Genesis λ:1 「転校生、襲来」
ANGEL ATTACK


ドアを蹴飛ばして部屋に入ると、シンジは薄暗い部屋の中でまだ駄眠を貪っていた。 窓へ寄ってカーテンを開け、陽をシンジの顔に導く。 シンジがもぞもぞいいだしたところで、息を吸い込んだ。

「バカシンジっ!!」

シンジが薄目を開けてぼんやりしている間に、 あたしは窓に手を伸ばして鍵を外して大きく窓を開けた。今日も良い天気。
それにひきかえ、 シンジはまだ布団の中で静かにしている。とりあえず目は開けているようだけれども。 今日から中学 2 年生だというのに、昔からちっともかわらない。 3 日ぶりのシンジの部屋の中を見回すと、鞄が机の上に乗っていた。 新学期ということは忘れていなかったらしい。
あたしは依然として布団の中で固まったままのシンジに冷たい視線を向けた。

「ようやくお目覚めね、バカシンジ?」

シンジがようやく口を開けた。

「‥‥‥‥‥‥ 何だ、‥‥‥‥ アスカか ‥‥‥‥」
「なんだとはなによ。こうしていつも遅刻しないように起こしにきてやっているのに、 それが幼なじみに捧げる感謝の言葉?」
「ああ、ありがと ‥‥‥‥ だから ‥‥ もう少し寝かせて ‥‥‥‥」

一通り言うべきことは言ったつもりらしく、そのまま眠りに入ろうとする。 あたしはため息をついて、鞄を絨毯の上に置いた。

「なに甘えてんの!
もおっ、さっさと起きなさい、よっ!」

そして、おもいっきり布団をはいだ。

「‥‥ きゃああ! エッチ! ばか! 変態! しんじらんない!」
「しかたないだろ、朝なんだからぁ!」
「何わけわかんないこと言ってんのよ!」

おもいっきりひっぱたいたのは、言うまでもない。
彼が着替えている間、部屋の外であたしは息を整えていると、 階下までさっきの叫びは届いたらしく、話し声。

「シンジったらせっかくアスカちゃんが迎えに来てくれているというのに、 しょうのない子ね」
「ああ」

ドアが開いて、シンジが顔を出した。 シンジを横目で盗み見ると、シンジにも聞こえていたらしい、 すこし複雑な顔 ‥‥ でもちょっと赤い。あは。
‥‥ あたしもかな?
「泣いた烏がもう笑った」‥‥ おもわずそんな諺が頭に思い浮かんだ。

「あなたも新聞ばかり読んでないでさっさと支度してください」
「ああ」
「もう。いい歳してシンジと変わらないんだから」
「君の支度はいいのか」
「ハイいつでも」
「‥‥‥ 会議に遅れて冬月先生におこごと言われるの、 私なんですよ」
「君はもてるからな」
「‥‥ ばか言ってないで、さっさと着替えてください」

二人の会話はいつ果てるとも知れず、そんな調子で延々と続いている。 聴き入っていたのを、ふとシンジに振り向いて、

「‥‥ ほら、さっさとしなさいよ」
「わかってるよ、ほんっとうるさいんだから、アスカは」
「なんですってぇ!」

もいちどシンジをひっぱたくことになった。
シンジの不満そうな顔は、 つまりあたしがぼんやりと聴き入っていたことにたいするものらしいけど、却下。

「‥‥ じゃあおばさま、いってきます」
「いってきます ‥‥」

シンジは対照的にぼそぼそっとした声。 もっとも、朝から二度もはたかれていて元気がでるようなら、 むしろその方が気味悪いかもしれない。 シンジの頬は両側とも赤く腫れたままで、 おたふくのようなその顔にあたしはつい吹き出しそうになる。

「はい、いってらっしゃい」

その母親はと言えば、 息子の不満げな様子も気にすることもなく笑顔で私達を見送っていた。


登校途中、大通りの歩道を二人して走っていたところへ、 左から斜めに入って来る脇道から誰かが飛び出してきた。 信号もないような小さな交差点ということで、 まあ、前に置いてあるミラー見ていればぶつからずにすんだかもしれないけど、 そんなのいちいち見ていない。
シンジは脇からショルダータックルされた格好になって、 そのままガードレールに衝突し、頭を抱えていた。

「シンジ ‥‥?」
「つーぅ、いったぁ ‥‥」

飛ばされた鞄を拾って、シンジのところへ行き、顔を覗きこんだ。 べつだん、怪我とかは無いように見える。服のほうも、‥‥ べつにたいしたことはない。 問題は ‥‥

「‥‥ 頭は ‥‥?」
「‥‥ ん、‥‥ 大丈夫 ‥‥」

振り返って、何がぶつかったのかと思えば、 彼女は、うちの学校の制服を着ていた。でも断言していい。彼女は転校生だ。 あたしは学校で見たことがない。‥‥ 空色の髪の子なんて。

