浸透

 

「センター!上がれ上がれ!!」

「何やってんだ!バックアップしろ!!」

 

 日も暮れかかろうとしている第二グラウンドから、サッカー部員同士の熱の入った掛け

声が一杯に響きわたった。それに呼応するかの様に部員の動きが激しくなる。どの顔もま

さに真剣そのものだ。夕暮れ時と相まって、まさに青春真っ只中という感じの情景が繰り

広げられていた。

 折りしも地区予選大会の真っ最中であり、その中で我が校は順調に勝ち進んでいた。

 一昨年までは弱小に数えられていたサッカー部も昨年からは人材に恵まれた事もあり、

今年は並みいる県内の強豪と対等に張り合える実力を持つまでに急成長していた。当然、

学校側からは大いに期待され、練習場所や用具、スタッフ(主に大学サッカーのOB)な

どはかなり充実したものになっていた。

 そんな注目株の中で、雅史はFWのポジションにあった。先陣を切って相手ゴールまで

飛び込んで行き、見事なシュートを決めるその姿はまさにチームの花形であり、同級生、

いや学校全体の女子を中心とした憧れの存在であると言えるだろう。

 高校に入学する前、オレに「サッカー部に入ろうと思うんだけど」と相談された時、こ

いつのガタイや性格からして万年補欠でコキ使われるのがオチじゃないかと思って止めた

のだが、その後の頑張りはオレの想像を遥かに超えていた。子供の頃からスポーツに関し

てはオレの方が何かと先頭の立場だったのが、今では完全に逆転してしまっている。やは

り地道ながらも一生懸命努力するヤツにはかなわないという事なんだろうな。

 

「あっれ〜?ヒロじゃん。こんな時間にこんな所で何やってんの?」

 

 振り返ると志保が立っていた。手には鞄を持っている。こいつも帰りだろうか。

 

「いや、ちょっと雅史にな。けど、それ所じゃねえみたいだな。地区予選だってのは分か

ってたんだけどよ。」

「なによ一緒に帰ろうと待ってるってワケ?男のクセに暗いわね〜。それともアンタ達っ

てやっぱりそんな仲だったって事?」

「お前な〜。どうしてそういう方向に持って行くんだよ。ンなワケね〜だろが!」

「でも女の子の間で話題になってた事あるわよ。雅史ってホラ可愛い顔系じゃない。それ

に休み時間とかしょっちゅうヒロと居るしさあ。これは絶対ってカンジで。あ、私はちゃ

んと否定してあげたんだからね。感謝しなさいよ。」

「....へいへいそれはどーも。」

「なによその気の無い返事はぁ。」

 

 呆れてモノが言えなかった。つきあってらんね〜ぜ。オレは早々に話題を変えた。

 

「それよりお前の方こそどうしたんだよ?やっぱり雅史に用事か?」

「へ〜、ヒロにしちゃあ随分とカンが鋭いわね。」

「お前、思いっきり人を馬鹿にしてるだろう。いい加減にしろよ?」

「冗談よ冗談。全く最近直ぐ怒るんだから。カルシウム足りてる?」

「いいから先進めろよ。」

「わかったわよ。偵察よ偵察。」

「偵察ゥ?雅史をか?」

「そんなワケないでしょう?今度当たる相手チームの偵察に決まってるじゃない。」

「??なんでお前がそんな事やってんだ?部員やマネージャーでもねえのに。」

「へっへ〜、餅は餅屋にってね。より実のある情報収集ならその道のエキスパートに任せ

るのが一番ってわけ。そこで学校一の情報収集能力に長けた志保ちゃんに依頼が回ってき

たってわけなのよね〜。」

 

 ジャ〜ンと自分で言いながら志保は鞄から記者などがよく使う大きさの雑記帳を取り出

した。表紙に『志保ちゃん(秘)相手サッカーチーム偵察メモ』と書いてある。

 

