変化

 

きっかけは屋上での委員長との会話だった。それは,ある意味今のオレの境遇を再

認識させるに十分過ぎるものだった。知らず知らずに意識していた雅史や志保の事。

あかりと付き合う様になった後も,その関係は今まで通りでいられるだろうかという

漠然たる不安。また,その関係でいたいと思う願い。もしかしたら,そこまで深く考

える必要もない事なのかもしれないそれら一連の事柄が,ある種の不安要素となって

つきまとっていたのは事実だった。

ガキの頃からの仲間であり,幼馴染であり,そして親友でもある二人の反応。

いつかは分かる事だ。そうなったらそうなったで考えればいい。

本当は行動しなければならない事から逃げていただけなのでは?と思う反面,いや,

それで良かったのだとする背反した考えがオレの中には常に存在していた。

しかし,その時はあっけなくやってきた。既に仲間に知られていたという事実。

その上でのいつもと変わらぬ交流,そして励まし。

ありがたかった。感謝してもし尽くせないと思った。二人で居る孤独に比べたら,

二人で居られる今まで通りの方が遥かに良いに決まっている。

そして,それで十分だと思った。それ以上は今は深く悩む必要の無い事柄だ。

仲間をより大切にしていこう。オレの中で,そんな決意の様なものが生まれていた。

 

『そう,雅史ちゃんそんな事言ってたんだ』

「ああ,『黙っていないよ』なんて言われた時は少し驚いたけどな。けど,何かホッ

としたぜ。今考えると,オレ達の事キチンと伝えれば良かったのかもしれねえな」

『うん,でも浩之ちゃんの気持ちは凄く分かる気がする。私も自分からは志保に言え

なかったもの。志保には色々力になって貰ったのにね。私って,もしかしたらいやな

友達なのかもしれないね』

「そんな事ぁねえよ。それを言ったらオレだって雅史に対してイヤな奴って事になる

じゃねえか。けど,実際はそうだったのかも知れねえな」

『お互いにいやな友達同士って事?』

「そうか。やっぱりそうなっちまうか。すまねえ,訂正だ。イヤな者同士に一票」

『クスッ。浩之ちゃんたら。そうそう,思ったんだけど,それなら今度,志保や雅史

ちゃん達を誘って何処か遊びに行かない?悪者同士がいいひと同士をお礼を込めて

招待するの。最近そうした機会も殆ど無かったもの。どうかな?』

「ハハハ悪者同士か。ああ,いいんじゃねえか?そういえば最近はお前とばかりで,

4人で遊びに行くってねえよな。まあ行くとしたら雅史の方が落ち着いてからだろう

けど,オレは賛成だぜ」

『うん。ありがとう浩之ちゃん。雅史ちゃん達喜んでくれるといいね。何か今から

楽しみだなぁ』

「ああ,雅史もそうだし,志保なんざあ奢りと聞いただけで飛び付いてくるぜ。

あいつはそういう事への反応は本当早えからなあ」

『ウフフ,なんか志保の様子が目に浮かぶ様だね。でも,志保と雅史ちゃんてそう

だったんだあ。志保何も言わないんだもの。でも,もしそうだとしたら,これって

Wデートになるのかな?』

「さーてな。オレがそう思ってるだけかもしれねえけどな。まあ,あいつらと遊びに

行けばイヤでも分かるんじゃねえか?」

『うん,そうだね。フフ,そうだったらいいな〜。そうすればWデートって事で

以前みたいに4人でいつでも遊びに行けるのにね』

「なあ,お前そのWデートって言い方止めねえか?。なんか中坊みたいで背中がこそ

ばゆいったらないぜ」

『え,じゃあ何て言うの?』

「えっとだな....まあいいか。一寸思い浮かばねえや。ガキくせーけどな」

『クスクス,浩之ちゃんたら』

 

◇    ◇    ◇

 

あかりとの電話も終わり,オレは寝るまでのゆったりとした時間をTVを見ながら

くつろいでいた。最も,実際にはTVなぞ見てやしなかった。一つの問題が片付く

と,別段慌てる必要の無い事でもやたら気になる次なる問題というのが誰にでも

あるんじゃないかと思う。その問題への関心が深ければ深い程尚更だろう。

保科智子。オレは単に委員長と呼んでいる。

その委員長が屋上で何故あんな事を言ったのか,その理由を謎解きでもするかの様

にオレは考えを巡らせていた。

いかにも思わせぶりな問いかけだった。まるで気付いてくれと言わんばかりの..

推理小説好きという訳ではないが,あれならオレでもある程度の想像は付いた。

多分,彼女にはオレ達と同じ様な友人なり仲間が居るのだろう。そんな親しい仲間が

こちらに来て直に出来るとも思えないから,それは神戸に居た時の仲間ではないか。

その仲間と委員長との間で,なにかトラブルの様なものがあったのではないか。

そのトラブルとは,委員長の問い掛けからして,男女に関係する事ではないのか。

そして,彼女は解決の糸口が見つけられず,一人悩んでいる...

