X’masスペシャル 〜 「浩之とあかり」番外編 〜


最高の贈り物





 き〜いよぉ〜し〜、こ〜のよ〜る〜、ほ〜しはぁ〜、ひ〜かり〜....
 ...す〜くいぃ〜の〜...み〜い〜こぉ〜は〜.......

 そこまで呟いてから、私はようやく口を噤んでいた。ここに来てから、何回それを口ずさんだ事だろう。
 10回?..20回?ううん、もっと多いに違い無い。さっきから同じ歌ばかりだったから、さすが飽きてきたのが自分でも分かる。
 けれども、今日という日にピッタリな歌を、私は他に殆ど知らなかった。

 あ!赤鼻のトナカイさんなら歌えるかな?...真っ赤なお〜は〜な〜の〜、トナカイさ〜ん〜は〜...だったよね。
 それと...ジングルベール、ジングルベール、鈴が〜鳴る〜...なんていうのもあったっけ。
 結構あるもんだなぁ...

 そんな事を考えながら、思わずため息をついていた。本当、私って一体何をやってるんだろう。
 何気なく足元を見つめてみた。煌煌と輝いて回りを照らす蛍光燈。それによって出来る影が、自分の履くトップブーツを軸にして幾重にも重なった扇状となっている。さらには私が寄りかかる街灯の影とも相まって、重ね扇の様になっているのが見て取れた。
 一瞬、そんな光景を面白いなと思ったけど、どこか寂しい感じがして思わず目を逸らしていた。
 そして、再び胸の紙袋をギュッと抱き締める。その中にしまわれた大切なものの感触が、冷え切った掌に優しく伝わってきた。
 ハァーー ..と息をはいてみる。それは白い流れとなって、目の前に伸びていく。
 厚手のダッフルコートを着ても、尚じわじわと忍び寄ってくる底冷えする様な寒さ。私は思い出した様にフードを深く被った。
 もし今日が雨模様だったなら、直にでも凍って間違い無く雪になったに違いない。
 きっと奇麗だろうなあ...今日という日にピッタリだもの...
 でも、こうして待っている時には、そうした雪は勘弁して欲しいなと我が儘な事も考えてみたりもする。

「...お下がりください。二番線に電車が入ります。白線までお下がりください」

 ホームから再びアナウンスが聞こえてきて、私はそちらに顔を向けた。
 次こそ..今度こそ乗ってるといいな.....そう思いながら、電車が来るだろう先を見つめ続ける。
 やがて、滑る様にするするとクリーム色の電車が入ってくると、キキキキキと乾いた音を立てながゆっくりと停車した。車窓を通して沢山の人がホームに降りる様子が見て取れる。
 私はそこから目を逸らすと、逸る気持ちを抑えながら目の前の改札を凝視し続けた。僅かな間の後、その場所は帰宅する人々の姿で溢れかえっていた。

「パパー、おかえりなさーい」
「お帰りなさい、あなた」
「お!何だ二人してお迎えか?家で待っていれば良かったのに。寒かっただろう?」
「そのつもりだったんだけど、由美子がどうしても今日はお迎えしたいって言うもんだから来ちゃったのよ」
「そうかそうか。今日は特別な日だものな。由美子は待ちきれなかったんだなぁ」
「パパー、早く帰ろー。今日はパパがサンタさんなんでしょ?」
「ええ?!なんだママ、もう話しちゃったのかぁ?」
「私じゃないのよ。お友達にそう聞いたらくして...」
「なんだそうかぁ。でもまあいいか。よし由美子、それじゃ早く帰ろう。今日はケーキもあるからな〜」
「うん!それとプレゼントも!」
「はははは、分かった分かった」

 そんな親子の会話も聞こえなくなる頃、改札は元の閑散とした姿に戻っていった。
 やがて、最後の乗客と思われる人が改札を抜けると、駅員は改札ボックスを出て再び中に戻っていく。
 私はため息を一つ付きながら街灯に背を預けると、再び足元に視線を戻していた。

 この電車にも乗っていなかった...一体どうしちゃったんだろう?

 こんな時にアルバイトなんかしなければいいのに...そう考えていた。
 受験を控えたこうした時期、本来ならそんなアルバイトをしている余裕など無い筈なのに。それなのに既に一週間以上、土木作業の様な辛い仕事を続けている。

『今日は8時には帰れると思うからよ。とりあえずオレの家で待っててくれよな』

 ...約束...破っちゃったかなあ...

