Genesis y:7 心の中の心
"Flowers for Rei"


エヴァンゲリオン起動実験 3 日目。

「やっぱり駄目ですね‥‥‥ ついでに起動まで行けばいいな、って思ってたんですが」

マヤが簡単に報告した。
今日は見ているだけのアスカがコーヒー片手にミサトに尋ねた。

「昨日のあたしの時みたいにやんないの?」

こちらも暇なミサト。

「強制シンクロ? そしたら、昨日の弐号機みたいに暴走するでしょ。 あれ使うと暴走するらしいわ。アスカが抑えてくれて助かったのよ」
「ちょっとぉ、そんなもの使ったの?」

ミサトは笑った。

「結果オーライでしょ?」

ということは、あれが最後のシンクロだった、かもしれないわけね。 アスカはかすかに嗤った。
ミサトは初号機に視線を戻している。

「今日は初号機の基礎データを採り直すだけらしいわ」
「零号機はどうなってるの?」
「新市で修理中よ。さっさと直してくれないと困るのよねー」
「でも、ファーストは?」

ミサトは答えなかった。そう、レイはどうなってるの? リツコも。

「マヤ? もういいの?」
「もういいで、しょう。シンジ君あがってちょうだい」
「はい」

新市に戻る道すがら、アスカはシンジに尋ねた。

「シンジ、あんたエヴァに乗るのを止めてもいい、って言ってたけど、 ほんとにそうなりそうじゃない? どうするの?」
「みんなが死んじゃう。あの、あの時の思いさえもうしなくていいなら」

シンジは手を握り締める。

「もう乗れなくてもいいんだ」
「でも、あたしも乗れないかもしれないわ。 チルドレン三人が三人ともエヴァに乗れない、 それはそれでおもしろいかも」

アスカが簡単に言うのにシンジは驚いて振り向いた。

「ちょっとまってよ。アスカ昨日ちゃんと動かせたじゃない?」
「ああいう起動の仕方はやっちゃいけないんだって。 だからシンジの時には、やらなかったでしょ。シンジならそのうち動かせる、って みんな思ってるのよ」


人工進化研究所の冬月 - それが彼女の保護者にして身元引き受け人だった。
レイは以前住んでいた第二東京市で両親をなくし、この街に来る。

「いいの。今の学校、楽しいから」

レイはひとりごちた。
冬月氏が用意してくれた住居は、コンクリートうちっぱなしの壁に、 ベッド一つ、冷蔵庫一つのワンルーム。 日あたりは結構良いので、普段はカーテンは締めっぱなし。
一昨日、第三新東京市に引越し、翌日の転校初日。 おもいっきり寝坊して学校に遅刻しそうになったことは記憶に新しい。 寝心地がよくて爆睡してしまったようだ。
冬月氏はおなじマンションの隣に住む。 すでに出かけたと思うけれども、一応声をかけていく。

「いってきまーす」

返事があり、冬月が顔を出した。

「ああ、ちょっと待ちなさい。これ、引越し祝いだ」


冬月さんにこの日記帳を貰う。こっちへの引越し祝い。
日記ってつけたことないんだけど… 実はあんまり嬉しくないんだけど…
ちょっと始まりがこれじゃ冬月さんに悪い。
反省。ちゃんとできるかぎり毎日つけます!

冬月さんに挨拶して、学校へ向かう。
学校。
初日、学校へむかう途中、おもいっきりぶつかっちゃった碇君(ごめんね)。
そのおさな馴染みのアスカさん。
わざとらしいほどぎこちない二人。かわいい。特に碇君が。
委員長のヒカリ。
ヒカリのケンカ相手の鈴原君。
仲良く喧嘩してるけど、ヒカリは鈴原君にお弁当を作ってあげている。
この二人はからかっても、ヒカリしか赤くならないからつまんない。
鈴原君とたいていいっしょにいて、カメラをまわしている相田君。
彼からは時々、皆のからかい方について注文がくる。ちゃんと絵になるように、 だって。別に絵になるようにからかってるんじゃないんだけどな。
仲良くなったのはこれくらい。
学校は楽しい。
前の所ではずっとひとりぼっちだったから。
お父さん、お母さんの事故でほとんど忘れちゃったけど、 なんとなくそうだったような気がする。

