「殺してかまわないのだよ、私を。」
そう言った男の顔は笑っていた。
もちろん銀色の仮面に隠されて、表情などはうかがい知れない。
けれど、男は確かに笑っているのだ。
私を見下し、哀れんで。
私が肩で息をしていても、目の前の男の息が乱れることは皆無だ。
一年前はまったく近寄ることもできず、ただなぎ払われるだけの日々だった。
今こうして間合いを詰めるようになっても、ナイフを突きつけることはできない。
ラウ・ル・クルーゼは、その笑みを崩さない。
「呼吸を整えろ、。それでは次の攻めが計られるぞ。」
言われてフッと力を抜いた。
と、見せかけて、その喉元にナイフを突き刺す。
けれど私の腕はすんでのところで押さえられ、今日もまた、ラウの皮膚を裂くことができない。
本当に殺してやりたいのに、私にはまだその力が足りない。
「殺人者の目だな、。・・・いい間合いだった。」
「・・・ありがとうございます。」
指導が終われば、ラウはただの客人となる。
私は育てられていた。
暗殺者として。
月を離れて、もう一年になる。
アスラン、元気かな?
キラ、どうしてるかな?
思い浮かべることも、少なくなった。
私はもう、あの頃に戻れないから。
ただ笑っていれば良かった。
あの時間が懐かしい。
懐かしさだけは、どうやっても消えないのに。
私はもう、戻れない。
「はもう、実戦で使えますよ。」
目の前の2人に、ラウは報告する。
一人はパトリック・ザラ。一人はラレール・。
「さすがだな、ラレール。女である事で力負けするかと危惧していたが。」
「手を抜けばもう私など、たやすく倒されるでしょう。」
ことさらパトリックをおだてるこの男を、ラレールは気に入っていなかった。
だが、信頼はしていた。
自分の娘を、一人の暗殺者として育てる人物としては。
「失礼いたします。」
私が扉を開くと、そこにいた3人が一斉に目を向ける。
父の手は、隠した懐のナイフに触れていた。
他の2人に気づかれることなく。
さすがだな、と思った。
私もまた、それを期待される身だ。
ここ数日。
プラントは浮き足立っていた。
開戦の兆しが見え始めていたからだ。
もともと地球でナチュラルに迫害され、宇宙へ逃げてきた私たちコーディネーター。
今いっそう対立の色が濃くなり、開戦は何が火種になるかが問題だった。
「お呼びですか? パトリックおじさま。」
「レノアとアスランが今日プラントへ戻る。あの2人を迎えてやれ。」
おじさまの言葉は、私に久しぶりの笑顔をくれた。
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