確証は無かったが,不思議と自分の考えに自信があった。だがそれと共に,新たな

迷いが生じていたのも事実だった。

おれは彼女に手を差し伸べるべきなのだろうか。

困っている奴に手を差し伸べる..その場で手伝えば解決する簡単な内容ならば,

それはごく当然の事なのかもしれない。しかし,こうした問題の場合,ある程度相手

の立場に立って一緒に考えていかなければ,単に興味本意の覗きや探りと変わらない

行動となってしまう。それはすなわち,その相手に対して深く立ち入る必要がある事

を意味している。

以前のオレだったなら,恐らくそんな事すら考えもせずに行動していたに違い無い。

それがオレの性格だと思っていたし,別段疑問に思う事も無かった。だが,今はそう

単純な事では無くなってきている。

あかり

不意にあいつの顔が浮かんだ。

『浩之ちゃん。女の子に優しいから』

以前,あいつはそう言っていた。その時は笑って「誰にでもって訳じゃねーよ」と

否定はしたが,あいつの方がオレという人間の事をよく解っていたんだと思う。

放ってはおけない孤独な女の子。ましてや似た境遇の仲間を持つ奴なら尚更だ。

だが...

別の意識が引き止める。放っておけ。それは単なるお節介だ。深入りするな。

まるでブレーキが付いた様だった。自分が知らないうちに付いていた心のブレーキ。

しかし,今のオレには大切なブレーキだ。決して自ら外してはならない大切な。

もし,それを自ら外す様な事があれば,そのときは...

オレは頭を振った。考えたくない。そんな事,思いたくもない。

 

「馬鹿な性格だよな」

 

誰もいない部屋でそうつぶやく。本当,そのとおりだぜオレ。明日考えりゃいいじゃ

ねえか。元々そのつもりだったのによ。

TVを消し,リビングの明かりを消す。こんな時はさっさ寝ちまうに限るよな。

『玄関たまに空けっぱなしだよ。ちゃんと鍵を確認してから寝ないと駄目だよ』

へいへい分かってるって。最近あかりの声をやたら要所要所で思い出す。これって

いつのまにか言い馴らされてるって事か? へっ,まあ別にいいけどな。

チラと玄関の鍵を確認し,何となく苦笑しつつ二階の自分の部屋に上がって行った。

 

◇    ◇    ◇

 

「藤田くん,この際だからは・っ・き・り言っとくで。何を気にしとるかは知らんが,

これ以上私につきまとわんといてくれるか?。その件について私から話す事なんて

これっぽっちも無いんや!その話しやったら今後は一切お断りやからな!正直,こっち

はいい迷惑や!」

 

そう言うと,委員長は鬼の様な顔をしながら,渡り廊下をズンズンと歩いて行った。

はぁ〜これで何回目だ?

正直,彼女の対人バリアが実際ここまで強固とは思わなかったぜ。

一人馬鹿みたいにボ〜っと委員長の背中を見送りながらそんな事を考える。

あれから時間があれば,オレは委員長に対して話すきっかけを掴もうと頻繁に彼女に

接触した。とは言っても,あかりに余計な心配をかける訳にはいかないので,授業の

合間の休み時間だけだ。そんな時間内じゃゆっくり話す事も出来ないなと思っていた

のだが,彼女の場合はそれでもお釣が来る位だった。初めに話しかけた時は以前の様

なそっけないだけの態度だったが,屋上の一件を持ち出したとたん,言葉通り徹底的

にオレを避ける態度に出たのだ。そもそもこの一件は彼女の方から口火を切ったの

だから,もしかしたら話すきっかけさえあれば彼女の方からと思っていたのだが,

そんな甘い考えは初日で吹き飛んでしまった。それでも初めは粘り強く彼女に話し掛

けていたのだが,それが2日も続くと,オレが近づいただけで席を立つ様になってし

まった。追いかける様にして近づけばハッキリと「うちは迷惑や」という顔をされ,

口をひらけば顔に書いてある通りの事を言われる。「何も話す事あらへんよ」「藤田

くんには関係無いやろ」「いい迷惑や」「いいかげんにしとき!」「放っといてや!」

委員長が拒絶すればする程,オレの方もよりムキになって接触を繰り返していた。

「待てよ委員長。オレは一寸話しをしたいだけだって」「一寸だけでいいんだ。聞か

せてくれないかな?」「どうしてそんなに拒むのさ?。委員長だって本当は話しを

したいんじゃないのか?」「少しは聞いてくれたっていいじゃねえか!オレじゃ力に

なれないのかよ?!」

あ〜あ,何やってんだオレ。初めからこうなるだろうとは何となく解っていたけどな。

それにしても,これだけ相手に拒否されても尚あきらめねえオレの根性も実際大した

もんだよな。自分で自分を誉めたい気分だぜ(苦笑)。

やっぱり,これって単なるお節介なだけなのだろうか。

委員長の言う様に,人の事にいちいち関るべきじゃねえのかも知れねえけどな。

そうは思いつつも,屋上での彼女の言葉がどうにも気になって仕方が無かった。逆の

立場で考えれば,あの質問をした段階で自分の手詰まりを暴露した様なものだ。相談

出来る相手が他に居るなら,わざわざそうした問いかけをする必要は無い筈だし。

やはり神戸での仲間の事ではないのだろうか。そうだとすれば,その辛さは痛い程判る

気がする。だからこそ,オレで何か力になれる事があればと考えたのだが...

その結果がこれじゃなあ...

