「こちらですよ、アスラン様。それに様。」
この船の設計者、トダカが人の良い笑顔で二人を呼んだ。
はトダカの周りにいる数人の輪の中に、ある人物を見つけた。

の目線の先ではイザークが、に向けてほほ笑んでいた。
もイザークへ同じほほ笑みを返した。

「感心いたします、アスラン様。」
「何にだ。」
「ご自分の乗られている船を学ばせようと、様をご同伴されるとは。」
「彼女は物好きでね。」

アスランが偶然にもほほ笑みあう二人に気づかなかったのは、幸いだった。










〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.07〜 〕











船の中を案内される間、アスランの目もありしばらくはイザークと話をすることはなかった。
ときおりがイザークを見ると、彼は熱心に何かをノートに書き込んでいた。

甲板に出ると、すがすがしい天候だった。
太陽はすべてその姿をあらわし、それでいて潮風が心地よい。

は目を細めた。
社交界に身を寄せると、こんな自然の息吹を感じることが少ない。
こうして触れることができることは、本当に心地よいものだった。
母などはドレスが潮風で駄目になると、顔をしかめるのだろうが。

は大きく背伸びをすると、トダカの横に並んだ。
「ひとつお伺いしてよろしいかしら?トダカさん。」
「えぇ。もちろんです。」

快く返事をもらったは、乗船したときからずっと気になっていたことを口にした。
「救命ボートの数が、乗船客数に足りない気がするんですけど・・・。」
近くのボートに手を触れながらが聞くと、トダカが笑った。

様は聡明ですね。その通りです。」
同じようにボートに手を触れながら、トダカが答えた。
「本当ならば搭載可能なのですが、その・・・。見栄えが悪いからと反対されまして。」

トダカにその決定は不本意だったのだろう。
苦々しい顔で教えてくれた。
「安全と外見。設計した者として、重きをどちらにおきたいかは、お分かりでしょう?」
「そうですわね。・・・ごめんなさい、気分を悪くさせてしまって。」

トダカの表情に気持ちを感じとったが素直に謝ると、トダカはすぐに笑顔にかわる。
「いいえ。お気になさらずに。」

話を聞いていたアスランが、通りすがり言葉を投げた。
「無駄だな。沈まない船に救命ボートなんて。」
その言葉にすら笑ってみせるトダカに、は感心した。



沈まない船。
それが夢の豪華客船と称された、アークエンジェルの別名だった。

人はおごっていた。
自らの無知はないと。
世界は自分たちのために動き、自分たちこそが世界だと。
自然の驚異など、恐れるに足りない、と。



「やあアスラン。お勉強?」
「キラ。」
同じ歳ほどの青年が、アスランの視線の先で人のよさそうな笑顔を浮かべている。

キラ・ヒビキ。
貿易関係で、彼の会社に世話にならないことはない。
ヒビキ家は商売柄、裏の世界にも顔がきくほどの家系だ。
特に新しく党首となったキラは、父親以上の商才があった。

「キミほどの頭なら、そんな必要ないでしょ。」
気難しい、と言われているキラだったがアスランとは気が合ったようで、二人は船の中でもよく一緒にいた。
「あぁ、またさんの好奇心かな?仲がいいね、キミたち。」

あからさまな言葉に、は眉をひそめた。
「お話の続きが聞きたいので、私先に失礼しますわね。ごきげんよう、キラ様。」
は一方的に告げると、トダカの後を追った。

さん。」
去っていこうとしたを、キラが呼び止める。
は振り向きもせずに立ち止まった。

「アスランを借りてもいいかな?早急にまとめたい話があるんだ。」
キツイ言葉でも浴びせられるのかと思えば、予想外のことには振り向いた。

「ビジネスの話なら優先だ。、あとは一人で平気だな?」
「え・・・、はい。」


キラとアスランの姿が船室に消え、遅れたはトダカたちを足早に追いかけた。
とたんに鼓動が早まったのは、どういう理由だろう。

考える必要もなかった。
はすぐに悟った。
一人で戻ってきたを見たイザークの、笑顔を見たときに。





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【あとがき】
 イザークさま、鬼のいぬ間になんとやら、です。
 そして待望のキラさま登場。ある意味降臨。