 手持ちの紙包みに顔を埋めながら、そんな事を考える。
 簡単ながら料理も出来た。手作りのケーキもある。乾杯する為のシャンパンも買ってある。そして小さいながらも、赤や青や緑のランプがピカピカ光るツリーも用意した。
 そして、今日の日の為に用意したプレゼントも....
 もうこれ以上用意するものは思いつかない。後は待つだけ....そう思った時、急に自分一人がその空間に取り残された様な孤独感が押し寄せてきた。
 ボーっと目の前のTVを何となしに見つめる。どのチャンネルも特別番組と称して、今日の日を盛り上げる内容を見せていた。けど私にとって、それは孤独感をより募らせるだけのものだった。
 こうした時の遊び相手であるアジちゃんは、座布団の上に丸くなって寝てばかりいる。
 チラと台所の時計に目をやった。7時30分。今ならまだ出迎えに間に合う.....そう思った瞬間、私は行動していた。
 エプロンを外し、ダッフルコートを羽織り、火や電気を確認して玄関に向かう。そして外に出て合鍵を差し込もうとして、慌てて忘れ物を取りに戻った。それは今日という日の為に用意した大切な大切な....
 今度こそ私は合鍵を差し込んでロックを確認すると、足早に駅までの道のりを歩いて行った。

「何でこんな所に居るんだって、怒るかなあ....」

 そんな言葉が自然と口に出た。そしてここ数日の、そう思える位の厳しい表情を私は思い出していた。
 私が何か言っても上の空。あるいは黙ったままだった。アルバイトの話も、私に一言の相談も無いまままいきなり決めていた。そして期末試験期間中にも関らず、その日の試験が終るとあっという間にバイト先に飛んで行ってしまった。私が声を掛ける隙も無い程に。
 一人で帰る日が続いた。でも落ち込んでなんかいられない。一旦自宅に戻った後、アルバイトから戻ってくる時間を見計らって、私は遅い夕食を作りに出向いて行った。
 合鍵で玄関を開けて、暗い室内を明るくする。ストーブに火を入れてお部屋を温めて、お風呂にお湯を張って、その間にいつでも直ぐ食べられる様に夕食を作る。そして全ての用意が完了した所で、私はダイニングの椅子に腰を下ろして編み物をしながら帰ってくるのをじっと待っている。
 その間、寂しく無いと言ったら嘘になる。私に何の理由(わけ)も話してくれないのも正直気に掛かる。でも、今私に出来る事、その事を一生懸命やっていれば、きっと話してくれると信じている。
 その思いだけでここ数日間、私の方からは何も言わず、じっと待ち続けていた。
 でもそれは、今日という日で終わりにしたい。その気持ちが私をここまで急かせていた。

『ワリイけど、しばらくは何も聞かないでくれ。後でちゃんと話すからよ』

 その一言。たったその一言のおかげで、私の目の前に大きな壁が作られていた。
 表面上は普段通りだった。それだけに、一緒に居る時間がこんなにも切ないと思った事は無かった。もどかしくて、何度その壁を自らの手で叩き壊してしまおうと思ったか分からない。
 でもいい。それも今日で終わりだもの。そう言われた訳じゃないけど、私には分かる。
 そして、私もこの日の為に頑張ってきたんだ。いつもの様に、私に出来る事を精一杯...

「...あんた大丈夫?まさか酔っぱらってるんじゃないよね?」
「いえ違いますよ。一寸疲れて座り込んでただけなんス。そしたらそのまま寝ちゃったみたいで」
「まあそれは構わないけど、この寒空の中じゃ下手すると死んじゃうからね。何だったら少し中で温まっていくか?」
「いえ大丈夫です。自分で帰れますから。どうもお騒がせしました」

 寒さで少しボーっとした所に聞こえてきたその声。私の意識は一気に呼び戻された。
 顔を上げ、そのまま改札口に駆け寄ると、階段の方に目を向ける。
 そこには駅員に軽く身体を支えられながらも、私が待ち望んでいた姿があった。

