夕の風景

 

 人気の無くなった放課後の教室。黙々と掃除を続けるオレ。夕闇深くなりつつある外の

景色。全くなんでこうツイてねえんだ。まだ半分以上も残ってやがるぜ。

 黒板の後ろに下げた机の山を見ながら、思わず悪態をついた。

 

「くっそ〜。あいつら覚えてろよ〜。」

 

 掃除当番同士の些細な賭けだった。「これで負けた奴は一人で教室掃除な。」

 皆、自分が負けるとは思っていないから、バツを決めるのは気楽なものだ。

 カードゲームには少々自信があったので、その誘いに気楽に乗ったオレが馬鹿と言えば

馬鹿なのだが...

 結果はオレの一人負け。軽い冗談だと思っていたら...

 

「じゃあ藤田、後はよろしくな〜。」

「藤田君頑張ってね〜。」

「え!お、おいマジかよ!本当に一人でやらせる気かよ!」

「当然だろ? そういう約束だったんだから。じゃな〜。」

「そりゃね〜だろうがよ〜。」

 

 当番としてポツンと一人取り残されたオレは呆然となった。そんな様子を見ていた女子

連中がクスクス笑っている。恥ずかしいやら悔しいやらで、オレはキレそうになった。

 

「オラオラ掃除始めっぞ〜!用の無い奴は帰った帰った!!」

 

 ガラガラと机の上にイスを上げ、後ろに押しやっていく。

 教室掃除は机やイスを完全に移動して行うのが決まりだ。楽してそのままホウキでササ

ッといきたい所だが、担任への完了報告があまりに早いと、わざわざ教室に出向いてきて

隅々まで厳しくチェックされる。それによって、初めからやり直しになる事も決して珍し

く無かった。結局は決められた手順通りに掃除を行うのが一番利口という事になる。

 一年の山岡先生の時は良かったよな〜。チェックも何も無かったし。

 それにしても、今の班連中のいい加減さには問題有りだぜ。何故あんなお気楽な連中ば

かりの班になったんだ?<お前は?(影)

 以前の班の時はこんな事無かったよなあ。委員長がしっかりと取り仕切っていたし。

 一人黙々とホウキを使いながら、オレは委員長の事を考えていた。

 教室の掃除当番は班ごとのローテーションで担当し、一班は6名で構成される。班にも

よるが、大体は男女3名づつとなる。席の近いもの同士が同じ班となるので、2年になっ

たばかりの頃は、オレと委員長は班が一緒だった。班としての付き合いには無関心を決め

込んでいた委員長も、掃除当番のサボりにはえらく厳しかった。

 

「あんた!今日当番やろ!!何勝手しとんのや!!」

 

 自分の班連中が黙って帰ろうとしようものなら、それこそ容赦無く関西弁で叱咤される。

 その威圧力は大したもので、大抵のやつは逆らえずに即Uターンとなる。それだけに掃

除の方はテキパキと進み、効率の良さは他の班とは比較にならない程だった。当時の班で

今回の様な「賭け」を行おうものなら、それこそ急転直下の雷が落ちただろう。

 

「冗談やないで!負けたアホンダラと二人だけで掃除させる気かい!!」

 

 まあ、そんな事を今考えても仕方無いんだけどな。ただ、班が変ってみて、はじめて委

員長の存在は大きかったんだなあという事がよく分かる。オレの様ないい加減な奴には必

要な存在だったのかもしれない。その委員長とも、二学期早々の席替え後は場所が離れて

しまい、ただでさえ少なかった会話が全くと言っていい程無くなってしまった。新たな班

の連中ともうまく馴染んでいない様だし、益々孤立化が進んでいるみたいだ。

 そんなにまでして肩意地張る理由というのは何だろう?確か神戸の方から来たとあかり

が言ってたが、やはりこちらには馴染めないという事だろうか。

 まあ、本人が何も話してくれないから、推測のしようも無いけど。

 それにしても、同じ女子でも委員長みたいなしっかり者がいるかと思えば、今日の掛け

に気楽に参加していた連中みたいなのまで本当様々だよな。

 大体負けても罰対象としない女子が掛け勝負に参加しているという事が問題だ。仲の良

い男女同士でルール内でのカードの回し合いをやってるんだから、そうした味方のいない

オレからすれば絶対不利だった訳だ。結局、どう考えてもそんな掛けに乗ったオレが一番

の大馬鹿者という事になる。

 あーあ、結局は自分で墓穴を掘ったって事か。

 そんな事をグチャグチャ考えながら掃除をしていると、背後から声がした。

 

