そうしている間にも、船はわずかに傾いていた。
「本当に沈むのか。この船が。」
アスランは馬鹿らしいとでも言うように、わずかにずれた家具を見て言った。
あれからキラとも別れ、今はこの部屋にアスランとの二人きりだった。
〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.18〜 〕
「抱かれたのか?イザークに。」
唐突なアスランの言葉に、は顔をしかめた。
「・・・そんなことを聞いてどうするの?」
「くっくっ・・。認めているようなものだな。」
アスランが笑う理由が、にはまるでわからなかった。
「安心しろ。俺は初めてだとか面倒くさいことにはこだわらない。」
アスランは心底楽しそうに、それでも暗い目のままで笑った。
「むしろ・・・男を知った身体のほうが好みだ。」
アスランが冷たく笑ったとき、家具がきしむ音を立てた。
「あぁ、沈むんだったな、この船は。」
忘れていたとアスランは誰にともなくつぶやいた。
そして、まだ呆然としているの腕をつかみ上げた。
「思い出と共に船は沈む、か。なかなかの結末じゃないか。」
あざ笑うようにアスランが言った。
***
「さぁ、メイリン。こちらですよ。」
救命ボートの上で、母が猫なで声をあげた。
まるでちょっと気分を変えるだけ、とでもいった感じだ。
が、そんな気分で船に乗りこんでいるのはの母だけでない。
優先的にボートに案内されるのは、一等客室の女性や子供。
そこに、沈没の危機は感じられなかった。
「あの、アスラン様は?」
ボートに足をかけたメイリンが、不安そうにアスランを振り返る。
「俺はまだ乗れませんよ。後から必ず行きます。」
から見ればニセモノの笑顔で、アスランが答えた。
「さぁ。あなたも。」
今度は母がに手を差し伸べた。
がその手をただ見ていると、アスランが後ろからの背中を押した。
の気持ちを落ちつかせようと、母がいっそうの笑顔をむける。
「。一等客専用のボートよ。早く乗りなさい。」
「お姉さま。こちらの席があいているわ。」
メイリンも、の機嫌をとるように無理やり笑顔をつくっているようだった。
「早くなさい。二等や三等の下級な者が来てしまうでしょう?」
その母の言葉に、の身体の中の血が一気にザワめいた。
それは激しい嫌悪感だった。
一等だから、上級。
二等以下は下級。
そんな人間の価値を、誰が決めたというのだろう。
お金を持っているから?
家柄が良いから?
そんなものでボートに乗れたり、乗れなかったりするの?
そんなもので、生きるか死ぬかが決まってしまうの?
そんな考えの人たちと、そんな考えの子供を育てるの?!
「・・・馬鹿なことを言わないで。」
「?」
うつむいたまま発せられた言葉には、の怒りがこめられていた。
は差し出されていた母の手を乱暴に掴んだ。
「この船に乗る半数以上が、ボートに乗れなくて溺れ死ぬのよ・・・!」
これ以上ないほどの強い力で、母への嫌悪をにじませる。
はそのあとメイリンを見ると、笑顔を浮かべた。
「さようなら、メイリン。幸せになって。」
「お姉ちゃん?!」
そのままが身をひるがえそうとしたとき、それより早くアスランがの手を掴んだ。
「待て!イザークのところへいく気かっ?!」
「そうよ!さよなら!」
はアスランの手を振り払った。
そしてアスランを力いっぱい突き飛ばすと、は海水が迫る船室へと駆け戻っていった。
「っ!っ!!戻りなさいっ!」
「お姉ちゃんっ!」
ボートから母とメイリンの絶叫が聞こえた。
が、その二人の声もむなしく、ボートはゆっくり降ろされていく。
「まだが乗っていないわ!ボートを降ろさないでちょうだい!」
「お姉ちゃん!お姉ちゃんっ!!」
二人の声が船員に聞き入れられることはなかった。
こうして家族と別れなければならなかった者が、まだ他にもたくさんいたのだ。
「は、俺が必ず・・・!」
アスランがボートの上の二人に声をかけた。
その言葉に、の母もメイリンも、ほんの少しだけ安心した顔を見せた。
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