「..ちょっと聞いていいか?まさかそのメモ使って相手チームの関係者とかにインタビ

ューとかしてねえよな?」

「馬っ鹿ねえ。インタビューは情報収集の基本でしょぉ?当然してるに決まってるじゃな

い。」

「それでメモ取ってるのか?相手の目の前で?」

「そうよ?何か変?」

「...いや、まあいいんじゃねえか。」

「?変なヒロ。あ、でねでね、次はこれよ。」

 

 ジャジャ〜ンと言いながら鞄から今度はカメラを取り出した。

「デジタルカメラ〜。」

 声が大山のぶ代調だ。お前はドラ○モンかってーの。

 

「これで相手チームの練習風景や強豪メンバー全員の様子もバッチリ押さえたってわけよ。

普通のカメラだと現像しなきゃだけど、これだと直ぐ見られるってワケ。」

「...こんな小さな液晶画面で見るのか?サッカー部員全員で?」

「アンタってつくづく無知なのねえ。コレで見るワケ無いじゃない。ちゃんとパソコンに

画像データを転送して見るに決まってるでしょ。」

 

 ジャジャジャ〜ンと言いながら(以下略)

「接続ケーブルに取り込みソフト〜。」

 それはもういいって。

 

「どう?これだけ用意周到ならバッチリでしょ?」

「それならビデオカメラの方が良かったんじゃねえか?」

「あーあーもう解ってないな〜。そんなもの持ってったら偵察なのがバレバレじゃないの

よ。こうしてデジカメでファンを装って行くから向こうも気軽に話してくれるんじゃない

の。まあ、相手チームの動きならこの志保ちゃんがバッチリ観察してきたから、ビデオが

無くても全然大丈夫なわけよ。分かった?」

 

 ...本気で言ってるんだろうか?どう考えても冗談にしか聞こえないのだが。

 やってる事と言ってる事のギャップに、次第に頭が痛くなってくる。

 志保の持つソフトの入ったCDを見ながら、オレは聞いてみた。

 

「ところでサッカー部にはパソコンあるんだろうな?」

「当たり前でしょ。そんなお約束な事すると思ってるの?それよりもアンタの感想はどう

なのよ?」

「まあ待て。少し質問してからだ。所でそのパソコンって何処のメーカーだ?」

「ヤックよ。」

「お前んちのは?」

「ヤックよ!同じメーカーの同じタイプのじゃないと駄目なの位知ってるわよ。だから何

だって言いたいの?」

「お前の持ってるCDにはヤック用なんて書いてねえぞ。」

 

 え?という顔をしたかと思うと、バッとCDを見る志保。そこには『ドア95/TNT

4.0専用』と書いてある。「ああーー!!」今頃気付くなよ。

 パソコンについては実は以前に雅史から聞いて知っていたので確認したのだが、まさか

というかやっぱりの『お約束』だった。

 

「あ〜んどうして〜?ソフト間違えて持って来ちゃった〜。」

「お前も相変わらずだなあ。まさか間違って買ったんじゃねーだろーなー?」

「違うわよお。どの機種でも使えるセットだったのよ〜。CDが分かれてなければこんな

こと無かったのに〜。」

「まああきらめろ。とりあえず液晶では見られるんだしよ。所でさっきの話だけど,感想言

ってやろうか?」

「いいわよもうバカ。あーあもう雅史に何て言い訳しよう。グス。」

 

 いつもだったら失敗しても勝ち気に振る舞うクセに、今日はやけにしおらしい。少し可

哀想かな。ここは慰めた方がよさそうだ。

 

「何も写真が撮れなかったわけじゃねーんだし、大丈夫だって。雅史だって感謝こそすれ

文句を言うなんて事は絶対無いぜ。そんなに落ち込むことね〜って。」

「うーそうかな〜。」

「当ったり前だぜ。それに何も写真撮る事だけが目的って訳じゃねえだろ?お前、随分と

頑張ったみたいじゃねえか。」

 

