朝の風景

 

 どうしてこうも期待感を募らせるのだろう。晴れ渡った朝の木漏れ日ってやつは。何か

良い事が待っている様な、そんな明るさに満ちた清々しさ。例えその日にいやなテストが

ある事が分かっていたとしても、朝日のたっぷりした木々の中を歩く気分は最高と言えた。

 先程までの寝ぼけた目をこすりながら、もう一度公園の木漏れ日を見渡す。まだ涼しげ

な朝の気温の中、早くも暑くなりそうな予感が木々の香りから感じられた。

 

「浩之ちゃん、まだ眠い?」

 

 あかりが横から話しかけてくる。オレは軽く顔を向け、「少しな」と応えつつ一度伸び

をした。夜更かしたので本当は少しどころかかなり眠いのだが、決して悪い気分では無い。

 最近はあかりに起こされてばかりだが、以前とは違い、それも一つの楽しみとなってい

た。

 

 あかりと恋人同士となってから数ヶ月が過ぎた。それによって一緒に過ごす時間がより

多くなったのは事実だが、俺達の普段のつき合いは基本的に以前と比べて殆ど変わらなか

った。オレとしても、あかりとの関係が変わったからと言って、付き合い方まで変える気

は全然無かったし、あかりもその事はよく分かってる様で、学校などではこれまでと変ら

ない態度で接してくる。付き合い出す以前からの毎朝一緒の登校や、たまに昼の弁当を作

って貰っていた事などもあり、回りもオレとあかりが恋人同士になったとは思っていない

様だった。

 若干一名を除いては....

 

「あかり〜〜 おっはよ〜〜〜。」

 

 いつもの朝、あかりとの何気ない会話による登校の途中、これまたいつもの様に志保が

後ろから声をかけてきた。真夏の厳しい日差しが過ぎ去っても尚、朝から残暑を思わせる

陽気の中、すっかり日焼けしたその姿は、今でも夏が続いてる事を感じさせるに十分だ。

 全く朝から元気な奴。

 

「相変わらずよね〜あなたたちって。 あかりもよくも毎日続くもんだわ。 こんな甲斐性

無しに毎朝毎朝ご苦労なことよねぇ。」

「お前こそ毎朝毎朝よくも飽きずに同じセリフが続くもんだぜ。すこしは遠慮や言い方を

変えようとか考えねえのか全く。」

「な〜に言ってんのよ。十分遠慮してるからこの程度なんじゃない。それに私は正直な感

想として言ってるんですからね。変に歯に絹着せた言い方しない方がいいでしょ?ちゃん

と考えてるんだから。まあ、鈍感君には何言っても一緒でしょうけどぉ。」

「鈍感君だあ? ならお前の今の言い方は遠慮してると言えるのかよ。お前の辞書には

『遠慮』の部分が『でしゃばり』とあるんじゃねーか?」 

「なんですって〜!それならあんたの辞書こそガタガタじゃない!」

「まあまあ二人とも抑えて抑えて。」

 

 あかりに止められて互いに口を噤んだ。そろそろ学校の近くだ。学生集団の中で恥をさ

らすのだけは勘弁だしな。

 しっかしよくもまあ尽きる事無くポンポンと悪口が続くもんだ。<お互いにな(影)

 毎回思うが、こいつには女性としての情緒ってもんがねえんだろうか? 黙って澄まし

て歩いていれば、それなりに見られた容姿だっつうのによ〜。

 

「どうしたのよジッと見つめて。 ははあ、さては志保ちゃんに惚れたな〜。」

「お前、鏡見た事あるのか?」

「あるわよぉ。 こんな超可愛い高校生ってそう居るもんじゃないわよね。うん。」

「し、志保ぉ...」

 

とこれはあかり。 笑ってはいるが、顔が少し引きつっている。

 まあ、こいつの自惚れは別にしても、基準からいけば志保は十分可愛い。それは認める

所だが、こいつの性格だけはどうすっ転んでも『可愛いい』なんて言葉は思い浮かばねえ。

それらを+−(プラマイ)すると、差し引きで完全にマイナスだろう。デザインが良さそ

うなので買ってみたら、とんでもねえ商品だったというのと良く似ているよな。

 

「とんでもねえって何の事よ?」

 

 いつのまにか口に出していたらしい。オレは「なんでもね〜よ」と呆けて答える。

 

「あんたね〜私を勝手に商品にしないでよね。こ〜んなかわゆい美少女が商品だったら、

あっという間に売り切れどころか万引きされちゃってるわよ。」

「美少女?何処に居るんだよ?こ〜〜〜んなに見渡したって見つからね〜えぞっと。」

「はいはい、馬鹿はほっといてと(ぐっ、コノ!!(浩))。 ところであかり〜。最近な

んだか雰囲気が変わったわね〜。」

「え? なっ何が?」

 

 いきなり自分の話しになった事に動揺するあかり。こいつも相変わらずだ。

 

「なんてえかさ〜こう色っぽくなったってゆ〜かぁ。一寸前までは子供っぽさが抜け切ら

なかったのにさ〜。 ど〜してかしらね〜?」

「し、志保。 それは....」

 

 一生懸命なにやら志保に目で訴えている。何かあったのか?

