「思い」 第二話




 天を焦がす紅蓮の炎。
 大量の煙を吹き上げてバキバキ音を立てながら、建物はそうした炎に包まれていく。
 その様子を呆然と見据える人の顔。
 「すげー! まるで映画みてえ!」と野次馬根性丸出しで騒いでいる馬鹿者の顔。
 なんの感慨も無く、まるで命令待ちのまま止まった様に現場を見上げるメイド型工場作業用ロボット達の顔…顔…顔……

 長い乾燥注意報に馴れきっていた穏やかな日、突如としてそれは訪れた。
 ガシャーンという、隣接する玩具工場からの突然の大音響。
 同時にゴーという不気味な響き。それに続く大勢の悲鳴。
 図面に向かっていた俺が気付き、顔を上げた時には既に窓の外一面、炎一色だった。
 どこをどう避難したか、正直よく覚えていない。
 こうした災害に備えて防災組があり、各役割を決めて定期的に避難訓練を実施していたおかげか頭よりも身体が先に動いていた。
 大きな混乱は無かったが、やはり慌てていたのだろう。円筒に入ったいくつかのデザインや図面と共に、机上のモノを手当たり次第ひっかき集めたため、どうでもいい文房具や書きかけの資料などが多数交じっていた。
 他に重要な資料が沢山あったが、今となってはどうする事も出来ない。俺が居た部屋からは既に凄い勢いで炎が吹き出し、これまでコツコツと積み重ねてきた実績の全てを灰にしていく。

 傍らでは、工場長が大量の靴の木型を抱えたまま座り込み、男泣きに泣き崩れていた。一時は燃え盛る靴工場に再度飛び込もうとした所を俺も含めて全員が飛び付き、それでも尚大声を出して暴れ続けるのをどうにか押さえ切ったばかりだった。
 誰しも、疲れきっていた。それでも一人として怪我人を出さなかったのは不幸中の幸いと言えた。
 火元の玩具工場でも、そこで働くメイド型の作業用ロボットを含め、全員が既に避難を終えていた。こちらには怪我人をいくらか見かける。
 そして、どの位の時間が過ぎたのだろうか。
 十分位……いや、実際には半時もそうしていた様な気がする。
 消防車はまだ来ない。遠くでサイレンの音がするからとっくに通報されている様だが、退社時間が近い為渋滞にでも阻まれているのだろう。

「子供が!うちの子が!赤ちゃんが!」

 突如として悲鳴が上がり、回りの視線がそちらに集まる。
 歳は四十位の女性が買い物袋の中身を道路にぶちまけ、数人の男性に押さえられた状態で揉み合っていた。

「よせ!もう間に合わん!」
「お前も死ぬぞ!」
「放して!放してよ!結城ちゃん!結城ちゃん!結城ちゃん!結城ちぁあゃん!」

 女性は半狂乱の状態だ。向かおうとする先には俺の会社と隣接する形で一戸建てがあり、一階二階どちらの窓からも濛々と煙を吹き上げていた。火が吹き出すのも時間の問題だろう。
 躊躇していた。そこに居合わせた誰もがそうだったに違い無い。
 皆、互いの顔を見回した。誰もが動けずにいた。
 たった今、火の恐ろしさから逃げてきたばかりなのだ。
 そこにもう一度飛び込むのか?消防士はどうした?誰かが行くべきじゃないか?
 やはり俺か?俺が行くべきだろうか?
 そして再び、母親に目を向けていた。

「お子様はどの部屋ですか?」

 いつの間にか、玩具工場の作業用ロボットであるセリオ型が母親に近寄っていた。
 オレンジに近い褐色の長い髪に、ロボットである事を示す艶消しの銀の耳カバー。
 女子工員と同じえび茶の工場服姿のそれは、後ろに居並ぶ他のセリオ型と何ら変わる所が無い。
 なぜ、あのロボットだけが?
 そう思い他を見ると、全てのロボットが彼女をじっと見守っていた。まるで、自分達の代表を見る様に。
 突然の申し出に母親と回りの男共はもみ合うのも忘れ、声を掛けたセリオを茫然と見つめている。