 志保の頑張りはメモ帳を見れば一目瞭然だった。オレが見てもかなり突っ込んだ内容で

事細かに取材内容が記してある。恐らくサッカーの基礎知識についても随分と勉強したん

だろう。その努力にオレは素直に敬意を表した。

 

「だから何も心配いらねえよ。大体そんなショボくれた姿お前らしくねえぜ。」

「うーん..そうよね。写真はちゃんと撮れたんだし、見るのが一寸不便だけど、私が様

子を解説すればいいんだし。うん!そうよね!そうそう!」

「相変わらず切り替えが早えなお前は。でも、その方がお前らしくっていいぜ。」

「な〜によ〜。それって誉めてるつもり?」

「へ!うるせえや。」

 

 ふと目が合ったとたん、可笑しくて互いに吹き出していた。

「米倉ー!こっちだー!」

 雅史の声だ。ふとそちらに目を向ける。パスの渡った雅史はそのまま快進撃を続け、行

かせまいとする輩を見事なパス連携で突破していく。ゴール直前!キーパーとの一対一。

フェイント!次の瞬間、ボールは鋭くゴールに吸い込まれて行った。

「ナイスシュート。」

 志保がポツリと呟く。ギャラリーからの歓声。「ピー」。練習試合終了のホイッスル。

 先程までの喧騒が静まっていく。その時になって、夕闇がさらに濃くなっている事に気

が付いた。

 

「...なあ。こんな時だけどよ。」

「え?あ、何?」

「今朝の件、悪かったな。オレ少し言い過ぎたみてーだ。」

「あ、ああアレ?いいわよ別にもう気にして無いし。私も馬鹿な事言っちゃったなっ

て思ってたし。でも急にどうしたの? ヒロがそんな事私に言うなんて多分初めてじゃな

い?」

「え、そうか?まあ、いいじゃねえか。何となくそんな気分だったんだよ。」

「ふ〜ん....あかりの影響..かな?」

 

 え、と志保の方を見る。人の顔を覗き込むその表情は興味津々といった感じだ。

 けど、少し寂しそうに見えるのはオレの気のせいだろうか。

 

「あんたたち、うまく行ってるみたいね。端から見ても妬けちゃう位さ。」

「..やっぱり知ってたのか。あかりがよく志保に頼んでいるみたいだったしな。」

「ああ、泊まる時のアリバイ作りでしょ?ふふ、あかりがあんな事言い出すなんて

正直驚いちゃったわよ。まあ、それだけ誰かさんの事を思ってるからでしょうけど。」

「いつ頃から分かったんだ?お前が知ったなら、あっという間に言いふらされると思って

いたけどな。」

「あんたさあ、そんなに言いふらして欲しい訳?何なら明日からでもアンタのクラス全員

に触れ回ってもいいのよ?」

「え、一寸待てよ!自然にバレるのは仕方ねーけどわざわざそういう事はだな..」

「あはは動揺してる動揺してる...って、私がそんな事しなくても、クラスのほぼ全員

が知ってるわよ多分。」

「え!そ、そうなのか?けど別に誰も何も言わねえけどなあ。まあ、確かに以前よりあか

りと一緒に居る時間が多くなった事は確かだけどよ。」

「ハ〜この男は。登下校や昼休みのお弁当が毎日毎日一緒なら、普通誰でも気付いて当然

じゃないのぉ?以前とは全然状況が違うじゃない。ほんっと〜にアンタっておめでたい性

格よね〜。変な所でニブチンだし。あかりも苦労する訳だわ。」

「お前な〜。まあそうは言っても、それだったら少しは回りが色々騒いでもおかしくねえ

と思うけどなあ。女子の間ではどうなのか知らねーけどよ。」

 

