「・・・・どういう意味?」
腑におちない表情でが尋ねると、アスランは苦笑いを浮かべた。
「そのままの意味だ。」
〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.11〜 〕
「と俺は結婚するんだ。もっとわかりあいたい。君を理解したいんだ。」
イザークと出会う前にこの言葉を受けていたなら、は喜ぶことができただろう。
あのアスランが自分を理解してくれようとするなんて、想像もしていなかった。
けれど、一瞬で燃え上がる恋を知ってしまったに、アスランの言葉は痛いだけだった。
戸惑いの表情を浮かべるに、アスランがほほ笑んだ。
「本当は、結婚式の日に贈るつもりだった。」
アスランの手には、大きなジュエリーケースが抱えられていた。
の前で開かれたそれの中に、大きなダイヤが揺れていた。
「ルイ16世が処刑されたときに、このダイヤもきざまれた。」
アスランはの首元へネックレスをかけながら、嬉しそうに話を続けた。
「そうして今はハートの形をしている。名前は・・・」
「碧洋のハート。」
「そう。さすがだな。」
以前なら、女の身で知識を披露する必要はないと言われていた。
が、今日のアスランは嬉しそうにの言葉を肯定した。
「ホープダイヤモンドより、はるかに価値が高い。」
「そうね・・・。」
あまり装飾品に興味のないだったが、これだけ大きなダイヤを見るのは初めてだった。
「皇族のしるしだ。これを手に入れた俺はもう、皇族とかわらない。だから・・・。」
アスランが言葉を区切り、の手をとった。
「。俺を受け入れてほしい。心を開き合おう。君は、俺の知っているどの女性とも違う。やっと気づいたんだ。」
「アスラン、私・・・。」
「を選んだことを、今になってよかったと。本当によかったと思っているんだ。」
初めて見るアスランの真しな顔に、は戸惑いを隠せなかった。
困惑して、何も言えなくなったに、アスランはキスをひとつ頬におとした。
「おやすみ。」
見せたこともない笑顔をに残して、アスランは部屋を出て行った。
は鏡の中の自分を見た。
アスランにキスされた頬を、指でなぞる。
意識せず、涙がこぼれた。
「ばかね・・・。決めたのは私。」
家名を守る。
母を、妹を守る。
それが父にできる、唯一の親孝行。
「〜〜〜・・・っ!だって、知らなかったから・・・!」
決めたのは、イザークに出会う前の。
あんな想いを知らなかった頃の、自分。
あの頃の自分なら、素直に喜ぶことができたかもしれないけれど。
***
「お姉ちゃん?いらっしゃる?お話があるの。」
朝食の後で、メイリンが部屋を訪ねてきた。
お姉ちゃん、などと呼ぶのは品格を疑われると、母からはいつも叱られている。
他人の目がないときにだけ、メイリンはを昔のように呼んでくれた。
も、「お姉さま」と呼ばれるよりずっと居心地がよかった。
「どうかしたの?メイリン。」
はメイリンを喜んで迎えいれ、メイドにはお茶の用意を頼んだ。
部屋の中で二人きりになったことを確認して、メイリンがおずおずと口を開いた。
「お姉ちゃん。イザーク様と、もうお会いにならないでほしいの。」
妹の口から予想もしていなかったことを言われて、はギョッとした。
ところがメイリンは自分の言葉を伝えることに夢中で、の顔色など伺ってもいなかった。
「アスラン様を裏切らないで。」
「なに、ばかなこと言って・・・。」
「だって!お姉ちゃんイザーク様とお話して、泣いていらしたでしょう?!」
「メイリン?!」
「私、アスラン様からお姉ちゃんを見ていてほしいって頼まれていたの。そしたら・・・。」
「メイリン!」
の声が怒りに変わったことに気づいて、メイリンはハッと言葉を飲み込んだ。
「あなた、なんてマネを!」
メイリンの肩をグッとつかむと、メイリンが顔を歪めた。
それでも負けじとメイリンはに告げる。
「だって!・・・だってお姉ちゃんずるい!アスラン様がいるのに。アスラン様と結婚できるのにっ!」
涙混じりの声で怒鳴るメイリンに、は呆然として手を離した。
「メイリン、あなた・・・。アスランのこと・・・?」
「ずるい!ずるいよ!」
の問いにメイリンは答えず、タッと身をひるがえして部屋を飛び出していった。
入れ違いに母が部屋に入ってきた。
その顔を見れば、当然すべてを知っている顔だった。
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【あとがき】
個人的にメイリンには「お姉ちゃん」と呼んでほしかったので。