「アスラン!・・・アスランっ?!」
恐怖と戸惑いとでろくに立ち上がることもできず、は泳ぐようにしてアスランの傍へ寄った。
キラはそれを、とても冷めた目で見ていた。
〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.22〜 〕
「アスラン・ザラと婚約者・。船と運命を共にした二人の遺した碧洋のハート。」
まるで本を読みあげているだけ、といった口調でキラが言う。
「なかなか高く売れそうだ。」
キラはそう言い残すと、三人には目もくれずに立ち去っていく。
キラを追いかけることもなく、はアスランに声をかけ続けた。
「・・・・・・?」
アスランの目がわずかに開いて、の名を呼ぶ。
アスランを抱き起こすの服が、アスランの血液で赤く染まった。
「アスラン!アスラン!」
涙を流して自分を呼ぶの声に、アスランは弱々しくほほ笑んだ。
「しあ・・わせ、に・・・。」
アスランの手がポケットから何かを探り当て、の手にそれを渡した。
は手に感じたその感触と重みに、驚いて目を見開いた。
そんなの表情を、アスランは満足そうに見て、笑った。
をかばったことも、それを手渡したことも、冷静なアスランから理由を語れることではなかった。
それはアスランの頭ではなく、すべて心が動いたことなのだから。
「アスラン・・・。どうして?」
に抱きかかえられながら、アスランはすでに事切れていた。
が、感傷に浸っていられる状況ではなかった。
そうしている間にも海水は、勢いを増して船に流れこんでいる。
今やその量は、座りこんでいるの胸元まできていた。
「・・・。」
イザークがに声をかけた。
全てを捨てる決心をした二人だったが、命を捨てる決心をしたわけではない。
このアスランの死さえも、二人は乗り越えなくてはならなかった。
は右手でぐいっと涙を拭いた。
「アスラン。・・・ありがとう。」
最後にはそうアスランに言い残して、イザークの手をとった。
生きるための壮絶な戦いが、これから待っている。
***
外へ通じる廊下を目指して、イザークとは走った。
ある部屋の前で、は見覚えのある人の姿を見つけた。
その人物は船が沈むということとは無関係なように、ただそこに立っていた。
はイザークを呼び止め、その人に呼びかけた。
「トダカさん。」
「おや、さま。」
トダカはいつもと変わらぬ笑顔をに向けた。
「逃げないんですか?」
「逃げてどうなりますか?。」
トダカは悲しそうにうつむいた。
「ここで失われてしまう沢山の命。私だけの罪を、私は関係のない人々に与えてしまった。」
「救命ボートのことですか?でもそれはトダカさんのせいじゃないわ。」
が言うと、トダカはほほ笑んだ。
「本当に、さまは聡明ですね。でも、それだけではない。私はもっとこの船を、頑丈に造っていればよかったのです。」
トダカはイザークを見て、無言でその場を立ち去ることを促した。
それに気づいたイザークも無言でうなずき、の腕を引いた。
トダカの意思は変わらないと感じながらも、はまだ諦めきれない気持ちだった。
「トダカさん!」
トダカは持っていた一着の救命道具をに手渡した。
「生まれ変わったら、また船を造ります。今度は、沈まない船を。」
はトダカから救命道具を受けとった。
直後にイザークがの腕を強く引いて走り出した。
「トダカさん!」
は振り返り、大声で名を呼んだ。
トダカは片手をあげ、ほほ笑んでいた。
まるでしばしの別れだと言わんばかりに。
の目に、また涙が浮かんだ。
この船が沈むのは、誰のせいなのだろう。
人々が高みを目指して、進化してきたその代償がこれだというのだろうか。
そんな難しいことは、今のには浮かばなかった。
ただ、大切な人を失って泣く人が、いったいどれくらいいるのだろうか。
そう思った。
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【あとがき】
原作でもキャルは本当にローズが好きだったんじゃないかなーって思ってました。
だからここだけは原作と違うエンディングにしようと、こんな形になりました。
ど・・うでしょう、か。