俺の名は藤田浩之。

ごく普通の家に生まれて、

ごく普通に育ち、

ごく普通に生活している、

ごく普通の高校生だ。

今日も俺は、ごく普通に学校へ行く。

 

 

 

「ねえ、待ってよ〜。速すぎるってば〜」

学校への通学路、俺の後を追いかけながら、情けない声を出すこいつは、神岸あかり。

俺と同じく、

ごく普通の家に生まれて、

ごく普通に育ち、

ごく普通に生活している、

ごく普通の高校生だ。

 

 

 

まあ、強いていい所を挙げてやるとしたら、

優しくて、

よく気がついて、

料理が上手くて、

家庭的で、

俺のこと本当によく分かっててくれて、

ちょっとボケている所もあるけど、

そこがまた可愛くて…(中略)

ま、そんなごく普通の幼なじみだ。

 

 

 

…いや、幼なじみだった、と言うべきか…

と言うのは…

 

 

 

ガバッ!

 

 

 

「お兄ちゃん、捕まえた〜!」

 

 

 

…今は俺の妹なのだから…

 

 

 

妹みたいな幼なじみ

 

 

 

事の発端は、なんてことない日常にあった。

俺とあかり、そしてこれまた俺の幼なじみ、雅史は久々に三人で帰っていた。

 

 

 

「おっ、今日はヤックのハンバーガーが半額の日じゃねーか。

ちょっくら寄って行こうぜ!」

「ホントだ。雅史ちゃんも行こうよ。」

「あ…ごめん、僕ちょっと今日は…」

「え?何かあるの?」

「付き合いわりーぞ」

「今日は姉さんが、おやつ作ってくれるって言ってたから」

「あっ、そうなんだ…千恵美さん、料理上手いもんね」

「ふーん…いいよなあ、家に帰れば迎えてくれる人がいるってのは…」

「そうだよね…わたしも浩之ちゃんも、一人っ子だし」

「うーん…でも、たまにイヤになることだってあるよ」

「それは贅沢ってもんだぜ」

「そうだよ、あんなに素敵なお姉さんがいるんだから」

「そうかな…じゃ、僕帰るね」

「おお、じゃーな」

「バイバイ、雅史ちゃん」

 

 

 

俺達「一人っ子」は気を取り直して、帰りはじめた。

「しかし、つくづく一人っ子ってのは寂しい存在だよなあ」

「そうだね…外に出ないと遊び相手もいないもんね」

「あーあ、俺も兄弟が欲しいぜ」

「…ねえ、浩之ちゃん?」

「あ?」

「…お姉さんとお兄さんと、弟と妹。浩之ちゃんはどれがいい?」

「ん〜そうだなあ…

…年上はめんどくさいかもなあ〜」

「うんうん」

「…弟は生意気そうだしなあ…」

「そうそう」

「強いて言うなら妹だな」

「…よしっ」

「? 何が『よしっ』なんだ?」

「えっ、な、何でもないよ…」

「そういうお前はどうなんだ?」

「えっ?わたし?」

「そうそう。お前も年下がいいんじゃないか?」

「え…そっかな…でも…」

「…でも?」

「わたしは、お兄ちゃんがいいな…」

「ふーん…」

 

 

 

ただ、それだけのやりとりだったはずなのに…

 

 

 

その日の晩…

 

 

 

ピンポーン。

 

「誰だよ、こんな時間に…」

居眠りしてた俺は、チャイムに起こされた。

無意味に毒づきながら、玄関の扉を開ける。

「こ、こんばんは…」

「あれ?あかりじゃねーか。どうした?」

夜遊びなんかするやつじゃない。

 

「あ、あの、浩之ちゃん…じゃなくて、浩之お兄ちゃん…」

「…へ?」

「ふ、ふつつかな妹ですが、よろしくお願いします…」

「………」

 

 

 

そんなこんなで、なぜかあかりは俺の妹になってしまった…

 

 

 

全く、あかりの母さんも相当に困った人だ。

「いいお兄ちゃんが出来て良かったわね、あかり」

なんて、笑顔で言うんだもんな…

うちの親どもはうちの親どもで、

「ちょうど良かったじゃないか。お前はちょっとだらしない所があるからな」

「その点、あかりちゃんならいい妹になってくれるわよ。あんた、幸せ者ねえ」

などと言ってるし…

 

…しかし、一番問題があるのは、こんな状況に戸惑ったふりしながら、

実はガッツポーズしたいほど喜んでる、俺自身だな…

 

でも、言い訳するわけじゃないけど、それはしょうがないんだ…

 

 

 

 

 

 

 

ピピピピ…

目覚ましが鳴っている。

うーん、もう朝か。

まだ少し早いよな…

 

ピッ。

 

俺は目覚ましを止めて、二度寝に入る。

ああ〜、二度寝こそ、人生の快楽の極みだぜ〜

うつらうつらと俺はまどろむ。

例え誰であろうと、この快楽の時間だけは邪魔はさせない…

 

 

 

ぼふっ!