 

「..こりゃ笑い話にもなりゃしねえ」

「笑い話って何?」

「おわっ!..なんだ雅史か。いきなり声かけるなよビックリするじゃねえか」

「ごめんごめん。ジュース買いに来たんだけど,何かボーっとしてるみたいだった

からさ。何かあったの?」

「いや別に。たまには人の居ない所でボーっとしたくてな」

「短い休み時間の間に?」

「ああ,そういう事。人間そういう時間も必要さ」

「そう。僕はまた保科さんを追いかけて行ったのかと思ったよ」

「なっ!..知ってんならすっとぼけてんじゃねえよ!」

 

オレは雅史にヘッドロックをみまう。「ちょ,ちょと浩之降参だって。本当に知ら

なかったんだよ!」今更弁明したって遅えや。全く普段はしれっとしてるクセに

しっかりチェック入れてやがって。油断もスキもあったもんじゃねえ。

しっかし,仲間を大事にしようとか思った手前こんな事やってんだものな。永い間に

染み付いた付き合い方は,そうそう簡単には変えられないという事か。

ようやく解放してやると,雅史は咳き込みながら恨めしそうな目でオレを見た。

 

「浩之酷いよ〜」

「お前が悪い。全く油断も隙もねえ奴だな。けどいつ頃から分かったんだ?」

「浩之が前にサッカーの練習試合を見に来てくれた翌日からだよ。休み時間に話し

掛けようとしても,直ぐに席立って保科さんの所へ行ってたじゃない」

「それってたまたま目に付いただけだろ?」

「ううん,休み時間になる度に行ってたじゃない。あれならいつでも分かるよ」

「なあ...オレってそんなに頻繁に行ってたか?」

「うん,気付いたその日はね。その後はそんなでも無かったけど。ねえ,保科さんと

何かあったの?」

「あ,いや別に..けど,それだったらオレ結構目立ってたんだな」

「僕は浩之の事を何となく目にしていたから分かったけど,他の人は気付かなかった

んじゃないかなあ。最も最近は休み時間に教室に居ない事が多いじゃない。保科さん

の後を追う様にして出て行くから,てっきり今もそうだと思って」

 

...成る程,そりゃ委員長に嫌われるハズだ。これじゃまるでストーカーだぜ。

休み時間のうちに何とか話しが出来ればとばかりに,焦りも手伝って自分で思いもし

ない程しつこく言い寄っていたんだな。普通なら昼休みなり放課後なりの時間を充て

るのだろうけど,今のオレには望むべくも無い事だし。

 

「浩之。僕がこんな事言うのは筋違いかもしれないけどさ,保科さんに対してあまり

関らない方がいいと思うんだ」

「雅史?お前,何か知ってるのか?」

「ううん,そういう訳じゃないよ。ただ,浩之が保科さんに関ろうとする理由,僕に

も何となく判る気がするんだ。彼女,何かで困っていて,浩之はそれを手助けしようと

しているんだと思うけど違うかな? 昔から浩之はそうした事に対して,思い込んだら

一途な所があるからさ」

「お前,どうしてそんな事が分かるんだよ。オレ一言も言ってねーのに」

「浩之とは付き合いが長いから,一寸した事でも直ぐ分かるよ。それは志保も同じだと

思う。最近浩之の様子が変だって,志保心配していたよ。彼女クラスが違ってもちゃん

と皆の事見てるみたいだしね」

「志保が?..そうか」

 

やっぱり隠し事は出来ないか。何も言わないが,当然,あかりも気付いているに違い

ない。二人にこんなに心配かけてるんじゃあ,あかりにしてみればかなり大きな不安を

感じているだろうな。やはり今日ちゃんと言おう。今やってる事を反対されるかもし

れないが,それはそれで仕方が無い。ここら辺りが潮時かもしれないしな。

 

「雅史,すまねえ。何か心配かけちまったみてえだな。まあ,一寸した事だったんだ。

いずれ時期を見て話すけどよ。何か向こうにも思い切り嫌われたみたいだし,ここら

辺りで手を引いてもいいかなとは考えていたんだ。雅史に言われて丁度いい機会かも

しれねえしな」

「うん,保科さんの事心配なのは分かるけど,僕もその方がいいと思う。何か少し安心

したよ」

「なんだよ安心って。大袈裟な奴だなあ。そんなに大した事するつもりじゃなかった

んだって(笑)」

「...浩之自分で自分の事が分かっていないと思うよ。自分はそのつもりじゃなく

ても,いつのまにか突き進んでいるのが浩之だもの。その時にはもう後戻りが出来な

い位にね。昔はそれでも良かったけど,もし今そうなったら,本当に大切なものを失う

事にもなりかねないよ」

「雅史?お前一体何を言いたいん...」

 

そこまで言ってハッとした。いつになく真剣な雅史の目。そして,雅史が本当に言いた

かった事。それと共に改めて認識したオレ自身の性格。

背筋が寒くなる思いだった。言われるまで全く気が付いていなかった。

効いていると思っていた心のブレーキが,実は全く効いていなかったのだ。

そんなオレの状況と,性格をこいつは熟知した上で,雅史は今オレが気付くべき事を

的確にアドバイスしてくれていた事になる。

 

