Genesis y:9 コアシステム
"The Sword of Damocles"


三体のエヴァが一斉に初号機におそいかかった。
不意を突かれた初号機はあおむけに倒れ、 青いエヴァが初号機の腹に手を潜り込ませる。

「うぁああああああ」

シンジの絶叫。無視されたアスカが怒った。

「あんたの相手はあたしよ!」

ライフル斉射。穴だらけになりながらそれを一切無視する青。
ついに内臓を引きちぎり、勝ち誇ったようにそれを持ち上げる。
その肉めがけて、白と黒のエヴァが飛びかかった。

「え?」

同士撃ちを始めた三体に戸惑うレイとアスカ、 ほったらかしにされている初号機に視線を戻す。

「あ、それどころじゃない、シンジ! 大丈夫!」

倒れている初号機にアスカが駆け寄る、その後方で。
三体のエヴァが互いに引っ張りあい、ぼろぼろにちぎれた臓器が爆発を起こした。
衝撃。六体のエヴァ全てふきとぶ。

「アスカ!」

モニタしていたミサトが叫んだ。

・・・

距離の離れていたレイがまず息を吹き返した。

「いかり、くん ‥‥ 碇君? 碇君!」

ついで初号機のシンジ。見れば初号機の上に弐号機がおおいかぶさっている。

「アスカ!!」

シンジは初号機のえぐれた腹に力がかからないように、弐号機を支えつつ、 そっと起き上がった。今の体勢ではシンジ自身も外へ出られない。

「ん . . . バカシンジ . . . シンクロ率低くて、 動き悪いくせに出てくんじゃ、ないわよ . . . 」
「良かった ‥‥ かばってくれたんだね。ありがとう」
「. . . 偶然よ。偶然 . . . こら、レイ . . . 手貸しなさい」
「左腕で、いい?」

いまひとつ眺めてみれば。今にも上体が落ちそうな初号機、 背骨に亀裂の入った弐号機、左腕の無い零号機。

「レイ。その冗談面白くないわよ . . . で、あいつらは?」

爆心地の三体は影も形もなかった。

「逃げた、のかな」
「あ、あそこに頭」
「なんだ . . . 壊れたんだ . . . 」

いきなり脱力する弐号機。今の初号機では支え切れなかった。二人まとめて転ぶ。

「ちょっと、アスカ! ミサトさん!」

レイが近付いて、弐号機からエントリープラグを抜き取った。

「ごめんなさい。碇君は、自分で歩いて戻ってくれる? アスカの方が具合悪そうだから」
「うん。わかった。お願い」

そのころ。ミサトもあちこちに連絡していた。

「回収班! 急いで!!」


「初号機の S2 器官を奪い去った」
「我々は四体を失った。しかし、零、初、弐号機もただでは済むまい」
「まずは良しとしよう」


「連中は初号機の今の S2 器官を奪うことで満足した。 これで時間が手に入る」
「すでに手遅れだというのに、な。 で、碇。新防衛システムの完成を最優先、でいいんだな」
「そうだ」

貴重な時間。とはいえ三体の大破は痛い、と冬月は思わないでもない。

「それと、報告に俺は補完委員会に行って来るぞ」
「なにもわざわざ…」

猿芝居を続けなくても。冬月は言葉を呑み込んだ。どう考えても厭味だぞ。


「碇。第18,19,20,21 の使徒とはどういうことかね。使徒は 17 体で終りではなかったのか?」
「いえ、マギの判断によれば確かに使徒でした。 死海文書の数字の解釈に誤りがあったと考えられます」
「そうかね? ただのエヴァンゲリオンで、使徒ではなかったという報告もあるぞ」
「そのような報告は受けておりません」
「まあよい。では碇、使徒は何体だと考えているのか?」
「あと 1 体ではないか、と考えています」
「22 体か。わかった。 それでエヴァ 3 体とも大破した現状でどのようにして使徒を防ぐつもりだね?」
「かならずしも防ぐ必要はありません。
すでにアダムは亡く、 ジオフロントに使徒を侵入させても最早サードインパクトは起き得ません。 これまでよりも我々の手は自由になっているのです。 かならずしも不利ではありません」
「そうか。わかった。では下がれ」
「はい」