「浩之ちゃん!」

 思わず声を上げていた。
 そして緊張が解けたからだろうか、思わずヘナヘナと膝が崩れそうになる。

「あ、あかり?」

 私の姿に気付いた浩之ちゃんはダダッと駆け寄ってくると、改札を抜けて私の肩を支えてくれた。その浩之ちゃんに、私は思わず抱きついた。

「お、お前いつから待っていたんだよ?馬鹿だなあ全く!こんなに冷え切っちまってよぉ....」
「ご、ごめんなさい。私...どうしても待ち切れなくて...」

 後は言葉にならなかった。本当に弱々しいなあと自分で思いながらも、後から後から溢れ出てくる安堵感を抑える事が出来なかった。
 しばらくそうしていた後、浩之ちゃんは私の肩に手を置いて優しく引き離した。

「...疲れてホームのベンチに座ったらそのまま寝り込んじまったみたいでよ。本当悪かったな。思い切り待ったか?」
「ううん、それ程でも。私も今来たばかりだもの」

 互いに見つめあいながらの僅かな沈黙。そして次にはクスクスと笑い合った。待ち合わせた訳じゃないのにねと思いながら。

「お客さん。取り込み中悪いけど切符...」

 さっき浩之ちゃんを連れてきてくれた年齢的にお父さん位の駅員の人が、笑った目元でそう言った。
 「あ、はい」と言いながら、浩之ちゃんは慌ててキップを取り出している。

「..はい、確かに。それとこれ、良かったら持っていきな。今日は特別な日だからプレゼントだ。温まるぞ」

 そう言いながら駅員さんは私たちに温かい缶コーヒを手渡してくれた。私と浩之ちゃんは思わずお礼を言った。冷え切った身体に何よりのプレゼントだと思った。



◇      ◇      ◇



 駅前のロータリーにほど近い、とある一角のベンチに私と浩之ちゃんは居た。
 昼間なら待ち合わせに使わるだろうその場所に人影は無く、回りの喧騒の中、スッポリと取り残された様な空間となっていた。
 それでも小さいながら噴水があり、サーという静かな音がそうした喧騒を覆い隠しているかの様で、落ち着いた小公園の様な雰囲気を醸し出している。
 そしてここからは、駅前ロータリーの大きなツリーが一望出来た。
 この日の為に用意された大きな杉の樹に沢山のデコレーションが施され、赤や緑、そして白の星ボシで埋め尽くされたそのツリーは、ここからでも十分にその華やかさを伝えていた。
 そのツリーの中でも、最上部の星は他を圧倒するかの様にひときわ大きく輝いている。その輝きはこの辺り一帯の星の王様である事を誇示しているかの様だった。私は自分のそうした想像に心の中で笑っていた。
 本当に良い場所だった。それなのに他には誰も居ない。この寒さのせいもあると思うけど、この日はやはり誰もが待つ人の所へ足早に帰宅するからだろうか。
 私の方は、先程貰った缶コーヒーと途中で買った温かい中華まん、そして横にピッタリと寄り添ってくれている浩之ちゃんのおかげで心まですっかり暖まっていた。

「...これ、美味しいね。ピザ中華マンって言うの?何か変なの」
「ハハハ、でも結構お薦めだろ?バイト先でこれが好きなオジサンが居てよ。奢って貰ってるうちにオレもすっかりハマっちまってさ」
「へー、それなら今度こうしたの作ってみようか?もっと具沢山にして美味しいの作れるよ」
「本当か?中華まんなんて自分で出来るのか?」
「任せて。この位、私にかかればあっという間なんだから」

 そしてわざとガッツポーズをする。思った通り、浩之ちゃんは白い歯を見せて笑ってくれた。私にはそれが嬉しかった。
 そして、ズルいかなとは思ったけど、胸の中に秘めていた事を少しづつ聞いていった。

「...もう、アルバイトはしなくていいんでしょ?」
「ああ、今日で終わりだ。今まで不愛想だったり色々迷惑かけちまったりで済まなかったな」
「ううん、そんなこと....」

 そう言いながら、私は心の底からホッとしていた。そして、ゆっくりと浩之ちゃんの姿を見つめてみる。
 厚手のコーデュロイが付いた焦げ茶の皮ジャンに紺のジーンズ姿の浩之ちゃん。足に履くスニーカーとジーンズがバイトのせいで薄汚れているのが水銀灯の下からも見て分かる。
 アルバイト、きっと一生懸命頑張ったんだろうな...そう思った。

