Genesis y:18 最後の敵
"The Lance of Longinus"


ダミープラグによる、弐号機起動実験。

「技術部の人がほとんど出払ってるこの時期に、なんでやるんです?」

冬月は答えた。

「私じゃいかんかね? ‥‥ まあ、 セカンドチルドレンが居ないこの時期についでだ、ということなのだが」

対ロンギヌスの槍のための兵器の整備状況を知るためだ、
とは口が裂けても言えない。

「強制シンクロ、入ります!」
「内部バッテリを外しておくのを忘れるなよ!」
「内部バッテリ残量ゼロ! 確認!」

暴走が確実視されている強制シンクロ実験のため、
暴走時間を出来るだけ短くするための調整が行なわれている。

「それに、ダミープラグに強制シンクロを掛ける実験はやってなかったからなあ」
「でも、暴走するの分かり切ってるじゃないですか。 こんな不安定なものを組み合わせて」
「だから一回もやってなかったんだがな。平和な今しか機会が無いだろう? データを採るためだけに実験ができるなんてことは」
「そうですね」
「‥‥ シンクロ率 10% ‥‥ 20% ‥‥ 加速的に上がって行きます ‥‥ 100% 突破 ‥‥」
「それに、人命考えなくていいからなあ ‥‥ 気楽に」
「弐号機暴走します!」
「‥‥ でもないか。回路切断! 暴走時のシンクロ率は?」
「280% ですね。人の時よりは高いというのは ‥‥ ?」
「ふむ。もう一度テストできるか?」
「‥‥ 今すぐは整備できませんね。明日でしょう」
「そうか。では、こんどは 200% になるときに自動的にブレーカーが落ちるようにしておいてくれ」
「はい。分かりました」

翌日のテスト。

「まもなく、200% に達します‥‥ ブレーカー落ちました。弐号機、停止します」

冬月は振り返った。

「これで、安全にテストできるようになった訳だ」
「はい」
「で、だな。停止直後の状態を徹底的に記録してみてくれんか?」
「副司令? 何を ‥‥」
「内部バッテリを使わない場合に限るが、暴走寸前でダミープラグを切り離し、 鎮静後に再接続というフィードバックを掛けた時にどうなるか ‥‥ が知りたい」
「‥‥ なるほど。分かりました」
「じゃ、あとは頼む」


「結論から申しますと、今のところは使いものになりません」
「何故かね」
「プラグ切断後の再接続から起動までのタイムラグが数秒あります。 実戦時に、ときどき数秒停止するエヴァというものは ‥‥」
「使えんな。確かに。その時間短くならんのか? 新防衛システムの場合、立ち上がりは 1000 分の 1 秒で 2000% を越えた。 原理的にはできるのでは?」
「今はその方向に研究が進められています。 ダミープラグの反応が鈍いことが原因ですから、 ダミープラグの改良ができれば ‥‥」
「しかし今やたった一つしか無いダミープラグをいじくりまわして 万が一にも壊すわけにはいかんか」
「だけでなく、ノウハウを持った人が居ません。公式のレポートだけでは ‥‥」
「赤木君かね?」
「はい」
「それは、諦めざるを得ないな ‥‥ 伊吹君がドイツから戻って来るまでの辛抱だな。
もっともその場合には、弐号機パイロットも戻って来る訳だが。
もうすこしつめてみてくれ。 1000 分の 1 秒とは言わん。せめて 1 秒を切ってくれれば実用になる」
「‥‥ はい。分かりました」
「ああ、それと」
「はい。なんでしょうか?」
「すっかり忘れておったが。 新防衛システムに沈めた 5 体のエヴァな、いまどうなってる?」
「‥‥ あれは、回収に失敗しました。 新防衛システムがまだ未完成だったため ‥‥」
「そうか ‥‥ わかった。それだけだ」
「では、失礼します」