「繰り返します。お子様は何処の部屋ですか?」
「あ……に、二階の一番手前の部屋!はやく!」
「鍵をください。助けに行きます」

 震える母親から素早く 手渡された鍵をセリオは握ると、次には素早く一戸建てに向かって走り出していた。後に続く者は無い。彼女だけだった。
 そして玄関に取り付くと慌てる事も無く扉を開け、スルリと中に飛び込んだ。
 助けられるのか?
 そう思った瞬間、建物から火が吹き出しはじめていた。



◇ ◇ ◇


 散々抵抗もした。何度も拒否もした。
 だが、女のオシにはやっぱりかなわないのだろうか。そのパワーは強いなんてもんじゃない。
 結局、俺は由美子のウィンドウショッピングにたっぷりと付き合わされるハメとなっていた。
 女の買い物は男にとって苦痛である。いつまで経ってもお金と商品の交換が行われない。いい加減にしろと言っても尚、ああでも無いこうでも無いと何度も悩みを繰り返している。
 それに懲りて、二度と付き合うまいと自ら心に誓っていた。しかし、そんな誓い程度で納得する由美子では無かった。何だかんだと理屈を付けられて、強引に押し切られてしまっている。
 さらには、行く場所すら全て決定し、人の腕を取って強引に連れていこうとする。これの前はオペラ、さらにその前は遊園地だった。俺の意見なんて初めから却下だ。大体行く場所からして一貫性が無い。
 そんな本人いわく「とりあえず楽しければいいのよ」だそうだ。そんな雰囲気が、何となく富也に似ている。
 どうして俺の周りには、こうも自分勝手で強引でしつこい連中が集まるのだろうか。

 そんなヘトヘト日の締めくくりとして、俺ら二人はBAR『ダンケ』に居た。
 元々は俺の行きつけ店だったが、一度由美子を連れてってからはすっかり気に入ったらしく、最近は必ず立ち寄る程の場所となっていた。
 地下一階にあるこの店は他のBARと比べて少し変わっており、一階で営業する洋食亭が同族経営なのを活かして、そこの料理を全てBARから注文出来る様になっていた。これだと、ちょっとした食事も兼ねられる。
 さらにはマスターのこだわりから大抵の洋酒が揃っており、料金も大人価格(と言ってもリーマンなら常識の範囲で)なのでジャリもおらず、店内はいつ来てもゆったりとくつろげる雰囲気を醸し出していた。
 俺と由美子はいつものカウンター席に陣取り、互いのグラスを傾けていた。

「それでは、館山薫クンの失職を祝して、かんぱーい」
「あのなー。まあ、とりあえず……」

 チン…と、互いのグラスを合わせる。
 そして次には、一杯目を一気に飲み干している連れ合いがいた。

「ふー旨い。マスター、もう一杯」

 そんな飲み方は身体を壊すぞと言った事もあったが『これじゃないと飲んだ〜って気がしないのよね〜』などとヘ理屈をつけて直そうともしないので、最近は余程目茶苦茶しない限り放っておく事にしている。
 まあ、二杯目以降は普通のペースに戻るし、しばらくは安心だ。

「あ、もう一杯の方やっぱりドライジンにして。量多めね。」

 …そうでも無いか。しかも最近、強い酒が多くなってきている。
 だからといって『そんな強い酒じゃなく、もっとてカクテル系のソフトなドリンクにしろよ』なんて言えば、それを肴にして終わり無き論議になるので黙っている。

