Genesis y:8 量産型エヴァンゲリオン
"Mama, I love you."


「零号機の再生! 碇。何を考えている」
「さよう。エヴァンゲリオンをこのような方法で作れるとなっては、 碇に与えた力は看過できぬほど巨大になった」
「ネルフを取り上げるべきだ」
「ローマのものはローマのもとへ」
「ネルフを接収せよ」
「われらのエヴァンゲリオンは何体?」
「すでに 4 体」
「まもなくさらに 5 体」
「待つわけにはいかぬ」
「では、エヴァンゲリオン 4 体を差し向けてネルフを接収する」
「賛成」
「賛成」


「冬月。ゼーレから最後通告が来た。ここを接収するそうだ」
「ゼーレ? 委員会ではなくて?」
「零号機の再生は委員会は知らないことになっているからな。 接収する理由がない」
「そうか。老人達も業を煮やしたというところか。それでどうするのかね。 接収させるつもりはないんだろう」
「もちろんだ。 ゼーレから、ということならば実力での接収なのだろうが、 そんなもの無視すればよい」
「しかし初号機は動かんし、零号機、弐号機も怪しいものだ。 向こうは伍号機以降のエヴァがそろそろロールアウトするころではないのかね。 たしかに適格者は全員ここに集められてしまっているがダミープラグのことがある」
「問題無い。連中に渡したダミープラグのデータではエヴァは動かん」


「碇よ。確かに貴様がよこしたダミープラグのデータだけではエヴァは動かない。 しかし我らにはフィフスチルドレンのデータがあることを忘れているぞ」
「不完全であろうと、戦力としては十分だ」
「エヴァンゲリオン伍号機、六号機、七号機、八号機を第三新東京市に向かわせる」
「奴のエヴァは再生した零号機一体しか動かないはずだ。降伏すればよし、
さもなくば、消せ」


4,5 日の逡巡のすえ、シンクロテスト前日の夜になって、 ようやくアスカは電話をかけた。
シンジになんか訊きたくない。でもファーストに訊くのはもっと嫌。

プルルルル‥‥‥

「はい。あ、アスカ?」
「‥‥ 何で、あたしの弐号機、は、動いてくんないの?」
「!」
「ファーストは、心を開かなければ動かない、って言ってたわ ‥‥」
「僕は‥‥分からない。でも。 初号機は、母さんの匂いがしていたし、零号機は綾波の匂いがした」
「あっそ」

人が珍しく謙虚に尋ねているのに、なんでレイの話がでてくるのよ。

「初号機の中には母さんが居た。 多分、零号機の中には、綾波の一人が居るんだと思う。
じゃあ、弐号機は?」
「え‥‥」
「二人で弐号機に乗った時に、僕が何を感じたかもう覚えていない。でも、アスカは? 何か思わなかった?」
「そう。そう、なんだ、‥‥。ありがと‥‥」

電話は静かに切ったものの。

ママ。

「エヴァに乗れるのが子供だけって、 まさかそういう意味じゃないでしょうね!!」

アスカは自分からは一度もかけたことのなかった番号へ、国際電話をかけた。


シンジはリツコからきいた内容をひさしぶりに思い返した。
じゃあ、弐号機は? ‥‥ それに参号機は?
シンジは電話を置いたあとも考え続ける。

「やっぱり、そうなのかな‥‥」

アスカが寝惚けて自分の布団にもぐりこんできた時のこと。
ママ… か。
こちらからアスカに電話。

ツー ツー ツー ツー ツー ツー

「ま、いいか‥‥」

シンジは布団にくるまった。


翌朝、シンジはめずらしく自力で起きる。
叩き起こされたわけではないので非常に壮快な朝、のはずなのだが。

「あれ? 起こされるのに慣れちゃったかな…」

朝食の用意、お弁当の用意。
記憶が戻った後もちゃんとアスカが来るとわかると、 ユイは全部ほったらかしにしてさっさと出かけてしまうようになっていた。
ゲンドウはここのところネルフ本部に行ったきりなので、 ミサトのアパート時代と違うのは、 結局ミサトの分の食事の用意がないことだけになっている。

「でもまあ、あの片付けがないだけ良いよな。さて、 アスカ起こしにいかなきゃ」

ぴんぽーん‥‥‥

「アスカぁ、起きてる? そろそろ朝ご飯なんだけど」
「‥‥ 先 ‥‥ 行って ‥‥」
「どしたの?」
「今日休む ‥‥」
「わかった、けど。早く帰って来るからね。あと朝食、お弁当置いてあるから」
「バカ‥‥」