「...いや,改めてすまねえ。よく分かったよ。お前に言われなきゃ気付かなかった

かもしれねえ」

「ありがとう浩之。おせっかいかもしれないけど,僕でよければ何時でもストッパーに

なってあげるよ。サッカーで言えばベストコンビみたいにさ。本当はサッカーの方で

そうなりたいんだけど」

「調子こいてんじゃねえよ!ここぞとばかりになりシレッと言いおってお前は!」

「浩之〜。もうヘッドロックは止めてってば〜」

 

そう言いながらも少し安心した顔をしている雅史。オレは技の力を少し加減する。

それと共に,こいつの期待を裏切りたく無いという思いと,それでもふっ切れないもう

一つの背反した感情の狭間に立っている自分を痛い程自覚していた。

 

◇    ◇    ◇

 

その日の昼休み,晴れ渡った屋上でいつもの弁当をあかりから受け取ると,それを開け

る前にあかりに向き直った。

 

「あかり,ちょっと話しがあるんだけどいいか?」

「え?う,うん..それってもしかして...保科さんの事だよね?」

「やっぱり知ってたか。黙っていてすまねえ。心配かけるつもりは無かったんだ。今か

らその事でちゃんと話すから聞いてくれるか?」

「うん」

 

オレはチラと屋上の西側を確認した。今日は彼女上がってきていない様だ。あかりを

改めて見ながら,オレは事の次第を順を追って話し始めた。屋上での委員長からの

問いかけ,それによるオレの中の葛藤,雅史や志保との会話,その上でのオレの判断,

委員長を手助けしたいが為の行動,そして今の状況。

自分が思っている事をここまで具体的かつ素直に相手へ伝えるという事を今までした事

が無かっただけに,随分とこそばゆい思いではあったが,あかりはそんなオレの告白にも

似た説明を真剣な面持ちで聞いていた。全て話し終わり,あかりの反応をチラと見る。

少し顔を俯けて考える様にしていたが,フッと顔を上げ,オレの顔を見て優しく微笑んだ。

 

「浩之ちゃんありがとう。正直言って私,浩之ちゃんがこんなにちゃんと言ってくれる

と思っていなかったの。男の人って自分の行動に対していちいち女性に説明なんかしな

いものと思っていたから。だからこんなに私に一生懸命説明してくれて,とても嬉しい」

「おいおい,いつオレがいちいち説明しないなんて言ったんだよ。以前,互いに変に遠

慮したりするの止めようってオレ言ったじゃねえか。そんな性分ならそんな事言わない

って」

「うん,ありがとう。それとね....ううん,何でも無い。ねえ,とりあえずお弁当

食べようか。浩之ちゃんお腹空いたでしょ?今日ね,また新しい料理に..」

「あかり,今オレが言った事もう忘れたか? 互いに変な遠慮は止めようと言っただろ?

もし,何かオレに伝え難いけど言いたい事があるなら,今ここで言ってくれ。互いの心

にわだかまりを残したくないんだ」

「う,うん,でも..」

「それとも,大して言いたい程の事じゃないのか?それならあえて聞かないけど」

 

あかりはしばらく考えていたが,決意したかの様にオレを見るとポツポツと話し始めた。

 

「..私,本当は不安だったの。最近浩之ちゃん保科さんの方にばかり注意が行ってて

でも...それって浩之ちゃんが何か考えがあっての事だと思って...気付いてはい

たけど,私の方から色々言う事じゃないのかなと思って...いつかはその事で何か私

に言ってくれるのかなと思って...」

「...」

「..で,でも浩之ちゃん何も言ってくれなくて...それが逆に不安で..二人で居

る時はいいの,でも家に帰って一人になるとその事ばかり考えちゃって,何で私に話し

てくれないのかなあって...でも,そんな事考えてる自分がなんかイヤで,どうして

浩之ちゃんの事信じられないのかなあって,私ってこんなに嫉妬深かったのかなあって

思ったら,たまらなくイヤな気持ちになって」

「.....」

「そんな気持ちで浩之ちゃんに聞いたら多分私自分の感情だけで言っちゃうんじゃない

かなって思ったら恐くてとても言えなくて,それで,私...」

「..あかり」

「私,どうしてこんなイヤな女になっちゃったんだろう。浩之ちゃんと一緒になれて嬉

しかった事が全てだった私は何処へ行っちゃったんだろう。この先益々浩之ちゃんの事

でそう考えちゃう自分を考えたら私,自分で自分が恐ろしくて私,わたし,わた..」

「あかり!」

「は,はい!」

 

あかりは驚いた様に顔を上げる。目が赤く潤み,涙がこぼれ落ちた。オレはあかりの両

肩に手をかけ,出来るだけ優しい顔をした。

 

「すまなかった。お前にそこまで思い悩ませてしまって。オレがもっと早くにお前に説明

していれば良かった。言い訳だけど,ここまで長引くとは思っていなかったんだ。本当,

悪かったな。こんな事まで言わせちまって」

「ひ,浩之ちゃん,浩之ちゃん,でも私,私」

「またそうやって直ぐ泣く。本当泣き虫だなお前は。分かった,好きなだけ泣けよ。

オレの胸で泣いていいから」

 