「浩之ちゃん。」

 

 あかりだ。図書室に居た筈だが、待ちきれなくて戻ってきたのだろうか。オレはムスっ

とした顔をしていたらしく、あかりに向き直ると、どうしたの?という表情をして近寄っ

てきた。

 

「見りゃ分かるだろ? 掃除だ掃除。」

「うん。それは知ってる。でも何で一人でやってるの?他の人は?」

「帰った。」

「え!どうして!? 浩之ちゃん押し付けられちゃったの?」

「まあ、そんな所だ。」

「そんな。どうして? 何か理由でもあるの?」

 

 次第に真剣味を帯びてくるあかりを見ているうち、オレの中でイタズラ心がムクムクと

沸いてきた。一寸からかってやるか。オレは悲壮な表情をしてあかりに向き直った。

 

「あかり、実はオレ...イジメにあってるんだ。」

「い、イジメ?。イジメって浩之ちゃんが?えっ?でもどうして?」

「ちょっとある事で弱みを握られちまってよ〜。色々と従わざるを得なくなっちまったん

だ。」

「従うって..それって無理矢理やらされてるって事なの?」

「ああ。掃除なんてまだいい方さ。最近はパシリやカンパまでさせられちまってよぉ。

本当言うと、学校に来ること自体が今のオレにはツレ〜んだ。」

「そ、そんな事あったなんて今まで一度も話してくれなかったじゃない...そんな..

..どうして?」

「お前が毎朝迎えに来てくれなきゃとっくに休んでるぜ...いつもすまねえなぁ。」

「ひ、浩之ちゃん....」

 

 あかりから視線を逸らし、わざと泣き顔を作る。あかりの様子をチラと見ると、俯いて

いて肩を震わせていた。おれも俯いて同じくオレも肩を震わせる。無論笑いを堪えてのこ

とだ。ま〜ったくこいつは単純だよな。オレのこんなクサい芝居を疑いもしねえ。まあ、

それが可愛い所でもあるんだけどな。でもちょっとやり過ぎたかな?

 オレは顔を上げ、「バ〜カ、冗談だよ」と笑いながらあかりの肩をポンと叩こうとした。

 その時、それより早く、俯いていたあかりがパッと顔を上げる。

 

「浩之ちゃん!」

 

 真剣な表情にマジな目。最近のあかりお得意の表情だ。ヤベ!ウソがばれて怒ってやが

るのか? おれはどう説明しようか思案しだした時、予想外な事をあかりが言い出した。

 

「こういう事って自分から解決しようと思って行動しないといつまでも引きずっちゃうよ!

でも、浩之ちゃんが身動き取れないなら私が何とかしてあげる!私、相談してみる!」

 

 両手に握り拳を作ってそう言ったかと思うと、鞄を残したまま、あかりは教室を飛び出

していた。え?一体何が起こったんだ?一人残されたオレは呆然となる。

 あいつどうしたんだ?なんかえらく決心した様に飛び出して行ったけど。怒ってる様に

は見えなかったが...そういえば相談するとか言ってたな。誰に何を相談するんだ?

オレのウソであるイジメの相談かな?...そういう相談ったら、あかりだったら志保だ

ろうか?いや、それじゃあ殆ど意味が無いよな(笑)。あいつの性格なら多分担任にだろ

う。そういう所は小学校の時から変わらないんだよな。そういえば小学校の時、オレがク

ラスの奴と大喧嘩した時も、泣きながら担任の先生に報告しに行ったっけ。その後、喧嘩

両成敗という事で随分と怒られたんだよな。それであかりの奴さらに泣きじゃくって。

後であいつを宥めるのに随分苦労させられたっけ。まったくいくつになってもガキなんだ

からっ..て、え?担任?..それってまさか...

 おい!マジかよ!!