「そろそろ帰らない?ささやかだけど、浩之ちゃんの所にお料理とかシャンパンとか用意してあるから。それと手作りのケーキも。そにれさっき浩之ちゃんが買ったワインやフランスパンなんかもあるし」

 私はゆっくりと立ち上がった。浩之ちゃんはそんな私の姿を見つめていた。
 そんな浩之ちゃんの様子に、私は首を傾ける仕草を返した。そして言葉を続ける。

「それに、お風呂もお湯張ってあるから直に入れるよ。帰ったら浩之ちゃん先に入ってね。私よりもっと長く寒空の下に居たんだから。そしてその後二人...あ、アジちゃんも入れて二人と一匹で乾杯しよ?」
「.........」

 尚も黙っている浩之ちゃんに顔を近づけてニコッとした後、私は踵を返して小公園の出口へと歩き始めた。
 その時パッと左手を捕まれ、私は足を止めた。

「..浩之ちゃん?」
「あかり、悪いけどもう少し付き合ってくれねえか?」

 そう言うと、浩之ちゃんは今まで私が座っていた場所をポンポンと促した。ジッと見つめるその表情は真面目そのものだった。
 寒いけど、空気がピンとして気持ち良い夜でもあった。それに今は浩之ちゃんが居る。たまにはこうして外で過ごすのもいいかもしれない。
 私は「うん」とだけ言って、また浩之ちゃんの隣に腰を下ろした。
 そうしている間に、浩之ちゃんはさっき買い物をした紙袋の中身をゴソゴソとやっている。

「何やってるの?」
「ん?あ、いや、本当は暖かい飲み物の方が良かったかもしれねえけどな」

 そう言いながら、浩之ちゃんは私にクリスタルのワイングラスを手渡した。
 家に帰ればいくらでもあるのにと思いながら浩之ちゃんが買うのを黙って見ていた私だったけど、初めっからこうしたかったんだなという事に、その時ようやく気付いた。

「赤と白、どっちがいい?」
「んーと、じゃあ白!」
「へえ、流行だと赤だぞ。そっちでいいのか?」
「うん、そっちの方が甘くて美味しいもの」

 ハハハと浩之ちゃんは笑いながら、コルク抜きを使って手慣れた手つきでポンと抜くと、私のグラスにワインを注いでくれた。
 私も浩之ちゃんからワインボトルを受け取ると、浩之ちゃんのグラスにゆっくりと注いでいく。

「おいおい、そんなに目一杯入れなくていいぞ。ビールじゃないんだから」
「あっ、そうか」

 慌ててボトルの口を持ち上げた。そしてそれを脇に置き、さっき浩之ちゃんが注いでくれたワイングラスに持ち替える。
 浩之ちゃんはワイングラスを見比べて吹き出していた。

「グラスに入っている量が思い切り違うなあ」
「ご、ごめんなさい」
「ははは、まあいいじゃねえか。いかにもオレ向きだぜ....じゃああかり、メリークリスマス」
「メリークリスマス!浩之ちゃん」

 チン

 軽くグラスを交わし、二人で一緒に口を付けた。飲み口の冷たい、少し酸味の効いた甘い味と香りがのど元を通り過ぎて行く。

「ふー、国産の安いワインだけど結構美味しいじゃねえか」
「本当、これ美味しい。もう一杯貰っていい?」
「ああ、いいけど飲み過ぎるなよ。こうした口当たりの良い酒ってのは後で来るからな」
「うん、大丈夫だよ。それに今日は立ち上がれなくなっても浩之ちゃんオンブして連れ帰ってくれるんでしょ?」

 アホ!と笑いながら浩之ちゃんはワインを私のグラスに注いでくれた。
 私も交代で浩之ちゃんのグラスに注ぐ。今度はお互いのグラスに同じだけのワインが注がれた。

チィン

 再びグラスが合わし、スッと口を付けた。今度は冷たさは感じない。そしてワインのより深い味わいが口の中一杯に広がった。

「飲んでばかりじゃ物足りないからな。ホレ」

 そう言いながら浩之ちゃんはフランスパンを適当に千切って手渡してくれた。何も付けてない、ただの固いフランスパン。
 それでもそれをさらに千切って口に入れると、先程まで焼きたてだった事を思わせる香ばしさが口の中一杯に広がってとても美味しかった。

