Genesis y:5 新第三新東京市 誕生
"New Tokyo-3"


明日、ようやく事態が正常にもどる。冬月は喜んだ。 市長の苦情につき合うのも今日まで。

コール音。マヤが取る。

「研究所からです。調整は全て、終了したそうです」
「そうか。青葉君、日向君がいつ戻ってくる予定なのか尋ねてくれるか?」
「‥‥ 明後日だそうです」


50 日前。セントラルドグマ。

「レイ。始めるぞ」
「はい」

バタン。ゲンドウはレイの入ったポッドの蓋をしめた。

「メルキオール。レイの強制シンクロ開始」
「バルタザール。初号機の溶解開始」

LCL のプールに浸かっている初号機がみるみる融けていく。

「‥‥ 初号機溶解終了」
「LCL 世界構築開始 ‥‥‥ ネルフ本部をベーシックに設定 ‥‥‥」
「綾波レイ、仮想シンクロ率 100% 突破 ‥‥‥」
「ポジティブフィードバック入ります ‥‥‥」
「仮想シンクロ率 400% ‥‥‥ 綾波レイ、完全に溶解 ‥‥‥ 異常なし」
「LCL 内モニタ開始 ‥‥‥ バルタザールが受けます ‥‥‥」
「仮想シンクロ率 900% ‥‥」
「LCL SWR ‥‥ 現在 70.0 ‥‥ 20.0 ‥‥ 8.0 ‥‥ 通信可能域に入ります ‥‥」
「 4.0 ‥‥ 3.0 ‥‥ 3.0 ‥‥ 同期完了 ‥‥」
「仮想シンクロ率 2000% ‥‥ 記録します ‥‥」

6 日後。

「LCL 世界構築終了‥‥‥ 異常なし」

ゲンドウは一息ついた。自分もポッドに入る。

「ユイ。ようやく会える」
「メルキオール。私の強制溶解開始」
「‥‥ 仮想シンクロ率 400% ‥‥‥ 碇ゲンドウ、完全に溶解 ‥‥‥ 異常なし」

誰もいないセントラルドグマで、メルキオールの声が淡々と響いていた。

「‥‥‥‥‥ ん、‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ユイ。起きたか」
「‥‥ ここは」
「お前の心の中だ。人工進化研究所の付属病棟だよ」
「‥‥」
「どうした。サルベージは失敗か? マギ?」
「99.89% 回収終了‥‥‥ 碇ユイとしての自我は回復していると推測 ‥‥」

ユイは首を振って、ようやく起き上がるなりゲンドウを睨みつけた。

「あなた、何やってるんですか!!」

ゲンドウはたじろいだ。

「おい、10 年ぶりの挨拶がそれか? ユイ」
「そんなこといってる場合じゃありません!」
「なんで弐号機は心を閉じちゃってたんですか!? アスカちゃんはいったいどうなってるんです!」
「う、初号機の時のことまで思い出せるのか? セカンドチルドレンはいま治療中だ‥‥」
「治療中って、どういうことです!」
「わ、わかった、わかったからとりあえず研究所に戻るぞ」

かろうじてユイをなだめ、ゲンドウは研究所へ向かった。
ひさしぶりの人工進化研究所。いまのネルフの実験塔。 ユイが端末を使っている間、ゲンドウはまわりをみわたした。

「な、なんてこと‥‥」

ユイがようやく顔を上げた。

「わかりました。アスカちゃんを使います。それでいいですね?」

ユイは睨んだが、ゲンドウは平然と答えた。 ゲンドウはすでにいつものペースをとりもどしていた。

「ああ、問題無い」


ゲンドウの姿がポッドの中に再び浮かび上がって来た。
メルキオールの声のみが響く。

「仮想シンクロ率 10% ‥‥‥ 碇ゲンドウ、 完全に分離、サルベージ終了‥‥‥ 異常なし」

ゲンドウはポッドを開け、

「レイの分離開始」

降りるなり命令した。

「ポジティブフィードバックそのまま ‥‥‥ 分離圧力上昇 ‥‥‥」
「仮想シンクロ率 1500% ‥‥ 1000% ‥‥」
「仮想シンクロ率 400% ‥‥」
「フィードバックをネガティブに変更 ‥‥‥」
「仮想シンクロ率 200% ‥‥ 綾波レイ、分離開始 ‥‥」