オレは互いの弁当を脇に寄せると,あかりをグイと抱き寄せた。いきなりで驚いたのか

「ひ,浩之ちゃん」と回りを見ようとするあかり,だがオレはそういう事は気にしない。

やがてあかりはオレの胸に顔を埋めると,エッエッと泣き始めた。そんなあかりの頭を

オレは宥める様に撫でてやる。髪からふわっとしたいい匂いがした。

やがて落ち着いてきたのか,グスっと鼻をすすると,恥かしそうにオレの胸から顔を

上げた。

 

「落ち着いたか?」

「うん,ごめんね。でも,泣いたら何かすっきりしたみたい」

「そうだろうな。こういう時は無理して押し殺さない方がいいんだ。だからあかり,

お前がイヤだなと思った事はこれからはちゃんと言ってくれないか?自分から黙って

いてこんな事言う資格なんて無いけど,いくら恋人同士でも黙っていちゃ判らない事

って結構あると思うんだ。こんな事言ったら相手に嫌われるんじゃないかなと思って

も,ある程度は言った方が断然いい事の方が多いとオレは思ってるしさ」

「う,うん,でも何か私には難しいかも」

「深く考える事は無いさ。こうした昼休みの時や登下校の中で雑談する様に聞けばい

いんだよ。サラッと言えばいいのさサラッっと」

「サラッと?うーん,練習した方がいいのかな?」

「バーカ,何言ってんだよ。そんなのオレと付き合ってるうちに自然と覚えるって」

「それってまだまだ付き合いが足りないという事なのかな」

「うーむいい所に気付いたなあかり。うむ,その通りとも言うな」

「フフフ浩之ちゃんったら腕組みしちゃって物知りのおじいさんみたい」

「このやろ,調子乗ってんなって」

 

ようやく笑顔が戻ってきた。全く一時はどうなるかと思ったが,やはりあかりには笑顔

が一番似合う。悲しい顔はさせたくない。今も,これからも。

 

「なあ,あかり」

「え,なに?」

「お前,自分の事嫉妬深いって言ってたよな?」

「う,うん」

「オレはお前に負けない位嫉妬深いぞ。何しろオレはお前の事を独占したいと思ってる

んだからな」

「え?そ,そうなの?」

「当然だ。本当なら,お前を他の男の目にさらす事無く,どこか箱に入れてしまって

おきたいと思ってる位だからな」

「え〜!そ,それって本当なの?」

「もちろん冗談だ」

「え..もー浩之ちゃんたら!」

「ハハハ,まあそれは冗談だけど,嫉妬深いというのは本当だぞ。だから,お前が嫉妬

深くてもちっとも変じゃねえよ。むしろ,そこまで思って貰えるなんて男名利に尽きる

ってものだ」

「..本当に?」

「ああ,本当だ。オレは情の深い女が好きだ。嫉妬もその中の一つさ。出来たらそんな

女になってくれよ。オレの我が儘かもしれないけどな」

「ううん,そんな事無いよ。分かった。浩之ちゃんが望むならそういう女性を目指すね。

でも,情が深いってどんなんだろう?」

「今お前がやってくれてる事そのままでいいのさ。全て含めてさ。深く考える必要なんか

何もねえよ」

「うーん,じゃあ私,お料理とかお掃除とかそうした事もっと上手に出来る様にするね。

まだまだ半人前だもの。頑張らなきゃ」

 

何か思い切り勘違いしてるぞあかり。まあいいか。あかりらしいと言えばらしいしな。

先程から待ちわびてる弁当をようやく開き,いつも通りの昼食となった。あかりもどう

にかふっ切れた様で,いつもと変らぬ笑顔で話しかけてくる。新しい料理の入った弁当

もいつにも増して美味しく,オレはこれまたいつも通りに一気に食べ終わった。

 

「ふー旨かったぜ〜。ごっそさん」

「おそまつさまでした。はいお茶」

「サンキュー...なあ,あかり,さっきの話しだけどな」

「うん,保科さんの事でしょ?浩之ちゃんもう少し続けてみたいんだよね?」

「やはり分かっちまうか。さっきまでは,ここら辺りが潮時かと思ったんだけど,やはり

折りを見る程度で続けてみたいと思うんだ。おせっかいなのは分かってるけど,何か放

っておけいない気がしてな」

「浩之ちゃんの気持ち私分かるよ。もし良ければ私も協力させて」

「いいのか?続けても」

「うん,浩之ちゃんって一度こうと決めたら途中で止めるって昔から出来ないでしょ?

