ハイドパークのシマリスくん

 ユーストン駅への行き方を教えて下さいませんか。彼女は英語の構文を必死に整えて一気に言った。恰幅のいい駅員は、分かるよ、という表情で微笑んで何やらまくしたてた。実は駅員、出来るだけゆっくり話したつもりなのだが、彼女には聞き取れなかった。英会話スクールの先生はこんな早口じゃなかった。第一狭い教室と実際の駅とでは話題に上がるものから違う。駅員が親切に色々言葉を重ねれば重ねるほど、彼女にとっては目をぱちくりさせるしかなくなるのだった。それでもコンコースの向こう、駅員の指さすほうに日本の地下鉄によく似たマークを見つけて、彼女は慌ててぺこりと御辞儀すると急ぎ足でコンコースに向かった。



 たった一日違いでもう地元の人と間違われたよ。パンフレットを抱えてインフォメーションから出てきた友人に僕は笑って話した。そういうのが危ないんだよな、狙われてんだぜ日本人、あ、チャンスだったかも知れないじゃんかよ、どこ行ったその女子大生。友人は辺りをきょろきょろした。狙ってんじゃねえよ、そういうのが危ないんだろ、と僕は答えた。さっきの女子大生に彼女の面影を見つけていた僕は、そのことを友人には話さなかった。なんだか急速に彼女に会いたくなっていた。だから友人に女子大生をみつけさせたくなかった。卒業旅行の女子大生たちはさっきの不安な表情はどこへやら、きゃらきゃら笑いながら観光はとバス状態のダブルデッカーの列に並んでいた。


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