綾波レイが浮かび上がってくるポッド。

「ネガティブフィードバック 0.8 へ上昇 ‥‥‥」
「仮想シンクロ率 10% ‥‥‥ 綾波レイ、完全に分離、サルベージ終了‥‥‥」
「脳波混乱 ‥‥‥ 心音停止 ‥‥ 生命維持装置出力最大 ‥‥‥ 心音復活 ‥‥‥ 現在昏睡状態を継続 ‥‥」

これは? ゲンドウはわずかに狼狽した。

「バルタザール。ユイに繋げ!
‥‥ ユイ。これはどういうことだ?」
『心身喪失状態‥‥ レイの心が再び生まれるのにはまだしばらくかかります。 7 日あればとりあえずの処置はできるでしょう。
レイという人格自身、私のサルベージ失敗によって生まれたものなんですから、 融けこんだ私を無理矢理サルベージすれば、 人格崩壊に近いショックがあるはずです。
この 10 年間に彼女がどれくらい私とは独立に生きてきたのか‥‥ 私はそれが心配です。あなた何もしてあげなかったんでしょう?』

エヴァンゲリオンが一体も使えない空白の時間が生まれた。


44 日前。ネルフ執務室。

「それと、7 日後というのはどういうことだ? ユイ君はもう復活しているんだろう?」
「そうだ。しかし今はレイの治療にかかりっきりだろう」
「そうか。では赤木君をユイ君のところに補佐にやったらどうだ?」
「心だけか? そうだな」

冬月はわずかに眉をひそめた。別にそういう意味ではなかった。

「ユイの手が空くと同時に実験に入りたい。いまのうちに準備しておく」
「ひさしぶりに計画書どおりの計画だな」
「ああ」

冬月は思う。
赤木ナオコ博士の強制シンクロ技術。不完全だと思っていたが、 じつはちゃんと動作していたわけだ。
赤木博士自身、出来上がっているとは思っていなかった技術。
碇はどうやらその点は赤木博士を信頼していたらしい。 もっとも、ユイ君の強制シンクロ解除に失敗するやさっさと自殺に追い込むあたり、 いかにも碇だが。
使徒を殲滅するまで、強制シンクロのテストに入れないとは何と言う皮肉。 おかげで未だにダミープラグが完成しない。

「もっとも、常に暴走するのでは街のまわりでは使えんな」

冬月はつぶやいた。

「いや。弐号機パイロットが使えない場合、 ダミープラグによる起動実験を再開する」

冬月のつぶやきを聞き取ったゲンドウがそれに答えた。

「赤木君。君の処分が決定した」
「そうですか。やっと殺してくれるの。碇司令は?」
「ユイ君が復活した以上、ここには来んよ」
「そう。彼女サルベージできたの‥‥」
「それでだ。君を彼女の補助に送ることに決まったよ」
「‥‥」
「しばらく眠っていてもらうよ」

冬月は後ろにいる保安部員に合図した。バン!