浩之ちゃんの納得行く様にやってみて。私の事は気にしなくていいから」

「あかり...」

 

すまないと思った。本当はこんな事に関っていて欲しく無いだろう。その気持ち踏まえ

た上で許可してくれたあかりに対し,こちらも何か安心感を与える必要があるなと感じ

ていた。

 

「あかり,ありがとう。お前には感謝している」

「ひ,浩之ちゃんそんな..急にどうしたの?やだ,何か照れちゃうよ」

「その事で,オレの方からも一つ約束しておこうと思うんだけど,どうだろう?」

「え?約束?」

「ああ,お前を今回みたいに悲しませたりしないという約束だ。そうだな。もし破った

ら何かオレに対してバツが与えられるのがいいだろうな」

「え,いいよそんなの。じゃあ指切りげんまんはどう?ウソ付いたら針千本飲ますの」

「お前な〜。そんな事本当にやったら死んじまうじゃねえか。指切りはいいけど,バツ

は別のにしてくれよ」

「あ,バツのつもりで言ったんじゃないけど,うーん,やっぱり指切りだけでいいよ〜」

「それじゃオレの気が済まない。何でもいいよ。言ってくれ。お金がかかるものだった

ら小遣いの範囲でな」

「そんなお金のかかる事はいいよ〜。うーん,バツだよね。浩之ちゃんにはバツで,私

がして欲しい事でいいの?」

「ああ,そんな所だ。ホレ,何でもいいぞ。言ってみし」

「うーん」

 

あかりは色々考えている様だ。まあオレには大体何をやって欲しいか察しが付いていた。

どうせこの前のジャケットを着てもう一度遊びに行きたいとか言うんだろう。その位なら

どうというバツじゃない。

あまり長く考えている様なら,こちらからそれを持ち出そうかと考えた時,あかりが

提案しはじめた。

 

「じゃ,じゃあ,こういうのはどうかな?」

「お,まとまったか?どんなのだ?」

「えっとね。私が作ってきたお弁当をね...あ,でもやっぱりこれは」

「いいから。とにかく最後まで言ってみな」

「う,うん。で,お弁当をね。昼休みに教室で食べるの」

 

ジャケットじゃねえのか。弁当を教室で?うーむ,しかし何でそんな恥ずかしい事を考

えたんだ?まあ,その程度なら。

 

「...私の手から」

「.....え?何だって?もう一度言ってくれるか?」

「だ,だから,浩之ちゃんが私の手からお弁当を食べてくれるの...」

「...それってお前がハシで弁当のおかずやご飯とかを摘まんで,それをオレの口ま

で運んで食べさせてくれるって事か?」

「...うん」

「教室で?」

「.....うん」

 

なっ!なんだと〜!そんな事出来るか〜!!あかり,自分の言ってる事解っているの

か?見るとあかりは茹でタコの様に真っ赤になりながらも,尚続けようとする。

 

「そ,それでね」

「ま,まだあるのか?」

「私が『浩之ちゃん美味しい?』って聞いて,美味しければ浩之ちゃんが『おお,やっ

ぱりあかりの作ったものは最高だぜ』って誉めてくれて..」

「...」

「それで私が『じゃあ次にどれが食べたい?』って聞いて浩之ちゃんが『じゃあ次は

タコさんウィンナーかな』って言って。私がそれを摘まんで浩之ちゃんに『はい浩之

ちゃん』って言って浩之ちゃんが『アーン』って言って食べてくれて。私が『浩之

ちゃん美味しい?』って聞いて,美味しければ浩之ちゃんが..」

「ま,待て待て待て待てぇ!ちょ〜〜〜っと待て!!」

 

ハァ〜ハァ〜はぁ〜はぁ〜。オレは思わず荒くなった息を整えた。

こ,こいつは何て恐ろしい事を考えているんだ!!

そうか!最近のこいつの行動様式は一筋縄じゃいかなかったんた。しまったすっかり忘

れていたぜ。しかし,何でもいいって言っちまった手前,いまさらそれを撤回する訳に

もいかねえ。うー困った!どうしたものか..

 

「浩之ちゃん...やっぱり駄目かな。出来たらでいいんだけど..」

 

オレは出来るだけ優しい言葉で,事の真相を問い質そうとした。

 

「な,なあ。何でそんな事考え付いたんだ?まさか志保から何か吹き込まれたのか?

オレがこういう提案したらこうしろとあいつが言ったとか?」

「志保?ううん違うよ。私の方から,そういうのしてみたいって思ったの。元々は私の考え

じゃないんだけど」

「ほおぉ,それじゃ誰の考えなんだ?」

「少女漫画にそういうのがあったの。ヒロインの娘に浮気性な彼氏が居て,ある日彼女

が彼氏に約束させるの。もし破ったら教室で私のお弁当を私の手から食べるんだよって」

「う,浮気性?」

「あ,浩之ちゃんがそうだっていうんじゃないよ。漫画で出てくる男の子の話なの。で,

結局彼氏がバツを受ける事になって,当然渋るんだけど,バツはバツだって女の子が

強行するの」

「そ,そりゃあ彼氏はいやがって当然だろうなあ。強行はいけないなあ」

「でも,始めはギクシャクしたり,回りにからかわれたりするんだけど,次第に彼氏も

それを自然に受けとめて,最後はとてもいい雰囲気になるの。回りもそれを見て何とな

く納得して。で,それをきっかけに彼氏と女の子の仲がより親密になるの。回りも二人を

正式にカップルだって認めてくれて,そしてめでたしめでたしって」

「そ,それって漫画の話しだろ?現実はそんな単純には事は運ばないと思うなあオレ」

「うん,そうかもしれない。でも,そうなれば一番いいけど,私はそこまで望んでいる

訳じゃないの。それをきっかけにして,雨の日でも浩之ちゃんと一緒に教室でお弁当

が食べられたらなあって」

「...あかり。お前そんな事考えていたのかよ」

「うん。そうなったらいいなあって」

 

