Genesis y:4 蜃の見る夢
"Dream master"


アスカは道すがらユイの説明を聞いていた。

「アスカちゃん。あなたが虚構に気がついたことによって今回の実験はほとんど終わり、 もうすぐ正式にこの街が第三新東京市になる発表があるはず。
でも、この実験中にいじった記憶を全てもとに戻したとしても、 前の街とは完全には同じじゃないわ。わかる?」

ユイが一瞬、アスカに振り向いた。

「おばさまね?」
「だめよ、自分の友達わすれちゃ。綾波レイも、おそらくは今のままよ」
「レイも? そういえば完全に別人よね」
「レイのことについてはまだ話してあげられないの。でも、前の街とは同じにならない。 これはいいわね?
ということは、以前からとの違和感が少し残る。この処理はネルフがやるし、 今回の実験はこの処理のためのデータを採るためだった。 第三新東京市移行のための処理にはまだ少しかかる」

ユイはいたずらっぽく微笑んだ。

「ということで、アスカちゃん? まだしばらくは今の記憶ですごすこともできるわよ?
第三新東京市に戻れば、もとの惣流 アスカ ラングレーの記憶は完全に戻る。 それとは別に、 今しばらくはこの街では、今の記憶ですごすのと、 もとの記憶ですごすのと二つの選択枝があるの。
シンジが惹かれていたレイはもういない。 シンジのためにはアスカちゃんにはもうしばらく今のままでいて欲しい。 これは私のわがままだから聞いてくれなくてもいいわ」

どうする? という表情のユイ。
アスカは、実はすこしこのままでもいいかとも思うが、そう口にだすのも恥ずかしい。

「シンジをだましたままにするの? どっちかというと、 もとの記憶の状態でこの街にいる方がシンジをだましてる、 ことになるような気はするけど」
「シンジも第三新東京市に連れてけばシンジの記憶ももとに戻るわ。 あまりレイちゃんの環境をいじるわけにはいかないから、 今すぐもとに戻せるのはシンジどまりだけど」
「そう。じゃシンジの記憶も戻して。この街でも元の記憶ですごすことにするわ」


アスカは病院のベッドの上で久しぶりに目を覚ました。

「ん ‥‥‥ あ ‥‥ 夢 ‥‥‥ か ‥‥‥‥‥
なんて夢みるんだろ ‥‥‥‥ ふふ、あたしもなさけないわね ‥‥‥
まだ ‥‥ 未練があるのかしら‥‥‥‥‥‥」

右腕に繋がっていたと思われる点滴は外れていた。 そのチューブを眺めながらつぶやいた。

「もういいわよ。こんなもの‥‥」

コン。扉が鳴る。

「アスカ? 入るよ ‥‥」

シンジがそう言ってアスカの病室に入って来た。 アスカはシンジから目を背ける。
シンジは手紙を差し出した。

「‥‥ これ、母さんから」
「え? 」

アスカは戸惑った。 ‥‥ あれ夢じゃないの?
アスカはシンジから手紙をひったくり、目を通して驚いた。

「シンジ! これどういうことよ! あれは ‥‥」

シンジが知っている筈がない。途中で止めたが、 何が言いたいのかシンジには伝わったらしい。

「夢じゃないらしいよ。僕も同じ夢を見たのでなければ。 行こう。ミサトさんが待ってる」
「あたしが退院できるわけないじゃない!」
「ミサトさんが退院許可とってきてくれた。点滴してたみたいだけど、 もうしなくていいみたいじゃない? 」
「じゃあ、これって‥‥ 外れた、んじゃなくて外したの‥‥」

よく見れば片付けかけている風でもあるようだ。シンジを向いて、

「着替えんだから、あんたは外に出てなさい! 」
「じゃ、これ着替えだから‥‥」

そういってシンジは外へ出た。

「なんであんたがあたしの着替え持ってきてんのよ!」

シンジの出て行ったドアめがけてアスカは怒鳴った。

「よかった ‥‥」

アスカの病状はミサトに脅されていたのよりはかなり良好のようだった。 背後の罵声を聞きながら、シンジは、ほっと一息ついた。

病院の玄関先の車で待っていたミサトは、 足の萎えているアスカを支えるようにして こちらに向かって来るシンジを見て微笑んだ。

「用意できた? じゃあいくわよん」
「なんでおばさま、ユイさん来ていただけなかったの? 直接、話きければそれが一番はやかったのに‥‥」
「ユイ博士はまだあの街の外に出られないのよ。こっちの世界に体がないから。 だから今からあっちに戻るの。むこうで説明を受ければ、それでいいでしょ?」
「体がないって、そういえばそうね。‥‥ 向こうへ行くのって、 もしかして一人ずつエントリープラグの中に入るの?」
「まっさかぁ。専用のハイウェーがあるわよ。車ごと LCL の中へ突っ込んでいく、 という感じになるけど」