 全てを理解出来たオレも、同じく教室を飛び出していた。

 

「ま!待てあかり〜!!今のは冗談だああぁぁ〜〜!!!」

 

◇  ◇  ◇

 

 すっかり暗くなった通学路。あかりはオレの後ろにピッタリ付いて歩いている。

 オレはあかりの歩調に合わせ、少しゆっくり目に歩く。学校を出てから殆ど会話らしい

会話をしていない。その原因は言うまでも無くオレにあった。別に怒っている訳ではなか

ったが、何となく話しのきっかけが掴めなかった。

 あれから必死になって追いかけたが時既に遅く、あかりは職員室に飛び込んだ後だった。

運悪く、担任の大林(先生)は机で物理の小テストの採点中だった。赤ペンを持ったまま、

あかりの身振りを交えた真剣な説明を困惑した顔で聞いている。一瞬、そのまま引き返し

たい衝動にかられたが、グッとこらえ、間に割込んだ。

 

「す、すいません。あかりには冗談で言ったんですが、本気にしちゃったみたいで。」

「なんだ本人が来たのか。今、話しを神岸から聞いているが、お前がイジメられてるとい

うのは本当なのか?それが本当なら、担任として黙っている訳にはいかんが。」

「いえ、ですからそれは冗談でして。」

「冗談って..でも浩之ちゃん一人っきりで掃除してたじゃない。ダメだよ隠しちゃ!

それじゃいつまでたっても同じだよ!」

「あかり違うんだ。それにはちゃんと理由があってだな。」

「おい!一体どういう事なんだ!きちんと説明しろ!」

 

 それからオレは事の次第を全て暴露させられ、散々お説教を食らう事になった。元々堅

物で馴らした先生だ。合意の上とはいえ、賭けでさらに当番を絞るなど許される訳が無い。

 掃除をサボった生徒は明日オレと一緒に呼び出される事となった。結局オレは明日も連

中と一緒に怒られるという事だ。しかも、その後にそいつらから恨み言まで聞かされるオ

マケ付きで。連中にはオレの不注意という事で何とか納得て貰うしかないか。

 クソー、こんな思いして明日も怒られて、さらにあいつらに頭まで下げるのかよ。

 やってらんねーぜ!

 教室の掃除については明日もオレの班が担当という事となり、今日の分については「お

前一人で出来る所までやっておけ。明日は厳しくチェックする」と許しが出た。

 その間あかりはずっとオレの側に立ってうつむいていた。早合点した責任を感じている

のだろうか。終始無言で、最後に担任に深々と頭を下げて詫びていた。

 

「あかり、もう先に帰れ。」

 

 すっかり時間も遅くなり、蛍光燈が必要な程暗くなった教室に戻ったオレは机の片付け

を手伝おうとするあかりに言った。あかりは首を横に振って「手伝わせて」と言った後、

黙々と掃除に参加している。結局オレ達は無言のまま机やイスを元に戻し、目立ったゴミ

だけ履いて簡単に掃除を終えた。その頃にはオレの気持ちも大分静まっており、さっきま

でのあかりに対する怒りにも似た感情は殆ど無くなっていた。

 それにしても、こいつ随分と強くなったよなあ。基本的な所は変わらないにせよ、自分

から率先して行動するとは思ってもみなかった。しかも、その行動自体は、オレの事を思

ってくれての事だ。確かに結果的には裏目に出たが、その事でオレがあかりに怒るなぞ筋

違いもいい所だろう。実際、そうした行為はありがたかったし、あかりには悪い事をした

なと反省もしていた。けど、やっぱりオレもガキなんだろうなあ。感情的にどうにも素直

になれず、わだかまりだけが残った。

 

「さて、こんなもんか。それじゃあかり、帰るぞ。」

「うん。」

 

 いつもは直ぐ横に来るのだが、今日はオレの後ろに付き従っていた。オレも特に何も言

わず。そのまま共に帰宅の途につく。

 付き合いだしてからのオレとあかりは、今日の様に帰りも共にする事が多くなっていた。

互いに時間が合わない事が多いのだが、あかりは自分の時間を調整してでもオレと一緒に

帰りたがった。「そんなにまでして一緒に帰りたいのか?」と聞いた事があるが、すかさ

ず「うん、その方が楽しいもの」と即答してきた。そういうものなのか?というのがその

時の感想だ。そもそも今日だって、当番だから先に帰れと言ったのに「図書室で終わるま

で待ってる」ときかなかった。そういえば、昔からそうだったよな...

