「君は、いつも退屈そうにしているな。」
デッキで海を眺めるに、アスランが近寄った。
はアスランに顔も向けず、手すりに身体を預けたままだった。
「話もしたくないのか?困ったお姫さまだな。」
スッと腰を引き寄せられて、は思わずその手をはね退けた。










〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.03〜 〕










アスランは少し赤みのさした手のひらをに向け、あいかわらずほほ笑んでいた。
「どういう意味かな、これは。」
「〜〜〜〜思ってもいないこと、言わないでほしいわ。」
「何がだ?」
アスランはあいかわらずほほ笑んではいたが、目は少しも笑っていなかった。

「『お姫さま』だなんて。・・・どうせ『』は、名前だけ。そう言いたいのでしょう?」
の言葉に、アスランは今度は目を細めた。

「俺が家柄で君を選んだと言っているのか?」
そのアスランの顔が、まるで自分を馬鹿にしているようでは目をそらした。
「確かに、俺の両親は家名で君を選んだんだろうな。」

耳元で屈辱的な言葉をささやかれ、の顔が熱くなる。
いつの間にかつかまれていた腕を振り払おうとしたが、アスランの手は離れなかった。
「どう言ったら信じてもらえる?を愛してる。」
いつまでも楽しそうな笑うアスランを、にらみつけることしかにはできなかった。



お姉ちゃん?」
母が聞いていれば怒られる呼び名で、メイリンは心配そうに部屋をのぞきこんだ。
ドレッサーの前で、はかがみこむように突っ伏していた。
涙も流さずにが耐えるためには、動かず、ただこうしているだけしかできなかった。
必死にこらえた涙が、の身体の中でくすぶっている。

「お辛いの?どうして悲しそうなの?」
「大丈夫よ、メイリン。・・・少し、船に酔ったみたい。」

揺れひとつ感じない一等客席で、あまりにも見え透いたウソだった。
けれど今のには、そんなことくらいしか言えなかった。

姉さま。アスランさまはとても良い人だと思います。だから・・・私・・・。」
言いにくそうに口ごもるメイリン。
は、妹が精一杯の言葉で自分を慰めてくれているのだろうと思い、笑いかけた。

「そうね、メイリン。あの人は・・・良い人だわ。」
少なくとも『』がこのまま落ちぶれていくことがないのは、アスランのおかげなのだ。
父の築いてきたものをせめて、家名だけでも残したい。
それはの願いだった。
大好きだった父へ、そんなことでしかもう、親孝行ができない。

「さぁ、そろそろディナーの時間ね。お支度しましょう。」
何事もなかったようにはメイリンを誘い、クローゼットのある部屋へ向かった。

「―――お姉ちゃんがそんなにお嫌なら、私が・・・アスラン様と・・・。」
メイリンはの後姿に向かってつぶやいた。

完全なる一目惚れだった。
初めての婚約者だと、アスランを紹介されたあのときから。
メイリンにとって完全なる理想と結婚するというのに、姉のは浮かない顔だ。

メイリンにはそれも納得できない。
代われるものなら、自分が代わりたかった。
家名を求めているだけならば、でもメイリンでも構わないではないか。

けれど、そんなことを女の自分から申し出るわけにもいかない。
メイリンに残されたのは、アスランの妹になれるということに喜びを見出すことだけだった。



が食前酒を飲み干すさまを見て、アスランがとがめた。
。たしなみというものがあるだろう?」
アスランの言葉を聞かぬフリをして、はウエイターに新しいボトルを用意するよう指示した。

「今の注文は、君が取っておきたまえ。」
アスランは一方的にウエイターにボトルを与えてしまうと、に忠告した。
「あまりお酒を飲む女性は感心しない。」

「あら、気分が開放的になってすばらしいと思うわ。」
はあえてニッコリとほほ笑み、アスランに告げた。
最初からこんな調子で、どちらかが歩み寄る気配もない。

相手のどこが気に入らないというのではなかった。
事あるごとに二人は対立した。
決定的だったのは、が大切にしていたモネの画を、アスランが処分してしまったことだったか。

パリで購入してきたばかりのもので、は大変気に入っていた。
が、アスランはその絵を「うだつのあがらない三流だ」と言って、アメリカに持ち帰ることを許さなかった。
アスランは女性に対して、芸術への理解や教養を求めていなかった。
自分を夫として立て、常に従うように寄り添うのが、妻の理想の形だと考えていた。

そう考えているアスランに、自らの意思で学を得、強い意思を持つが合うはずもなかったのだ。





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【あとがき】
 ライナも「それが理想」とトムさんに言われたらイヤです。