「よし。ポッドへ運べ」


「疎開はどうなっているの?」
「住民の 96% が所定地への疎開を完了しています」
「マギの回線捕捉率 100% に達しました」

ミサトは冬月を見た。冬月が頷く。

「では始めます。A 級避難警報と同時に戦闘体制移行」

避難警報が鳴り響いた。 習性でつい反応してしまうが、実はミサトにはしばらく何もすることはなかった。

「‥‥ 避難完了。住民の所在の把握終了しました。‥‥ 戦闘体制移行完了」
「新第三新東京市構築実験を開始します。LCL 注入開始」

こうなると、あとは技術部の仕事である。マヤがいればいい。 とはいえ… 空いたマコトの席を眺めて冬月に訊く。

「それにしても休暇中のネルフスタッフごと沈めちゃっていいんですか?」
「青葉君と日向君のことかね? 彼らは碇が向こうにスタッフとして連れて行っておるよ」

マヤとマギの声が響く。

「LCL 注入終了‥‥ 強制シンクロ始めます ‥‥」
「LCL 内移行完了しました。新第三新東京市構築終了です」

冬月が口を挟んだ。

「そろそろ連絡があるころだな」
『こちら、新第三新東京市、人工進化研究所。 ネルフ権限で避難警報と戦闘体制を解除しました』
『現在のところ、新第三新東京市に異常はありません』
「こちらの避難警報と戦闘体制も解除して!」
「避難警報解除。通常体制へ移行」
「対 LCL 内通信網の中継開始 ‥‥‥ 異常なし」
「対 LCL 内交通網 ‥‥‥ 異常なし」
「第三新東京市の置き換え、完了しました」

ミサトは冬月に向き直った。

「では、あたしもシンジ君、アスカを送った後、新第三新東京市に渡ります」
「うむ」


「ネルフに新第三新東京市経由で連絡が取れるようになりました」
「避難警報と戦闘体制を解除」
「疎開令を解除します」
「都市封鎖を発令します」
「ネルフ関係者を除いて新第三新東京市への移行完了しました」

とりあえずここまではよさそうだ。ユイは思った。

「つぎは子供たちね」
「碇シンジ、惣流アスカ両名の移送、確認しました。 碇シンジは体ごと、惣流アスカは心のみ ‥‥ 確認しました」
「それと葛城三佐が渡ってきています」
「それはとりあえずいいわ。じゃ、青葉君? 市長からの苦情係がんばってね。 司令も私もいったん家に帰るから。あとよろしく」
「ユイ博士 ‥‥ この都市封鎖は何日くらい続くんですか?」
「多分、一月ほどよ。悪くても 40 日は越えないわ」

葛城さん… マコトは思った。 あのとき司令がやってたのはなんとユイ博士のサルベージ。
綾波レイそっくりです。綾波レイはこちらに移送されないことになるようですが、 そちらにレイは居るのでしょうか? マコトは心の中でミサトに尋ねた。


『冬月先生?』

研究所から冬月の呼び出し。

『レイが目を覚ますのは、今日明日だと思います。 一旦、入院させてやってくださいますか?』
「どういうことかね」
『かなり衰弱した状態で目覚めるはずなので‥‥。 それに、 いわゆるレイという人格では無くなっているはずなので混乱すると思います』

目覚めた後も、思いのほかレイの治療は長引いた。
実験が終る前に移せるかどうか、それすら危ぶまれていた。 もっとも、 レイの居る居ないは実験そのものにほとんど関係がなかったのだけれども。

「それにしても、とてもレイとは思えんな」
『一種の記憶喪失みたいなものです。 アスカはここに移す時に強制的に心をいじられましたが、 レイは私が分離する時のショックでああなっています。 だから、この街にいるからといって心が戻る保証はありません』
「かといって、今のままではとうてい零号機を作り直してもしかたないぞ」

レイの問題はやっかいだ。冬月は思う。碇がセカンドチルドレンに固執するのも、 レイがあてになるかどうか分からないからだ。
とはいえ、
惣流アスカが弐号機パイロットとして再び戻れば良し、でなければ?

そう。惣流アスカの記憶復活の兆しが見えだしたのは 2 日前。
エヴァとのシンクロは洗脳で上がるようなものではない。
ましてや、たかだか一月で破れるような記憶調整。

「結局は、 しばらくは強制シンクロ使ってでもサードチルドレンに 弐号機に乗ってもらうことになるのだろうな。 それはそれで問題も多いのだが‥‥」

冬月は今回の実験の中間報告を眺めながら、 これから先のことを思ってため息をついた。


翌朝。(仮称)新第三新東京市を正式に第三新東京市と呼称することが公表された。 従来の第三新東京市は旧第三新東京市と呼ばれることに決まったのだが、 あまりにややこしい名称のいれかわりのため、 これらの名称はきわめて評判が悪かった。

結局、一般には新市、旧市と呼ばれるようになる。


次回予告 アスカは再び、弐号機パイロットとしての資格を問われる。 次回、エヴァのパイロットとして
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