ワンルーム。冷蔵庫の上には、ビーカーに水をいれて飾ってある。 オブジェ。こっちの方がよっぽど絵になっているような気がするんだけど、 今日みんなを家によんだら、口をそろえて、
「殺風景だ!」
「女の子の部屋じゃないわ!」
という。そうかなあ。Simple is best! って思うんだけど。 一人だけ碇君がなにか首を捻ってた。
「どっかでみたことあるような部屋だなぁ…」
「でも綾波に似合ってるんじゃない?」
って言ってくれた。直後にアスカさんに頭たたかれてたけど。
碇君はかわいい。碇君はやさしい。碇君はかっこいい?
シンジ君‥‥‥ ちょっと口に出してみる。

今日、また碇君とぶつかった。こんどは私のせいじゃない。ほんとうに偶然に。 あやうくキスするところだった。惜しかった。 碇君は真っ赤になった。
やっぱりアスカさんに頭叩かれてた。

今日、アスカさんが早退した。これなら碇君、頭たたかれることないわね。 でも、ずっと生返事。つまんない。

今日、街は実は、とか街の名前がどうとか、そんな話がいっぱい出た。 LCL…なんかどこかできいたような…がどうとかこうとかいう話だった。
今日は碇君は学校をお休み。アスカさんも休み。二人でどこか行ってるのだろうか。

今日は、碇君は学校に来た。アスカさんも来た。でも二人とも何か変。 ちょっとよそよそしいな。それに二人とも私と目を合わせようとしない。 こういうの、嫌だな。


「おはよう!」

シンジとアスカが教室に駆け込んできた。今日は少し余裕があった。

「おお、シンジ。めずらしーの、早いぞ」

トウジを見てシンジは心底驚いた。

「うわぁ、ト、トウジ、その足」
「なんや、ゆうれーでもでたんか?」

そ、そっか… 本物の世界とはちょっと違うって言ってたっけ。
ようやくシンジは注意されていたことを思い出した。

「 いや、なんでもない」

こちらの街ではトウジに左足があるんだな‥‥‥ 戻るとどうなるんだろう。 それを思ってシンジは少し沈んだ。

「いっかり君、おっはよう」
「ぅわあ、‥‥ あ、綾波、おはよ」

うろたえまくっているシンジを冷やかに見つめながら、アスカは思う。
あれが優等生ねぇ。前のお人形さんよりは、こっちのがマシね。
あ、嫌なこと思い出しちゃった。首を振って過去の思い出を振り払う。

「なんや、おまえ今日へんやぞ? それに昨日は二人してどこいってたん?」

トウジがシンジに少し突っ込んでいる。
カメラをまわしているケンスケは思った。
おかしい。綾波がシンジの所にいるのに、なぜ惣流がそれを見ているだけなんだ? あ、綾波と惣流の目が合った。さあ、そこだ、

「いけ!」

ケンスケは握り拳を振りおろし、おもわず声を出した。

う、やっぱり笑っちゃう。アスカは慌ててレイから目を逸して思った。
シンジもそんなアスカを横目で見て思う。そうだよなぁ。 この綾波に慣れるのは大変かも… 昨日までとおんなじになんて…
それに綾波って、あの綾波だろ?

ドアを少し空けて様子を眺めていたミサトはいったん引き返し、ユイに電話した。

「あの二人じゃ、昨日までどおりなんてできませんよ」
『ああ、いいのいいの。自然にやらしてやって。 レイちゃんにもちょっとずつ疑問に思ってもらわなきゃいけないから。 それにうろたえてる二人眺めてるのって楽しそう。私もみてみたいな。 どうせ覗くんでしょ?』
「覗くつもりではいるんですけどね‥‥」
『じゃ、報告よろしくね』

そう言ってユイが電話を切る音を聞いた。

「世の中の教師ってのはこんな親ばっかり相手にしてるんじゃないでしょうね…」

これがずっとつづくんじゃなくて良かったかも。
今まではけっこう教師適性があると思っていたのだが、 自信がなくなってきたミサトは、ため息をついて教室に向かった。


今日、初めて碇君の家へ遊びに行く。碇君の両親は忙しいらしく、居なかった。 アスカの家が隣だということも知った。いいな。
そうそう、アスカも一人で住んでるそう。 碇君が家族三人で住むようなところに一人。私なら結構淋しいと思うんだけどな。 隣に碇君が居るからいいのかな。

今日、ミサト先生が学校を辞めるという噂をきく。なんで? 碇君に訊くと、
「ああ、やっぱりね」
という顔をする。でも理由は教えてくれなかった。アスカも知ってるみたいなのに。