「これも美味しいね浩之ちゃん。何も付けなくてもこんなに美味しいんだねこのフランスパンって」
「こうした場所でかじるのも結構イケるだろ?これもバイト先で教わったんだぜ。それにこれって行列の出来る紅葉堂のパンだしな。美味くない訳が無いぜ」

 私はさっきこれを買った時の紅葉堂を思い出していた。ここはこうしたベーカリー以外にも、オリジナルのユニークなケーキーを沢山並べている地元でも有名な店だった。だから今日みたいな日はケーキを求める人で店の外まで行列が出来る程だったけど、会計場所が違うパンコーナーは比較的空いていたので簡単に買う事が出来ていた。
 こうした夜空の中、ワインを飲みながらフランスパンをかじっている私たち。目の前には大きなクリスマスツリー。街の喧騒の中にありながら、そこから少し外れた所で過ごす二人っきりのクリスマス。
 一寸寒いけど、こういうのも悪くないなあと私は思っていた。
 そして感じていた。もし浩之ちゃんを迎えに行こうと思わなかったら、こうした時間は過ごせなかったに違いない。
 もしかしたら怒られるかもしれないと、さっきまでビクビクしていた。けど、思い切って出てきて本当に良かったと今は感じていた。

「そうだ!私、浩之ちゃんにプレゼントあるんだよ!」
「お!あれ完成したのか?」
「うん。早速してみて」

 私は傍らの紙袋を引き寄せると、中からゴソゴソとそれを取り出した。そして浩之ちゃんの方に向き直って、ニッコリと笑顔で告げる。

「はい、これはあかりサンタからのプレゼント」

 そう言って浩之ちゃんの首回りにそれを巻きつける。
 紺とスカイブルーの組み合わさったマフラーが、浩之ちゃんの革ジャンととても良くマッチしていた。

「うん!似合う似合う。浩之ちゃん格好いいよ」

 私はパチパチと拍手を送る。浩之ちゃんは鼻の頭をポリポリと掻いて恥ずかしそうにしていたけど、やがて私の目をしっかりと見て「サンキュー、とっても嬉しいぜ。あかり」と言ってくれた。
 その言葉を聞いて、私はようやくホッと胸を撫で下ろした。
 時間があれば編んでいた。ありきたりのプレゼントかなと思ったけど、やっぱりそれが一番いいと思ってずっと編んでいた。だから浩之ちゃんはその事を知っている。知っていても、受け取る時にそうして嬉しそうにしてくれる。
 私にとって、その事が何よりも嬉しかった。

「それにしてもお前も計算高いなあ。まあ編んでる時に分かったけどな」
「え?な、何が?」

 いきなりそう言われて、私は一寸驚いた。自分にはそんなつもりは無かったから。計算高いって何だろう?
 浩之ちゃんはニヤっとすると、いきなり私を引き寄せた。

「マフラーと言ったらこれが定番だろ?」

 そう言うと、私が巻いたマフラーの一端を解いて、私の首にも巻きつけてくれた。
 端からみたらまさしく絵にかいた恋人同志の図と言った感じかもしれない。誰も見ていないのが分かっていても、顔が赤くなる思いだった。

「うん、長さもピッタリだ。なんならこのまま街に出て皆に見せびらかすか?」
「そ、そんなの恥ずかしいよお」
「ハハハハ、オレは構わないぜ。今日は特別だ」

 浩之ちゃんは笑いながらそう言ってくれた。凄く嬉しかった。本当にそうされるのは恥ずかしいけど、そうした気持ちを相手が持ってくれる事を嬉しいと思わない女の子なんて居ないと思う。
 何故なら、それは相手から...浩之ちゃんから、お前は特別の女の子だよって言ってくれているのと同じだから...

「....なあ、あかり、実はオレからもプレゼントがあるんだ。受け取ってくれるか?」

 先程まで笑っていた浩之ちゃんは、また真顔になってそう言った。そうした表情の変化に気付きながらも、私はニコッと返しながら言った。

「私に?もしかしてバイトしてたのってそれを買う為だったの?」

 聞かなくて良かった事かもしれない。でもつい聞いてしまった。やっぱり心のどこかで気になっていた。しかもバイトは今日まで。それならきっと....
 期待に胸をときめかせながら、私は浩之ちゃんを見つめていた。

