下半身が海水に浸かったままで、は恐る恐る振り返った。
その先には、無表情でに銃口を向けるアスランがいた。
「立て、。俺のところに戻って来るんだ。」
アスランの言葉に、は無言で首を振る。
「どうしても・・・!イザークのところへいくのか・・・!?」
銃口を向けられながらも、は別のことで驚いていた。
あれだけ感情を出さないアスランが、声を荒げていることに。
〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.21〜 〕
「・・・ごめんなさい。」
小さくかすれた声で、が言った。
その言葉に、アスランは力なく銃をおろした。
今度アスランに湧きあがってきたのは、諦めに似た笑いだった。
「イザークとの結婚が、素直に認められると思うか?俺との婚約を破棄して。」
「そんなもの、求めてないわ。」
笑顔で返された答えに、アスランの方が驚いた。
「家とか、立場とか、そんなものいらない。私は、イザークと一緒に同じ未来をみたいだけなの。」
「俺はジュールを捨てる。規則やしがらみから離れて、俺たちだけの未来を生きるつもりだ。」
アスランには二人が言っていることが理解できなかった。
それはまるで夢ものがたりに思えた。
それに、アスランには今の立場を捨てるなど、考えもしない行為だった。
もしのために今のザラを捨てられるかと問われれば、答えは決まっている。
イザークと同じ答えは出せない。
「そうまでして・・・。」
アスランはおろしていた銃をしまった。
「じゃないなら、俺とは無関係だ。・・・どこへでも、行ってくれ。」
苦々しい顔で、それでもそう言うことができたのは、アスランの最後のプライドだった。
「アスラン・・・。」
「脱出は、かなり厳しいと思うが・・・。」
「やだなァ、アスラン。さっきから聞いてるとばかばかしくて、やってられないよ。」
「キラ?!」
それまでまったくわからなかった第三者の登場だった。
振り向いたアスランだけでなく、もイザークも驚いてキラを見た。
キラは、まるで幼子が遊んでいるように楽しげに笑っていた。
けれどもその右手には、しっかりと銃を握っていた。
「だから言ったでしょ?アスラン。無駄だよって。」
「キラ、それはもう―――」
言いかけたアスランに対して、キラの銃口が向けられた。
アスランはそれを信じられない面持ちで見ていた。
「だから早く僕に渡してくれれば良かったんだよ。碧洋のハート。」
「・・・渡せない。」
「なに言ってるの。もうは手放したんだし、それを持ってる意味ないでしょ?」
もイザークも、こう着状態のこの空気から抜け出すことができずにいた。
二人がやけに一緒にいることは感じていたが、こういう理由があったことは初めて知った。
キラはずっとアスランに、碧洋のハートの取引を持ちかけていたのだ。
「それにしてもいいオマケがついたね。このアークエンジェル沈没は伝説になるよ。」
楽しそうにキラが言う。
「アークエンジェルから唯一引き上げられた碧洋のハート。とんでもないお宝だよね?」
キラの銃口が、アスランからに向けられた。
「だって持ち主のアスラン・ザラの婚約者・は、ここで船と運命を共にして死ぬんだから。」
「キラ!」
キラに立ち向かってきたアスランの足元で水が跳ねた。
キラの持つ銃から煙があがる。
「あんまり怒らせないでよね。僕、面倒くさいのは嫌いだから。」
「これがヒビキ家の取引のやり方か・・・。ずいぶんと汚いマネだな。」
イザークの言葉にキラは笑った。
「そう?人の婚約者奪っちゃうよりいいでしょ?さぁアスラン、時間がないよ。早く渡してくれる?」
「・・・部屋の・・・。の部屋のドレッサーの中だ。ここにはない。」
「そう。ありがとう。」
キラは嬉しそうに、にっこりと笑った。
笑いながら、なんのためらいもなく引きがねを引いた。
その銃口は、明らかにへ向けられていた。
「!」
「?!」
イザークに突きとばされて、は水の中にしりもちをついた。
感じるのは海水の冷たさだけで、撃たれた痛みは感じなかった。
イザークを見ると、彼にも怪我をした様子はなかった。
はほっと胸をなでおろした。
「本当に馬鹿だね、キミ。」
キラの声に顔を向けると、そこには倒れこむアスランの姿があった。
海水が赤く染まる。
back / next