「ねえねえ。おつまみも頼もうよ。マスター、スペアリブにジャーマンポテトとビックサイコロステーキ、海賊風サラダにミックスピザ。ピザは大きいのにしてね」

 おまけにかなりの大食いだ。俺も決して小食ではないが、こいつの食べっぷりの方がはるかに上を行く。
 だからデートの時はシャレたレストランなぞ初めっから考えず、量があって美味しく、しかも女性が入りやすい店に行く。
 だが、それをまともに付き合っていたらえらい事になる。
 以前、評判のしゃぶしゃぶ食べ放題店に連れて行ったら、軽く男性の三人前は平らげた後に『近くにケーキの美味しいが店あるから行こうよ〜』と強引に連れて行かれて彼女と同量のケーキに付き合わされた時は死ぬかと思った。
 「なんでそんなに食えるんだよ!」と文句を言っても「ケーキは入る所が違うのよ」と平然と返す。
 牛みたいに胃袋が四つあるんじゃないかとマジで疑ってしまう。

「ほらほら酒が減って無い。もっとグッといきなさいよグッと。ったくもー、男でしょ?」
「って、人にイッキを勧めるな。ったく本当にムードがねー奴だなあ」
「へへーんだ。そんなモノ、初めっから求めてないクセに。なーに言ってんだか」

 しかし、これだけ飲んで食べているのに、どうして彼女は太らないんだろう?
 身長は165と俺より10低い程度で普通だが、スラリとした体形にバランスの良い膨らみを持つそのプロポーションは、自分で言うのも何だが素晴らしく美しい。
 さらには顔も平均以上だし、もっと背が高ければモデルだってこなせただろう。
 本人は胸がもう少し欲しいと溜め息をつくが、俺から言わせればそんなものはバランスを崩すだけだ。
 無論、そういう事を本人に言えば必要以上に有頂天になるのであえて黙っている。

「で?晴れてフリーの身になった感想はどうなのよ?薫殿?」
「別に大した事は無いよ。今の所、毎日が日曜みたいなものさ。金が続くなら一生そのままで居たい位だね」
「羨ましい〜。けど、自堕落な生活よね〜。再就職活動とかは当然してるんでしょ?」
「今の所バイトの口位かな。明後日からなんだ。まずは配送の仕事。次はコンビニでその次は貸しビルの夜間警備」
「あっきれた。そんなバイトだけで一生食い繋いで行こうなんて考えてるんじゃないでしょうねぇ?駄目よそんな社会保証の無い身になっちゃあ。何だかんだ言っても今の日本は企業人の方が色々と優遇される様になっているんだからね」

 言うと由美子は茶褐色のワンレングスを軽くかき上げ、カウンターに出していたメンソールを一本取ると口にした。
 そして火を付け、軽く吸い込んだ後、煙を吐きながらそれを俺に渡そうとする。

「あ、いや止めたんだ」
「えぇ!?そんなにお金困ってるの?あんた生活の方、本当に大丈夫んでしょうね?」
「違うって。俺は元々そんなに吸わない方なんだ。これを機会に完全に止めようと思ってさ」

 それでも、由美子は驚きを隠そうとしない。それもそうだろう。一時は一日三箱も吸っていたのだから。

「本気なの? フーン、なんだかなあ。私だったら、例え失業してもこれだけは止められないなあ。完全に自分の生活の一部になっちゃってるしね」
「職を失えば変わるさ。今の仕事だって、一生という訳じゃないんだろ?」

 由美子はしばらく煙を燻らせながらボーっと考えていたが、「…まあねえ。そうなんだけどねえ」と一言漏らし、吸いかけのタバコをそのまま灰皿に押しつけた。



◇ ◇ ◇


 千草由美子。彼女と俺は、大学の同期生だった。学生時代は話す機会も無く、こちらも異性として意識した事は無い。
 ショートカットで、やたら明るく活発な性格だったのが当時の印象として残ってる程度だ。
 そしてその容姿や性格から人付き合いも広かったみたいで、常に人の輪の中心的存在だった。
 俺は中学高校時代の広く浅い付き合い方に嫌気が差しており、そんな姿を軽蔑しながら彼女とは全く別の学生生活を送っていた。おかげで、まともに付き合った同期は富也だけだった。
 それだけに、気持ちとして「浮かれている奴」としか思っていなかったのが正直な所だ。
 そんな彼女と、付き合う事になるとは。人の縁とは分からないものだ。

