ずっと、胸の奥に秘めていた。
それは私だけの秘密。
忘れることなんてできなかった。
多くの人の悲鳴と、泣き声。
それに混ざり合った、熱い想い。
あれほどまでに人を愛したのは生涯で、ただ一度。

私がすべてをかけて愛した人は、今もあの海に眠っている。










〔 海に眠る船に、あなたに。 〜PHASE.01〜 〕










見渡す限り広がるコーンフィールド。
豊かな実りが、今年もここに訪れている。

ウッドデッキから楽しげな声が聞こえている。
まだ小さなひ孫娘にとうもろこしの食べ方を教えながら、はある単語に手を止めた。
沈没船、アークエンジェル。
80年以上も前に、多数の死者を出した船の名だった。

「まんまぁ、ちょーだい。」
とうもろこしが手に渡らなくなって、ひ孫娘が可愛らしい文句の声をあげた。
「あぁ。ごめんね。・・・声、大きくしてもらえる?」

残りの分を手渡してしまうと、は家の中へ入った。
「え?これ?」
家の中にいた孫が、リモコンで音量を上げた。
アークエンジェル、という単語が聞こえたのが奇跡と言えるほど、の耳は遠くなっていた。

「なになに?」
声の大きさに驚いて、キッチンにいた孫嫁もボールを抱えたままやってきた。
は二人を気にも留めずに、ニュースを見ている。


『アークエンジェルから引き上げが成功した品々です。ご覧ください。これらは80年以上も海の底に沈んでいたのです。』
興奮したようにレポーターが示す先には、アクセサリーとおぼしき物が並んでいる。

『ルイ16世が処刑されたときに身につけていたとされるダイヤモンド、“碧洋のハート”。
 私たちはその引き上げを成功させるべく取り組んでいます。』

今度はムウ・ラ・フラガという男が、熱っぽく語りだした。
彼が引き上げ事業の責任者だという。
『ただでさえ値のつけようがない品物が、あのアークエンジェルから引き上げられたとなれば、その価値は想像もできないでしょう?』


「これがどうしたんだよ、グランマ。」
じれたように孫が言うのも聞かずに、はまだテレビに釘付けになっていた。


『これが今、引き上げたばかりのものです。碧洋のハート最後の所持者、アスラン・ザラの部屋から見つけました。』
映し出されたのはやはり装飾品だった。
『そして見てください、この美しい絵を。我々が作業に入らなければ、決して人目に触れることのなかった絵です。』


次に映し出されたのは一枚の絵だった。
小さなキャンバスに描かれているのは、若く美しい女性の裸体。
胸元に揺れる大きなネックレスが目を引いた。

「わあっ!素敵。こんな綺麗に描いてもらえるならいいわね。」
歓声を上げた妻を、の孫が恨めしくにらんだ。
「誰に描いてもらう気だよ。」
だから二人は気づかなかった。
が口に手を当てたまま、震えていることに。

「・・・電話を。」
「ん?」
ようやく言葉を紡ぎ出し、は二人を見た。
「今のムウ・ラ・フラガさんに、電話をして頂戴。」



北大西洋にぽっかりと浮かぶ探査艇の甲板で、ムウはいらだっていた。
碧洋のハートが入っているとふんだアスランの金庫には、お金だったと思われる紙くずばかり。
目当てのものは見つからず、代わりに描かれた碧洋のハートがキャンバスのうえに見つかった。

「くそっ、いったいどこにあるんだ。あんなもん隠すとしたら当然金庫ってのが相場だろ?!」
いらいらとタバコをふかしていると、助手のシンが走りよってきた。
「ムウさーん!電話ですよ、電話!」
「誰からだ?またアークエンジェル保護団体とかからじゃないだろうな?」

うんざりしながらムウが返すと、シンは息を弾ませて答える。
「違いますよ!もうそこからの電話はムウさんにはつなぎませんから、怒らないでくださいよ!」
どうやら苦い思い出のあった様子で、シンが赤くなった。
「俺に八つ当たりする前に、この電話聞いてください!」
それ以上文句を言う時間を与えずに、シンがムウに受話器を押し付けた。


「あなた、ムウ・ラ・フラガさん?」
聞こえてきたのは歳のいった感のある、品の良い女性の声だった。
「えぇ、そうですよ。自分に何か?」
「ひとつお伺いしたいの。碧洋のハートは、もう見つかりまして?」

ムウがぎょっとしてシンを見た。
シンは「ほーらね」と得意そうにムウを見ている。
「まだですよ。あなたはいったい・・・?」
「碧洋のハートが描かれた絵を見つけてくださってありがとう。あの絵のモデルは私よ。」





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【あとがき】
 好きすぎてついに手を出してしまいました。