天気が悪い日はあかりは弁当を作ってこない。これはオレが言ったのもあるが,屋上で

ないと食べる場所が無いからだ。始めの頃はそれでも作っていたのだが,さすがに教室

でという訳にもいかず,音楽室やら視聴覚室が開いていれば潜り込む様にして利用して

いた。当然そうした場所では食事は禁止されている。悪いことをしているみたいでゆっ

くり食べる事も出来ないので,天気の悪い日などは作って来ない様オレの方から提案し

たのだが,それでも登校時には良かった天気が昼には崩る場合もある。仕方ないので

オレはあかりの弁当を持ってどこか食べる場所を見つけて食べたりしていた。あかりは

当然教室でぽつねんと自分の弁当を食べる事になる。折角一生懸命作っても,これでは

張り合いが無いだろう。志保の話しが本当なら,教室で二人で食べても別段問題無いの

かもしれないが,今ひとつオレ自身ふっ切れずにいた。

しかし,そういう事なら,単に机を向かい合わせにして食べるだけでいいだろうに。

何であかりの手からわざわざ食べなきゃならんのじゃ!

まあそうは言っても,これはバツだし,オレから提案したのだから仕方が無い。

あかりはさっきから「やっぱり駄目かな?」という顔をしてこっちを見ている。

ここでオレが拒否すれば,ジャケットの時と違い,それ以上どうしてもとは言わない

だろう。実際,おれはイヤだった。しかも「超」が付く位イヤだ。そんな事するなら

死んだ方がマシだとも思える(無論死ぬ気は無いが)。しかし,あかりの言い分も分か

らないでもない。ここは妥協点として,やはり教室で普通に食べる方に...うーん。

 

「そうだな〜どうしたもんかな〜」

「......」

 

あかり自ら黙ってる時は,是非そうしたいという意思表明をしているのと同じだ。そこ

まで望んでるならやはり..でもなあ。しかし,これは元々バツを受ける場合の話しだ。

要はそういう事態にならなければいいんだ。自信がある訳じゃないが,自らの戒めとし

てはかなり効果があるかもしれない...あり過ぎる位だけど...

うーん,よし!決めた!そうしてやろう。バツは元々オレからの提案だしな。

 

「よし!分かったあかり。そうしよう。もし約束を破ったら教室でお前の弁当をお前の

手から食べる。これでいいな?」

「本当?本当に?うん,ありがとう浩之ちゃん。それとごめんね。浩之ちゃんに思い切

り無理言っちゃって」

「なーに,気にするな。そもそもこれはバツなんだ。お前を悲しませなければ無かった

と同じなんだからよ」

「うん,そうだよね。そう思うと何か複雑だけど,でも嬉しい」

 

そうなった時を考えると恐いけど,これでオレの方も少しはあかりを悩ませずに済むかな

とホッとした気分だった。オレの勝手気ままな行動は,一人だった時は本当何も考えずに

出来たのだが,相手が居る今それをやるのは実際大変な事だ。しかし,それはそれでまた

面白い事ではあるなと最近は考える様になっていた。

 

「ヘッヘッヘ。聞きやしたぜ旦那」

「!!!し,志保?!ど,どこだ?」

「何キョロキョロしてんのよ。アンタの後ろだって」

 

振り向くと志保が腕組みしたまま立っていた。思わずあかりの方を向き直る。あかりも

驚いた様で,フルフルと首を横に振った。「気付かなかった」という意味だ。

 

「お,お前って奴ぁ!相変わらず神出鬼没な奴だな!」

「ご挨拶ねえ。別に普通に来ただけじゃない。ちゃんと声も掛けたわよ。二人して気付

かずに真剣な話ししてるから何かと思って聞かせて貰ったけど,へ〜ヒロいいわねえ。

あかり泣かしたらバツで教室で愛妻弁当大会するんだ〜。これって自らお披露目するの

と同じよねえ。いや〜何といいますか『ヨッ!目出てえなぁ〜』って感じかしらぁ?」

 

変な振り付けてオレ達の前でおどけてみせる志保。わ,笑えない。何とか口封じせねば!

 

「し,志保お前この件に関してはだな」

「とうぜんネタにさせて貰うわよ。こんな面白い事そうそう無いもの。やっぱりヒロの

クラスへお披露目予告という事で触れ回ると面白いかもしれないわねぇ」

「ちょ,一寸まて!何か交換条件ってのはどうだ?な?またヤックのスペシャルでも

いいぞ?何なら二人前頼んだって構わねえぜ?な?だからよ,ここは一つ穏便にだな」

「へ〜,ヒロ豪気ねえ。それじゃあお言葉に甘えちゃおうかなあ〜〜っと思ったけど,

そんなものじゃ今回のネタとは釣り合わないわね。もっとビックなものじゃなければ」

「び,ビック?何かでかいものでもプレゼントしろってか?」

「ちょっと落ち着きなさいよ。こうした取り引きって必ずしも物品とは限らないのよ。

あかり〜。一寸あんたのご亭主借りていいかな〜?少しの間だけでいいからさあ」

 

あかりはまだ驚きが抜けてない様で,「う,うん。どうぞ」と間抜けな返答をする。

「直ぐ終わるからね〜」とオレは屋上の出入り口まで引っ張ってこられた。この位置

からだとあかりからは一切見えない。

 

