Genesis y:6 エヴァのパイロットとして
"Evangelion's pilots"


某所にて、ゼーレ。

「ネルフに再び不穏な動きがあるようだ」
「碇よ。貴様何を考えている」
「我らの計画におとなしく従っていれば良いのだ」
「しかし鈴はもうない」
「そのようなものは必要ではない。 奴が事を起こせばただちに明らかになること」
「ならば今は監視の目を強化しておくべきだ」
「賛成」


「あ、ゆ、夢か ‥‥
ま、ね、エヴァに乗れないということが、 どうかなったわけじゃないもんね ‥‥‥」

シンジを起こしにいくのはまだ早いかな?
アスカは汗ぐっしょりになったので風呂場に向かいながら思う。
シャワーを浴び、気分を整え、アスカはシンジを叩きおこしに行った。
いつもよりは少し早い。

「おきろ! バカシンジ!」
「‥‥‥ ん、‥‥‥ あれ、アスカどうしたの?」
「何か寝起きいいわね。あたしがどうしたって?」
「顔色悪いから‥‥ 大丈夫?」
「ちょっと夢見が悪かっただけよ。 人のことなんかどうでもいいから、さっさと起きなさい」
「ふぁーい ‥‥‥」

今日はゲンドウもユイもすでに家に居なかったので、 二人はひさしぶりにシンジの料理を食べていた。

「そういえばシンジ、まだ旧市でエヴァ乗ってるの?」
「え、新市にきてからは一回も‥‥
そういえば、ごめん。 アスカの弐号機壊しちゃったことまだ言ってなかったね」
「‥‥ そう。いいわよ。 かえってすっきりしたわ。あのレイが乗ってるはずないし、 旧市は暇そうね。もう使徒は来ないのかしら」

微かにシンジの体が震えた。

「さあ? 僕には分かんないよ」
「そりゃそうね」

シンジの電話が鳴った。

「はーい? ミサトさん?」
『アスカもそこにいるわね?』

横からアスカが怒鳴った。二人の食事をじゃまされて少し怒っている。

「いるわよ!」
『そうー やっぱりシンちゃんとこで朝ご飯食べてるのー』
「あんた、そんなこと言うために電話かけてきたの?」
『じつはそうなのー』

ミサトは一転してまじめな口調で告げた。

『今日は学校休んで旧市の本部へいらっしゃい』

シンジは首を捻った。

「アスカ、何か聞いてる?」
「あんたバカ? 用件は一つにきまってるじゃないの」

口調とは裏腹にアスカは青ざめていた。


「いやよ! ぜっったい、イヤ!! そんなの動くわけないじゃない!!」

アスカの目がユイを探すが、ユイがネルフ本部にいるわけがなかった。

「僕が初号機動かせればいいんじゃないの!」
「そうか。では、シンジ。かわりに弐号機に乗れ。初号機はもう動かん」
「え、‥‥」
「乗るなら早くしろ。い」

ゲンドウの言葉の上からアスカが被せた。

「弐号機壊したシンジに乗られる位なら、わかったわよ! あたしが乗るわよ! 動かなくてもしらないから!!」
「あ、アスカ、それはないよ‥‥」

シンジは抗議しかけてアスカを見、そのあまりに虚ろな目に驚いた。

「アスカ‥‥」
「なによ、その顔は。べつに動かせなくても自殺したりなんかしないわよ」
「父さん! ‥‥」
「そうか。では乗れ」

零号機の準備のため、 新市の研究所にとじこもっていたはずのユイがこの騒ぎを聞きつけた。

『あなた! どういうことですか!!』

ゲンドウは電話からやや耳を離しながら、

「今言ったとおりだ」
『もういちど乗れ、というんですか? もしのって動かなかったら‥‥ こんどこそアスカちゃん‥‥‥』
「依然、零号機のメドがたたない以上、弐号機でやってみるほかあるまい?」
『そんなにゼーレのみなさん怒ってらっしゃるんですか?』
「エヴァが一つもないからこそ、補完計画をやつらのシナリオ通りにすすめて やっているからこそ、手をだしてはこなかっただけだからな。 うすうす弐号機の修復がバレている以上、もう時間がない。
ユイ。おまえが何といおうと、これはもう決定事項だ」
そしてもし起動しなかったような時は‥‥ユイ。零号機の復活を急げ。頼む」
『‥‥‥ 分かりました。
とりあえず新市の安定のためにはもう初号機は必要はありませんから、 そちらへお返しします』
「分かった」


ひさしぶりのエヴァンゲリオン起動実験はリツコがいないため、 マヤが指揮をとる。

「初号機、弐号機起動テスト開始」
「‥‥ んー、全然だめですね‥‥」
「初号機のシンクロ率はヒトケタですし、 弐号機のシンクロ率にいたっては 0% からいくばくも離れてませんね」

