「あのとき、俺を初めて見たときのは、救いを求めていた。俺も、に救いを求めたんだ。」
イザークの手の力は弱まり、いつでも振り払えた。
けれど、どちらの意思ともわからず、イザークの手はの腕をつかんだままだった。
〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.09〜 〕
「ジュールの家に生まれ、最初から俺の人生は決まっていた。自分では何も選べない。
ただ家を守り、次の世代につなぐだけ。その俺の生き方に、どんな意味がある・・・ッ」
目の前で本音を漏らす、イザークの姿。
その気持ちはと変わりないものだった。
自分が今立つ場所の否定。
それは、が強く望んでいたことと同じだった。
「俺の名を聞いても動じず、対等に物を言うに、俺は希望を持った。それなのに・・・!」
言葉の最後に涙が混じっていた。
自由を求めたはずが、結局家に縛られたのは、イザークもも同じだった。
はイザークの手をそっと解くと、目の前にある銀の髪を優しく包み込んだ。
「同じよ、イザーク。同じだわ。・・・私も、ここから逃げ出したかった。
家名を守るだけの結婚が、やっぱり嫌だったの。でも、お母様がいる。妹もいるわ。
私がアスランと結婚しなければ、大切な家族が・・・・。」
イザークが顔を上げる。
涙をこらえた二人の瞳がぶつかる。
今何かを口にしてしまえば、後戻りできない想いがあふれ出てしまいそうで、二人は無言で見つめあった。
その日の食事は、ろくにのどを通らなかった。
***
「え?何もなく別れたワケ?」
ムウが思わず言葉を漏らすと、ギャラリーからの笑いを誘った。
「すぐに食事の時間だと、メイドが来たのよ。」
「あらら。残念。」
ムウがどさっと椅子に腰を落ち着けた。
明らかに話の最初のときよりも、を取り囲む人の数が増えている。
けれどが気を悪くすることはなかった。
誰もがの話に耳を澄ませ、食い入るように聞き入っていた。
他人の目は気にならなかったが、は常にマリューを気にかけていた。
この話は、墓まで持っていく秘密だったものだ。
よもや身内に話す日がくるとは、思ってもいなかった。
祖母のスキャンダルを知って、マリューはどう思うのだろう。
は話の途中にも、ときおり優しい目をマリューにむけた。
あなたの存在を否定しているわけではないことを。
マリューの祖父とのことを後悔をしているわけではないことを、それで伝えたかった。
あの人も、それを望んだのだから。
一方のマリューは落ち着いたものだった。
あの絵を見たときから、予想はついていたからだ。
にとってはいつまでもかわいい末孫だが、マリューはもう充分に大人の女性だった。
「さんの旧姓がジュールってことは、イザークって人と運良く駆け落ちしたってことですか?」
シンが純粋に疑問を投げかけた。
「沈没の混乱の中で?」
まだ若いシンを見て、はにっこりほほ笑んだ。
「結論はあせらないでね?・・・そんなに優しいものじゃなかったの。」
は目を閉じた。
暗い夜の海。
木材と鉄筋の崩れ落ちる轟音。
人々の悲鳴。
どれだけ月日が流れても、目と耳と記憶に、しっかりと刻まれている。
は息をひとつ吐き出した。
皆は次にから語られる言葉を待った。
***
その日の夜、ディナーの後に盛大なパーティーが催された。
一等の客ばかりで開かれる、格式ばったパーティーはを興ざめさせていた。
なぜこんな場で、母やメイリンは生き生きとしているのか理解できない。
息が詰まって、窒息してしまいそうだった。
この場を勝手に離れれば、アスランからはまた嫌味を言われる。
パーティーの場で、アスランは体裁からをそばに置きたがっていた。
そのアスランが、先ほどキラに連れられて行ってしまった。
最近ことあるごとに一緒にいる二人に、疑問を感じないわけではなかった。
が、今アスランと離れていられることは、にとって救いだった。
一刻も早く、ここから離れたかったのだから。
今ならパーティーを抜け出しても、気づかれないだろう。
はそっとドアの外に身を滑らせた。
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