 そんな再会の場は、社会人となってからだった。
 これまで、殆ど付き合いの無かったメーカーから注文があった。特殊な靴で、依頼元では扱い切れないので何とか……と、実際よくある内容だ。
 会社としてはそれを引き受け、そのデザインを俺が担当する事となった。
 そんな打ち合わせの当日。
 こっちは担当上司と俺の二人。注文主であるアパレルメーカーからは、メインとなる女性が一人だけだった。
 来訪者を上司が出迎え、しばらくして呼ばれた俺は、名刺を用意してその女性に近づいていった。
 茶褐色のワンレングスに黒で固めたベルテッドスタイル。ユニオンの靴にグレーのしゃれたロングジャケット。
 いかにもそっち系らしいスタイルだなと思ったその時、突然旧知の声を掛けられた。

「もしかして薫くん?薫くんよね?」

 突然こう聞かれた時、多くの奴はどう応えるのだろうか?
 大抵は少し慌て、そして必死に思いだそうとするだろうか。
 しかり、この時の俺もまさにそれだった。

「は?…え、ええ、そうですが?」
「やっぱりそうだ!わたしよ私、千草由美子。覚えて無いかなあ〜。一緒の学科で同じ学年だったじゃない」
「……はあ?」

 情けない事に、そう言われても俺は全く思い出せなかった。第一に上司が同席している場だ。ヘタな事が言える訳が無い。
 結局、俺は曖昧なままの笑顔を返し、本来の目的である仕事の雰囲気に入ろうと勤める。
 彼女はそんな俺を少し見て微笑むと、期待に応えるかの様にもう社会人の表情となっていた。そして、鞄から資料を取り出し並べ、こちらに向けて説明を始めていた。
 何だかホッとし、そのままに俺は彼女からの依頼内容を一通り聞いていく。その数分後、今度は自然とため息を漏らしていようとは。
 これは実践叩き上げの、まさにプロからの依頼だった。
 詳細な資料をきっちり用意した上で、希望する内容を具体的かつ的確に説明出来る。当たり前の事ではあるが、それを一分の隙も無く明確に説明仕切った女性…もとい、たクライアントがこれまであっただろうか?
 上司も同様らしく、しきりに感心した様な息をついている。

「如何でしょうか? 分かり難い所や補足などがが必要でしたら、何度でも説明させて頂きますが」
「いえ、十分ですよ。本当によく分かりました。これだけの資料を前もって揃えて頂きお礼申し上げます。かなり具体的なイメージを持っていらっしゃるのですね」
「ええ、私の中では既にこの靴が出来上がっているんです。ただ、それが現実のものとなるには、そのイメージを作って頂ける方に正確にお伝えなければなりません。曖昧なイメージでは、希望と全く違う物になってしまいますから」

 言葉だけではない、第一線で働いてきた女性のキャリアというものが感じられる。メインでの担当も当然だと思った。
 さらには、その仕事への責任もしっかりと意識している。
 会ってほんの僅かなのに、俺はもうそこまで分かった気になっていた。そして正直、苦々しくも思っていた。
 心の中に生まれた、彼女に対する微かな羨望。そして醜い嫉妬。
 そんな自分の情けなさを心から呪うだけだ。

 そう、この時になってようやくに、俺は彼女の記憶を全て思い出していた。



◇ ◇ ◇


「三ツ目群れ作り?」

 突然の言葉に、俺は再度聞き直していた。
 工場の一角に設けられたクリーンルームの様な一室。その中には所狭しと各メンテナンス用機材が並べられ、それぞれに接続されたモニターからはカラフルな数値やグラフによってメンテナンス情報がリアルタイムに表示されている。
 ブーンと低い音を立てるそれら機材からは、それぞれ何本かの色違いなゼブラコードが伸び、壁や床をはい回りながら全てが目の前のポッドに集約されていた。
 オレは横に立つ富也に目を向け、答えを待った。