冬月が技術部を直接に指揮するのはひさかたぶりのことであり、
技術部室の椅子に腰をおろすことも普段はない。
慣れない椅子にこしかけ、冬月はため息をついた。

「そう簡単には戦力は増えんか ‥‥」

ゲンドウが槍が落ちて来る場合の対策について何を考えているか、
うすうす想像がついていることによる、ため息だった。

「ドイツがうまくやってくれればそれで終りなんだがな」


ドイツの作戦計画が届いたネルフ本部の作戦部。
ドイツ支部と同じ静止衛星からのリアルタイム監視像を見守っていた。

「なるほど。これは、命中しますね」
「いや、これは ‥‥」
「あ、ら ‥‥」
「これは?」
「迎撃ミサイル ‥‥ ですか?」

ロケットはそのまま作戦空域を何事もないように通過して行く。

「しっかり防衛網が敷いてあった訳ですか?」
「ということですね ‥‥」
「作戦はこれが最後?」
「そうです。実際、これ以後は我々でも出来ることは無いです」
「ポジトロンライフルによる長距離射撃は?」
「我々の視野に入るころには届かなくなってますよ。 軌道要素をドイツから貰った時に確認したじゃないですか」
「ああ、あの嫌らしい軌道ですね ‥‥」

ミサトがいない。マコトは急に肩が重くなったような気がしていた。


ドイツからまわってきた軌道要素には一つ不可解な点があった。
それは軌道上のある領域で、 現存するロケットエンジン出力を越えるものが必要になることである。

セカンドインパクト以前から保管されていた月ロケットエンジンを使ったのでは?
という意見と、
新型エンジンではないか?
という意見に別れていたが、
15 年以上も昔のエンジンがテストなしで正常動作する訳がなく、 テストすればその存在は明らかになる筈だし、
また、今ロケットエンジンの新規開発が、 簡単にできるような力のある国はない。

そして、この余裕のあるエンジン出力を利用して、 日本の上空を通ることがない。
このあまりにも作為的な軌道から、

軌道要素のデータ自体がダミーではないか?
という説も本部では挙がっていた。
ドイツ支部は軌道要素自体は疑っていなかったけれども。

そのような事情も含めて、ミサイルによる迎撃が失敗した後も、 ネルフ本部では監視を続けていた。
しかし、軌道はたしかに所定のものであるらしい。
問題の領域にロケットがさしかかった時、 マコトはロケットの変化におもわず目を見開いた。

「なるほど。ああいう N2 爆雷の使い方があるのか」

マコトは感心した。 ロケットの後背に N2 爆雷が次々と発射されている。
その効果は拡散してしまうために、地上で使うよりは遥かに弱いが、 現存の化学ロケットエンジンよりは出力/質量比がよさそうに見える。

N2 反応を利用した推進システムはまだ開発されていないが、 この素朴な方法は、素朴でありすぎて思いつかなかった。
ロケットの傷みが速く、一度きりしか使えないだろうが、 一度きりしか使うつもりがなければ確かにこれで十分だった。

「あのロケットの展開パネルは、エヴァの装甲板かな?」

並の装甲板では N2 爆雷を爆発させる時、 かなり離す必要がある。
いまモニターで見える映像からすると、 あの至近距離で何発もの爆雷に耐えられるのはおそらく、エヴァの装甲板のみ。

「いけね、感心してる場合じゃない。これじゃ、 確かに槍のところまで届きそうだ」

マコトは関連データをまとめ始めた。


「やはり、槍は落ちて来るそうだ。連中の頭もそれなりに冴えていた、 というのが日向君のコメントだ」
「ミュンヘンが軌道に乗った以上、新市が無くてもかまわんが ‥‥」
「そうだ。住民は避難させればいいとしても、ユイ君が、な」
「今ユイを失う訳にはいかん」
「と、なると新市を守るか、あるいは ‥‥」