今日は冬月さん家で夕食。冬月さん料理上手なんだけど、途中でケガ。 途中から私が作る。‥‥‥ ちょっと恥ずかしいから冬月さんには ばれないようにしたけど、実は私も指を切った。たいしたことないと思って ばんそーこーはっただけだったけど、家で包帯をまきなおす。
明日学校にいくときは冬月さんに会わないようにしなきゃね。

今日、初めて碇君のお母さん、ユイさんに会う。会ってびっくり。私とよくにてる。
碇君が、
「会えば驚くと思うよ」
といったのがよくわかる。アスカも、
「初めて会った時は、あんた実はシンジのいとこかと思ったわよ」
という。初めて会ったのは碇君とぶつかった時じゃなかったのかな。
それとも、教室? ぜんぜんそんなこと言わなかったじゃない、アスカってば。
親戚だといいな。私ひとりだもの。

今日、冬月さんに碇君のお母さんについて尋ねる。驚いた。面識があるなんて。
冬月さんが大学の先生をやってたときの学生さんだったそう。
でも、べつに親戚とかじゃないみたい。残念。

今日、碇君は学校はお休み。アスカもやっぱり休み。連絡事項があったので、 週番の私が二人の家へプリントを持って行く。おとなり同士だとこういう時は助かる。 ユイさんが出る。そういえばアスカの家にはだれもいないのだから、 プリントを持っていても受け取る人がいない。 ポストにいれておいてもよかったんだけど、 ユイさんがアスカの分を渡してくれるそう。 さっさと一緒に住んだ方がわかりやすいんじゃないかなぁ。

そういうこともあって、碇君の家でユイさんとお茶を飲んでく。 やっぱり親戚だったらいいな。ユイさんにそういったら複雑な顔。悲しい?
二人がどこへいってるのか尋ねると、旧市に用事。 もう 2,3 日休みだって。ミサト先生も学校を 4,5 日お休みだったから、 きいてみたらやっぱり用件は同じらしそう。前もそんなことありましたね、と尋ねると
「そうね」
何だろ?


ピンポーン‥‥‥

「はーい」

せっかく仕事の山から逃げ出してきたのに、 なぜか目の前に書類の山が積まれているのを眺めていたユイは、 呼び鈴にすぐ飛びついた。

「あら、レイちゃん。いらっしゃい」
「あ、えーと、これプリントなんですけど、碇君居ます?」
「ごめんなさい。ちょっと出かけてるのよね。アスカちゃんのプリントも?」
「あ、はい。あれ? じゃ…」
「二人いっしょだもの。旧市に、ね」
「そうなんですか。学校で言い触らしますよぅ」
「懐柔してさしあげましょう。お茶飲んでいくでしょ?」
「はーい」

ユイはレイを居間に誘った。

「ところで、もしかしてミサト先生も二人といっしょですか?」
「そうよ。ああ、前にも似たようなことあったものね」
「あの時はアスカがいきなり倒れて、それで次の日二人して休んだから みんな心配してたら、その翌日にケロリとして出てくるんですよ」


碇ユイさん。お母さんみたいな人。
私のお母さんって誰?
私のお父さんって誰?
事故って何?
事故。私はポッドに浸かっていた。私もかろうじて助かった大事故。
命をなくす。私にはあるもの。
事故。血。赤い色。
碇君、碇、碇、司令、碇司令。
どうしてそういうこというの。
これは誰
私って誰?
‥‥‥
私は私。綾波レイ。
三人目。三人目って何?
どこかで誰かの声がする。弐号機?
アスカ… そう。
弐号機パイロット。
碇君。初号機パイロット。
私。零号機パイロット。

私は碇ユイから生まれた。
LCL の海から碇ユイの代りにすくいあげられた。
でも私は私。綾波レイ。
碇ユイじゃない。‥‥‥ 多分。
ユイさんの心はいらない。絶対に。
私の心はどこ?
二人目の心。涙。
私は三人目。だから二人目は死んだ。自爆したの。碇君を守って。

「碇君とひとつになりたい」

そう。碇君しかいなかったの。ああ、碇司令も。
絆になる人が二人も居たの。
でもそれはユイさんの心だし、二人目の心。私は?
私は、碇君と、どうしていたいの。
碇君と、どうしていたいか、わからない。それが綾波レイ。
私が、綾波レイ。
赤い土から作られた人間。

