、いえ、ありがとうございます ‥‥」

── ある木曜日の、夜中すぎの散歩の中の出来事。


作者コメント。 どうしようもなく、寂しいこともある。そのことに腹立つことさえ、ある。
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