10000Hit記念 前菜的繋ぎショートSS 〜 「浩之とあかり」番外編 〜


とある日の二人





 昨日から降り続いていたうっとうしい雨が昼過ぎにはようやく上がり、これは帰る時は傘いらずだと喜んでいた矢先、六時限目が始まる頃には水気をタップリと含んだ雲が再び活気を取り戻して、ドンヨリとした空からシトシトと雨を降らせ始めた。
 それを見て、オレは思わずため息を漏らす。
 こうした季節は気分を陰鬱とさせるものだ。それは雨だけでなく室内のジトジトさも関係しているのだろう。昼を過ぎた今頃の教室は変に蒸し暑く、回りの連中も下敷きやノートをパタパタさせながら授業を受けている。
 そういえば、この前コンセントに近い席の奴等が小型の扇風機を持ち込んで授業中回しっぱなしにして没収を食らっていた。見つかる方もドジとは思うが、そんな事に目くじら立てるよりかは思い切って教室内に天井型の扇風機位は入れるべきだろう。学校によっては教室にエアコンの入ってる所もあるらしいが、ウチでは望むべくも無い事だ。
 まあ、そんな事を考えても仕方無いんだけどな。来年にはオレも卒業だ。その後に『全教室エアコン完備になります』と言われても嬉しくも何ともない。
 何となく授業を受ける気になれず、オレは窓の外をボーっと眺め続けていた。

「浩之ちゃん、なんだか暑いね」

 オレのそんな様子を察したのか、隣からあかりが囁きかけてきた。高校最後の学年でも一緒のクラスになれたオレたちだったが、まさか席も隣同士になるとは思っていなかった。
 最も、それは席決めの時に作為的な経緯があったからだが...
 オレは窓から視線を外し、あかりに顔を向けた。

「全くな。こうした季節は早く過ぎ去って欲しいぜ。お前もそう思うだろ?」
「うん。でも高校最後の一年だから、あまり早く過ぎて欲しくないなとも思うけど...」

 最後の一年か...確かにな。
 来年の今頃はこの学校にはもう居ない。その事を考えるとオレも少しだけ感傷的な気分になる。この蒸し暑い教室も、学生服姿の自分も、全ては思い出として残るだけになる。
 ...まあ、今からそんな事考えていてもしょうがねえか。今日明日でそうなるって訳でも無いんだし。高校生活はまだまだ続くしな。
 両ひじを付いてそんな事を思っていると、急にそよそよと涼しい風が流れてきた。思わずあかりの方を見る。

「えへへー、浩之ちゃん涼しい?」

 思った通り、下敷きを使ってパタパタと風を送っているあかりの姿があった。恐らくはこいつも授業に退屈しているんだろう。目の前の教師は教科書の内容をそのまんま黒板に書き写し、授業内容も全くの型通りな様だった。これならあかりと二人で教科書から勉強した方がはるかに効率的だろう。

「ああ、涼しいぞ。いい気持ちだ」
「そう、よかった。それじゃずっとこうしていてあげるね」

 そう言ってさらにパタパタと扇ぎ続けている。しばらくはその涼しさを堪能していたが、どうも一向に止める気配が無い。オレは慌てて言った。

「おいおい、それじゃお前が疲れちまうじゃねえか。オレの事はいいからお前は授業を聞いてろよ。そして後で教えてくれ」
「駄目駄目。それじゃあ毎回人に聞いてばかりになっちゃうよ。浩之ちゃんが自分からやる気になるまでずっと扇いでいてあげるね」

 そう言ってニコニコと笑顔を浮かべるあかり。
 ..ったくこいつは、そういう事かよ。
 まあ、しょうがねえか。オレはこいつと共に歩むって決めたんだ。やらなきゃならねえ時はやらなきゃな。

「そんな余計な心配すんじゃねーよ」

 そう言いながら、オレはチョップを入れるマネをする。頭を引っ込めてわざとらしくごめんなさいのポーズをするあかり。思わず声に出して笑ってしまったが、授業中なのを思い出して慌てて前を見た。幸いにも教師は気付かなかった様だ。思わずホッとする。
 オレは授業に集中すべく正面を向いた。あかりはその後もオレを扇ぎ続けてくれた。そんな中、回りから「まぁたやってるよ」「オシドリ夫婦」「席が隣同士でいいわよねー」などと囁き声が聞こえてくる。

 ...この席だって、お前らがそうしたんじゃねえか。

 三年になって早々の席決め。クジ引きの結果、オレとあかりは席が離れた位置だった。ところが隣になった女子がいきなり「何だ藤田君なの?じゃあ神岸さんと代ってあげるわね」と頼みもしないのに勝手にあかりと入れ代わったのだ。
 それではクジ引きの意味が無い。「おい!一寸待てよ」と言ったが、彼女はグイグイとあかりをオレの方に押してきた。
 「ひ、浩之ちゃん..」と困った様な嬉しい様な複雑な表情のあかり。

 「いいんじゃない?」「お前ら夫婦なんだろ?」「結構有名だものな」

 騒ぎを聞きつけた顔と名前が一致しない連中からいきなりそう言われ、オレとあかりはすっかり困惑してしまった。オレ達ってそんなに有名だったんだろうか?
 オレは連中の顔を見渡した。答は直に分かった。明らかにこの状況が分かった上での好奇な顔、顔、顔、顔の数々。その視線が痛い程こちらに注がれる。

 ...こいつら、絶対に面白がってやがる。
 オレは腹をくくった。

「そんなにお前らが希望するなら、今後の席替えでも隣は必ずあかりにするからな。それでもいいんだな?」

 途端に回りから「オオ〜!」と奇妙な喚声が上がる。次にはやけにノリの良い拍手とヤジ。それで全てが決まった様なものだった。
 まったく、何が面白いんだか。
 そう思うオレの隣で、あかりは真っ赤になりながらうつむいていた.....

「浩之ちゃん、集中してる?」

 ハッと我に返る。横を見ると、あかりは相変わらず人の良い笑顔を浮かべながら扇ぎ続けていた。
 何となく気恥ずかしくて、思わずブスッとした顔になったのが自分でも分かった。

「してるよ」

 ついぶっきらぼうな口調になってしまう。

「うん、頑張って。そして後で私に教えてね。今日も一緒に勉強しよ?」
「な!」

 無邪気な顔でサラッと言ってのけるあかり。
 こいつの意図は直に分かった。自分が教えて欲しいからそう言ったのでは無い事は一目瞭然だった。それを物語るかの様に、相変わらずパタパタと嬉しそうにオレを扇ぎ続けている。

 ...やっぱりこいつにはかなわねえ。

 オレは再び授業に集中した。よくよく聞いてみれば、教科書に載ってない事も結構喋っている。慌ててノートにシャープペンを走らせた。

 あかりが扇ぐ涼風が続く中、周りからの囁き声は既に聞こえなくなっていた。


「雨の日に」へ続く.....


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