薄井ゆうじの森
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■ドードー鳥の飼育 <8> 戻る

 翌日からも僕はいままでのように、朝は定時に起きてドードー舎の掃除をし、昼過ぎからはペンキ塗りや砂地の手入れをつづけた。ドードー鳥がいなくなっても、僕の作業には何の変化も起きなかった。作業をしながら、たとえちっちゃな羽毛の一片でも見つかりはしないかと地面に目を凝らすのだが、そういうものは見つからなかった。ふんや足跡らしいものも、いっさいなかった。
 一週間が過ぎ一箇月が過ぎると、ドードー舎のまわりには誰も近寄らなくなってしまった。たまに順路をはずれた入園者が迷いこんで来ることはあるが、がらんとしたケージを目の前に見つけると、そそくさと、もと来た道を引き返していった。いまでは園内のマップも塗り替えられて、ドードー鳥はその見学ルートからもはずされてしまった。
 それでも僕は毎日、作業をきっちりとこなしつづけた。考えてみればそれまでだって僕にはドードー鳥は見えなかったのだから、いままでと同じ作業をつづけるのに何の違和感もない。かえっていまのほうが騒々しい見物人はいないし、羽毛やふんでケージ内が不必要に汚れることもない。さらにはファンレターも来ないのでその返事を書く必要もなく、心ゆくまで作業に専念することができる。これはいわば、純粋なドードー鳥の飼育と言ってもいいのではないだろうか。
「純粋な飼育ねえ……。わたしもそう思うけど」とナオミは言った。「でも、純粋なだけでいいのかしらね」
「ドードー鳥の飼育というのは本来、そういうものなんじゃないかな。おかげで僕はいま、とても満足してる」
「不安なのよ」ナオミは僕を見た。「あなたにとっていまの仕事は完璧すぎる。完結してしまってるの。破綻のない仕事って、どこか不自然だと思わない?」
「そうかな」
「何かが足りないような気がする。それが何なのか、わからないけど……」
「わかるよ」
「なに?」
「鳥さ。やっぱりこの仕事には、ドードー鳥が必要なんじゃないかな」
「そうかなあ」彼女は、不審そうな顔をしている。
「ドードー鳥を捜してみようかと思うんだ。こんどは動物園の外にまで範囲を広げて。昼間は仕事があるから、夕方から捜すことになるけど。……手伝ってもらえないかな」
「いいわ」と、彼女は言った。
 翌日から僕とナオミは夕方になると町に出て、ドードー鳥を捜しはじめた。彼女を誘った理由はほかでもない、僕がひとりで捜しまわっても、鳥に出会ったときに見えないかもしれないからだ。もちろんそのことは、彼女には内緒にした。ドードー鳥が本当に見えないのだということを知ったら、彼女はとても悲しむに違いないからだ。
 ドードー鳥のいそうな場所は、くまなく捜してまわった。公園のベンチの下、路地のごみ箱のなか、ゲームセンターのフリッパーマシンの裏、駅の自動改札機の横、さびれた電話ボックスのなか、中古車センターのワゴン車の助手席、そして小学校のプールのなかやディスコのお立ち台の下まで、思いつくところは手当たりしだいに捜してまわった。
「きっと、どこかにいるはずよ」とナオミは言う。「いちど絶滅した鳥が、二度も絶滅するはずはないもの」
 それが彼女の論拠だった。僕も、そう思う。
 捜索は、三箇月以上つづいた。映画館のスクリーンの後ろや、船着き場のボートのなか、そしてラブホテルのベッドの下も捜してみようということになって、僕はある夜、ドードー鳥を捜すという理由でナオミと寝た。鳥を捜す作業は、とても困難で回り道の多い、報われない作業の連続のように思われたが、彼女との仲は急速に親密になっていった。
 やがて僕は、ナオミと結婚した。それはドードー鳥を捜しはじめてから、ちょうど半年後のことだった。
 昼間は動物園へ通い、夜は郊外に借りたマンションへ帰る日々がはじまった。ナオミは結婚してからも、あいかわらず園内のツアーガイドをしながら、夜は僕といっしょにドードー鳥を捜すのを手伝ってくれていた。だがある日、子供が欲しいと言いだした。
「これからは、ひとりで捜してくれないかなあ」
「ドードー鳥を?」
「わたし、疲れちゃったの。あなたの仕事はドードー鳥を飼育することで、捜すことじゃないはずよ。とにかくわたしは育児もしなきゃならないし、動物園を退職したいの」
 ナオミは子供を産んで、自宅に閉じこもりきりになった。そうして僕は、ドードー鳥をたったひとりで捜し出さなければならない羽目になってしまった。仕事を終えて夕方から深夜まで街を歩きまわる僕に、ナオミはあまり理解を示さなくなった。いっしょに鳥を捜していたときは、どちらかというと彼女のほうが精力的に鳥捜しをしていたのだが。
「男のひとって、どうして無駄なことをしたがるのかなあ」
 生まれた赤ん坊に哺乳瓶をくわえさせながら、ナオミはそんなことを言うようになった。
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