「いたたた ‥‥」

こちらも頭を抑えている。 ふと目を開けて、こちらを向き、 そして、ささとスカートの裾を直し、

「えへへ、ごめんねぇー。マジで急いでたんだ。ホントごめんねー」
「はあ ‥‥」

シンジのボケた返事もろくに聞かず、 彼女は、ぱっと立ち上がるとそのまま駆け出して行った。


ミサト先生を教室で待っている間、 窓際でたむろしている三人組を目で指し示しながら、 あたしはヒカリに向かって嘆いてみせた。

「そーれにしても、変わり映えのしないメンバーよね」
「組替え無いんだから、しょうがないじゃない」

シンジ、鈴原、相田の三馬鹿トリオ。
ヒカリも苦笑している。まあ、いてほしいのもいるし、 三人いると煩いし、その辺が難しいところ。 ヒカリがふと何かを思い出した。

「あ、でも、一人増えるって」
「なんでヒカリが知ってんのよ」
「昨夜、先生から電話があって」

と、いうことはつまり、目の前のヒカリが今年も委員長をやる、ということなんだろうな。 ほとんど全員の諒解事項 ‥‥
まあ、ヒカリがそれと知っていてにこにこしている分にはあたしはかまわないけど。

ミサトが教室に入って来たのは、それからすぐだった。

「きりーっ、れい、ちゃくせき!」
「よろこべ、男子! まずはウワサの転校生を紹介する!」

そこで顔を出したのは、今朝、シンジとぶつかった娘。髪の青白い娘というのが複数、 この学校に転校してきたのでないかぎり。 ‥‥ 双子で引っ越して来たら、そういうこともあるかもしれない。 けど、まあ、そんな現実逃避が許されていた時間はたいして長くもなかった。

「綾波レイ、です。よろしく」
「ああーっ!!」

まずシンジが気付く。

「あっ、あんた! 今朝のパンツのぞき魔!」

そして転校生が。‥‥ やっぱり本人か。反射的に立ち上がって机を手で叩いた。

「ちょっと、言い掛かりはやめてよ! あんたが勝手に見せたんじゃない!」
「あんたこそなに? すぐにこの子かばっちゃってさ? なに、できてるわけふたり?」

う ‥‥ 手強い。

「た、ただの幼なじみよ! うっさいわねえ」
「ちょっと授業中よ! 静かにしてください! 先生!」
「あらー、楽しそうじゃない。あたしも興味あるわ、続けてちょうだい!」

ヒカリのサポートもミサトのちゃちゃで虚しく、‥‥ などというのも予想の範囲、 当の転校生が先生の反応に瞬間、戸惑ったのを見過ごすことなく、 手に入れた数秒を無駄にすることなく、先にたたきこんだ。

「だいたいあんたねぇ、シンジをおもいっきり突き飛ばしておいて ‥‥」
「ああー、誤魔化そうとしてるぅー」
「そうよ、アスカ、誤魔化しはいけないわね?」

転校生とミサトが連合、こいつらはっ!
机の上で拳を握り締める。隣のシンジが眉を顰める気配。

「それに、そこのパンツ覗き魔君以外の子が覗いたら
あなただったら、突きとばす位じゃすまさないでしょ?」
「別にシンジが覗いたってぶちのめすわよっ!」

彼女が少し意外そうな顔をして、そして納得したように頷く。

「それだけ頭に血が昇ってれば簡単に引っかかるって思ったら、
‥‥ 筋金入りの照れ屋さんなのね。素直が一番!
と、こんなところで自己紹介を終ります。よろしく」

ぺこっと一礼の転校生。

「先生、席は ‥‥」
「あ、せき、席ね、席は ‥‥ あそこ、座ってくれる?」

ミサトが呆然としながらも、窓側の一番後ろを指示する。 あたしはその場に立ったまま、彼女が席に移動するのを眺めていた。
席についたところで後ろを振り返っていたあたしと目が合い、彼女は微笑みを返してきた。


他の人達は去年から一緒だった中に独り放り出された転校生は 初日の朝から十分に皆に印象づけることに成功していた。 多分アルビノ体質だというその特徴も特に悪い方には働かず、 すでにクラスに融け込んでいた。
その派手な自己紹介に付き合わされたと知ったあたしはというと 午前中は口をきくこともなく済ませていた。 席が離れていたということもあるし、お互い不干渉を決め込んだところもある。

