「やめてください、アスラン。」
自分でも驚くほどはっきりと、の口から言葉が出た。

「イザークは、私を助けてくれただけです。」
「助けた?」
「えぇ。私、迷ってしまって。暗くて、部屋へ戻る階段がわからなくなって。」
アスランとは、相手の心を探るようにお互いを見ていた。










〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.06〜 〕










「確かに、ここは三等の客でもこられる場所ですからな。」
アスランの後ろにいた警官が、願わずとも同意してくれた。
さすがにアスランは納得していなかったが、他人の目もあり口を閉ざした。

「上着まで貸してくれたとはご丁寧だな。すぐに送ってくれればいいものを。」
鋭すぎる一言を忘れずに告げて、アスランはイザークへ上着を押し返した。
「ありがとう、イザーク。を暖めるのは俺の役目だ。」
「・・・・そうか。」

アスランからつき返された上着には、の香りが残っていた。
複雑な思いのまま、イザークは上着を握り締めていた。

の肩を抱いたアスランは、その場を去ろうとしてイザークを振り返った。
「・・・けど、ここで大学時代の旧友と会えるなんて、嬉しいものだな。」
「あぁ、そうだな。」
イザークの答えに、アスランはふっと笑った。

その言葉とは裏腹に、二人はとても再会を喜んでいるとは思えなかった。
答えるイザークは、アスランの方を見てはいなかった。
強要されているかのように肩を抱かれ、詫びるような目で自分を見ているを見ていた。

「もう、迷うなよ。」
「はい。・・・本当に、ありがとう、イザーク。・・・・また・・・・。」

の胸は張り裂けそうに切なかった。
熱い想いが、夜の風に吹き消されていった。



「何事もなく見つかってよかったですな。」
警官の言葉に、アスランは自嘲めいた笑みを漏らす。

『何事もなく』?
冗談じゃない。
何かあったことくらい、すぐにわかるだろう。

だが、その気持ちを言葉にするほどアスランは子供ではなかった。
「君たちにも迷惑をかけてすまなかった。助かったよ。」
ありきたりな礼を述べ、先ほどとは違う笑みを警官へ向けるアスラン。
「お役に立てて光栄ですよ。それでは、失礼いたします。」
警官はアスランに挨拶し、にも頭を下げたあと、去っていった。



部屋の扉が、ぱたんと閉じられた。
「さて。」
アスランは表情を凍らせてを見た。
その顔から、どんな感情も読み取ることは出来ない。

「なにをしていたか、なんて野暮なことは聞かない。とにかく無事でよかった。」
「心配をかけて・・・ごめんなさい。」
謝ることしか出来ない自分がもどかしい。
それ以上に、アスランに見透かされていると思うと恐ろしかった。

「イザークとは大学が同じでね。家柄がいいくせにそれを鼻にかけない、いいヤツだったよ。」
とてもそう思っているとは感じられない口調で、アスランが言った。
「・・・仲が、よさそうには見えないですけど?」

の言葉に、アスランがまた冷たく笑った。
「あぁ、嫌いだったよ。いい家柄に生まれたくせに、どうしてそれを権力に変えないのか。」
「・・・。」
「俺には理解できないな。」


ザラ家はもともと、将来が約束された家系ではなかった。
アスランが産まれたばかりの頃、ようやく親が自分たちで会社を立ち上げた。
そしてその何年か後に、金鉱を掘り当てた。

目の前で突然生活が変わり、人生が変わったアスランからすれば、イザークの立場は恵まれすぎている。
アスランがイザークを理解できないのは、当然だった。


「さて、と。明日この船を設計したオーブ社のトダカが、案内がてら説明をしてくれると言うが。」
もうイザークについては話す必要はないと、アスランはがらっと話を変えた。
「普通の女は退屈だと思うが、は・・・。」
「いくわ。」
願ってもいなかった話だけに、は即答した。
すでに疑問を感じていることがあったのだ。

「だろうな。」
アスランは、言葉だけを残して部屋を出て行った。


アスランを見送ったの身体を、精神的な疲れが襲ってきた。
ドレス、コルセットを脱ぎ、ネグリジェになってベッドへ倒れこむ。
はじめから窓辺に寄せてもらったベッドからは、満天の星空が見えた。

「キレイ・・・・。」
あの星空の下で、誰にも知られることなく、イザークとキスをした。
押し寄せてくる罪の意識よりも、燃え上がった恋心のほうが大きかった。


――――また、会いたい。
会ってもっと、話がしたい。


の願いは、すぐに実現することとなる。





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