ゲンドウが帰った後。

「死海文書解釈の誤り! 碇、しらじらしいぞ」
「我々にはまだ、エヴァシリーズ 9,10,11,12,13 の 5 体がある。 零号機は大破。初号機はすでに我らの敵でなく、弐号機も使えまい」
「碇よ。エヴァンゲリオンなしでどのように抵抗するつもりだ?」
「使徒はあと 1 体? ふふふ、では残りの 4 体は何なんだろうな?」


「と、いうわけだからヒカリあたりから聞いて誤解しないようにね!」
「あのバカ‥‥」

アスカはレイの話をきいて怒った。上体を起こす。

「痛!」
「弐号機の背骨折れてるのよ? 一日位は大人しく寝てなさい」

・・・

結局アスカは、まる一日入院して病院から直に登校した。
アスカを見つけてヒカリは喜んだ。

「きゃあ、二日も何してたの! 」
「‥‥ 入院してたのよ」
「大丈夫? ‥‥ アスカ、アスカ、あのね 綾波さんの話きいた? 」
「それ、レイから直接きいたわよ。ちょっとは怒ったけど、そんなのどうだっていいわ」
「でも、けんかはよくない、と思うの、って、え?」
「それにシンジとレイはどうせ一親等よ。 あたしの気にすることじゃないわ」
「えええええええ??????? 一親等って…」

呆然とするヒカリは自分の席に戻って辞書を端末から呼び出した。

しん‐とう【親等】 親族関係の親疎を測る単位。直系親では、親子の間を一世とし、 その世数によって定める。親子は一親等、祖父母・孫は二親等。 傍系親では、…
「やっぱりこれ?」

ヒカリが辞書を見て悩んでいるのを横目で見ながら、アスカはシンジの机を叩いた。

「ちょっときてくれる?」

シンジはおとなしく後をついていった。
ヒカリはそれを見て思う。やっぱり怒ってるじゃない… 碇君があまりぼこぼこにされませんように…

「ケンスケ、覗きいかへんか?」

トウジはケンスケを誘った。ケンスケはカメラの用意をしてトウジの後をついていく。

「アスカ、怪我もういいの?」
「別に怪我したわけじゃないから」
「あ、それと、動くようになってよかったじゃない」
「ちょっと不愉快なのよね。動いちゃった、というのが。 シンジ。やっぱりそうらしいわ」
「やっぱり弐号機にも?」
「そうよ」
「じゃあ、トウジの参号機‥‥」
「それはきいてみないとわかんないわね。 零号機はあんたの言うとおりなら、別に母親というわけじゃないんでしょ? とりあえず、鈴原のバカには訊けるわね」

アスカは後ろを一瞥した。

「そこの 2 人!! 覗いてないで出てきなさい!」

トウジ、ケンスケ、

「どうする?」
「しゃーない。後が恐い」

二人ともすごすごと出ていく。

「相田、あんたはいいわ」
「ラッキー!」
「なんでわいだけ‥‥」

一目散に駆けて逃げていくケンスケをトウジが恨めしそうに眺めていると、
アスカに睨まれた。

「はい…」
「で、鈴原。あんたんとこは? あんたんとこの、ママ、いえつい最近いなくなったか亡くなったかした親族はいるの? いたとして、その人との関係はどうなってたの?」

話が見えない。トウジは首を傾げた。

「いきなりなんや? そんなん別におらへんけど…」

アスカとシンジは顔を見合わせた。違う?

「じゃあ、最近でなくてもいいわ」
「そら、おっかあはとうにおらへんけど…」
「死因は?」
「よくおぼえてへん。それがどうかしたんか?」

アスカはシンジを見やった。

仕方ないかなぁ‥‥ シンジは少し困った顔で話を始めた。

「まだよくわかんないんだけど。エヴァには、 初号機には母さんが居た… 融けこんでいた、ようなんだ。 それで弐号機にはアスカのお母さんが居るらしい。 じゃあ、参号機には? と思ってトウジにきいてるんだけど」
「ちょっと覚えてへんな… あいつが暴れ出したのわいが乗ってすぐやったし」
「使えないわねぇ!」