昼休み、まだ少し腹立たしいところが残っていたあたしは、 昼御飯を軽くすませると音楽室に向かった。 そこに多分、シンジがいる筈だった。

実際、音楽室の前の戸に手をあて耳を澄ませると、チェロの音が僅かに洩れ響いている。 私は後ろの入口に回って、そっと中に入った。 がらんとした音楽室では、予想通りシンジがチェロをひいていた。 一番後ろの机に腰かけ、柱にもたれて目を閉じてシンジの奏でる音に聴き入った。
時々はあたしもシンジに合わせてピアノを弾くことがある。でも今日は聴くだけ。
彼のチェロは、正直言ってあまり上手いという訳ではない。 丁寧だけれど、伸び切った音が出ていない。 柔らかく包み込むような音色で、あたしの(苛めている)所為かという軽い罪悪感とともに、 でもこういう優しさもいいなと、つい微笑んでしまうような。

曲が終っても、しばらく余韻に浸ってあたしは目をつむっていた。 部屋を満たしていた音が抜けるころ、パチパチパチ‥‥ と、入口の方から拍手の音。 目を向けると転校生が入口から顔を覗かせていた。
転校生はシンジの側に寄ってチェロの前に屈みこんで、

「これ、チェロ? 上手、上手」

シンジも苦笑していた。

「5 才の時から始めて、この程度だからね。才能なんて別にないよ」
「継続は力? すこし見直しちゃった」
「先生に言われて始めたことだし、すぐやめてもよかったんだ」
「じゃ、何で続けてたの」
「誰も止めろって言わなかったから」

‥‥ なんていうのか、会話が続かなくなるようなことを平気で言うシンジ。 転校生もどう答えていいのか戸惑っている。 あたしは心の中で微笑みながら、机から降りた。その音に彼女が気付く。

「あ、パンツ覗き魔君の自称幼馴染みの彼女!」

‥‥ 態度がものすごっく違うんだけど、 いきなり悪意しか感じとれなくなったのは何故なんだろう。

「あんた人の名前くらいおぼえときなさいよね」
「だって、惣流アスカって覚え辛いんだもん」
「‥‥ きっちり覚えてるじゃない。転校生」
「私は『転校生』じゃない。『綾波レイ』」
「覚えてるわよ。あんたのくらいあっという間に覚えたのって初めてだわね」
「やっぱりぃ、出会いが印象深かったからねぇ」
「これっぽっちも覚えてなかったくせに」
「私が惣流さんに初めて会ったのは教室で。OK?
惣流さんが私と会ったのは、登校途中の道端で。OK?
‥‥ ほら、二人とも印象的な場面で出会ってるじゃない?」
「‥‥ まあ、いいわ。それと、『アスカ』でいいわよ」
「そお? じゃ、『レイ』でいい ‥‥ アスカ」

その時、昼休みの終りのチャイムが鳴る。 シンジはと見回せば、チェロを片付け終って準備室から出て来るところだった。 いつのまにやら避難してたわね ‥‥?
あたしの冷たい視線に気付いて、びくとしながら、シンジが口を開けた。

「‥‥ 終った?」
「‥‥ 何が終ればいいわけ?」
「あ、えーと、昼休み。終ったし、教室、戻ろ?」
「‥‥ そうね。そういやレイはなんでまた音楽室なんかに来たの?」

照明を落しながらあたしはレイに尋ねた。
こんな校舎の果てに、迷子?

「アスカ探してたのよ」
「あたし?」
「この街、案内してもらおと思って。ど?」

そう言って、レイが立ち止まって振り向いた。
御指名の意味をちょっと取りかねて、わたしは顔をしかめた。

「なんであたしが ‥‥?」
「そりゃ、来たばっかりで仲良しさんっていったら、アスカくらいしかいないし?」
「‥‥ 誰が仲良しさんよ」
「アスカ」

びしっと断言するレイ。

「だ」
「ちょ、ちょっとアスカ、」

少し離れて眺めていたシンジが腕をひっぱって、あたしに囁きかけてきた。

「あれが綾波さんの謝り方なんじゃないの? これからは仲良くしよ、っていう」
「‥‥ まあ、いいわ」
「‥‥ ってところで、半日借りるわね、ごめんね、デートのじゃましちゃって」
「誰が誰と?!」
「音楽室のあれは? 二人いい雰囲気〜 って?」

まずシンジが逃げ出した。つまり、「先行ってて」と一言残して音楽室の方へ走り出した。
‥‥ ずるい。
シンジが走って行く後ろ姿を眺めていると、レイが袖を引っ張った。 レイも振り返ってシンジを見ている。

「アスカ」
「ん?」
「ごめんね。音楽室、‥‥ 邪魔だったよね」
「‥‥ だから、違うって」

そんなに悪くないかもしれないと、あたしは思った。
うまくやっていけそう。‥‥ 多分。


はじめまして。私、綾波レイっていいます。
今日から第一中学校に転入してきました。
よろしく ‥‥ ってちゃんと挨拶しようと思ってたのに。
ほーんと、あの二人って面白いわよね!
‥‥‥‥‥ でも、ちょっと、羨ましく思う時もある ‥‥ かな。
次回は
「レイ、心のむこうに」
次回も、サービスサービスぅ!
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