「............」

 そんな私の顔をじっと見つめながら、浩之ちゃんは何も言わなかった。
 私は小首を一寸傾けて、浩之ちゃんからの言葉を促した。
 互いの目をジッと見つめあう、そんな状態がしばらく続いた。
 やがて、浩之ちゃんはフッと目を逸らしながら言った。

「...お前が気に入ってくれるかどうか分からねえけどな...」

 そう言うと、自分のワインとパンを脇に寄せてジャンパーのポケットの中をゴソゴソとしだした。私も同じ様にワインとパンを脇に寄せる。そして、浩之ちゃんの一挙一動をじっと見つめていた。
 やがて、それが出てきた。真っ白な上質の紙で包まれたプレゼントだった。それには柊を模したラッピングが施されている。そして、私の見ている目の前で、浩之ちゃんはその小箱を開けた。
 青いビロードを張った小箱が現れた。回りの喧騒が聞こえなくなった。心臓がどきどきと脈打っている。
 そして、浩之ちゃんはそれを私に手渡してくれた。
 私はそれを受取り、そして中を見た。そして、考える間も無く直に閉じた。
 私は箱を自分の膝の中に抱えたまま正面に向き直った。そして、自分の指の間から漏れてくる青いビロードのその箱をずっと見続けていた。

「...給料の三ヶ月分...ってまあオレは社会人じゃねえから冗談だけど、今のオレの精一杯の気持ちだ」

 ...給料の三ヶ月....浩之ちゃんの精一杯の気持ち.....何度も、何度も頭の中で反芻していた。
 ただのプレゼントである筈が無かった。普通の高校生のお小遣い程度じゃ話しにならない位に高価なものである事は、一瞬見ただけでも直に分かった。
 ずっと思い続けていた事。そうだったらいいなと思っていた事。それが今、現実となって私の目の前にあった。

「....いいの?....本当に....私でいいの?」

 私は呟いていた。まるで熱にうなされる様だと自分でも思った。頭の中がグルグルして、考えがまとまらなかった。
 物を贈られる事。それが、こんなにも心を強く動かされれるものであるという事を、この時私は初めて知った。
 自分の心が喜びに震えているのがはっきりと分かった。これ以上望む事なんて、今の私には無い程に。それに伴って、もう一つの気持ちが強くなっていった。
 本当に、私でいいの?
 先程、私が呟いた言葉だった。

「...お前、以前言ったよな。オレと共に歩んで行きたい。そう言ってくれたのを覚えているか?」
「........」

 言葉が出なかった。心の中ではそれを認めていた。けど、それを口に出してしまったら、その全てが私の我が儘からきている事を認めてしまう様で恐かった。
 あの時から色々と考えていた。その言葉は、単に私の我が儘ではなかっただろうか?その事で浩之ちゃんを苦しめる結果になってはいないだろうか?
 そう思い続け、そうあってはならないと私なりに考えて、浩之ちゃんに接してきた半年間だった。だけど結果として、私は浩之ちゃんにトップリと甘えていただけという気持ちの方が今でも強い。
 そして今、私のそうした言葉をしっかりと受け止めてくれて、そして考えて行動してくれた浩之ちゃんの半年間のそうした思いがこの一瞬に凝縮されているのを感じて、身体の震えが止まらなかった。

 しっかりしなさい神岸あかり!
 この瞬間をあなたは待ち望んでいたのでは無かったの?そうした彼の気持ちを真正面から受け止めるべく頑張ってきた半年間では無かったの?

 もう一人の私が、今の私の心を鼓舞するかの様に表に現れてきたのを感じていた。

「...あれは嬉しかった。本当だぜ?お前の方からそう言われた時、オレは誰もが手に入れられる訳じゃない本当に凄い宝物を手に入れる事が出来たと思ったんだ」
「.........」
「男の立場からの意見だけどな。考えても見ろよ。好きな相手から『あなたと同じ人生を歩んで行きたい。共に頑張っていきたい』って言って貰える男が一体この世にどれだけ居ると思う?しかもこの半年、お前の頑張りはその言葉を完全に証明するものだった。まあ、お前らしいと言えばその通りだし、そんな事は随分前から分かってはいたけどな」
「..........」

 そう言われても私には今一つピンと来なかった。それは自分の我が儘の延長だと思っていたから。
 でも、そんな思いに反して浩之ちゃんはその事を喜んでくれている。やっぱりこれで良かったのかなと、私は思いはじめていた。

「それ以来、オレはお前を完全にパートナーとする事が出来たんだと感じていた。俗な言い方をすれば、お前を独占する事が出来たと思った。実際、普段の生活からしてそれを証明している様なものだったしな。けどな、気付いたんだよ。頭の悪いオレでもようやくって感じでな」
「え?」

 気付いたんだ....その言葉が私の胸に突き刺さる。
 そう、私もこの時、浩之ちゃんと同じ様に気付いたのかもしれない。浩之ちゃんと私のこれまでの関係。いつまでもこうしていたい、でも、それだけじゃいけない、その何かに....