ゲンドウの表情をみて、冬月は背筋が寒くなった。

「レイに移す」
「し、しかし、碇。ユイ君もレイも承諾するとは思えん。 ダミーのレイに ‥‥」

最後は声が消える。
いつレイの魂が移ってくるかもしれないレイの体を ダミープラグとして使うのはあまりに危険すぎたので、 ダミーは魂を受け付けないようにされている、 という話だけは冬月も聞いていた。

「認めん。この話、承けてもらう」
「ダミープラグ製造装置がなあ、直せれば ‥‥」

ダミープラグ製造装置。リツコの破壊は要所を押えており、 修理が効くような状態ではなかったし、 レイの体は全て死んでいた。


「え?」
「いま言った通りだ。レイ。お前にユイの心を移す」
「‥‥ はい」


第一中学校の終業式が終り、 その帰り道、レイはシンジの斜め後ろを黙ってついて歩いていた。
二人の帰る道筋の分岐点。
立ち止まってレイはシンジに話しかけた。
消え入りそうな声。

「碇君 ‥‥」
「なに、綾波」
「さよなら」
「あぁ、さよなら」

別れ道にきたことにシンジも気付き、手を振って、 自分の家の方へ歩きだす。

「碇君 ‥‥ !」

レイはもう一度、呼びかけた。
シンジがレイに振り返って、首を傾げている。

「綾波?」
「私、居なくなっちゃうみたい」
「‥‥ どっか引っ越すの?」

終業式だったことによる連想らしい。
レイの心がわずかに軽くなる。普段なら突っ込んで楽しむところだけれど。
静かに告げた。

「そうじゃなくて。ユイさんが、この体に移ってくるの」
「へ? 母さんが?」

よく分かっていないシンジと、目を伏せたままのレイ。

「え? なんで? ‥‥ そんな、綾波は? それに母さんが、なんでそんなことを?」
「‥‥ それは知らない。だけど、だからさよなら、なの」

シンジの顔つきが真剣になった。 もっとも、話の内容については半信半疑というところに見える。

「母さんのところへ訊きに行くけど ‥‥ 綾波も来る? じゃなくて、行こ」
「うん ‥‥」

シンジが交差点を渡り始める。まだこの時間ならユイは研究所の筈であり、 研究所は、むしろレイの家の方角にあたった。
しかしレイは立ち止まったまま。

「綾波?」
「ん ‥‥」

レイも、シンジのあとをついて歩きだした。
ゲンドウが自分の発言を翻したりしないことを、 レイは良く知っていた。
この話が、ユイやシンジが何をしたとしても変わるとは思えず、 このことによって、さらにシンジとゲンドウの仲が悪くなること、
レイはそれを心配していた。


「‥‥ そんな!」

ユイは受話器を叩きつけるように切った。
しばらくそのまま動かないでいると、 シンジの声がする。

「母さん?」

振り向くとシンジが立っている。

「シンジ ‥‥」

二人で顔を見合わせた。シンジの顔が心持ち青い。
自分の顔もまた、青いだろう。
そしてそれが、おそらくはここまで半信半疑だった筈の、 シンジの疑いを決定的なものにしたということも、容易に想像がついた。

