薄井ゆうじの森
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■ドードー鳥の飼育 <9> 戻る

 ナオミと結婚してから八箇月が過ぎようとしている。しばらく前にドードー鳥を捜すことを断念したので、以前よりも飼育作業に専念できるようになった。
 いま僕はドードー舎の前で、ぼんやりとケージを眺めている。ドードー舎は完璧な出来映えだった。鉄柵は錆ひとつなくきれいに塗られて、砂地の砂はまるで一粒ずつピンセットでつまんで並べたみたいに、整然と、水平に敷きつめられている。そして鳥がついばむためのわずかな雑草は、ほどよい間隔を保ちながら、つんつんと青く突き出ている。
 これほど完璧なドードー鳥の飼育作業ができる人間は、僕以外にはいないだろう。その成果を認められて僕は先月、園長から特別に表彰され、わずかだが給料もアップした。完全で純粋なドードー鳥の飼育。いまドードー舎には明るい午後の陽が降りそそいでいる。遠く入園者たちの歓声が聞こえているが、彼等はここへはやって来ない。ここはいまや、僕が作り育ててきた僕だけの世界なのだ。僕は、充分に満足だった。
 一日の仕事を終えて、僕はモップと雑巾をいつもの場所に戻し、八つのバケツをそれぞれ所定の場所に伏せて置いた。そういう一連の作業は茶の湯の作法のように、日に日に正確さを増している。いまでは寸分の狂いもなくモップやバケツの位置を定められるし、その動きにも無駄がない。園長は僕のその動作を見て、「美しい」と誉めてくれた。ドードー鳥の飼育は、美しい作業なのだ。
 作業日誌を閉じたとき、外はもう薄暗くなっていた。部屋の明かりを消して外に出ると、目の前には、薄暗くなりかけて張りつめた空気のなかに、完璧なドードー舎が横たわっていた。このあとは南京錠をケージの扉に取り付ければ、一日が完結する。
 扉に南京錠をかけながら僕はふと、これは何のための錠なのだろうと考えた。鳥が逃げないためのものか、それとも鳥が入って来ないためのものだろうか。
(どーどー、どーどー)
 そのとき、どこかで、かすかに何かの声がして手をとめた。どーどー。そう聞こえたような気がして耳を澄ませたが、もう何も聞こえない。僕は小さく首を振って、また作業をつづけた。
 かちん。錠がしっかりとかかったことを確かめる。一日の終わりだ。僕はゆっくりとドードー舎を離れて、薄闇のなかをひとり、出口のほうへ歩いていった。

(了)
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