「昔、水鳥を模した実験用ロボットを作った時の話だよ。自由に電動モーターで動ける車輪を付けた本体と、水鳥の頭の部分に音波を用いた簡単なレーダーセンサーを取り付けて円形の囲いの中を自由に行動させる。その場所を研究者は池と言ってたみたいだね。囲いの壁に突き当たるとセンサーが関知して左右どちらかに自動的に回避する。そして電池が切れるまで延々と、その池の中を動き回るんだ」
「それとセリオと何の関係があるんだよ?」
「まあ待って。もう一寸聞いて。それで、その水鳥の尾部に新たに発振器を付けてみた。頭のセンサで受信したら回避行動を起こす信号を発信する。正確にはそれに加えていくつかの判定ロジックも追加したんだけど、とりあえず全く同じに作られたそれらの水鳥ロボット複数を同時に池に放す。しばらくは互いが自由に行動する。けど、やがては水鳥同士が一列に並び、群れて行動する様になったんだ」
「え?水鳥の尾部からは回避信号が出ているんだろ?普通なら群れなんか作らないんじゃないか?」
「普通ならね。けど、実際に実験してみると本当に群れを作るんだよ。当然、その状態がいつまでも続く訳ではない。一定時間後には群れを解散して、また自由行動となる。そしてしばらく経つとまた新たな群れを作る。その繰り返しなんだ。当初研究者は尾部の信号や判定ロジックを間違えたのかと再チェックしたんだけどけど、問題は見つからなかった…」

 奴が何を言いたいのか、探ろうにも話しが全然見えない。
 俺はさらに質問した。

「じゃあ一体だけだったら?」
「ちゃんと回避行動を取るし、回避信号を使ってわざと隅に追いつめると逃げられなくてイヤイヤ行動も取るので、やはり間違いは無かったそうだよ」
「なら、回避信号ではなくて『後ろに付け』という信号にしたらどうなるんだ?」
「単純な動きしかしなかったそうだよ。池に放した途端群れを作り、その状態のまま集団で固まって、後は電池が切れるまでグルグル回り続けてジ・エンド。その意味では単に相手に従属するだけじゃ群れとしては成立しないんだ」

 ふむ…と思っていた。話しとしては中々に興味を惹かれるものはある。
 しかし、話しの目的は相変わらず得られていない。

「だからさ、何でそんな話を急にするんだよ?このセリオと何か関係あるのか?そろそろ教えてくれよ」
「つまり、このセリオも同じという事だよ。市販される多くのセリオ型と特に違う所なんて無いのさ」

 富也はポッドの中に目を戻した。
 人が一人座れるスペースがあり、一体のセリオがゆったりと眠っている様に着座していた。
 身体には銀色のピッタリとしたボディスーツを着込んでおり、両方の手首や足首、そして首には銀色の輪が装着され、そこからポッドの各所から伸びるカラーコードに接続されている。
 そして頭の両側に伸びる銀の耳カバーにも赤と白のゼブラコードが接続され、右側はポッド本体、左側は富也の持つハンディ型のメンテナンスパソコンに接続されていた。
 富也は、モニターに目を落としながら話を続けた。

「話を少し戻すけどね。そうした実験を続けていくうちに、ある特定のパターンが分かってきたんだ。初め、群れの順序はランダムだった。しかし、次第に先頭となるロボットが決まってきた。それに従って群れの順序も毎回多少の違いはあるが、ある程度決まってきたんだ。学習機能がある訳じゃないのに不思議だろ? はたしてその違いはどこから来るのか? それを調べる為に、実験後、全てのロボットをバラしてみたんだ」
「…それで、どうなったんだ?」
「なーんにも。全く同じ個体同士と言っていい程、違いが無かったそうだよ。多少の性能差があったとしても、それによって群れの順番が決定する要因とは判断出来なかったそうだ」