文字通り手も足も出ない状況。さすがにマヤにはまだ負担が重かった。

「ちょっとユイ博士に連絡とってみます」

プルルルル‥‥‥

「初号機が動かないのは、まあ、当然よね。私はここにいるんだし。 初号機のコアが変質しちゃってるんだもの。 それにしても弐号機もダメ?
とりあえず弐号機をシンジで動かしてみたら?」

ユイは心の中で祈った。アスカがこれをきいて何とかしてくれれば ‥‥
でももしシンジで起動するようなことになったりしたら。

「そうですね。そうしてみます」

この様子を上から眺めていた冬月がゲンドウに問う。

「碇 ‥‥ これで動かなかったらどうするつもりだ? ダミープラグを使うのか?」
「ああ」
「暴走するのが分かっていて使うのはあまり気がすすまないのだが?」
「連中の牽制位にはなるさ」

エントリープラグの中でうずくまっていたアスカだが、 弐号機をシンジで起動してみる、という話を耳にして震えた。

「もし、シンジで起動できちゃったら‥‥
お願い。動いて。ママ‥‥」
「ん? 弐号機のシンクロ率上昇を始めました‥‥ 現在 3% ‥‥‥ 4% ‥‥」
「しかし、起動にまでは足りませんね」

それまで黙っていたミサトがようやく口を出した。

「あ、でも一応、初号機のシンクロ率抜いちゃったじゃない?」

マヤが軽く睨んだ。

「葛城三佐、こんな低レベルで争ってもしょうがないんですよ?」
「分かってるって」

ゲンドウが立ち上がった。

「伊吹二尉。弐号機にダミープラグを繋げ」
「初号機はいいんですか?」
「初号機が動かないのはコアが変質したからだ。 ならば今のダミープラグを繋いでもまだ動くまい?」
「わかりました」
「父さん! やめて!」
「かまわん。早くしろ」
「ダミープラグ、繋ぎます」
「弐号機のシンクロ率‥‥ 現在 2% ‥‥」
「だめですね。アスカの時より悪いです」

ゲンドウは一瞬シンジに目をやった。

「ダミープラグのテスト中止。シンジを弐号機に乗せろ」

二人のエントリープラグが一旦外され、そのまま交換された。
シンジで弐号機が動けばいいのよ。アスカはもう外の様子には耳を塞いでいた。

「弐号機、シンクロ開始‥‥」
「シンクロ率、現在 2% ‥‥」

マヤは首を捻った。いくらなんでもここまで悪いはずがない。

「シンジ君、ちゃんとやってる?」
「ちゃんとやってますよ‥‥」

起動してしまえば、アスカがどうなるかは分からない。とはいえ、 起動しないよう努力したことが万一アスカにばれた場合、 アスカがどうなるかは分かり切っていたから、 シンジは集中せざるを得なかった。心の奥底は別として。

「だめですね。一旦テストを中止します」

マヤはテストの中止を告げた。


「アスカ。入るよ」
「人ん家に勝手にはいってこないでよ」
「アスカ」

シンジはベッドの脇に座り込んだ。アスカもシンジに向き直る。

「シンジ、 あんたまさか起動しないよう努力した、というんじゃないでしょうね?」
「そんなことはしてないよ。後が恐いもの」
「‥‥‥ そう。それならいいんだけど」

嘘はついてないようだ。アスカはシンジから目を逸した。

「アスカ」
「何よ。乗れないのなんか最初から分かってたわよ。 人のことより自分のこと心配しなさいよ。 あんただってエヴァ動かせなかったんでしょうが」
「やだからね。死んじゃ。 死んじゃだめだからね」
「あんた人の話きいてる?」
「好きな人が居なくなるのはカヲル君で最後にしたいんだ」
「カヲルって誰?」

そこでアスカはミサトから聞いていたことを思い出した。座り直して怒鳴った。

「あんたバカぁ? 何くだらないことに罪悪感もってんのよ!
生きる意志を持つ者が生き残る。それが当然じゃないよ!」
「ミサトさんと同じこというんだ‥‥」
「あたりまえじゃない」

シンジは顔を上げてアスカを見つめた。

「じゃあ、死んじゃだめだからね。ちゃんと生きる意志を持ってよ?」
「う。分かったわよ。でも乗れないんだからしょうがないじゃない。
あたしは自分がここに在ることを、世の中に示すために乗ってたのよ。 エヴァに乗れないのにどうやって生きる意志を持ってられるのよ。
シンジだって、司令に褒められるために乗ってるって言ってたじゃない? これであんた司令に褒められなくなったのよ?」
「そうだったね。でも僕はもう、トウジを怪我させたくないし、 カヲル君を殺したりするのは嫌なんだ。
だから、また、そういうことをやらなきゃいけない位なら、 エヴァに乗るのを止めるよ。もう何時でも止められる」