 実際、志保が言う様にオレは動揺していたのかもしれない。誰かに知られればそれが噂

となって広がり、オレ等に対するクラスの雰囲気も変ってくるし、あかりに気のあった矢

島を筆頭に色々言ってくる奴もいるだろうと勝手に想像していたのだ。しかし既に皆が知

っていながら以前のままでいられるという状況は、どう考えても何か違うんじゃないかと

いう、自分の中に受け入れられない感情となって渦巻いていた。

 だからと言って、志保の言葉を否定する気にも何故かなれずにいた。

 志保が少し真面目な顔でオレの疑問に応える。

 

「そりゃあ、いきなり噂も何も無い所から誕生したカップルならね。けど、ヒロとあかり

ってつきあう以前から登下校とかで何かと一緒で目立つ存在だったじゃない。そんな光景

に回りが慣れっこになっていたというのがまず一つ。」

「.....」

「それと、ヒロは気付いてないの?あかりが髪を下ろしてから男子に人気が出てきた事は

知ってるわよね?その後、あかりは何度か告白されているのよ。アンタは知らないかもし

れないけどね。」

「いや、知らない事も無いが..しかし、何でお前がそんなに詳しいんだ?」

「当然あかりが話してくれたからよ。その場で断ってもしつこく言い寄る奴も居て、私が

間に立った事もあるの。あかりは誰に言い寄られても、その場ではっきりと断わっていた

わ。何故かは分かるわよね?」

「.....」

「でもね、そんな事も5月の修学旅行を境にして次第に無くなっていったのよ。無論、

あかりの人気は以前と変らないどころか、より高くなっていたにも関らずね。どうしてだ

と思う?」

「....オレと付き合いだしたからか?」

「多分、誰の目から見てもこう思う筈よ。『ああ、とてもあの二人には割込めないな』

ってね。それだけあなた達って自然なのよ.....くやしい位ね。」

「.....」

 

 志保はつと視線を逸らし、横顔を向けた。いつになく真剣な表情。夕焼けが彼女の顔を

包み、端正な顔をより浮きだたせていた。不思議と胸が締め付けられる感じがした。

 束の間の静寂。やがて一度ため息をついた後、いつもの顔つきでオレに向き直る。

 

「大事にしなさいよ。 あんないいコ、何処探したって居やしないんだから。 あんたって

本当果報者よね〜。」

 

 暖かみの中に真剣さを含めた眼差しでそう言った後、ホッとした表情を浮かべる志保。

 いつもなら志保の言う事は軽く受け流しているオレも、この時ばかりは素直に志保の気

持ちを受け取ろうという気になっていた。

 

「ああ、そうだな。お前に言われるまでもねえけどな。」

「ふふ、少しは素直に返す様になったじゃない。もし、アンタが浮気しようものならあた

しゃ黙っていないからね〜。」

「なんでお前が介入してくるんだよ。例えそうでもオレとあかりの問題だろ?」

「あたしはあかりの友達なのよ。友達を泣かす様な奴は、この志保姉さんが容赦無く天に

かわって成敗してくれる〜。」

 

 テヤーとチョップのマネ毎をオレの頭に繰り出してくる。軽くパシッと受け「なーにが

姉さんだ!」と切り返す。互いの笑顔。オレと志保との関係。その事を嬉しく思い、また

心の中で彼女に感謝していた。願わくば、この関係がいつまでも続いて欲しいと思うのは

オレの我が儘だろうか?

 

「お〜〜い!浩之〜、志保〜。」

 

 ユニフォーム姿の雅史が手を振りながら駆け寄ってくる。こちらも互いに手を振り、そ

れに応える。練習とはいえ戦いの終わったその姿は普段の雅史からは想像出来ないたくま

しさが感じられた。

 