 俺は自分の考えをぶつけてみる。同時に、不安な気持ちに包まれていくのが分かった。

「……こう言いたいのか?その場に居たセリオ型は玩具工場側が預かり知らぬうちに、群れとしての順位を決定していたと?」
「正確には、その時の状況をロボット間が瞬時に判断して、最も適切な個体が救助に飛び込んだんだ。その性能差がほんの僅かなものであったとしてもね。それがたまたまこのセリオだったというだけの事だよ。こうした事例は特に珍しい事では無いんだ。いずれにせよ、今回の救出劇は狭い室内に対して一体のセリオ型のみが飛び込んだという点では、適切な判断を行ったと言えるね。メイドロボットのこうした緊急時の行動という点でも基準を十分満たしているし、災害時の実例として来栖川はまた株を上げた訳だ。結論としては、そう動く様に作られていて、意図した通りの動きをしてくれただけという事になるかな。薫の希望で、ようやく捜し当てたセリオを前にして、こうした言い方は申し訳無いけどね」

 富也は目の前のセリオに目を向け、次に俺の顔を見て言葉通りの済まなそうな顔をした。
 それは多分、俺が機嫌の悪い顔をしていたからに違いない。



◇ ◇ ◇


 彼女との仕事の打ち合わせが終わり、互いにビジネス顔のまま別れた後、俺は早速、依頼内容を検討していた。
 だが、頭の中は全く別の事を考えていた 

 そうか、あのショートの活発な子だったのか。何か雰囲気変わったよなあ。随分と綺麗になったし……

 不思議なもので、彼女の事を考えれば考える程、大学時代にもっと知り合っておけば良かったなあという思いが強くなっていた。
 馬鹿な事を、と思う。今となっては取り返しが付く訳でもない。そうは思っても、その思いは大きくなるばかりだった。
 彼女、もう結婚しているのだろうか?当然、付き合っている奴が居るんだろう。あれだけの容姿で性格で、ましてやアパレル系なら、それに関わる男が放っておく訳が無い。
 そう考えると、急にイヤな気持ちになった。
 一体俺は何何だ。考えそのものがくだらない。もういい、忘れよう。たまたま昔の知り合いがたまたま仕事で一緒になっただけ。それ以上でもそれ以下でも無い!
 自分の気持ちを無理矢理そうまとめ、先程打ち合わせた内容に今度こそ取り掛かろうと俺は資料に目を通した。

「おい館山。電話だ」

 …ようやくやる気になったと思ったらこれだ。思わず口調も荒くなる。

「誰から?」
「女。さっきの美人から」

 同僚はニタニタ笑いながら保留にした電話を差し出した。俺は「ふざけんな」とそれを奪い取る。どうせさっきの打ち合わせの件だ。それ以外の訳が無い。そんな都合のいい事などある訳が……
 そうは思いながらも、恥ずかしい程に俺は動揺していた。

「はい、お電話代りました。先程はありがとうございます。館山ですが」
『薫くん?今公衆電話からだけどさ、よければ一寸出て来ない?そろそろ退社時間でしょ?イタリア料理の安くて美味しい店があるんだ。二人で一緒に行こうよ』

 そんな誘いに、俺は面食らっていた。からかっているのだろうか?
 彼女とは全くと言っていい位、交流なんて無かったのに。
 真相を聞き出そうと、俺は焦った。

「はあ。どの様な内容でしょうか?」
『さっきの打ち合わせの続きって事でどお?それプラス、大学時代の話題に社会に出てからの笑い話とか』
「そういう事ですね。了解しました。しかし急なお話しとなりますので、その様な変更は判断つきかねる部分もあるのですが」
『薫くんうまいうまい。これだったら会社でもプライベート会話出来るね。あ、それでね、そんな大した理由じゃないの。昔懐かしい人に会ったから、一寸一緒に食事しながら色々話をしたいなって思ったのよ。私、大学時代ちょっとだけ薫くんに興味あったんだ。知らなかったでしょ?名前が変わってるなあってのもあったけど、それだけじゃなくてね。でもね、あの当時の私ったら色々ベラベラ喋れた割にそうした事には勇気が無くてさ。いつも薫くんムスッとしているし、大抵は館林くんと一緒だったでしょ?そういえば、館林くんも元気にしている?何かおぼっちゃまクンって感じだったけど、一番堅実な考え持ってる人だったよね。それでね……』
「あの、その件でお話が長くなる様でしたら、今からでもこちらから伺わせて頂きますが如何でしょうか?」