「ということは、シンジも聞いたのね ‥‥」
「綾波のこと? うん ‥‥ 綾波から ‥‥」

シンジの後ろからレイが顔を出す。

「あら、レイちゃん」

おそろしく平板な声になったことをユイは自分でも自覚した。
軽く深呼吸を入れて、心を落ち着ける。

「レイちゃん ‥‥ あなた、全く反対しなかったんですって? そういう命を粗末にする癖だけは ‥‥ なんとかしてね。 私は、この話は、反対するから」

シンジが首を傾げている。

「じゃ、この話はどこから ‥‥ それになんでそんなこと ‥‥ ま、母さんが反対するなら、綾波は大丈夫か ‥‥ それならいいか」

気を抜いた顔のシンジにユイは振り向いた。

「シンジ。事はそんなに簡単じゃないの ‥‥」

レイに向き直って目線をレイに合わせる。

「レイちゃんはどこまで聞かされてるの?」
「そうしなければ、ユイさんが死んじゃう、ということだけ」

あまりに簡潔な説明に、ユイは額に手をあてて、天を仰いだ。

「確かに必要にして十分な説明ね。本当にもう ‥‥」
「母さん? どういうこと?」
「ん、シンジも聞きたい? ‥‥ すぐ分かることか。 ロンギヌスの槍って覚えてる?」
「うん」
「あれが新市に向けて、もうすぐ落ちて来るわ。新市の、 旧市との接点から槍が新市を貫いた場合。 新市が無事かどうか自信がないの。 ‥‥ さて、問題です。新市には、避難できない人がいます。誰でしょう ‥‥」
「か、母さん!」

シンジの顔色が変わる。

「という訳で、私を避難させるのにレイちゃんの体を使おう、 って考えたみたいね」
「だれが?」
「父さんしかいないでしょ?」
「父さんが!」

シンジの握られている拳が次第に白くなっていく。

「ま、ね、考えてることはよく分かるんだけど ‥‥ あ、だからシンジ。 このことでは、あまり父さんのこと責めないようにね」

言うだけ無駄だろうとは思う。いまのところ、説明のしようがない。
半年の差。半年あれば、ここまでする必要はなかった。

「で、でも、綾波は父さんしかいないって、‥‥ その父さんが綾波を ‥‥」
「いいの。碇君。わたしはそれでも」

静かなレイの言が、慌てるシンジと悩むユイを瞬時に鎮める。
期せずして、二人はレイの顔をのぞき込むことになった。


ユイが研究所に閉じこもり、
シンジには新市では抗議の方法が無くなってしまった。
本部のゲンドウのところには何をするつもりでいるのか、 電話をかけても通じない。
次第に現実味を帯びてきた、この話に怯え、 本部のゲンドウのところに直訴に向かった。
本部ならば、どこからでも司令部に繋がる。

ゲンドウの手もとにシンジからの通信が入った。

『父さんは、綾波まで捨てると言うの!』
「今、ユイに死んでもらうわけにはいかぬ。それだけだ」

それだけを告げてゲンドウは視線を前に戻す。
別のところとの通信の最中。

「しかしもともとレイを生かしておいたのはこのためともいえる。 ダミープラグ製造装置無き今、 レイ本人を使う以外に救いだす方法はあるまい?」

洩れ聞こえるゲンドウの言い分にシンジは腹を立てた。
なぜ、修理しなかったのか?

『それはそうですけど‥‥ あなた』

相手の声もシンジに聞こえた。これは ‥‥ 母さん!?

「何だ」
『別の方法をあなたが思いつくまで新市はこちらから封鎖します』
「待て! ユイ!」
『あなた。私はもう嫌です。私個人のためにこれ以上他人を犠牲にするのは ‥‥』
「しかしここで死んで計画を噸座させればどうなる?」
『‥‥ だから、落ちて来る前に何か考えて下さい。‥‥ さよなら』

その声にシンジもモニターに視線を戻した。
信じられないものがみえる。呆然としている父親の姿。
シンジがそんな顔を見るのは、もちろん初めて。

全員がゲンドウの方を向いて表情を硬くしているのを眺めて、 冬月はゲンドウを小声で叩いた。

「碇!」

ゲンドウは一瞬、冬月をみやった後、両手を額の前に組みなおす。
顔を上げた時には、いつものゲンドウに戻っていた。
シンジを除く全員が、自分の仕事に戻る。
その様子をみて、冬月も一息ついた。