考え込むふりをしていたトウジは顔を上げた。

「シンジのかあちゃんいま生きてるやろ? じゃあ惣流のかあちゃんも? そうや、それに綾波のは?」

そちらへは話を持っていきたくはなかったシンジはすこし慌てて止めた。

「零号機は、また別らしいんだ。だからそれはいいんだ」

アスカを見て、

「ところでアスカ、そんなこと調べてどうするの?」
「あんたバカ? 初号機のは事故だからいいとして、 ママのはどう考えてもネルフがわざとやったことでしょうが。 もし本当なら許さないわ」
「弐号機に何かあったころにはもう居なかったけど。母さんに訊いてみる?」
「あんた、まっ正面から尋ねて教えてくれると思ってんの?」
「でも、母さんならわけぐらいはきかせてくれそうな気がするんだけど」
「ま、だめでもともとか‥‥ やってみて」
「アスカは?」
「ミサトを締め上げにいくわ」

シンジは顔を背けた。自分だって正面からいってるクセに‥‥

「わいは?」
「あんたは自分のことを調べなさい!」


「子供たち、コアの件に気がつきましたよ」
「仕方あるまい。ユイ君の復活があってすぐバレなかったのが不思議な位だ。 で、どうするらしいと?」
「ユイ博士と葛城にコンタクトをとるようです」
「事前に警告しておいたか?」
「博士には。葛城はたいして知りませんし」
「そうか。ユイ君はなんと? また笑って聞き流したか?」
「ま、そんなところです。で、どうするんですか? 彼女に一任?」
「そうなりそうだ」

どうせ私の言う事なんかきかんよ。 冬月が電話を置いた瞬間にユイから電話が来た。

「先生、子供達をいつまでもカヤの外に置いておくとそのうちエヴァ動かなくなりますよ」

半分冬月を脅迫しながら、ユイは思う。
そもそも、私はもうエヴァを動かす事自体、反対なんですよ。
その声が届いたがごとく冬月が答えた。

「好きにしろ」


「アスカ? あれ、きかなかったことにするわ。本人達は知ってるの?」
「ん、ああ、あれ。知ってるわよ。そーしてくれる? ちょっと口滑っちゃった。 それどころじゃなかったから」
「アスカ!」
「な、なに? ヒカリ」

ヒカリはアスカの両頬に手を当てて視線を合わせさせた。小さな声で。

「そんな人の大事なこと、喋る娘じゃなかったわよね? それどころじゃないって、何やろうとしているの? ‥‥ アスカ、見てて危なっかしいから‥‥‥」

アスカはヒカリの手を外して視線を落した。

「ごめん。ヒカリには迷惑かけちゃったね。今度は、ヒカリには迷惑かかんないから」

それだけ言い捨てて逃れた。

「あ、アスカ‥‥」

一人考え込むヒカリを置いて。

「シンジ! あたしのお弁当は?」
「あ、これ…」


セカンドインパクト。
形而上生物学の成立は、インパクト直前。
そして、セカンドインパクト後、 すぐに LCL が発見されたのは本当に偶然だったのだろうか?

形而上生物学。魂を研究する学問。
人の身体を研究対象にする、医学でさえ、倫理規定があるのに、 形而上生物学には規定を作ろうとする動きさえない。
もっとも、そんな余裕はないけれど。

「コアシステム」

倫理規定をもうければかならずひっかかるだろう。
頭上の剣を、ダモクレスは理解したのだろうか。

ユイは考え続ける‥‥‥

「母さん」

きゃあ。ユイはかろうじて声を上げずに済んだ。

「な、なにシンジ」
「エヴァのコアのことなんだけど」
「‥‥ ちょっと待ってね」

ユイはシンジの話を遮って諜報部に電話した。

「今から一時間。見なかったことにしなさい。 あなたがたにも見せる訳にはいきません。 第一種警戒体制。盗聴に注意して」

なにやらおおごとになっている。シンジは身を震わせた。
ユイは電話を置いて、シンジを見た。

「ということは、葛城さんのところへアスカちゃんが行ってるの?」
「うん」
「じゃあ、そっちへ行くわよ」


アスカは無事ミサトの家に侵入を果たしたものの、

「忘れてたわ。こっちをシンジにやらせるべきだったわ」

家の中の惨状を見て呆然としていた。

「アスカ。何してるの?」

振りむくとミサトが銃を構えて立っている。アスカは平然と答えた。

「調べものしにきただけよ」
「どうやって入ったの?」
「あいてたわよ?」
「そんなバカな」

ミサトは鼻で笑った。でもアスカに入れるわけないし。誰が開けたの?