 俺は決心した。からかわれているにせよ、彼女とは一度ちゃんと話をしてみたい。
 今は、その気持ちの方が強かった。

『あ、ご、ごめんなさい。私ったらまた一人で勝手にベラベラ喋っちゃって。じゃあ出てきてくれるの?ありがと〜嬉しいな。それじゃさあ、そっちの最寄り駅前にある喫茶「葉っぱの集い」に居るから迎えに来て。どの位で来る?』
「そうですね…それでしたらこちらから駅まで15分位ですので、今から準備をしまして20分後の電車には乗れると思いますので」
『分かった。私の方は会社に電話を掛けてきてもバレない様に仲間にフォローして貰うから安心して。ふふふ、結構ワルよね。それじゃまた後でね。待ってるから』
「はい、よろしくお願いします。それでは失礼します」

 俺は受話器を置くと、そそくさと資料をまとめ、外に出る準備をした。
 上司は別の会議に参加していて不在の様だ。メモ用紙に、『先程の打ち合わせでクライアントから再度数点確認したいと連絡有。電話でのやりとりでは埒が明かないので直接先方に出向く。詳細は明日報告する』と書き、上司の机の上に置いた。次に行動予定表に行き先を記述する。
 全てがウソだ。それでも、クライアントと会うのは事実なんだからと自分を騙す。
 同僚にすれば、そんな様子に何かを感じたのだろう。ニヤニヤしながら「デートじゃねえだろうな?」といらん事を言ってくる。
 無視を決め込み、俺は足早に会社を後にしていた。



◇ ◇ ◇


 希望のセリオがみつかった。スクラップ直前だったが、何とか入手出来そうだ。
 そう富也から連絡を受けた時、俺は思わず小躍りしていた。それは何故なのだろうか?
 危険と分かっていながら、自らそれに飛び込んだ。…そんな姿が目に焼きついて離れなかった。だからからかもしれない。
 それは、惚れたという事になるのだろうか?
 人間がロボットに惚れるなぞ普通じゃないのは分かっている。だが、気持ちとしてはそれが一番近かった。
 彼女に会いたい。俺のメイドロボットになって欲しい。それが偽わざる、今の純粋な思いだった。
 だが、富也の話を聞いているうちに俺は不安になっていた。
 目の前にいるセリオ。それは、本当にあの時の彼女なんだろうか?

「…これって、どの程度の修理だったんだ?」
「外皮やそれに付随するパーツは全て交換。それと手足の指の稼働部も結果全て交換となったよ。ただ、内蔵されるパーツは呼吸系以外は殆ど損傷が無かったんで、ほぼ元のままさ。電子頭脳が一番高価だから、ここがイカれていたら完全にスクラップだったね。まあ、その程度の損傷でもなければ、赤ちゃんはとても救出出来なかったね。彼女が燃える建物から外に飛び出した時は、まさに火だるま状態だったらしいし。それでも赤ちゃんは助かったから、炎の洗礼を一切受けさせない様に自分の身体を盾としたんだろうね」
「じゃあ、やはり彼女は当時のままの……」
「いやいや、その時点までの記憶は綺麗さっぱり消されてしまっているよ。登録ナンバーが変更となった時点でそうしたオールクリアー処理が義務付けられている。当時の記憶は何一つ残っていないよ。取り寄せる前に薫に言った筈だけど、忘れたかい?」
「いや、覚えている。そうだったよな...」


 再び、俺はそんなセリオを見下ろしていた。
 そこまで変ってしまった彼女を、俺は本当に欲しいのだろうか?

