一人息子のアスランをやはり失ってしまったザラ家。
そこで、少なからず縁のできた家からメイリンを養女として迎えた。
お金も家柄も手に入れたザラは、それにふさわしい相手をメイリンにあてがった。
が、のちの世界恐慌でその財産を全て失い、一家で心中したと聞く。
〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.26〜 〕
「あの子を不幸にしてしまったことは、私の罪よ。私は死んでもそれを背負っていくわ。」
「貴女だって、癒えない傷を負ったでしょう。」
「フラガさん・・・。」
かけられた言葉に、は目を丸くしてムウを見た。
「愛した人を失って、失意の中でここまで生きてこられた。俺は、それだけで充分だと思いますよ。」
不意打ちのようなフラガの言葉に、の年老いた瞳から涙がこぼれた。
「誰かに、許してもらいたかったわけではないのだけれど。・・・ありがとう、フラガさん。」
「愛する人が望んだ未来が、お孫さんの中にも生きている。それでいいんじゃないですか?」
「おばあさま・・・。」
と顔を合わせたマリューの瞳からも、たくさんの涙があふれていた。
は、自分の未来の証であるマリューを抱きしめた。
***
「どうもありがとう。おばあさま、とっても嬉しそうに眠ったわ。」
夜になった海の上、探査艇の甲板でマリューとムウが話をしていた。
「いや、俺のほうこそ悪かったよ。身内のあんたには、あんまりいい内容じゃなかっただろ?」
ムウのその言葉に、マリューは笑みをたたえながら首を振った。
「もっと子供の頃に聞いていたら拒否感を感じたんでしょうけど。
私もそれなりに場数を踏んできているし。なによりロマンチックだったわ。」
「本当に?」
「えぇ。」
マリューとムウは探査艇の手すりから海を見下ろした。
夜の海は真っ暗で、恐ろしいほどだった。
「この海の底に、おばあさまの愛した人が眠っているのね。」
「もしもイザーク・ジュールが生きてたら、あんたは生まれてこなかったんだな。」
「そうね。」
夜の潮風がマリューの髪をかきあげた。
ムウは不覚にもそのマリューの姿に見とれてしまう。
「なに?」
「いや。あー・・、その、碧洋のハートだけど。」
それこそがこの話の始まりだったはずのもの。
ムウが探していた、碧洋のハート。
の話でも、結局それがどこにあるのかはわからず終いだ。
「キラ・ヒビキも、見つけられなかったんだろうな。」
キラ・ヒビキの名前は、アークエンジェルの生存者リストに載っていた。
が、やはり世界恐慌のあおりを直で受けて、キラ・ヒビキは拳銃自殺していた。
碧洋のハートがヒビキ家の取引きにのっていないとなれば、やはり船と共に沈んでいるのだろうか。
ふと考えこんで、ムウはマリューが面白そうに自分の顔を覗きこんでいることに気づく。
「なんだよ?」
「いいえ。ただ、碧洋のハートが見つかったら、どうするのかと思って。」
「キミのおばあさんの話を聞くまでは、資産家にでも高く売ってやろうと思ってたけど。」
「けど?」
「あの話を聞いたらなぁ。このまま沈んでいたほうがいいんだろうなぁって、思ったよ。」
「どうして?」
たずねるマリューに、ムウはとても真面目な顔で答えた。
「あのとき引き上げたかったのは人の命だ。けど、当時それは叶わなかった。
今、あの船を引き上げることはできても、一番引き上げたかった人の命は、もう地球に還って骨すら拾えない。
いまさらなにを引き上げたって、還ってこないものの方が大きいだろ?やっと、それに気づいたよ。」
ムウの言葉を聞き終えて、マリューがとても嬉しそうに笑っている。
「なに?・・・え?」
その笑顔の理由が知りたくて問いかけたムウは、マリューの右手にぶら下がっているものを見て驚いた。
「碧洋のハート?!おい、どういうことだ?」
マリューは少し悪戯っぽく笑っていた。
「おばあさまからさっきもらったのよ。アスラン・ザラが死ぬ間際に渡したらしいの。」
「いままで持ってたのか?!ずっと?」
信じられない、とムウは碧洋のハートを手にとった。
「おばあさまが若い頃は、本当にお金に困っていたって聞いたわ。でも、売らなかったのね。」
アスラン・ザラは、そのつもりでに渡したのだろう。
家を捨てることを知っていたのだから。
けれどもはこれをいままでずっと手元で温めていた。
これを売ってお金にすることは、家を離れたことにならない。
そう思っていたのだろう。
「おばあさまね、これを『もう私には必要のないもの』って言ったわ。・・・どうする?」
マリューの問いに、ムウは首をすくめた。
「いや、俺はいち抜けた。キミの好きにしなよ。」
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