昼の風景

 

「はい。 今日も浩之ちゃんの好きなものばかりだよ。」

「お、サンキュー。 いつも悪いな。」

 

 晴れた昼休みの屋上。東向きの日辺りの良い一角が俺達の指定場所だ。以前は昼食にそ

こを利用する人も居たが、最近は俺達がよく利用する様になってから、自然と回りも遠慮

してくれている様だ。ありがたい事だよな。感謝しなきゃ。

 

「今日も晴れてよかったね。 雨の日だと食事する場所限られちゃうし。」

「全くだ。さすがに教室でってのは何だし、志保が乱入するとたまらないしな。」

「ふふっ、あの時はさすがに志保も悪いと思ってか、後で私に謝りにきてたよ。」

「あいつが悪いなんて思うかよ。現にオレの所には謝りも何もきてねーぜ。」

 

 いつもの様に会話を交わしながら、あかりの弁当箱より2回りは大きい包みを開ける。

そうしている間にもいい匂いが漂ってくる。あかりはあれからほぼ毎日、こうして弁当を

作ってくれる様になった。自分から特別頼んだ覚えは無いのだが、修学旅行中に何度とな

く「あかりの弁当が食いてえ」とオレが口癖の様に言ってたかららしい。実際、こいつの

料理は旨い。しかも毎日食べても飽きる事が無い。だからこの提案にオレが断る理由など

何も無い。正直、小躍りしたい気分だった。

 あまりに嬉しくて、知らぬ間にある約束をさせられてしまった事に、その時は気付いて

いなかった。

 

「今日ね、一寸新しい料理に挑戦してみたんだよ。見た目もどうかな?」

「うん、いいじゃねえか。毎回さすがだよな。相変わらずオレの好きなものばかりだしっ

て...う、またかよ。」

 

 暖色のおいしそうな弁当を一通り眺めた中にそれを見つけた時、心のなかで軽くため息

をついてしまった。牛肉とピーマンの細切り炒め。ピーマンとたけのこに牛肉を千切りに

して、生姜と醤油を用いてさっと炒めたものだ。それ以外にも調理酒やオイスターソース

などでかくし味がしてあるんだろう。これに近い料理は以前自宅であかりが作ってくれた

事がある。ただ、その時とは若干材料が違う。誰が見ても文句無しだろうこの料理に使わ

れているピーマン...オレはこのピーマンが実は全く駄目なのだ。ピーマン以外にも、

オレが苦手とする食材はいくつかある。以前のあかりなら、その事をよく分かっていて、

そうしたモノは絶対に使わなかった。ところが今の関係となってからの弁当には、俺の苦

手とする品が必ず一品は付く様になった。この料理にしても、好きな牛肉と旨味がマッチ

して、然程抵抗無く食べられるだろう事は容易に想像出来るが、やはり苦手なものは苦手

だ。

 付き合う前であったなら、ならこうしたモノが出れば徹底的に残していた。しかし、今

は「ある約束」のおかげでそれも出来ない。

 

「残さず全部食べてね。 腕によりをかけたんだよ。(ニコニコ)」

「お、おう。 旨そうだな。 いただきま〜す!!」

 

 邪心の無いその顔を見れば、決して意地悪でやってるんじゃない事がよく分かる。だか

らオレもそれに出来るだけ応えようと思う。と、格好いい事言ってるが、実は前に一度だ

け文句を言ってしまった事がある。「ある約束」の事をオレが全然覚えて無かったので

「あかり〜なんだよこれ〜。オレが嫌いなの知ってるだろ〜」と見たそのままを文句を込

めて言ってしまった時だ。

 

「え〜、浩之ちゃんそれって約束違反だよ〜。」

「いつオレが何の約束したんだよ!」

「私が毎日お弁当作る約束と一緒に、浩之ちゃんも一つ約束してって私が言って、おう!

約束するぜ!って浩之ちゃん言って、その後指切りまでしたじゃない。」

「指切りは覚えてるけどよ。 約束ってオレ何かしたっけ?」

「もう!しょうがないなあ浩之ちゃんは。じゃあもう一度確認ね。 でも約束はしたんだ

から、そんなの知らないってのは無しだよ。」

「なんか都合良く運ばれてる気がするけどよ。まあいいや。で、なんて言ったんだ?」

「こう言ったの。『あかりが作ったものは、何でも残さず全部食べます』って。」

「それって当然の事じゃ....って。え!まさかあかり!そういう事かよ!!」

「そういう事。(ニコッ)ちゃんと約束守ってネ。」

 

 そう、この時あかりの約束の意味にようやく気付いたという訳だ。それにしても、これ

までの付き合いで、こんな人をはめる様な行為をあかりがした事は無かっただけに、何故

わざわざそんな事をするのか理由が分からなかった。オレに意地悪したい訳でも無いだろ

うに。

 気になったので、その理由をあかりに問い質した。

 

「浩之ちゃんには何でも食べられる様になってほしいの。私、どんな素材でも美味しく食

べてもらえる様努力する。不味かったら不味いって言ってくれていいから。だから浩之ち

ゃんも協力して。」

 

 少し真剣な顔をして、そう言うあかりの目はマジだった。前にも言った通り、あかりの

料理は旨い。腕にしたって、そこらの新米主婦の比ではない。それだけの技量があり、オ

レの好き嫌いを把握していながら、それでもそう言わさざるを得ない理由は一つしかない。

 それは...

 

『オレの好き嫌いをなくす事。』

 

 でも何故?そんなにオレの好き嫌いが問題なのだろうか?それにしても、あえてオレの

感情を害するかもしれない行為をする理由って何だろう?正直言って、今のあかりの行動

はオレにはよく分からない...

 まあ、とりあえず嫌いなモノが2品以上入る事はないし、これでこいつが喜ぶなら別に

構わないかなとオレは軽い気持ちで考えていた。

 不得意な料理も思ったより美味しく食べられ、弁当箱の中身が奇麗に無くなった所で、

タイミング良くあかりがポットからのお茶を出してくる。

 

「ふ〜、食った食った。 旨かったぜ〜。」

「今日もみんな食べてくれたんだね。 ありがとう。 とっても嬉しい。」

「おいおい、感謝しなきゃいけねえのはオレの方だぜ。 サンキューな。」

「うん、明日も頑張ってつくってくるね。」

 

 軽くガッツポーズ。こいつ変ったよな。以前はおどおどして人の顔色を伺う態度が目に

付いたが...いや、違うな。 これがこいつ本来の性格なんだろう。

 それを押さえさせていた原因がオレだったのかもしれない。

 そんな事を考えながら、日差しのたっぷりとした屋上で、あかりの嬉しそうな顔をぼん

やりと眺めていた。


「夕の風景」へ続く....

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