ここは新市。だから本部には行けない。碇君の家に電話。

『 - これは転送されます - ‥‥ はい。 人工進化研究所の碇ユイです。あらレイちゃん』
「本部にはどうやっていくんですか?」
『‥‥人工進化研究所から行けるわ。覚えておいて。
ちょうどよかったわ。 こっちにいらっしゃい。今すぐやってほしいことがあるの』


研究所にやってきたレイをユイは奥の空間に連れて行った。 まだ研究所が LCL の外にあったころ、 零号機が置かれていた実験室。
そこでユイは "かけら" をレイに手渡した。

「はい。 レイ、これがあなたの零号機のコアよ。これを握って、零号機を想像して」
「できるだけしっかりと。ついでに生まれておいで、 なんて話しかけてくれてもいいわ」
「はい」

ユイは手を振ってその場から離れた。ユイの合図と同時に、 レイは眼を閉じ、"かけら" を両手で包む。その手を透かしてコアが光り出した。
透けて見えるコアの影が次第に形を変えていく。そして手の平に載せられる一片から こぶし大の球形へ。割れ目が入り、それが窪んでいき‥‥‥
誰かが感嘆の声を上げた。

「す、すごい‥‥‥」

心臓らしきものが生まれ、眼が発生、さらに急速に大きくなり、
レイはささえきれずに落した。

「ケージに零号機固定!」

クレーンが "それ" をケージに押えつけ、ガイドが "それ" を支える。 さらに大きくなって、いまや零号機の面影が見出せるまでに成長。
もはやレイは "それ" に触れてさえいない。

「零号機のイメージ固定!」
「孵化まであと推定 30 秒!」
「旧市への引き上げ準備!」
「対 LCL 外ゲートロック解除!」
「対 LCL 外ゲートオープン!」
「零号機、定着!」
「旧市への引き上げ、始めます‥」

"それ" はすでに零号機の形をなす。
レイがその場に崩れ落ち、肩で息をする。
ユイが叫んだ。

「救護班!」

レイは担架にのせられて運ばれて行った。

「エヴァって、生き物だったんだなぁ…」

マコトが嘆息した。

「あんなに速く育つんならいままでの修理は何だったんです?」
「生き物には違いないけど。何にもせずにあんなに速く育つわけないじゃない。
この街ではね、想像するだけで実際にモノが作れる。 レイちゃんがね、零号機が生まれる所を頭に思い描いたからああなっただけで、 他の人がやったらまた違う風にできあがるわ。 零号機に親しんでるレイちゃん以外じゃ、まず失敗したとおもうけど。 シンジだっていきなりプラグスーツ作って見せたんでしょ?」
「そういえばそんなこともありましたね。 じゃ、もうひとつふたつエヴァを作ってもらえれば、 エヴァの量産計画もっと早くすすみますね」

マコトはユイの顔色をうかがいながら訊いた。

「そうね。作れるわ。コアだけは別に本物が要るけど」

ユイは背伸びして、

「いきなり零号機で成功させちゃった。工期が半分になれば、まぁ、いいかなぁ、 くらいに思ってたんだけど、 旧市の方がせかすのよね。うまくいってよかったわ」

久しぶりにゆっくり寝られる。ユイはそう思った。

「そうそう、作っといた予備の拘束具も旧市に送っといてね」


「それに今日乗んなかったの、乗らなくていい、ってことでしょ?」
「それじゃ駄目だよ。『さっさと諦めちゃったら駄目だよ』 ってアスカ自分で言ってたじゃないか」

シンジとアスカの声がする。ようやく帰ってきた。
ユイは玄関から首をだして、二人を見つけた。

「おかえりなさい。ふたりともちょっとこっちきてくれる?」
「はーい」

居間にレイの姿を見て二人は少しうろたえた。

「あ、綾波いらっしゃい ‥‥」

ユイが遮って、

「もう、それいいわ。こんど旧市にいく時はレイもいっしょよ。 零号機も明日完成」

二人は驚いた。

「あ、えーと、綾波、」

レイはシンジを見つめて、かるく微笑んだ。

「私は私よ。別に何も変わってないわ」
「よかったあ。昔の綾波と印象が違いすぎて、どうなることか心配だったんだ」
「そう。ありがとう」
「ホント? 人形みたいなあんたがなんでいきなりそういう風になってたの? それだけはきいておきたいんだけど?」