シンジはきっぱりと言い切った。 アスカは軽く目を瞠る。


「となれば、碇。強制シンクロを使うのか?」
「仕方ないだろう。レイが遅れるというのであれば。もう時間がない」

翌日、再びエヴァンゲリオン起動実験。

「強制シンクロ、テスト‥‥‥ 異常なし」
「強制シンクロ入ります」
「初号機、起動テスト開始」
「弐号機、起動テスト開始」
「弐号機シンクロ率‥‥‥ 現在 10% ‥‥‥ 弐号機起動します」
「すごい‥‥ 何故初めからこれ使わなかったの?」

ミサトがマヤに尋ねた。

「エヴァンゲリオンに使うにはまだダミープラグより問題が多くって‥‥」
「うわ、シンクロ率の上昇止まりません、 現在 90% ‥‥ まもなく 100% 突破します」
「回線切断! これなんです。LCL 世界に入るにはちょうどいいんですけど、 エヴァを動かすにはちょっとシンクロ率が高すぎて‥‥」
「はあ、‥‥ いろいろあるのねぇ‥‥」

シンジ君の時は苦労したものねえ。ミサトは嘆息した。

「だめです、シンクロ率の上昇止まりません!」

マヤの表情が変わった。

「回線は切れてるの?」
「確かに回線は切れています ‥‥‥ これは、‥‥‥ これは、弐号機暴走します!」

そこへアスカの声が響いた。

「ふざけんじゃ‥‥ないわよ。せっかく起動したのよ。 暴走なんてさせてやるもんですか」

昨夜シンジから聞いた暴走の図が思い浮かぶ。

「あたしのシンクロ率は普通にやれば起動しないほど低い。 だから弐号機に乗ってるのがあたしだとわかればいい、のよね! ミサト!」

ミサトはマヤを見た。マヤは少し考えて答える。

「発想はそれでいいと思います」
「ということは、これロデオよね‥‥‥、おさ、ま、れ!」
「う ‥‥ そ ‥‥」
「弐号機、静まります。正常に戻り ‥‥ ます。 シンクロ率 84% で安定‥‥ ハーモニクス正常‥‥ 神経パルスも正常値を保ちます」
「弐号機、正常に起動しました!」
「アスカ! やったじゃない!」
「ふう‥‥‥」

アスカはしばらくぶりの弐号機の感触を確かめた。
そうね。エヴァンゲリオンってこうだったのね。 あたしが固執したわけも今なら分かる。
プラグの中ってシンジじゃないけど確かに気持ちいい。

強制的にシンクロさせた後、それを切るといった方法で、 自力ではシンクロできなかった私でさえコントロールできたなら、 もう誰でもエヴァとシンクロできる。 そんなことに自分の在り方をかけても仕方ない。

おばさま。心の中でユイに語りかける。 ようやく、おばさまの言うことが分かったような気がします。 もう私にも必要ないかもね。

シンジからコールが入った。

「アスカ! やったじゃない!」
「ありがと」

アスカの素直な返事にシンジは目を見開いた。

「それにしてもシンジ、あんたどうするの。 エヴァンゲリオン乗れなくなっちゃうみたいだけど」
「しょうがないよ。母さんが居たから起動してた、 というんじゃ今起動するはずないもの」
「あんたバカ? そんなさっさと諦めちゃってどうすんのよ。
もうちょっと真剣にやんなさいよ。 言っとくけど、他人が闘ってるの横で見てるのってけっこう辛いんだからね」

シンジの頭に綾波が特攻をかけた情景が思い浮かぶ。

「それは‥‥‥知ってる」

シンジの恐ろしい程真剣な表情にアスカは少し驚く。そのことを隠すようにして。

「じゃ、ちゃんと集中しなさい。 使徒相手に弐号機一体じゃきついんだから」

使徒? カヲル君‥‥

「初号機シンクロ率急激に低下。‥‥‥ 0% まで落ちました」
「こらバカシンジ! 何余計なこと考えてんのよ!」


「それにしても初号機が起動しないのは痛いな。 碇。どうするんだ?」
「もともとシンジは予備だ。使えなくても問題無い」
「かといってユイ君が中に居たころの設定では、 レイやダミープラグを使っても、もう初号機は起動しないんじゃないのか?」
「さきほど、ユイから連絡があった。 零号機再生の基本的な準備は整ったと」


次回予告 綾波レイとは何者か? 今や全ての記憶をとりもどしたレイ。 その心は綾波レイか? それとも碇ユイか? 次回、心の中の心
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