 

 

 

「うおっ!!!」

と、急に体に重みが加わった。

な、何だ!?

 

「お兄ちゃん!起きなさい〜!」

「あ、あかり…」

あかりが、楽しくてたまらないといった表情で、

俺の布団にのっかっていた。

「ほら、もう!」

「分かった分かった…起きるから、どいてくれ…」

「うん、よく出来ました♪」

 

俺は頭をぼりぼり掻きながら、ベッドから、もそもそと這い出す。

ふう、せっかくの朝のまどろみを…

 

「はいっ!制服と靴下!」

「あ、ああ…」

「………」

「………」

「………」

「………で?」

「えっ?何、お兄ちゃん?」

「お前は出ていかないのか?」

「どうして?」

「いや、俺着替えるんだけど…」

「だ、だって兄妹じゃない。恥ずかしがる事なんてないよ」

あ、こいつ無理してやがるな。

言った本人が赤くなってら。

「いいから、出てけって」

俺が優しく諭してやると、

「うー、わかった…でも、早く降りて来てよね、お兄ちゃん!」

…なんだかなあ…

 

着替えながら、俺は最近の生活について考えてみる。

あかりのやつ、何で妹になるなんて言い出したんだ?

確かにあの日、俺は妹が欲しいって言ったが…

全く、女心はわからんぜ。

 

「ちょっとお兄ちゃん!早く降りて来てってば!」

バタッ!と部屋のドアが開く。

「ば、ばかっ!まだズボンはきおわってな…」

入ってきたあかりと、目が合う。

あかりは一瞬、フリーズして、

「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!お兄ちゃんのえっち〜〜〜〜〜〜!!!!」

…何でこうなるんだ…

 

 

 

そして、学校。

「おはよう、浩之、あかりちゃん」

朝練で一足先に登校して来た雅史に会った。

「おーす」

「雅史ちゃん、おはよう」

「今日も二人で来たの?仲が良くていいね」

にっこりと、雅史は邪気の無い笑顔を見せた。

しかし、こいつも動揺しないヤツだよなあ…

「だって兄妹だもん」

「ははっ、そうだね」

さも当たり前って感じであかりが答える。

 

「あっ、わたし今日は日直なんだ。先に行くね」

「おう」

「じゃあ、また後で」

「じゃあね、お兄ちゃん」

「………」

 

 

 

「はあ〜」

「浩之どうしたの?ため息なんかついちゃって」

「いやなあ、何でこんな事になっちゃったんだろうって思ってな」

「あかりちゃんのこと?」

「それ以外にねーだろ」

「…でもいいじゃない。浩之、あかりちゃんのこと好きなんじゃないの?」

「だとしてもなあ…って、何言ってんだよ、お前!?」

「あれ?違うの?」

「違うも何も…」

「違わないよね?」

「うっ…」

邪気の無い言葉。

それだけに、こいつの言葉ってのは鋭い気がする。

 

「…しかしなあ…学校でも『お兄ちゃん』は勘弁して欲しいぜ」

「…確かに、目立ってるよね…」

「ああ…それに良く考えたら、俺たち同棲してるんじゃねーか…」

「…あかりちゃんにしてみれば、『兄妹だから当たり前』って事なんだろうけどね」

「そうなんだよな…」

「でもさ、だったらあかりちゃんにそう言えばいいのに」

「それはそうなんだけどさ…」

「ん?」

「なんか…言いづらいんだよなあ」

「言いづらい?浩之らしくもないね」

「いや…最近あいつ、妙に積極的なんだよな」

「…確かに…」

「いきなり、妹になるなんて言い出したのもそうだけど…」

「うん」

「何考えてんだかわからねーんだ。

もしかして、すごい決心をして、来たのかもしれないし…

そう思うと、邪険にしたくないんだよな…」

「………」

「だから…」

「やっぱり」

「え?」

雅史が俺の言葉を遮り、切り出した。

「やっぱり、浩之はあかりちゃんのこと好きなんだよ」

「お前、またそこに戻るか…」

 

 

 

「はい、じゃあ今日はここまで」

「きりーつ!!」

委員長の声がピシッと響く。

「礼――!」

 

ふう、やっと昼休みだ。

毎回のことながら、育ち盛りの子供にこんな時間まで飯を我慢しろって言うのは

無理がある気がするぜ…

 

「お兄ちゃん、お弁当食べよっ」

 

…むう、早速来たな…

 

「お、おう…」

「今日はね、ピーマンの肉詰め作ってみたんだ。お腹空いてるでしょ?」

「ま、まあな」

「じゃ、食べよ♪」

「あかり…屋上で食べないか?」

さすがにこの教室内で「お兄ちゃん」を連呼されるのは抵抗がある…

「お外、雨降ってるけど…?」

「何ぃ〜?」

 

窓の外を見る。

…本当だ。どんよりと黒い雲が空を覆っていて、

ぽつぽつと大粒の雨が地面を叩いている。

「参ったな…俺、傘持ってきてないぜ」

「大丈夫だよ。わたしが持ってきてるから♪」

「おお、気が利くなあ」

「…でも、わたしの分だけしかないけど」

っておい!

