世界から何かが欠け落ちたかのように、の心に色がなかった。
世界のどんな物も、今のの前では色をもたない。
おそらくあのモネの絵でさえも、今のでは何も感じることができない。
イザークを失ったことは、そんなにも大きくに影響を与えていた。
〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.13〜 〕
「どうした?気分でも悪いのか?」
その日の昼食は、初めてアスランと二人きりだった。
アスランの部屋のテラスに席を作り、潮風を感じながら食事をした。
を知りたいと、アスランは二人だけの時間を持つことを考えたのだ。
「気にしないで。大丈夫。」
食事の味も、それどころか何を食べたのかもわかっていない。
それなのに答えを返している自分が、こっけいに思えた。
「・・・だから、気にしたいんだけど?」
苦笑を浮かべたアスランに、はあいまいにほほ笑んだ。
どこからどこまでを本気にとらえたらいいのだろう。
「?」
もう一度問いかけてくるアスランに、は笑顔を返した。
「ええ。アスラン。」
想いを殺せば、幸せになるのだと、言い聞かせることしかできなかった。
アスランに不満があるわけではない。
むしろ、今までの枠を乗り越えようとしてくれていることは、嬉しかった。
それでもやはり・・・違うのだ。
イザークのときに感じた、身を焦がすほどの熱い想いとは。
***
ティールームでは女たちのおしゃべりに花が咲いていた。
「大学は女にとって夫選びの場所。」
「ええ、本当に。勉強なんておごそかでかまわないのに、ときたら・・・。」
「あら、さんは良い方を見つけられましたわ。」
「そうね。あとはメイリンが・・・。」
うんざりだった。
ティータイム中もゴシップで盛り上がる母たち。
彼女たちのルールでは女は良い家に嫁ぐことが幸せ、と決められている。
ザラに嫁いだは、だから幸せなのだと。
嫌気がさして、は顔をそらした。
そのの目の端に、窓際に座る母子の姿が映った。
椅子に座るしぐさ、ナフキンをたたみひざに置く動作。
慣れない手つきで、それでも母に教わるとおり、娘は行なう。
右手はこちら、左手はこちら。
それは正式なお作法ではありません、と叱られている。
眺めているうちにには、それが幼い頃の自分と母の姿に重なった。
堅苦しいお作法を覚えるより、外で遊びたかった少女時代。
自分の姿と重ねているうちに、は気づく。
アスランと結婚をして、娘ができたとき、今度は自分があれを教えることになるのだと。
そのことに考えが行き当たって、は愕然とした。
自分が嫌でしかたなかったことを、娘に押しつけなければならない。
そうして規則の中で育てあげ、良い家に嫁がせる。
それがザラの家に生きる、自分の役目なのだと。
『ただ家を守り、次の世代につなぐだけ。その俺の生き方に、どんな意味がある』
イザークの言葉が、不意によぎる。
何も変わらないことを良しとする生き方に、どんな喜びを見出せばいいのだろう。
そうして生きることに、意味なんてない。
それは死んでいることと同じだと、は気づいた。
気づいてしまえば、もう、何も迷うことはなかった。
は吹っ切れたように席を立ちあがり、甲板へあがった。
向かう先はアークエンジェルの船尾。
イザークと出会った、あの場所。
***
船尾の手すりにもたれかかり、海を眺めている銀髪の後姿を見て、は複雑な気持ちになる。
勝手なことを言って傷つけたを、彼は許してくれるのだろうか・・・。
「なんの用だ?」
背を向けたままで、イザークが聞いてくる。
がここに来ていたことには、気づいていたらしい。
は重い足取りでイザークの隣に立った。
「・・・・ごめんなさい。」
の言葉に、イザークがゆっくり息を吐き出した。
「――――簡単に謝ってくれるなよ。」
その言葉に棘はなかった。
その声を聞いただけで、は涙があふれそうになった。
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