アスカが割り込んだ。

「それにあんた零号機に乗れるの?」
「そんなの知らないわ。私は人形じゃなかったし、今も人形じゃない。 零号機? 乗れるかどうかなんて私、知らない」
「やめなよアスカ、もういいじゃない」

シンジが二人の間に割って入る。アスカはシンジに向いて、

「だって、レイが乗れるなんてきいてないわよ」
「そりゃそうよ。私まだ報告してないもの」

ユイは三人の言い争いを止めた。三人の視線がユイに集中する。

「というのは冗談だけどね。実際、報告したのはついさっきだし、 二人ともその時にはもう本部からの帰り道だったんじゃないかしら」
「絶対にもう一回乗ってやる! シンジ、 ファーストが乗れるのにあたしだけ乗れないなんて二度とごめんだわ!」
「あのう、だから僕もまだ初号機動かせないし、綾波もまだ分からないって…」
「暴走確実だろうと、何だろうと、何でもつかって絶対に動かしてやる!」

ぜんぜん人の話をきかないで拳を握り締めるアスカ。

「そんなに力んでたって弐号機は動かないと思うよ…」
「なんですって!」

口論の脇でレイはユイに尋ねていた。

「私はこれからどうするんですか?」
「初号機の調整に 2,3 日かかるとして、来週かな。 その時にいっしょに零号機に乗ってテストしてもらうんじゃない? その辺のスケジュールはマヤさんがやってくれるわ」
「はい」
「案外、ファーストって変わってないかも‥‥」
「うん、そうだね‥‥」

二人は口喧嘩を止めてレイを見つめた。 横でこんなにうるさくしていて気にしないなんて。


夕方。レイは二人を川辺にさそった。

「それは?」

アスカが訊いた。

「両親は亡くなった、と思っていた昨日までの私、たくさんの私へのたむけ」

そう言って、レイは川に花束を投げた。

「人形。アスカはそう言ってたわよね」
「その話は…止めようよ」

シンジは話の方向を察してレイを止める。

「そう。碇君は知っているのね。いいの」
「私はね、10 年前、碇ユイさんの事故の後、 ユイさんをサルベージしようとしてかわりにサルベージされた、不完全な碇ユイ。 だから私には両親はいないの。 両親の記憶がなかったのなんか、当然よね。 サルベージの指揮をとった人は私を憎んだし、 この世との絆は碇司令だけだった。'レイ' この名前は碇君が生まれる前、女の子だったらつけるつもりの、 碇司令が用意してくださった名前なの」
「思い出さなくてもよかったのよ。本当のことなんか。 冬月副司令が保護者で、一人暮らしで、 両親をきれいにわすれている私でもよかった」
「普通の人間じゃないもの。感情のない人形、そういう風に育つしか、 しかたなかったのよ。二人目の私は」
「二人目?」
「サルベージはね、何回も繰り返されたの。だから、私はたくさん居た。 心はひとつしかないから、一度に生きているのは一人。 一人目は小さい時に殺されちゃったし、二人目はこの間、 使徒につっこんで自爆しちゃったわ」
「じゃ、あんたが死ぬと四人目が生き返るだか、生まれるだかするの?」
「しないよ。その施設はリツコさんが壊した。綾波はもう、一人だけだ。 だから、綾波は普通の人間だよ」
「ありがと。でもね、昨日まで信じていた絆が、やっぱり無くなっちゃうとね。 エヴァに乗るしか、なにもないと実感させられちゃうとね」
「ひとことで言って、あんたユイさんのクローンなわけね? なら話は簡単じゃない。 あんたが 10 年… 前の一人目とか二人目の記憶あるのよね? 頭、赤ん坊じゃないところをみると」
「うん」
「あんたが 10 年、レイとして過ごしてきたことは事実。 もうユイとは完全に独立した一つの人間。 絆がどうとかこうとか悩まなくてもいいでしょうが。 天涯孤独な人間は他にもいるのよ。 別に一人不幸を背負った顔しなくてもいいじゃない」
「うん。ありがと。ごめんね」
「ったく、なんであたしがあんたなんか慰めなきゃなんないのよ‥‥」


次回予告 零号機の再生に驚くゼーレはネルフの接収を決定。 エヴァンゲリオンを第三新東京市にさしむける。 いまや抜け殻となった初号機は起動するのか。 次回、量産型エヴァンゲリオン
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