2月14日。
男女間のお楽しみだったこの日は、あれ以来、“血のバレンタイン”と呼ばれている。
いつもは人影もめったにないこの場所も、今日だけはたくさんの人が訪れていた。
どの顔にも笑顔はなく、無言でその歩みを進める。
私たちの母の名を刻んだその場所は、となりあって建っていた。
「お墓に行って、何か意味あるのかな?」
いつものように夜のトレーニングルームで、私はイザークに問いかけていた。
明日は2月14日。
母たちの命日。
私とアスランはもちろんのこと、
イザーク、ディアッカ、ニコル、ナスティ、ラスティも、墓前に付き合ってくれる約束になっていた。
「お前な、自分の母親だろう? この親不孝者。」
「そうじゃなくて! もちろんお母さまのために祈るよ?ただ・・・お墓に行っても、あそこには何もないんだよ。」
母たちは、ナチュラルの核攻撃で一瞬にして吹き飛んだ。
当然遺骨など、探せるはずもなくて。
戦没者の墓なんてほとんどがそうであるように、母たちも、ただそこにお墓があるだけ。
以前、ナスティとラスティの母君のお墓に行った。
2人の母君はちゃんとそこに埋葬されていて、それならお墓に行くのも意味があるように思う。
でも、私たちの母の墓は、ぬけがら。
何もない。
「じゃあは、そうして散った者には何もなくていいと思うのか?」
「そうは言ってないよ。・・・どうしていいか、わからないだけ。」
母が死んでからの一年は、長くて、短かった。
「の中に、母君はちゃんといるだろう?」
イザークの言葉に、はっとして顔をあげた。
トレーニングの手を休めて、イザークがこちらを見ていた。
「母君の心は、の中に生きている。墓に何もないというなら、がその心を墓の中に納めてやればいい。」
「イザーク。」
「人の死とむき合うためには、形あるものも意味を持つ。・・・行ってみればわかるんじゃないのか?」
アスランと花をたむける。
墓石に刻まれた母たちの名を見て、涙が頬をつたった。
きのう、イザークに言われた言葉を思い出す。
『人の死とむき合うためには、形あるものも意味を持つ。』
人には、涙を流せる場所が必要なんだ。
ここにはお墓の形しかなくても、ここに母の名があって、私の中で思い出が動きだす。
優しかった母。
厳しかった母。
教えてもらいたかったことが、たくさんあった。
お母さま。
あれから、いろいろなことがありました。
そのすべてが、ひとりでは味わえないことです。
良い仲間に恵まれました。
婚約者ができました。
イザーク・ジュールというその人は、私に大切なことを教えてくれます。
私は。
彼が好きです。
自分の中の母とむき合う。
その場所がここでいいのだと、イザークが教えてくれた。
流す涙は、言葉の代わりに想いを伝える。
母のお墓の前で、私は、自分の想いを自覚した。
「また来年も、ここに来るよ。」
涙のかわいた顔で、みんなに告げた。
ナスティが、いつものように頭をくしゃっと撫でてくれた。
イザークは、私の変化を満足げに見ていた。
ラスティとディアッカが、冗談を言い合って笑った。
場違いだ、とニコルがたしなめて、アスランは苦笑いをしている。
願わくば、母たちの心が、穏やかでありますように――――・・・。
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【あとがき】
ひとつのことがきっかけになって、その人のことをどんどん好きになる。
ちゃんもこうやって、たくさんイザークを好きになってね。