それを聞いてシンジは顔を歪めた。

「シンジ?」
「ミサトさん? 入る時にまた、あのショック、というわけじゃないでしょうね?」
「も大丈夫よ。向こうとこっち同じ人ですごすんなら。‥‥ 多分」
「ちょっと、シンジ?」

話の見えていないアスカにシンジが説明した。

「こっちに戻ってくるとき、 LCL から出る時にね、 ものすごい頭痛がしたんだ。 もう、自分が誰だか分からなくなる位、頭が痛かった ‥‥
で、ミサトさん。その『多分』て、何ですか?」
「博士、教えてくんなかったのよー。そういう苦情はユイ博士に言ってね。 あたしはこちらに戻って来る時にそんな頭痛なかったし、 多分、こっちとあっちで同じ人じゃない人がなる頭痛だと思うから、 もう大丈夫だと思うわよ。前に説明うけた時、 そんな話もあったような気がするわ‥‥ アスカも記憶が戻る時何かあったんじゃない?」
「‥‥ あの頭痛? あんなの二度とごめんだわ!」

アスカは思い出して身を震わせた。

「ところで、アスカが記憶取り戻すの予定よりすこし早くって、 退院許可とるの間一髪だったのよね。体だいじょうぶ?」
「今んとこ大丈夫よ。向こうで記憶取り戻す時の方がよっぽど辛かったわよ」
「で、二人とも LCL から出る直前のこと、全部思い出した?」
「はい。多分全部思い出していると思います」
「とりあえず、 おばさまにちゃんと謝っておかなきゃいけない、位は思い出したわよ」

二人の視線が一瞬合った。ふたりともちゃんと、 おさな馴染みという設定は覚えていた。

「‥‥ で、なんでたかがあたしのためにネルフがこんな大騒動起こすのよ? まさかおばさまの説明そのまんま、というわけじゃないんでしょ? ‥‥ エヴァはシンジがいればいいんだし」

シンジの表情が曇るのはアスカは無視した。 聞きたくないけど、やはり尋ねなければならないことだとおもうから。

「どんな説明うけたか知らないけど、多分そのまんまよ。 博士があっちで復活して以来、 うちの司令、しっかり尻にしかれてるのよねぇ。 そりゃもうひとつふたっつ下心あるけどぉ、 それはここじゃちょっち説明できないわね」

気楽に答えるミサト。
下心ね。まだその方が納得いく。アスカは唇をかみしめた。

「さあ、入るわよ!」


人工進化研究所。
ユイはアスカがポッドから消えるのを確認してから、冬月に一礼した。

「先生。わがままをきいてくださってありがとうございます」
「ごく事務的に言えば、たしかに彼女でもよかったのだし、 私の感情からいってもこの選択は正しかった、そう思っとるよ」

とはいえ、アスカ君の治療のために補完計画のステージを使うとは、 妙なところでけっこう似ているな、この夫婦。公私混同の点 ‥‥
冬月は初めてこの夫婦が夫婦たりえていることに得心していた。

「‥‥ つぎはレイの準備だな」
「はい。先生」

そのまま行きかけて、冬月はあることを思い出した。

「シンジ君も戻すそうだな? いいのか? 」
「はい。もともとそうするつもりでした。 シンジとアスカちゃんの間に記憶のギャップなんて 作るつもりは始めからありません」

そういってユイは笑った。

「さあ、帰ってアスカちゃんの退院祝いの準備しなきゃ!」


碇家でおこなわれたアスカの退院祝いにはゲンドウは居なかった。

「ネルフ本部に泊り込みですって。 シンジと顔あわせるのが照れ臭いのよねぇ!」

そういいながら、ユイがクラッカーを鳴らした。

「さすがにそれはないと思う」

ミサトとシンジが心の中で突っ込んだ。
アスカは不要領な顔をしていた。アスカは直接、 ゲンドウと話した事がほとんどなかったから、 シンジとミサト程には確信できなかった。