登校途中、シンジは前にレイを見つけた。

「あ、綾波。おはよう」
「碇君、おはよう、
‥‥あれ、アスカは?」
「アスカはちょっと具合悪そうで、今日学校休むって」
「そう」
「‥‥」
「‥‥」
「あ、ここ綾波とぶつかった所…」
「変なこと思い出さないでよ」
「いや、そうじゃなくって、‥‥ だって、会うとすれば、 この交差点になるんじゃないのって」
「私が通う道変えたんだもの。距離はどっちでも一緒なの」
「そうなんだ」
「碇君にちょっとでも早く会えるようにって」
「えーと」
「でも碇君たち新市にきてからはいつも遅刻寸前だもんね。こっちに来てから、 途中であったのこれが初めてよね。 私も遅刻寸前に行くつもりなら会えるんだろうけど、 転校初日みたいなのはごめんだもの」
「えーと、‥‥ 話を変えよう」

くすくす‥‥ 笑っているレイ。それを見てシンジはむりやり話題を変えた。

「そういや、綾波って冬月副司令の隣にすんでるんだよね」
「うん」
「冬月さんって家に帰って来てる? ほら、父さん、ここのところ全然帰ってこないから。 なんか忙しいのかな‥‥」
「ちゃんと帰ってきてるみたいよ。そんなに碇司令のこと気になる?」

笑うのを止めてレイがシンジの目をのぞき込むと、シンジは目を逸した。

「ならない。父さんは嫌いだ」
「そう」

レイは目を伏せた。

「ごめん。もう一回ひっぱたくかい?」
「碇君が生まれる時、司令がすごく嬉しそうにしてた、 って、ユイさん言ってたのに‥‥」

レイは顔を上げ、シンジに訴えた。

「だって、'レイ' もだけど 'シンジ' も司令のつけた名前なのよ」
「そんなに父さんのこと信用しているのなら、 住むとこ交換するか、一緒に住むかする? 父さんも綾波との方がいいんだろう? ‥‥ 全然帰ってこないし」

レイは顔を真っ赤にして怒った。
もっとも、悲しいとか、恥ずかしいとか、嬉しいというのもあるかもしれない。

「帰ってきたらね、父さんに、一つだけ訊いておきたいことがあるんだ」

シンジはようやくレイを見て言う。

「 "母さんの事故がなかったら?" ということさ」


学校。教室にはトウジがもう来ていた。

「おっはよ」
「おはよーさん‥‥ おい、シンジ、なんや綾波真っ赤やぞ?」

トウジは窓際のレイを目で示した。
「うーん、僕もよく分からない。 『父さんのこと信用しているのなら、一緒に住むかする?』 って言っただけなんだけど」
「あったりまえじゃあ! このどあほぉ!」

耳にしたヒカリも驚いて割り込んできた。もっともレイに聞こえないよう小声で。

「何よそれ!、アスカのことどうするのよ! ‥‥ そういえばアスカは? いっしょじゃないの?」
「今日は学校休むって」
「で、さっきのを綾波に言うたと。お前なに考えとんじゃ?」
「そうよ! 酷いじゃない! アスカが耳にするまえにちゃんとアスカに説明しとくのよ!」
「わ、分かったよ‥‥ でも何か勘違いしてないかな ‥‥」

珍しいトウジとヒカリのコンビネーション。 ヒカリは一応それだけクギをさしてシンジを解放した。
ヒカリがそばを離れるのを確かめて、シンジはトウジに訊いた。

「ところでトウジ、‥‥ 左足は?」
「こっちではあるみたいやな、と思うやろ? これ義足や。すごう精密もんや。馴染んだら旧市に出て、ちゃんと実体に しとけやて。これわいが想像して作ったらしーわ。
せやから参号機もこんなんに作れんのか、いうたら、 わいが参号機に乗った時はもう使徒ひっついておって、 わいが参号機、復活させた日には使徒まで復活させそうなんやて。 というわけで、」

トウジはすまなさそうに、

「すまん、シンジ。力にはならんよーや」
「いいよ。そんなことで謝られちゃったら、僕こそ謝れなくなるよ‥‥
ごめんね。足」

トウジはシンジを眺めた。

「よけいなことかもしらんけど。 わい、思うんやけど。こーなることがわこうとれば。 こういう世界、つくりたいんやったら。 お前のおやじさん、がんばっとるやないか。 おまいらの酷使、わいも含めてやけど」

トウジは苦笑した。

「無意味なことちゃうんやないか? 多少の薄情許したれや」
「なんで知ってるの… 父さんのこと…」
「ミサト先生、‥‥ミサトさんからきいた。なんやまだ変な感じやな。 足のこときいた時にな。感心したら、シンジ頼むぅて」
「まだ、駄目だ。トウジの義足がいくら上手に作れるったって。 本物には比べられない」
「おい、そりゃどういう意味や。わいじゃ上手く作れんてか?」
「そういう意味じゃないけど…。ごめん。うまく言えない」
「まあ、いいか。いろいろあったんやろうし」