「お前と同じ大学を目指して勉強してきて、互いに何とか合格ラインに乗っかって...けど、万が一という事が無い訳じゃない。そうした時、そういう事が原因でオレたちの関係がおかしくならないとも限らない。そうなっても尚、二人で頑張れる、頑張っていける.....そうした状況なり環境を意図的に作りたい...そうしたオレの考えは、あまりにも卑怯だろうか?」

 違う!私は心の中で否定していた。
 そんな事が聞きたいんじゃない!そうも感じていた。そして、決心していた。

 マフラーを解くと、私は立ち上がった。そして噴水の所まで歩いていく。そしてそれを背に、浩之ちゃんに向き直った。
 浩之ちゃんはベンチに座ったままだった。私のそうした行動をジッと観察している。
 浩之ちゃんから手渡された大切なビロードの箱。それを私は右手に持ち、高く掲げた。

「....それが浩之ちゃんの全てなの?....私に伝えたい、本当の気持ちなの?」

 私のそうした様子に反応するかの様に、浩之ちゃんも立ち上がって私の前まで歩み寄ってきた。
 その目は真っ直ぐで、私を放さないかの様に静かに見つめている。

「....半分はな」
「じゃあ、じゃあもう半分は?!」
「....それによっては、その箱を噴水の中に投げ込むつもりか?」

ビクッ!

 足が震えた。とんでも無い事をしているのが自分で分かっていた。
 浩之ちゃんはいつも私の事を考えてくれた。それがどんなに手間であっても、一番良いと思う事には率先して行動してくれた。今回だってそれは決して間違っていない。信じているし、私自身そう思う。けど、それでも、それが分かっていても、そうした浩之ちゃんの気持ちを私は台無しにしようとしている。
 何て愚かな事。馬鹿な私。自分で分かってるのに、間違ってないと思うのに、それなのに、何故素直にそれに抱きつけないんだろう。
 でも、でも、でもこの場で私が本当に聞きたい事。それはそんな足場を固めようという話じゃない!
 女って何て浅はかな生き物なんだろう。男性がこんなにも頑張っているのに、その全てを一瞬にして壊してしまえる気持ちをどこかに持っている。
 私には、そんな感情とは無縁だと思っていた。けど、そうじゃなかったんだ。自分でも気がつかないうちに、心のどこかにしっかりと持っていたんだ。

 でも....でもそんな事、そんな事私には出来ない。出来ないよ。そんなの嫌だよ!

「浩之ちゃんの...もう半分の気持ちを聞かせて!」

 質問には答えず、自分の言葉を繰り返した。私にはもうそれしか無かった。
 私の最後の...本当に最後の我が儘。お願い。この場だけ。この歳のこの日だけ。この時だけは許して、浩之ちゃん。

「あかり.......ふふ....ははは....あはは、あーっはははははははははは」

 腰に手をあてていきなり浩之ちゃんは笑いだした。一瞬、何が起ったのか分からず、あたしはそんな浩之ちゃんの顔をポカンと見つめていた。それでも浩之ちゃんは相変わらず可笑しそうに笑い続けている。
 何?何が可笑しいの?

「お前って奴ぁよお、ったく誰に似たんだか。相変わらず心の奥底では強情なんだなぁ。まあ、それだけ自分に素直だと言えるのかもしれねえけどな。でもまあ、正直安心したよ。単にオレの事が好きだ好きだだけで、オレの今の申し出に何も考えずそのままハイとしか言わない様なら逆にどうしようかと思っていたんだぜ?お前、変ったな。良い方にさ」