「浩之、わざわざ来てくれたの?事前に言ってくれればよかったのに。」

「そういえばヒロって雅史に用事があるんじゃなかったっけ?」

「まあそうだったんだが...何だったか忘れちまったぜ。」

「なにソレ?あんたまさかその歳で健忘症が始まってるんじゃないでしょうね?」

「そんな訳ねーだろ?実際、大した用事じゃなかったんだよ。」

「あ!もしかして入部の事を考えてくれたとか?それだったら何時でも歓迎だよ!」

「雅史..この時期にこの学年の奴が入ろうと思うか?それはあり得ねえって。」

「浩之なら筋がいいから、少し練習すれば今からでもかなりな所まで行くと思うんだけど

な。僕とコンビを組んでくれたら最高なんだけど。」

「例え始めたとしても今からじゃ無理だぜ。おれはそんなスーパーマンじゃねえよ。」

「そんな事無いよ。浩之なら絶対だって。僕、いつでも待ってるから。」

 

 相変わらずだなこいつも。地区予選の時期だってのに未だに誘いをかけてくるんだから。

 しかし、今はそうした以前と変らぬ雅史の言葉が嬉しかった。用事の件、実は忘ていた

訳じゃない。実際、それは志保も含めた二人に対してだった。今はその好機である筈だが、

何故かオレはその件を持ち出そうという気になれなかった。雅史がいて、志保がいて、オ

レがいて、そしてここにあかりがいれば、いつもの馴染み同士の気のおけない話題で盛り

上がった事だろう。その関係が前と今とでどう変っているのか、また本当に変ってしまっ

ているのか。実際、知る由も無いというのが正直な所たっだ。

 例えそうであったとしても、今はまだ知る時期じゃない、そんな気持ちが今の自分には

強かった。

 

「そういえばあかりちゃんはどうしたの?いつも一緒なのに。」

「何か雅史と二人だけで一緒に帰りたいらしいのよ。そりゃあかりは一緒には来れないわ

よねえ。」

「志保!!お前くだらない事言ってんじゃねーよ!大体それはお前の勝手な想像じゃねー

か!」

「でも女の子の間ではさ〜。」

「それはもう止めろ!!」

「ねえ、結局あかりちゃんはどうしちゃったの?」

「ああ、お前と個人的に会う約束してるからって先に帰ってもらったんだ。そうでも言わ

ねえと最近はやたら一緒に付いてきたがるからな。」

「でも僕、浩之と今日ここで会う約束なんてしてないよね?」

「だからさ、それは単なるあかりへの口実なんだって。」

「ヒロ。それってあかりにウソ言ったって事じゃない。悪い奴ね〜。早速明日あかりに報

告しなきゃね。いや、今夜中に電話でまず連絡するとして〜。」

「ちょと待て志保!話しを混乱させるな!」

「浩之。あかりちゃんにウソは良く無いよ。そんな事したら僕も黙っていないよ。僕は二

人はお似合いだと思ってるし、いつまでもいい関係で居て欲しいと思っているんだ。もし

浩之がその関係を壊すなら...」

「ま、雅史待て!お前志保に何か吹き込まれたんじゃあ。」

「そこまでして雅史と帰りたかったのねぇ。雅史、少しはヒロの気持ちを受け止めてあげ

たら?」

「いいからその話しはもう止めろ〜!!」

 

 オレのその一言で、雅史と志保は笑いはじめた。お、お前らな〜!!

 結局、この話は後日オレが思い出したらという事で収まった。

 しかし、やっぱり雅史も知っていたんだな〜。こいつも何も言わないからなあ。

 実際、普段から何考えているのかよく分からない奴ではあったのだが。

 

「そういえば雅史。志保に相手チームの偵察を頼んでるんだって?」

「うん。頼んでるっていうか、志保が自分からやらせてって名乗り出たんだけどね。」

「あ、あ、雅史それは言わないでって約束したのに!」

「え?そうだったっけ?あ、ゴメンゴメン。」

「し〜ほ〜。さっきの話しと随分違うじゃねえか?情報収集能力が何だって?」

「う..ま、まあいいじゃないのよ。結果として正式にサッカー部から依頼された事にな

ってるんだからさあ。」

「結果はそうでも、それってサッカー部にとって迷惑にはならねーのか?」

「そんな事無いよ。志保の持ってくる情報はとても正確だし、作戦上とても役立っている

しね。正式に情報担当のマネージャーにならないかという話しも出ている位だよ。」

「へ〜。なんかいつもの『志保ちゃん情報』と違うじゃねえか。」

「失礼ね〜。私の持ってくる情報はいつも正確なんだから。まあ、それが実践で証明され

たって事よね。」

 