「そう。私もたいしたこと知らないもの。 たいしたものなかったでしょ?」
「それ以前の問題よ! 何をどうやって探せっていうのよ!!」

アスカは手を広げて部屋に散らばったモノ、書類の数々を指し示した。

「シンジ君に片付けてもらう? 彼はあたしと同じくらいは知ってるし」

ミサトは銃を降ろした。

「で、アスカは何をどのくらい知ってるの? 無罪放免したげるから、 情報交換といきましょう」
「何それ? ミサトも知らないの? ミサト、作戦部長じゃなかったっけ?」
「悪かったわね。こと補完計画については部外者も同然よ。 リツコはさっぱり教えてくれないし」
「弐号機のコアには私のママが居て、初号機のコアにはシンジのママが居た、 そして零号機のにはレイの一人が居る、ということぐらいしか知らないわ」
「レイの一人? そう、シンジ君も仲間なの」
「どういうこと?」
「彼、あたしといっしょにダミーシステム製造装置を見てるのよ。 ダミーシステムのことは?」
「知らない」

そこへユイとシンジが駆け込んできた。
二人の顔付きをみて、ユイは思う。あらあら、同志的連帯感? ちょっと遅かったかしら?
ミサトは反射的に銃をユイに向ける。一応、秘密にしておきたかった情報交換。

「多分不法侵入のアスカちゃんに向けるならともかく、 私に向けると、あなたの方が罪に問われますよ、葛城さん。 ま、いいわ。いいもの見せてあげる。撃ちなさい」

単に反射的に向けただけのミサトは動揺し、
ユイが自分の銃に手を伸ばすのを見て、ミサトは引金を引いてしまった。
バン、コロコロコロ‥‥‥

「か、かあさん!」
「え」
「A.T. フィールド…」

ユイは手を降ろして顔を上げた。

「何人にも侵されざる聖なる領域、A.T. フィールド。
誰にでもあるとはいえ、 誰もが持っている心の壁とはいえ。
こんなもの誰でも作れるようになった日には社会システムが崩壊するわ。
これが、補完計画の詳細が未だに機密事項になっている理由の一つ。
というわけで今のところは詮索はやめてくれる?」

アスカが惚けたミサトの一瞬の隙をつく。銃を奪い、シンジに向けて発砲!
シンジは激痛に左肩を押える。

「シンジ、ごめん ‥‥」

むしろアスカの方が辛そうな顔でシンジに謝る。 しかし銃口はシンジの胸にピタリと固定されていた。

「かすらせただけ、のつもりなんだけど ‥‥ ごめん、痛い?」
「 . . . アスカ . . . . . . 」

表情を消してアスカはユイに向いた。

「A.T. フィールド。作れるのは今のところ、おばさまだけ見たいね。 すくなくともシンジにはできないし、おばさまもシンジまでは守り切れない。
おばさま、一つだけ教えて。でなければ、こんどはシンジの心臓を、撃つ」
「何が知りたいの?」

アスカの隙をうかがうミサトの手を押さえながら、ユイが訊いた。

「弐号機のことよ」

そのことか。やっぱり。ユイは疲れた声で返事をかえした。

「多分、あなたの想像通りよ」
「じゃあ ... じゃあ! おばさまみたいに生き返らせてよ!!」

ユイは視線を外した。

「私が生き返って、真っ先に考えたわ。‥‥‥ ごめんなさい」
「そう ‥‥ なの ‥‥」

うなだれたアスカの手から銃が落ちる。そして。アスカはその場にへたりこんだ。


次回予告 稼働可能なエヴァンゲリオンは零号機ただ一つ。 その隙をふたたびゼーレが襲う。 次回、 守る心のかたち
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