「なんだよこんな所まで引っ張ってきて。その場で言えばいいじゃねえか。で,なん

だよそのビックなものって」

 

志保の顔を見たオレは驚いた。先程までのニヤけたお調子顔が消えている。代わりに

真剣な顔つきに突き刺す様な眼差し。以前,雅史の練習試合の時に垣間見せた顔つき

そのものだった。オレも思わず身構える。

 

「どういうつもりなの?あかりにあんな事言うなんて」

「え?あんな事って何だよ?」

「保科さんへのアプローチ,まだ続けるそうじゃない。ヒロ,アンタあかりへの気持ちを

本当に真剣考えた事があるの?」

「いや,だからオレはオレなりに自分への戒めとしてだな」

「あんなカケであかりが本当に安心出来ると本気で思ってるの?アンタ彼女の事全然

解ってあげていないじゃない!彼女あれでも結構無理してOK出してるわよ。どうして

そういう事を察知して自ら手を引いて安心させてあげないのよ!それが付き合っている

アナタの責任なり義務じゃない!」

「な!ちょっと待てよ。何でそこまで言われなきゃならねえんだよ。まるでオレが

全然あいつの事考えて無いみたいじゃないか。しかも志保には関係ねえ事だ..」

「関係無く無いわよ!!」

「し,志保?」

 

彼女の感情の爆発にオレは少したじろいだ。初めて見た志保の一面。何がそこまで

彼女を追い詰めるのだろう?

 

「関係無くなんかない!私はあかりの友達だもの。それに,私はアンタの友達でも

あるのよ?軽く聞こえるなら親友と言い換えてもいい。親友だから,アンタの考えも

解るし,あかりの考えも解る。私が言う事じゃないけど,あかり,かなり色々と考てい

るわよ。アンタは夢見る少女みたいな事言ってる様にしか思っていないかもしれない

けど,アンタよりはより現実的な視点で物事を見ている。現在も,そしてこれからもね。

アンタ,あかりに甘えているだけじゃない!」

「志保,よくそこまで言えるな。そんなにオレはどうしょうも無い男なのかよ!人を

コケにするのもいい加減にしろ!何様のつもりだ!」

「アンタこそ何様のつもりよ!どうして人の痛みを解ろうとしないのよ。一つの事に

集中している時は,回りの事には全く目が行っていないじゃない!それはアンタが

一番良く解っている事でしょう?」

「な!。お前,そんな事まで...」

「解るわよ。アンタの事だもの。誰よりもよく解る。ヒロ,前にあたし言ったよね?

大事にしなさいよって。もう一度お願いする。本当,大事にしてあげて。彼女が本当

にアンタに望んでいる事に気付いてあげて。お願いだから」

「あかりがオレに本当に望んでいる事?」

「私の口からは言えない。間違っているかもしれないし。でも,少なくともアンタは

その片鱗すら気付いていない。もしくは気付いてながら,あえて自らその問題を避け

てるだけかもしれない。それが判らないなら,少なくとも今は大事にする事だけを考

えてあげて」

「志保,お前どうしてそこまで...」

「言ったでしょ?友達だから。それだけよ。キツい事言ってゴメンね。私の話しはそ

れだけ。あ,ついでだからやっぱりヤックのスペシャルでいいよ。今度の時でもさ」

 

オレは「あ,ああ」としか応えられなかった。志保の知らなかった一面を存分に見せ

つけられた感じで,どう対処していいか判らないというのが正直な所だ。そこに居る

女性は志保であって志保では無かった。いつもの軽い調子の彼女は何処へ行ってし

まったのだろう。もしかしたら,こちらの方が本当の志保なんだろうか?

 

「志保〜,浩之ちゃ〜ん。どうしたの?何か大声も聞こえたんだけど?」

 

あかりが心配して近寄ってきた。志保を見ると,いつもの表情に戻っている。

一瞬,「女って魔物だ」という何かのセリフが頭をよぎる。

 

「あ,あかり。ううん何でも無い。この馬鹿が変な事言うからさあ。一寸アタマ来

ちゃってね」

「もしかしてケンカしてたの?」

「ううん違う違う。単なるいつものジャレ合いよ。ヒロ,そうよね?」

「ああ,その通りだ。別に何でも無いぜ。心配しなくてもいいぞあかり」

「そ,そう?それならいいんだけど...」

「ほらほらそんな顔しないの。本当にいつものパターンなんだから。あ,それじゃあ

あたし引き上げるね。ヒロ,後日スペシャルよろしくぅ。じゃ,まったね〜」

 

そういうと志保は屋上から引き上げて行った。あかりは心配顔のままだったが,オレ

は「心配するな」という顔つきであかりの背中をポンと叩いた。それと共に,志保の

言った事が頭の中で反芻される。

あかりが本当に望んでいる事。

オレが気付いていない事。

もしくは,気付いていながら考えない様にしている事。

正直,今のオレには訳が解らなかった。

とりあえずは,今出来る事を精一杯やるしかないだろう。

心に引っ掛かる事は多々あるが,それが最善の方法だろうとオレは考えていた。


「智子」へ続く....

[トップメニュー] <-> [二次小説の部屋] <-> [変化]