 

「ハイハイハイ無論冗談よ。ちょっと言ってみたかっただけ。気に触ったらゴメンね。

それよりもう少し急がないと遅刻だよ、お・二・人さん。先に行くよ〜。」

 

 そう言って志保は走り去って行った。 一体何なんだ? あかりを見ると、うつむいたま

ま顔を赤くしている。 あいつ薄々は気付いているんだろうな。 それともあかりの方から

喋ったのかな? まあ女同士の事にいちいち詮索たてるのも男気無い話しだ。

 

「何だか知らね〜けどよ。 あまり気にするな。」

「う、うん。そうだね。」

 

 何となく嬉しい様な複雑な顔をしている。オレは軽く背中をポンと叩いてやった。華奢

で小さな背中だ。その事を意識する度に、オレは何とも言えない気持ちになる。

 こんな小柄な身体で、一生懸命オレを追いかけてくれたあかり。

 恋人同士となってようやく掴む事の出来たあかりの存在。

 それを感じる度に、そうある事が出来て本当に良かったと今更ながらにして思う。

 あかり。この先何があっても心配するな。いつでもオレが....

 

「浩之ちゃん!予鈴!」

 

 あかりの声でハッと我に返る。予鈴を告げるチャイムが校舎から鳴り響いていた。校門

まではまだ少し距離がある。「遅刻」の二文字が頭を過った。

 

「ゲッ! やばいぞあかり! 走るぞ!」

 

 言うと同時にあかりの手を掴み走り出す。「えっ? はっ、早いよ浩之ちゃん」 とオレ

の勢いに翻弄されながらも何とか付いていこうとするあかり。坂を一気に上り、校門をく

ぐり、玄関に突っ込む様に飛び込んだ。

 

「早く履きかえろ! もう先生来てるかもしれねえぞ!」

「はあ、はあ、はあ、はあ、浩之ちゃん今度からは...はあ、はあ。」

「分かった分かった。 今度からは少し早く起きる様にするって! とにかく急げ!」

 

 それからさらに階段を駆け上がり、教室に飛び込んだ所で本鈴が鳴り響いた。見回すと

担任の大林(先生)はまだ来ていない。生徒もまだ思い思いの場所に留まりザワザワして

いる。誰もこちらには注意を払っていない様だ。

 

「ど、どうやら助かったな...ラッキーだぜ。」

「はあ、はあ、はあ、よ,良かった、はあ、はあ。」

 

 はあはあ言いながらも、あかりも間に合った事で安心した様だ。無理に笑い顔を作ろう

とする。そうしていると、後から教室に入ってきた奴に声を掛けられた。

 

「おはよう浩之、あかりちゃん。相変わらず仲がいいんだね。」

 

 雅史だ。よお!と声を掛けようとしてハッと気が付き、あかりの手を素早く放す。ずっ

と握っったままだったのをすっかり忘れていた。

 ...誰も気付かなかっただろうな?

 オレは思わず「よ、よお!」とぎこちなく返事を返す。あかりに至っては返事が返せず

うつむいて赤くなったままだ。馬鹿、そんな顔したら付き合ってますって言ってる様なも

のじゃねえか。まだちゃんと言ってねえってのに。

 そんな心の中を知ってか知らずか、雅史は相変わらず人当たりの良い顔を向ける。

 

「大林先生だったら別用があるとかで今日の朝礼は無しだって委員長が言ってたよ。二人

ともラッキーだったね。」

 

 なんだ。そんなら慌てる事も無かったな。オレは「...本当、まったくだ」と返事を

返す。得したのか損したのかよく分からない複雑な気分だぜ。

 雅史は「それじゃ後で」と自分の席に戻って行った。あいつも志保と同じく薄々は分か

っているんだろうな。やはり一度きちんとオレ達の事を話した方がいいんだろうか。そう

しなければと以前から思ってはいるんだが...

 そんな事を考えてボーっとしていたんだろう。不意にオレはポンと背中を叩かれた。

 

「?」

「何だか知らね〜けどよ。あまり気にするな...って、どお?浩之ちゃんに似てる?」

「...あかり〜。どうやらペシッとされたいらしいな〜。」

「あ、そ、それは無し。」

 

 身を翻して自分の席に逃げていくあかり。このやろ!人のモノマネなんかしやがって。

 そう思いながらも、今の様子を頭の中で反芻しながら笑ってる自分に気が付いていた。


「昼の風景」に続く....

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