意識せずに足を運んでいたのは、イザークと初めて出逢った場所だった。
重たいイヤリングをはずし、手すりにもたれかかった。
手の中にかすかに感じるその重みが、の希望にも似ていた。

この船と比べると、なんてちっぽけだろう。










〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.10〜 〕










「・・・・また身投げする気か?」
が絶望感に包まれていると、すぐ近くで声がした。
「イザーク・・・。」

名前を呼んで、思わず顔をそらした。
窒息してしまいそうだったのは、イザークも原因のひとつだったから。

パーティーの最中、イザークのそばに女性がいないことはなかった。
彼はどこにいても目を惹いて、彼の周りには花があふれていた。

やきもちを妬ける立場でないことはわかっている。
それでも、の気持ちは穏やかでなかった。


「なにか、ご用ですか?」
冷たい口調で言葉が出たのは、その気持ちを引きずっていたからだろう。
ところがイザークはそんなに気を悪くする様子もなく、逆に嬉しそうに顔をほころばせた。

「―――妬いたのか?」
「ちがいますっ!」
そのの否定は認めているようなものだった。

こそアスランといつも一緒だな。さすが婚約者だ。」
イザークの言葉に、の顔が怒りに高揚した。

あれが偽りだと、どうして気づいてくれないのか。
イザークがどうしてそんなことを言うのかも、冷静に考えられなかった。
もう少し落ち着いて考えていれば、簡単に理解できたものを。
イザークもと同じ、嫉妬に焦がれていたのだと。


「早くお戻りになられたらいいでしょう?!お待ちの方がいらっしゃるのだから!」
叫び返しながら、は涙をこらえていた。

視界がぼやける。
瞬きひとつで、あふれ出す。

そんな無様な姿を、イザークに見せたくなかった。
は、そのままイザークの横をすり抜けた。

イザークに背を向けてしまうと、こらえていた涙があふれた。
せっかく話ができるチャンスだったのに、それをみすみす逃してしまった。
それも悲しかった。



イザークは走り去っていくを、追いかけることもできずに唖然として見送った。
後には、の残り香だけがかすかに空気を和らげている。

どうして、あんな言葉が出てしまったのだろう。
パーティーの最中、アスランと目を合わせて笑うを見ただけで、心が締めつけられた。
イザークの目はどうしてもを追い、の隣にはいつもアスランがいた。

どうしようもない現実を突きつけられて、それでもどうすることもできなかった。
ひとり抜け出すを見つけたときには、足が勝手に追いかけた。
望みはない、と、知りつつも。


「あんな言葉を言ってどうする・・・。」
イザークはさっきまでがそうしていたように、手すりに身体を預けた。
激しい嫉妬が、今は後悔に変わっていた。




***




ナイトドレスに着替えたの部屋に、おずおずとノックがされた。
はベッドから星空を眺めながら、どこか上の空でそれを聞いた。

さま?アスラン様が、お会いしたいと・・・・。」
遠慮がちにメイドが声をかけてくる。
パーティーを抜け出したことを、アスランが責めに来たのだろうとはぼんやり思った。

の名前は、ビジネスにおいても有効に働くらしい。
パーティーもあくまでビジネスの延長だと、アスランは考えている。
その大事な場に、どうしていなかったのだと責めるのだろう。

「わかりました。・・・お通しして。」
今、顔をあわせず追い返せば、それもまた責められる原因となるだろう。
はナイトドレスにガウンを羽織り、アスランを迎えた。



「どうされましか?こんな夜中に。」
「イザークと会っていたそうだな。」
なぜそんなことを知っているのかと、は目を丸くした。

会っていた、といっても会話なんてろくにしていない。
ほんの一言二言、顔を合わせていただけのようなもの。
どうしてそれをアスランが知っているのか。

「偶然です。・・・すぐに、別れました。」
「みたいだな。」
あまりにもあっさりと、アスランが答えた。
そのことを問いただしたかったわけではないらしい。

アスランはをドレッサーの前に座らせると、鏡ごしに話を始めた。
「どうやら・・・。君は、俺が知っているような女性とは根本的に違うらしいな。」
はツン、とアスランから目をそらした。

「俺の言葉に意見する女性なんて、俺は知らない。」
「残念だけど私、お人形じゃないの。言葉も知っているし、考えることもできるわ。」
「らしいな。」

アスランの言葉は、あいかわらずを見下しているかのようだった。
が、相づちをうったときのアスランの目は、なぜか笑っていた。


「もっと君を知りたいと言ったら、は信じるかな?」





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【あとがき】
 そりゃ経験豊富ですよ、ここのアスラン様は。
 大学時代は毎日(毎晩?)違う女が寝泊りしてたようなイメージです。