「ユイ君はお前を信じているんだぞ。それを忘れるな。 もし本当に ‥‥ 自殺するつもりなら、新市の人間を避難させるはずだ」

まだモニターに姿をみせているシンジとゲンドウの視線が合う。

『‥‥ 落し穴に落すんじゃだめなの?』

シンジの質問。

「それですむとは限らん。刺し抜くためにある力、 それも使徒と同等の。エヴァならともかく、 たかが新防衛システムに受け切れると思うのか?」
『どういうこと?』

ゲンドウはシンジに興味を失ったように、目を正面に向けた。
シンジが声を張り上げる。

『じゃあ、僕が初号機で出る! 槍を受け止める!』

再び、ゲンドウはシンジに目を向けた。
シンジを見つめるゲンドウ。暫くして。シンジに目を固定したまま。

「日向二尉。成功率は?」
「‥‥‥ 0.000003% です」
「シンジ。駄目だ」
『いままでだって、それくらいの成功率の作戦やってきたくせに! なんで今度だけだめなんだよ!』
「失敗は許されないからな」
『一度だって、失敗して良かったことなんかなかったじゃないか!』

ゲンドウが黙り込む。
シンジもゲンドウから目を外さない。

「日向二尉。槍の旧市落下予定時刻は?」
「マギの予測は、 4 日後、午前 6 時 27 分 プラスマイナス 10 分です」

ゲンドウが立ち上がった。

「日向二尉。
エヴァ三体およびダミープラグをおとりとして捨ててかまわん。 初号機および零号機による、対ロンギヌスの槍作戦の計画を立て、 明日正午までに提出しろ」
『父さん!』

シンジの声は明るい。

「ただし、作戦成功率が 50% を下回るような計画は認めん。 その場合には、マギから新市のヘロデスをクラックさせ、 新市封鎖を強制排除の後、当初の計画を進めるものとする」
「はい!」

マコトの返事。マコトはすぐ手元の回線をシンジの場所に繋いだ。

『日向さん!』
「シンジ君よかったなあ ‥‥」
『でも、今日は日向さん大変ですね ‥‥ 徹夜ですか?』
「そうなるだろうな。特に成功率 50% というハードルが高い」
『‥‥ 大丈夫ですよね?』
「葛城さんがいれば、また違ったんだろうけど ‥‥ 大丈夫さ!」

シンジの表情が暗くなるのに慌ててマコトは付け加えた。


翌日の午前 11 時すぎ。

「‥‥ これしかないか」

マコトは寝不足の目をしばたたかせながら、つぶやき、 執務室へ向かった。覚悟を決める。


夕方、マコトはシンジを橋の上にさそった。

「日向さん?」

マコトは河に目をやったまま。

「シンジ君。よく聞いて欲しい。僕が今日、 提出した作戦の成功率は、司令には 54.1% と伝えてある」
「ミサトさんの無謀な作戦に比べると凄いですね!」

その言葉にマコトは苦笑した。

「そうじゃない。正直にマギに計算させると 0.6% になる。 54.1% というのは、同時に新市にクラックをかける作戦も展開し、 最終的にユイさんが助かる確率だ」
「え ‥‥」
「しかしクラックをかける作戦を実施するつもりは僕には無い。 薮から蛇をつつきだしたくないからね」

欄干に顔を伏せる。とてもシンジの顔を見ることができない。

「すまん、シンジ君。これが僕の精一杯だ。 ‥‥ あとは、シンジ君、レイちゃん次第だ。 気楽にやってくれ、とはとても言えないが ‥‥」
「いいです。0.6% もあるんでしょ! それだけあれば、‥‥ 十分です。 54.1% で、母さんだけ助かったって ‥‥」

あまりに何も考えていないような言葉に、マコトはシンジに振り向いた。
ミサトの極端な楽観主義にシンジが染まりかけているように、マコトは思う。

「シンジ君。それで君はいいのか?
ほぼ二つに一つで、少なくとも、ユイ博士か、レイちゃんは助かるのと、 99.4% の確率で二人とも失うのと?」
「いいです。僕は、二人とも死んで欲しくありません。100% の確率で、 どちらかが居なくなるよりは、0.6% の確率でどちらも居なくならない方に、 賭けます。‥‥ それに僕がやるんですから」