「…お前は俺に、濡れて帰れって言うのか…?」

「大丈夫だよ、一緒に入って帰ればいいから。

どうせ帰る所は同じだしね♪」

…確信犯か…

 

そして、俺は周囲(特に矢島)の冷たい視線を散々浴びながら、昼休みを終えた。

 

放課後。

…俺の願いもむなしく、外はけたたましく雨音が響いている。

そして。

 

「じゃあお兄ちゃん、一緒に帰ろ♪」

 

御約束通り、こういうことになったのである。

 

 

 

…正直、俺は嬉しかった。

何言ったって、俺も男だ。

こんなかわいいやつが毎日「お兄ちゃん♪」

なんて言って慕ってくれるのは、やっぱり気持ちのいいもんだ。

でも…なんか物足りないんだよな。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

あかりと相合傘で帰る途中、考え事をしていた俺は、あかりの声に現実に引き戻された。

「ん…いや、何でもない」

「そう?」

あかりは少し不思議そうな顔をしたが、特に気にするでもないようだった。

 

「あ」

「え?なあに?」

「わりい、気づかなかった」

あかりは、その小さな体で俺の体が濡れないよう、一生懸命傘を掲げていた。

俺は、ひょいと傘を取り上げて、あかりのほうに向けてやった。

「…ありがとう…」

あかりは少し顔を赤らめて、ほっと息をついた。

 

「あれ?もうこんな所なんだ」

やっとまわりを見る余裕ができたんだろう。

俺達は商店街を抜け、いつもの公園に差し掛かっていた。

「ああ、そうだな」

俺達が毎日のように遊び回った公園。

懐かしい…なんて感情はなく、むしろ空気みたいなもんだ。

あって当たり前。

今までもちゃんと存在して、これからも永遠に存在していく。

この公園はそんな場所だった。

「ここは…変わらないよね…」

「…ああ」

永遠に続くはずだった。

 

 

 

雨。

夕暮れ。

公園。

そして…あかり。

俺は、自分の中に甘い感情が生まれてくるのを感じた。

 

 

 

「あかり…」

傘がぽとっと落ちる。

傘の代わりに、俺の腕はあかりを抱きしめていた。

「え…お兄ちゃん…?」

「違うよ」

「え…?」

「お前は、俺の妹なんかになれない」

「………」

「お前は…神岸あかりだからだ」

 

 

 

俺は、寂しかったんだ。

あの「物足りなさ」は、寂しさだったんだ。

「幼なじみ」のあかりが居なくなってしまうこと。

朝、大声で外から俺の名前を呼んで、俺に恥をかかせて…

そんなあかりが居なくなってしまうことが嫌だった。

 

きっと、これはこいつのアプローチだったんだろうな…

幼なじみのままだと照れてしまう。

だから、「妹」だってことにすれば、積極的になれる。

でも俺は…それじゃ嫌なんだ。

 

 

 

「…濡れちゃうよ…」

「わりい、少し我慢しててくれるか」

「…うん、分かったよ、浩之ちゃん…」

「あかり…」

 

 

 

そしてあかりは、俺の胸に顔を埋めたままそっとつぶやいた。

「わたしも…『妹』のままじゃいやだな…」

俺は聞こえないふりをした。

 

 

 

俺はあかりの『お兄ちゃん』から卒業できるのか?

それは分からないけど、あかりのことずっと大事にしていこう。

そう思った。

 

 

 

その日のうちに、あかりは自分の家に戻った。

帰り際に一瞬寂しそうな顔をしたが、それでも晴れ晴れとした笑顔で、

「それじゃあ浩之ちゃん、また明日!」

そう元気に帰っていったあかりは、俺には眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

ピピピピピ…

うーん…もう朝か…

今日からは上に乗って起こしてくれるやつもいねーし、

自分で起きなきゃな…

 

 

 

ぼふっ!

 

 

 

「ぐぼわっ!」

「お兄ちゃん、おはよう!」

な、なぜに!?

あかりは昨日帰ったはずじゃ…!

 

布団の上を見た。

そこにいたのは、昔から俺を兄のように慕っている…

幼なじみの雅史だった。


「えへっ♪」


EDテーマ「それは…現実」

                         Fin




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