 実際、志保が実力を出せばかなり有用な情報を獲得出来る力がある事は、先程のメモ帳

から気付いていた。単に覗き趣味的にやるのと、一生懸命やる事の差とも言えるだろう。

 それにしても、なんで志保自らそんな事名乗り出たんだ?どう考えても雅史の為だよな

これは...へー、なんだ。そういう事かよ。

 

「ちょっと何ニヤニヤしてんのよ。アンタまた何か想像したんでしょ。いい加減そのクセ

直しなさいよ〜。」

「いやあ、何故自らそんな事に名乗り出たのかなあと思ってさあ。なるほどね〜。ほー、

それはそれは。志保様にもようやく春が訪れたと。なるほどなるほど。」

「ちょ!ちょっと何言ってるのよ!違うわよ!私は純粋に自分の調査能力を試してみたか

っただけよ!それ以外何も無いわよ!」

「まあ、そういう事にしておこうかねえ。うんうん。でも、結構お似合いだぜ。」

「ヒロいい加減にしなさいよ!!全くこれじゃあ今朝の繰り返しじゃあないのよ!大体ア

ンタは女性に対して配慮ってものが全くなってないんだから!」

 

 こんな状況でも雅史は人の良い顔でボケーっとしたままだ。今の状況分かってるんだろ

うか?お前の話しでもあるんだぜ。

 今朝の繰り返しも落ち着いた頃、雅史が切り出してきた。

 

「じゃあ浩之、これから僕等はミーティングがあるから。また今度時間がある時にでも。」

「ああ、また今度な。そうそう、今日のデジカメ写真はかなりなモノだそうだぜ。皆で顔

を寄せ合って見たくなる位バッチリな内容だと。」

「ヒロ!あんたね〜!余計な事言わないでよ〜!」

「ハハハ。まあ、次回から持ってくるソフトには注意するんだな。」

「あんたこそ日頃の生活には気を付けなさいよ。何かあったらデジカメにバッチリ納めて

HPでアンタの恥ずかしい姿を世界に向けて発信してあげるんだから。」

「てめーなー、そんな事やったらタダじゃあおかねえからな〜。」

「まあまあ二人ともその辺りでお開きにしようよ。じゃあ志保行こう。浩之、それじゃま

た。」

「ああ。」

「気を付けて帰りなさいね〜。転ばない様にね〜。」

「うーるせーや。それじゃな。」

 

 そのまま、部室に戻る二人をしばらく見送っていた。雅史が何か言ってるのか、時折志

保の笑った横顔が見えた。いい雰囲気じゃねえか。何か次第に心が温かくなっていくのが

自分でもわかった。

 結局聞けなかったけど、まあ、これで良かったんだろうな。委員長の言ってた件は、改

めて委員長本人に聞くのが一番だろう。気にはなるが、今それについてあれこれ悩んでも

始まらない。全ては明日からだ。

 すっかり人気の無くなったグラウンドを一度見渡した後、その場を立ち去った。

 あかりの奴、今日一緒に帰れなかったもんだから、夜中には多分電話してくるだろう。

 今日の志保や雅史の話しをしてやろう。けど、私もその場に居たかった〜ってくやしが

るかな?。まあ、多分喜んでくれるだろう。それと、雅史と志保の仲の事も...

 あいつはもう知っているのだろうか?

 夜の冷えこみが厳しくなりつつあったが、心の中は相変わらず暖かいままだった。


「変化」へ続く....

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