 教室が違った1年の頃から、あかりはその日の授業が終わるとオレと一緒に帰ろうと教

室まで迎えにきた。初めの頃はそれでも付き合っていたのだが、最後はさすがにうっとお

しくなり、一時強く怒ってからは来なくなった。しかし、帰り際に顔を合わせた時には一

緒に帰っていたんだから、あまり変わりは無かったのかもしれない。

 今考えると、そういう機会をあいつの方からわざと作り出していたんじゃねえか?やけ

に会う事が多かった様な...まあ、証拠はねえけど。

 2年になって教室が一緒になってもそれは変らなかったが、付き合い出してからはこう

してあかりの方から遠慮無く来る様になり、結局は元鞘の状態に戻ってしまっている。

 結局は、あかりの粘り勝ちという事か。ただ、今はオレとしても一緒に帰れる事は嬉し

さの方が強い。そうして二人で一緒に居る事の出来る時間が次第に貴重だと思える様にな

ってきたからだろうか。

 それにしても、あかりとのこうした帰り方って初めてだな。何となくピッタリと背後霊

にくっつかれているみたいで、うっとおしったらありゃしない。

 オレは怒って無いから、横に来いよ。

 そう思いながら、自分の口から言えない性格がうらめしかった。ほんっっと〜にガキだ

なオレって。あかりの事笑えねえじゃねえか。

 それにしても、こいつの前では迂闊な冗談はもう言えねえな。これからはあかりの行動

をちゃんと予測してから慎重に対処する様にしよう(笑)

 そんな事を思っての帰宅途中、沈黙を破ったのはあかりの方だった。

 

「浩之ちゃん。」

「なんだ?」

「今日の事、怒ってる?」

「別に怒ってねーよ。」

「..やっぱり怒ってるよね? 迷惑だって思ってるよね...その..ごめんなさい。」

 

 やれやれ。オレは速度を落としながら足を止め、あかりの立ち止まる様子を感じてから

くるりと後ろを向いた。俯いたあかりのその目には涙がたまっている。

 オレは軽くため息を付くと、あかりに言った。

 

「あかり、お前さ...」

「う、うん...」

 

 付き合いだしてからのあかり。以前にも増して積極的になりつつあるその行動に、オレ

自身驚きの連続だった。今までは単に従順に付き従うだけのやつかと思っていたのだが、

どうもそれだけではなさそうだ。あかり本来の性格。それはオレもそうだし、あかり本人

もまだ気付いていないのかもしれない。そう考えると、少し不安でもある。ただ、どんな

性格であれ、あかりはあかりだ。その優しい心はオレ自身が誰よりもよく知っている筈だ

し、大切にしてやりたいし、全て受け止めていきたい。

 今は全て受け切れないガキだけど、いずれはそうなっていきたいとオレは考えていた。

 

「...いや、何でもねえ。お前はお前だよな。」

「え?それってどういうこと?」

「なんでもーよ。それよりもう泣くな。本当に怒ってねえから。」

「本当に?でも、ごめんね。すっかり迷惑かけちゃって。私が...」

「まあ、次回からまた頑張れよ。お前、藤田浩之研究家なんだろ?」

「え?う、うん。」

「オレが冗談言ってるかそうじゃないか分からない様じゃ、まだまだだな。」

「そ、そうだね...」

「ほらほら落ち込むな。それより一寸つきあえよ。スカッとしようぜ!」

「え!今から?スカッとって何を?....」

 

 オレはあかりの顔をジッと覗きこむ。

 

「....なんかやらしー事考えたろ!お前!」

「ち、違うよぉ!考えてないよお!」

「顔が赤いぞ。ハハハ。」

「もう! で、何なの?」

「そこのゲーセンさ。お前、前にエアホッケーやってみたいって言ってたろ?教えてやる

よ。手取り足取り腰取り胸取りさ」

 

 ひっひっひとオヤジギャグ。「ひ、浩之ちゃん...」と引きつった笑いのあかり。

 俺達の関係って基本的にはこれだよな。

 明るい顔に戻ったあかりの手を引いて、オレ自身も先程の暗い気分からようやく抜け出

していた。


「夜の風景」へ続く....

[トップメニュー] <-> [二次小説の部屋] <-> [夕の風景]