「泣くな。」
イザークはを抱き寄せた。
の髪に掌を添えて、イザークは自分の首もとにを抱き入れる。
「私・・・イザークに、嘘を・・・。傷つけて・・・。」
「もういい。はこうして戻ってきた。俺はそれでいい。」
「イザーク・・・ッ」
しばらくの間、二人はお互いの体温を感じていた。
確かにそこにある想いを、ゆっくりと確かめていた。
〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.14〜 〕
「見てみろ、。」
イザークが声にが顔をあげると、あたりは夕日の色に染まっていた。
オレンジの夕日が二人を照らし、水面を照らす。
まるで別世界のようだった。
「。俺と一緒に、今を捨てられるか?」
決意に満ちたイザークの言葉が、の耳に届く。
「捨てられるわ。イザークと一緒なら。」
も覚悟を決めて答えた。
何もいらない。
イザークさえいれば、地位も名誉も財産も。
―――家名も。
メイリンの顔がちらりとを横切るが、は大丈夫だと答えを決めた。
ザラとの結びつきが必要なら、アスランのことを好きなメイリンは適役だ。
「どこまでもに広がるコーンフィールドで、なににも束縛されない生活をしよう。
子供はたくさん欲しい。に似た娘が、早く欲しい。笑顔があふれる仲のいい家族になろう。」
「約束するわ、イザーク。」
即答したに、イザークは満面の笑みで答えた。
そのまま無言で見つめあった二人は、やがてどちらともなく唇をあわせた。
***
「―――あれが、アークエンジェルが見た最後の夕日。」
がそこで一息つくと、その場にいた全員が、ため息にも似た息をはき出した。
ムウもそこではじめて、肩に力が入っていたことに気づいた。
よほど思い入れて、全員がの話を聞いていたらしい。
けれど船の結末は見えている。
アークエンジェルは今も、自分たちがいる海域の底に眠っているのだ。
「その日の夜のことを、私は生涯忘れない。愛する人に愛された記憶と、・・・世界の絶望。」
はマリューを見た。
自分が産んだどの子供よりも、この孫娘は自分の若い頃にそっくりだった。
はいつも、マリューの中に過去の自分を見ていた。
イザークに愛された、あの頃の自分を。
***
何事もなかったようにその日のディナーを済ませ、誰にも気づかれないようにイザークがの部屋を訪れた。
はすでにナイトドレスに着替えていて、イザークを迎え入れた。
「見せたいものがある。」
イザークから手渡されたものは、いつか見せてもらったことのあるスケッチブックだった。
一枚目をめくると出航前のアークエンジェルが。
そのあと数枚は船内の様子や、デッキで楽しむ人々が描かれていた。
「うらやましい。こんな風に世界を表現できるなんて。」
次の一枚をめくったときに、は驚きの声をあげた。
ラフな鉛筆画だったが、それは確かにだった。
「わ・・たし・・・?」
それからはいろいろな表情のが、スケッチのうえに存在していた。
自分でも知らない表情のが、そこにはあふれていた。
「俺が見たを、思い出せるままに描いたものだ。」
「私、こんなに美人?」
楽しそうに笑いながらが聞いた。
「少なくとも俺には、な。」
イザークが楽しそうに答えた。
楽しそうに見ていただったが、最後のページをめくり終えたときに大胆なことを口にした。
「―――ねぇ、イザーク。私をモデルにもう一度絵を描いてもらえる?」
「あぁ、かまわないが。」
何気なく答えたイザークだったが、その後のの言葉に度肝を抜かれる。
「女性の裸体って、芸術性が高いのよね。それでいいかしら?」
「は?」
数分後、は生まれたままの姿でイザークの前に立った。
ガウンを脱いだ瞬間、イザークが息を呑む様子が感じとれたが、は気にしなかった。
首にはただひとつだけ、装飾品をつけた。
碧洋のハート。
アスランから贈られた、あのペンダント。
「私はこうしてザラに縛られているけれど、本当は誰にも束縛されない自由なの。」
それがの、この絵にこめた想いだった。
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【あとがき】
イザークってノリつっこみはできないタイプだと思います。