ハイドパークのシマリスくん
何の変哲もない橋だが、そこからの景色は映画の通りだ。彼女は信号待ちで車の途切れた道路を渡って橋の反対側に行った。小さなアルバムを取り出して、写真のアングルでテムズ川を眺める。遠くに見える円屋根の寺院は微かに太陽を反射して輝いていた。この時間に来てよかった。映画の夜景よりも、彼に貰ったアルバムの写真と同じ昼間の景色のほうが今の彼女にはしっくりときた。この橋の上であなたに会いたかった、と手紙には書いてあった。その一文を読んだときには笑った。彼は全然そんな柄じゃないし、けれど不思議に嫌味じゃないし。『哀愁』のことを思いだしたことも覚えている。同じ映画でつながっている、と思ったことも覚えている。今でも彼と私はつながっているのだろうか。同じ言葉で手紙を書いてみようか。小さなアルバムの次のページは、ビッグベンを高く仰いだ構図だった。バックの青空がまぶしい。ちょうど空の雲も切れてきた。遠くから学校で聞き慣れたチャイムの音が聞こえてきた。これから会う婚約者のことを、彼女は一時忘れていた。 |