 それを聞いて、私はカーっと顔が熱くなるのを感じていた。
 そうなんだろうか?そんなに変ったんだろうか?そう言われても、自分ではよく分からない。

「あかり、一度しか言わないからよく聞けよ......」

 その一言が、私の全てを浩之ちゃんに向かせる呪文となった。
 クリスマスツリーをバックに立つ浩之ちゃんのそうした姿。私の編んだマフラーを首に巻き、凛とした表情に輝く瞳は私を捉えて放さない。
 その意思に従うべく、私は静かに黙りながらその言葉を待った。

「あかり...オレは、お前の事が好きだ。お前の側に居たい。お前と暮らしていきたい。お前と一緒に生きていきたい。お前を一生のパートナーとして選びたい。その偽わざる気持ちとして、今のオレが用意出来る最高のその指輪を送りたい。もし、お前も同じ事を望むならば、その指輪を受け取って欲しい。そして、そしてオレの嫁さんになってくれ」

最高という名の幸せ(unziさん作)

 浩之ちゃんの口から紡がれるそうした一言一言が、私の全身にしっかりと染み渡る様で心の奥底から震えていった。この時、この瞬間、神岸あかりという私は、藤田浩之という男性の手の中に完全に包まれた事を知った。
 いつしか振り上げた右手は自分の胸元まで降り、その箱を胸に抱き締めたまま祈る様に俯いていた。
 そして、心を一杯に込めながら言葉を振り絞った。
 一言..「はい」..と。

「そうか...ありがとう。あかり、ありがとうな」

 そう言うと、浩之ちゃんは私に近づいてきた。そして胸に抱えるビロードの小箱をそっと引き離すと、私の見ている前で中を開け、そこの台座に大切に据え置かれていたリングを取り出した。
 シルバーのリングと、その頂点で光るダイアモンドに、水銀灯の明かりが反射して奇麗に光り輝いているのが見て取れた。

「はは、本当に良かった。振られちまうかと思ってヒヤヒヤしたぞ全く」

 そう言いながら、浩之ちゃんは私の左手を取ると.....優しく、薬指にそれをはめてくれた。
 この瞬間、私は浩之ちゃんの大切なパートナーとなったんだ。そう、これから一生、いつまでもずっと.....

「...浩之ちゃん、ありがとう。今まで生きてきて、こんなにも嬉しい事って生まれて初めてだよ...」
「良かった、喜んでくれて。オレも最高に嬉しいぜ」
「最高の...最高のプレゼントだよ。浩之ちゃん。浩之ちゃん、浩...」

 私の口は、浩之ちゃんに塞がれていた。そのまま浩之ちゃんの身体に両手を回す。

 最高の...最高の贈り物....

 この嬉しさを生涯忘れる事が無い様に、私は何度も浩之ちゃんの事を心の中で呼び続けていた。




                     −   了   −











あとがき


 どうも、作者TASMACです。この度は「浩之とあかり」番外編SS「最高の贈り物」をお読みくださり、どうもありがとうございます。
 私にしては珍しく年中行事物という事で、今回はクリスマスにちなんで書き上げてみましたが如何でしたでしょうか?
 このSSの展開は、今後も続くであろう番外編の要ともなりますので、今回あえてクリスマスにこだわって書かせて頂きました。
 この二人がこの後どうなっていくのか、引き続き番外編で発表していければと考えています。今後もどうぞよろしくお願い致します(^^ゞ。
 それと、本編の「浩之とあかり」の方ですが、こちらも早く連載再開をしたいとは考えています。いつもメールを頂く度に本当申し訳無く思っているのですが、そうした計画は無論有りますので、すみませんがもうしばらくお待ちください。
 さて次回ですが、次は間違い無く「あたしはあたし」の後編を予定しています。こちらもどうぞお楽しみに(^^)。
 尚、今回も「おまけ」が無くて済みません。こうした雰囲気で志保が「みーちゃったみーちゃった」も無いかなと思ったものですから(それはそれで面白そうではありますが(^^;))。
 では、次回もよろしくお付き合い頂けると幸いです(^^)。


 【挿し絵について】

  作中の挿し絵は『画廊・峠の茶屋』unziさんより、第2TASMAC-NETの30,000Hit記念として贈って頂きました。unziさんどうもありがとうございます。
  元絵は「お宝の部屋」に置いてありますので、よろしければそちらもご覧ください。


[トップメニュー] <-> [二次小説の部屋] <-> [最高の贈り物]

作者へのメール:tasmac@leaf.email.ne.jp (よろしければ感想を送ってください。お待ちしています(^^))