。あなたのお相手はもう決まっているのよ。」
「・・・えぇ。わかっています。」

冷めた目つきで答えたに、母はぱあん!と平手で頬を打った。
「二人の男性を手玉に取るなんて、下品な女のマネなんてしないでちょうだい!」
は打たれた頬に手を当てて、キッと母をにらみつけた。










〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.12〜 〕










「ジュール家の氏族とあろうお方が、本気で家名だけのを相手にするとでも?」
「・・・ひどいわ・・・。」

誰のためにこの結婚を決めたと思っているのか。
誰のために、好きでもない相手との・・・。

「仕方ないの。」
今度は母は、うって変わって優しい声で言った。
「私たちは女。決して独りでは生きられない。」

自分が打ったの頬をなで、母は独り言のように言った。
「アスラン様との結婚が、あなたの幸せなのよ。」




***




母が部屋を出て行ったあとも、はそこから動くことができないでいた。
憂鬱な気持ちを引きずったままで、は部屋を出た。

夜の甲板に出て、頭を冷やそうと思った。
真夜中の廊下はしん、としていて、誰の姿を見ることもなかった。


甲板へ続く階段を上ろうと手すりに手をかけたとき、後ろから手が伸びてきての手首をつかんだ。
そのまま逆方向に引っ張られて、は驚いて声も出せない。
が、振り返ってその人を見たとき、苦い想いがの中に広がった。

抵抗することもなく、すぐ近くの部屋の中へ押し込まれる。
一度だけ訪れたことのある、イザークの部屋へ。



「すまん!」
入るなり唐突に頭を下げられて、はなんと返していいかわからなかった。

「あれから・・・その・・・・、後悔、した。」
「・・・・・イザーク・・・。顔を、あげて・・・・?」
おずおずと申し出たに、イザークはばつが悪そうに顔をあげた。

「私も、・・・ごめんなさい。」
イザークが顔をあげてから、も素直に謝った。
イザークがほっと息をついた。
「俺は・・・たぶん、嫉妬していたんだ。・・・アスランに。」

私も。と言いかけて、は口をつぐんだ。
代わりには、イザークに別れを告げなければならなかったから。
すべてはなにも、起こってはいけない。


「イザーク。お願いが、あるの。」
声が震える。
これからは、自分の気持ちを裏切る。

「初めて逢った日のことを、忘れてほしいの。」

初めて逢った日。
イザークと初めて、触れ合った日。
出会い頭のキス。
の頭の中を、まるで遠い昔の出来事だったように思い出がよぎった。

「私のこと、忘れて。」

許しを請うようにが言うと、イザークは信じられないと顔を曇らせる。
「どういう、意味だ?状況は厳しいかもしれないが、俺はを・・・!」
「私は!―――アスランと、結婚するの。」

イザークの言葉をさえぎって、は叫んだ。
そうしてしまわないと、決意が揺らいでしまう。
引き止められたら、すがってしまう。

「イザークも持っているんでしょう?招待状。もう決まったことなの。変えられないのよ。」
「決まっていることなんてわかってる!それでも俺は・・・!」
イザークが必死に、の答えを覆そうとしてくれていることが、この期に及んで嬉しかった。
その彼の気持ちも、の気持ちも、殺さなければならない。


「死を考えるほど辛かったんだろう?!それがなぜ・・・?!」
「あの時は、気が動転していたのよ。」
笑顔で言ったから、イザークは顔をそむけた。

「救いを・・・求めていたんじゃないのか?」
「・・・えぇ。」
「本気で、アスランと・・・・結婚すると?」
「えぇ。・・彼を愛しているわ。アスランも、私を理解したいと言ってくれた。」


のその言葉に、イザークが自嘲気味に笑った。
「茶番だな。」
はもう、なんと言っていいのかわからなかった。
イザークは無言でドアを開け放つ。

「無理に連れ込んで悪かった。」
「イザーク。」
「悪いがもう、出て行ってくれ。」

終わりにされた会話に、冷たいアイスブルーの瞳に、が告げられる言葉はなかった。





   back / next