トウジはシンジの頭を軽く叩いた。


夜通しあっちこっちに国際電話をかけ続け、 おおむね真実に近付いたと思ったところで朝。
泣きつかれて眠りこんだ、その寝入りばなを叩き起こされたアスカは、 再びそのまま寝てしまっていた。

「ママ、‥‥ ごめんなさい ‥‥」

昼過ぎ、ようやく起き上がり、シャワーを浴びて頭がはっきりしたところで、

「あのバカ、今日シンクロテストじゃないのよ。 早く帰って来るもなにも…」

合鍵をつかってシンジの家に上がり、食卓の上の お弁当を食べた。


エヴァンゲリオン起動実験は久しぶりに三人がそろった。

「零号機起動ライン突破」
「弐号機起動ライン突破。 ‥‥‥ ハーモニクス正常 ‥‥ シンクロ率 40% ‥‥」

本部のマヤ、新市からモニタしていたユイの二人ともが驚く。

「あら、あっさり起動しちゃったの!?」

アスカはエントリープラグの中で泣いていた。

「やっぱり… ママなの? ごめんなさい…」

弐号機が安定に起動したことを冬月は素直に喜んだ。

「弐号機が使えるのか」

ゲンドウも微かに口もとを歪めた。

「初号機、わずかに反応がありますが、‥‥‥ 現在シンクロ率 4.6%」
「先週よりは改善しましたけど、まだまだですね。どうしますか、ユイ博士?」
「平凡だけど、レイとシンジの交換位しか思いつかないわ。 レイの方が初号機のシンクロ良いとは思うんだけど、多分、五十歩百歩ね」

ユイもマヤもはんぶん投げている。
話を聞き流しながら、ここのところ本部では暇なミサト、

「初号機は、動きさえすればアンビリカルケーブル要らなくて助かるんだけど。 これじゃ宝のもちぐされ」

初号機がカヲルを追いかけてドグマへ潜って行った時のことを思い出す。

「まあ、他に思いつきませんし、とりあえずやってみましょう。 零号機、初号機のエントリープラグを交換して!」
「零号機、初号機、エントリープラグ排出‥‥‥」
「零号機、エントリープラグ挿入します ‥‥‥ 異常なし」
「初号機、エントリープラグ挿入します ‥‥‥ 異常なし」
「零、初号機、起動実験開始」
「零号機、起動ライン突破します ‥‥」
「まあ、当然のことね。初号機は?」
「駄目ですね‥‥ それに零号機のシンクロ率も、 レイの時の方が 20ポイント上です」
「そうでもないわよ。レイちゃん、初号機を私とおもっちゃ駄目。 シンジとシンクロするつもりになりなさい」
「はい。碇君、碇君っと‥‥」
「シンクロ率上がり始めました。現在 7.9% ‥‥ 」
「ま、そんなもんね。でもだめかぁ」

ここでマヤは実験中止を宣言した。

「ユイ博士、レイの方が初号機とのシンクロ率が良いだろう、 という予想はどうやって? それにレイに与えたあのアドバイスは何でしょうか?」
「シンクロに関する研究は赤木ナオコさんがやってたんだし、 レポートは残ってるけどノウハウは残ってないわ。 マヤさんもレポートは読んでるんでしょ」
「はい」
「というわけで、女の勘よ」
「あのう…」
「私は長いこと初号機の中に居たから、 そのあとどんな風に研究が進んだかはよく知らないもの」

きっぱりと断言したあと、ようやくユイは答えた。

「単に、今となっては私よりシンジの方がコアによく融けこんでるんじゃないかな、 なんて思っただけよ」

楽しそうだなあ。ミサトは思う。
零号機はレイの方が遥かに良い。
動かない初号機が、あとちょっとで動きそうなのもレイ。
実際、戦闘になりそうになったら、 零号機をどっちにするか迷いそうでまいってるのに。
せめて初号機の見通しだけでも立ってくれないかな‥‥

突然顔色を変えてマコトが警告を発した。

「未確認物体が接近、パターンオレンジから青へ周期的に変化しています」
「マギは?」
「判断保留しています」
「第一種戦闘配置!」

冬月は宣言したあとゲンドウにささやいた。

「これかな?」
「そうだな」

ゲンドウも口を動かさずに答える。

「スクリーンに出ます‥‥ これはエヴァンゲリオン?」
「さらに未確認物体! ‥‥ エヴァンゲリオンが 4 体!?」

スクリーンには黒、白、赤、青の 4 体のエヴァンゲリオンの姿が映っていた。
司令塔内が次第に騒がしくなっていく。

「ほお。八号機まで完成していたのか」

冬月はつぶやいた。ゲンドウは立ち上がって、

「葛城三佐。どうした。エヴァを準備させろ」

ミサトは一瞬振り返る。使徒はもうこないって言ってたクセに。

「エヴァ零号機、弐号機発進準備。 零号機はレイのままで、シンジ君は念のため初号機で待機」
「パターンオレンジに固定、彼らは使徒ではないようです」

マコトの声がかぶさった。ミサトは体の力を抜いた。戦闘せずにすみそうだ。

「そうすると、司令、 第三新東京市の専守防衛目的と一応の監視ということで、 発進させますがかまいませんね?」
「いや。今より四体のエヴァンゲリオンを第18,19,20,21 の使徒と認み、 これを殲滅する」
「しかし司令… わかりました。エヴァンゲリオン零号機、弐号機、発進」