どこか張り詰めたシンジの表情を、マコトは信じた。
考えた末の結論ならば。

「分かった。作戦部として、必ず、これは成功させるよ」
「はい!」


「それでは、作戦を説明します」

マコトは白板を示した。

「我々が、ロンギヌスの槍と呼ぶものの性質はほとんど分かっていません」

マコトはちらっとゲンドウを見るが無表情のまま。

「しかし、前回、使徒に対する零号機の投擲による槍の軌跡の解析から、 槍は投擲者の意志に従うのを第一原則とし、 次に A.T.フィールドもしくはそれに類似した性質のものにすいよせられることが、 分かっています」

誰も発言しないことを確かめて、マコトは続けた。

「今回の槍の落下にあたって、 その軌道には旧市への落下という意志がこめられている筈とはいえ、 直接の投擲者が居ないため、きわめて希薄であることが予想されます。 したがって、槍の最終目的地点の脇に槍の目標物を置くことで、 旧市、ひいては新市への槍の落下を防ぐ、というのがこの計画の骨格です」

見回すと、この先は予想がついたらしいことが分かった。

「そうです。ダミープラグを弐号機に載せ、A.T. フィールドを張らせます。 タイミングを見計らって暴走させ、このフィールドを強化させる、 ということも頭にいれておいていいでしょう。 使徒を貫いた時の爆発の威力から考えるに、 このままでは旧市、おそらくは新市も被害を免れないため、 爆発の直前に新防衛システムによって LCL に沈めます。 これには、槍が対象物を貫いてから爆発まで約 0.3 秒の時間差があることを利用します。 新防衛システムが対象を沈めるのに、0.1 秒で済むので、 十分間に合うと思われます。 周辺の新防衛システムそのものは完全に破壊される筈ですが、 これを緩衝として、旧市、新市には影響がないと予測されています」

一息つく。

「さて、零号機、初号機の役割ですが、 槍の落下地点をできるだけ旧市から離すためには、 槍にできるだけ早めにその軌道を変えて貰わなければなりません。 そこで、弐号機の起動にあわせ、二人にも暫くの間おとりになってもらいます。 槍が十分に弐号機に近付くか、少なくとも旧市に落ちないことが分かった時に、 零号機、初号機のシンクロを全面カット、槍の目標から外します。
以上、作戦の概要の説明を終ります。質問は?」

見回す。
シンジが手を上げた。

「槍の爆発のとき、僕達はどうなっているんですか?」
「それは心配ない。槍が弐号機を目標として確定した時点で再起動する。 槍が LCL に潜った瞬間にあわせて、A.T. フィールドを張って防御するんだけど、 A.T. フィールドの展開が間に合わなくてもエヴァはともかく君達は怪我を 負わずにすむはずだ。
‥‥ 他には?」

しばらく待って、マコトは宣言した。

「なければ、槍の落下予定時刻は、 2 日後、午前 6 時 21 分プラスマイナス 3 分ということですので、
2 日後、午前 6 時 0 分をもって作戦開始とし、 現時点をもって、これをアルノール作戦と呼称します」


「エヴァ初号機、箱根山神山に到着」
「エヴァ弐号機、明星ヶ岳に到着」
「エヴァ零号機、明神ヶ岳に到着」
「エヴァ弐号機の最終プログラミング終了‥‥ 目標地点は強羅、確認」

盆地の強羅に落とすため、強羅を囲む三山にエヴァが配置される。

「アルノール作戦、スタート!」
「エヴァ初号機、A.T.フィールド展開」
「エヴァ零号機、A.T.フィールド展開」
「弐号機がなあ、起動してから暴走までの時間が短いから ‥‥」