「ミサト?」
「ああ、司令は照れるような人には見えない、でしょ?」
「ん。でも、それを言ったら、 おばさまの方が司令のこと良く知ってるんじゃないの?」
「うーん、でもねぇ、この 10 年位の司令は良く知らない訳だし ‥‥」

話しているうちに、 シンジの記憶について決断するまえに、 シンジがミサトに連れ出されていたことをアスカは知った。
ユイにささやく。

「おばさま。はじめからシンジの記憶もどすつもりだったんじゃないんですか?」
「あら、ばれちゃった? ふふっ、そうね、一応逃げ場があったときにね、 そこに逃げ込んじゃうかどうか知っておきたかったのよ。 予定より気がつくの早かったし。でも大丈夫だったでしょ」

シンジを見ればミサトに酒を勧められて逃げ回っていた。

「昨日までのアスカちゃんもまた、あなた。 エヴァンゲリオンなしに、立派にやっていけていた。 もう使徒はこない。 エヴァンゲリオンもこれからはほとんど起動する機会はなくなるはず。
ゼーレが、いえ人類補完委員会が補完そのものを実現したあとで、 何を考えているか、 あるいはゼーレがこの LCL の中の世界をどう治めていくか、 なんてことに 14 歳のあなたたちを巻き込むつもりはネルフにはない。
新第三新東京市での生活は、だから昨日までと多分ほとんどおなじよ」

ここでユイは声をひそめた。

「同じよね、アスカちゃん? シンジの面倒みてやってよね? 明日も起こしにきてやってね」

アスカはシンジに目をやる。シンジはついにミサトに捕まっていた。

「‥‥ はい。おばさま。 ただし! 心をいじるのは反則よ! プライバシーの侵害だわ」
「それは大丈夫よ。もうすぐ大きな変更はきかなくなるわ」

宴の後。アスカは隣の家へ帰った。

「そういや、ここにいてもママが帰ってくるわけじゃないんだわ。 ミサトんとこ行ってもシンジがいるわけじゃないし‥‥」

プルルルルル‥‥‥

「はーい、ミサト? じゃないミサト先生?」
『アスカ? 誰もきいてないときはどっちでもいいわよ。 さっき言うの忘れたんだけど、住む家の話なんだけど、 そこにする? それともこっちに戻ってくる? それとも‥‥ シンちゃんのおうちいくー?
もちろん、そこにいてもアスカの母親出張から戻って来たりはしないことは 分かってるわよね?』

ミサトのからかいにもいい加減飽きてきたアスカ、ため息をついて。

「ここでいいわ」
『そうよねー、シンちゃん起こしに行くなら隣の方がいいもんねー?』
「あんた‥‥ 話聞いてたわね 」
『あら、図星?』

アスカは電話を睨みつけた。

「ほっといてよ!」


「バカシンジ! さっさと起きなさい!」
「な、なんだアスカ?」

シンジが時計を見れば。

「え、まだ 7 時 ‥‥‥ 」
「さっさとアタシの朝食の用意しなさいよ!」
「ふわぁ ‥‥‥‥ 母さんは ‥‥‥ 」
「おばさまは昨夜からこの街の調整とかで研究所に泊り込みでしょうが。 アタシだってミサトの作ったものなんか食べたくないんだからね」
「‥‥‥ それはそうかも ‥‥‥‥ お休みなさい ‥‥‥ すぅ ‥‥‥‥‥ 」
「こらシンジ! あんたほんとに記憶もどってんの! これじゃ昨日と全然かわんないじゃない!」
「うーん、‥‥‥‥‥ やっぱりアスカはアスカか ‥‥‥‥‥ 」
「一緒に住んでた時はさっさと起き出してたクセに 家にもどってからはあんたすっかりネボスケになってるじゃないよ」

そういってアスカは布団をはいだ。

「ふあ ‥‥‥ そういやそうかも ‥‥‥‥‥ わかったよ。 御飯作るよ ‥‥‥」

机の上に書き置き一枚。

他の人の記憶はまだいままで通りです。
だから、二人ともおさななじみだとおもって、
おもいっきり甘えてないと周囲が不思議がるわよ?
二人は真っ赤になった。

次回予告 碇ユイの復活。 それは人類補完計画のちいさな一歩にして大いなる一歩だった。 冬月は人類補完計画の始動を感じとる。 次回、新第三新東京市 誕生
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