こちらは二体、あちらは四体。こりゃきついわ。ミサトは思う。

「初号機は駄目?」
「駄目です。ハーモニクスほぼ零」

戦力差に悩むミサト。ゲンドウを見れば拳が白い。 しかし、今できることはもうない。冬月はスクリーンを見上げ、うなった。

「レイは接近して敵の A.T. フィールドを中和、 A.T. フィールド中和確認と同時にアスカがライフルで精密射撃‥」

アスカ、ふくれっ面。やっぱりあたしが掩護なの…

「で、一体ずつ潰していってちょうだい。レイは ヒット アンド アウエイ の原則を守ること」
「はい」
「アスカ、タイミング難しいわよ。レイの信頼を壊さないようにね」

なんとなく機嫌が戻ったアスカ、

「まっかせなさい」
「二人のコンビネーションが決め手よ。いいわね」
「はい」
「レイ、あんた当たるんじゃないわよ… じゃ、いきます!」

今度は不覚はとらないわ。対参号機のことがアスカの頭をよぎった。
モニタしていたユイが笑いながらミサトに囁き声で。

「おもりも大変ね。葛城さん、やっぱり先生やる?」
「アスカに拗ねられるとどうなるかよっく分かりましたから。 大怪我して帰って来るよりやっかいです」

ミサトは視線をスクリーンに固定したまま、しごく真面目に答えた。

「でも、大怪我もさせないようにしてやってね‥‥ お願いだから。葛城さん‥‥」

彼女たちはもう、義務を果たしたのだから。ユイは祈った。


「弐号機も動かせるようになったようだな。碇」
「だが四体のエヴァンゲリオンとの戦力差はおおきいぞ。ネルフを明け渡せ」


2対4! シンジはじっと戦況を見つめていた。頼む。動いて。 シンジはレバーを握り締めた。

「あ、初号機のシンクロ率上がり始めました‥‥ 」
「ハーモニクス回路開きます‥‥‥ 現在 8% ‥‥ 」

ユイがつぶやいた。

「あら、まだ私のかけら残ってたのかしらね」
「恐いこと言わないで下さい。シンクロ率‥‥‥ 10% 突破、初号機起動します‥‥」

ミサトがそれにとびついた。

「シンクロ率の動き、どうなってる? いけそう?」
「起動ぎりぎりですが、起動そのものは安定しています。 いけます」
「なら、はやく上にあげてよ! 二人がやられちゃうよ!」
「気持ちはわかるけど、 かといって上げて止まっちゃったら二人の足ひっぱるだけでしょうが」
「それに碇君? 私たちのこと全然信用してくれないのね? っと、と」

レイが白いエヴァの腕を避けながらシンジに絡んだ。

「かまわん。少なくともおとりにはなる」
「連中がダミープラグで動いているなら、本当におとりになるぞ。 いいのか碇」
「ああ。問題無い」

一瞬ゲンドウを睨んだ後、ミサトはシンジを説得にかかった。
「だいたいシンジ君、あなた人の乗ってるエヴァ相手に闘えるの?」
「え、‥‥ やっぱり子供が乗ってるの?」

シンジがひるんだ瞬間、こんどはアスカが割り込む。

「そんなのわかりきってるじゃない! これが人の動きなの! まったく! こなくていいわよ! これっくらい! ちょこまかちょこまかと! はい、ひとっつあがり!」
「そうだ。シンジ。あれには人は乗っていない」

ゲンドウの声にシンジは顔を上げた。 外のモニタを見れば、零号機と黒いエヴァが格闘の真最中。
そこへ弐号機がパレットガンの残り全弾を黒めがけてたたき込む。
零号機、かろうじて回避。

「アスカ、危ないじゃない!」
「あんたなら避けられるでしょ!」

しかし、まだ 2 対 3。

「初号機上げて!」

ミサトが叫んだ。3 対 3。向こうは一体が損傷。これで、勝った。


「ほお。初号機。丁度良い」


次回予告 初号機に集中攻撃をかける三体のエヴァンゲリオン。 初号機の S2 器官が爆発する。 次回、コアシステム
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