マコトはモニターを見ながらつぶやいた。
弐号機の展開はもう少し後。

「槍の軌道修正を確認 ‥‥ 強羅方面に方向転換 ‥‥」

実質的な作戦行動はここから始まる。マコトは背筋を伸ばした。

「エヴァ弐号機、A.T.フィールド展開開始」
「エヴァ弐号機、強羅へ移動開始」
「底倉の電源車の管理をオートへ、その後、底倉から撤収せよ!」
「底倉から撤収を始めます!」

強羅、明星ヶ岳方面の登山口の底倉に弐号機用の電源車が置かれていた。
槍の爆発の影響を免れないため、撤収開始が早い。

「初号機と零号機、A.T.フィールド展開を弱めよ!」

ころあいを見て、マコトが宣言。
これで目立つのは弐号機の A.T.フィールドになる。

「槍の軌道、さらに修正 ‥‥ これは、‥‥ これは ‥‥」
「どうした?」
「槍は箱根山神山に向きを変えました!」
「初号機か? 初号機の A.T.フィールド、全面カット。
零号機、 A.T.フィールド、全開に」
「だめです! 変わりません!」
「初号機のシンクロ、全面カット!」
「‥‥ やはり変わりません!」
「なんだと!」

マコトの頭に確率 0.6% という数字が甦る。
冬月はマコトの指揮の様子を眺めながら、ゲンドウにささやいた。

「碇。もしかして槍は、‥‥」

二人の頭の中には「S2 機関」という言葉があった。

「そうかもしれん。だが、問題無い」

ゲンドウが立ち上がる。

「日向二尉。弐号機と初号機の役割を交換しろ」
「それでは、シンジ君が!」

マコトが振り返った。ゲンドウは無言。
唇を噛みしめて、向き直って叫ぶ。

「初号機をおとりとする! 初号機再起動されたし!」
「零号機! 予定変更、A.T.フィールドを切ってもかまわん、 強羅へ急いでくれ!」
「初号機、起動します!」
「日向さん!?」
「シンジ君、よく聞いてくれ、槍は今、君の方へ向かっている。 初号機におとりをさせるから、ただちに強羅へ向かってくれ!」

走り始めた初号機を確認して、マコトは振り返った。

「零、初号機の合流から槍の接触までは?」
「1 秒ありません!」

では、零号機によって初号機のエントリープラグを抜いている暇はない。
零号機、初号機にむかって怒鳴る。

「槍だけを ‥‥ 槍だけを、新防衛システムに沈めるから! 二人ともそのつもりで!」
「え! 綾波が来てるんですか!?」

一瞬、初号機の足が止まる。
その驚きをマコトは聞いていなかった。もう一つ、弐号機のことが残っている。

「弐号機は!?」
「だめです! 弐号機ダミープラグのリプログラミング、 槍の落下に間に合いません!」
「碇!」
「問題無い。初号機で防げるのなら安いものだ。 すでにあの位置なら、新市への影響はたいしたことはない。 ‥‥ が、一体で諦めてくれるとは思えんな。 零号機もくれてやることになるか?」
「零号機! 槍を弾き落とすことだけを考えろ! ‥‥ 初号機の A.T. フィールドに刺さった瞬間だ!」
「あと、10 秒!」
「弐号機リプログラミング終了! 再起動しました!」
「弐号機も、所定地点にむけて全力疾走開始!」
「5!」
「見えた!」
「4!」
「AT フィールド、」
「3!」
「全開!」
「2!」
「碇君 ‥‥ 間に合わない!?」
「1!」

レイが覚悟を決めた。
初号機の AT フィールドを、槍が巻き込むようにして吸収しようとした瞬間、 その AT フィールドが、弐号機と零号機の AT フィールドの干渉で歪む。 弐号機側の AT フィールドが強化され、 零号機側の AT フィールドが干渉で消える。
今、槍は零号機の方へ弾かれた。

「綾波!」
「強制シンクロ、スタート!」


新ミュンヘン市が完成。 帰してもらえないアスカが飛び出す。 監視についたアルとの知恵比べが始まった。 次回、追う者と追われる者
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