「……やっぱり止めるか?まあ、一度大きな損傷を受けたという事で、中古としてもかなりの破格値に叩けたから決して損は無いけどね。メンテナンスもうちに任せてくれれば友人価格でやってやるよ」
「相変わらず商売上手な奴だなお前は。心配するなよ。ちゃんと買うから」
「そうか。それなら、お買上誠にありがとうございます。ついでに正社員になってくれればメンテナンス代もさらにお徳に……」

 すかさず、俺は富也の額にチョップを入れていた。

「いいかげんにしろ。買うの止めるぞ」
「ボクは別に構わないよ。これだけ破格値なら、買手はいくらでもあるからね」

 相変わらずの、そして予想通りの答えが返ってくる。
 俺は苦笑いと一緒に返していた。

「じゃあ、そいつに売ってやれよ。俺は別にどうでもいいからよ」
「冗談冗談。分かって言ってるんだろ?そう怒るなよ。薫以外に売るつもりなんて初めから無いんだからさ」

 そんな困った様な顔をしながら、奴はメンテナンス用パソコンからケーブルを外した。次にはセリオに近付き、耳カバーからケーブルを外す。第一段階のメンテナンスが完了した様だ。

「そういえばさ、この前のデートはどうだった?ちゃんと営業活動してくれた?」
「……………」
「あれ?何か悪い事聞いちゃったかな?」
「……あ、いや。別に何でも。いつもと変わらないよ。相変わらずさ。それと、営業活動はしなかったからな」
「だろうと思った。次回こそはよろしくね。それとセリオ型を買った事、由美子嬢に報告したんだろ?」
「いや、しばらくは黙っているつもりだ。富也、悪いけど、もし彼女から連絡があったとしても知らせないでくれるか?」
「それは別に構わないけど………」

 奴は不思議そうな顔をしたが、それ以上は突っ込んで来なかった。
 あの日、由美子から提案された事。それを思い出すと、俺は複雑な気持ちになった。今はあまり、彼女の事を考えたく無かった。

「…これでよし。さて、一応この状態からユーザ登録出来るけど、どうする?」
「彼女との会話による登録か?」
「もちろん。面倒ならコンソールからの登録も可能だよ。ボクの方から打ち込んであげようか?」
「いや、直接会話したい。起動してくれ」
「OK。それじゃこれが登録用パスワードだ。彼女から質問するから、それに答えてやってくれ。それじゃ始めるぞ」

 俺にメモを渡した富也はコンソールに取り付くと、キーボードからいくつかのコマンドを入力した。

 ブウウゥゥゥン...

 僅かに聞こえる程度にモーター音が響き、セリオがゆっくりと目を開けた。
 そして、目の前の俺を静かに見上げると、次には流暢な言葉を紡ぎだした。

「おはようございます。私は来栖川重工製メイドロボット、HM-13型model32です。ユーザー登録番号はxxxxxx-xxxxxxxxです。確認の為、パスワードをお願いします」
「xxx-xxxxx-xxxxx。末尾はxxxx」
「……パスワード確認完了。新規登録が可能です。ユーザー様のお名前を教えて下さい」
「名前は館山薫。旅館の館に山岳の山、かおるは草かんむりの薫」
「館山薫さまですね。氏名およびその漢字名を確認しました。私からのユーザー様への呼び方は、標準では『ご主人様』となっています。それでよろしいですか?」
「薫と呼んでくれ」
「薫さまですね。了解しました。私への呼び名は『セリオ』となっていますが、それでよろしいですか?」

 俺は、富也をチラリと見た。奴はしっかりと期待した顔でこちらを見ている。
 「席を外そうか」とわざとらしく尋ねる富也に手で軽く「いいよ」と応えた後、再びセリオに向き直った。
 彼女の名前は、前から決めてある。

「『ユミコ』。カタカナで『ユミコ』だ」
「お、おい!薫!」

 富也が慌てて俺に近づいてきたが、あえて無視した。そして、たった今命名した『ユミコ』を改めて見下げる。

「カタカナで『ユミコ』。これでよろしいですか?」
「それでいい。今日からお前は『ユミコ』だ」
「了解しました。これから末永く仕えさせて頂きます『ユミコ』です。薫さま。よろしくお願いします。なんなりとご命令ください」

 呆れる富也を横に見ながら、俺の心は複雑なままだった。


第三話へ続く.....

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