カラカラカラ・・・・。と、ナイフが床を滑り落ちた。
右手に痛みを感じる。
滑り落ちたナイフは、叩き落された私の物。
見上げる先には、大きなお父さまの姿があった。
〔 過去と違う未来 PHASE:48 〕
驚きを声にも出せず、ただお父さまの目を見た。
いつになく優しい目をしたその人は、間違いなく私のお父さまだった。
「許せ、。」
お父さまの言葉は、ざわつく司令室の雑音にかき消されて、私にしか届かない。
「強い力を持ったがために、我らは話し合うことをせずにきてしまった。」
私はただ呆然と、その姿を見上げ、言葉を聞いた。
「力など無ければ、何とか話し合いで解決をみようと努力しただろう。だが、その力を持つがゆえに、我らはそれをしてこなかった。」
「お父さま・・・。」
「お前は間違えないだろう。たとえその身体の中にどんな遺伝子があっても、は、相手を見て答えを出せるな?」
「はい・・・・!」
迷わずに答えた私を満足そうに見て、お父さまがうなずいた。
おだやかな親子の空気をさえぎるように、パトリックおじさまの声が割って入った。
「急げ! 照準入力開始。目標、北米大陸東岸地区!」
司令室を、今までにないほどの動揺が襲った。
誰もが本気で、このジェネシスで地球を撃つことなど考えていなかった。
まさか自分たちのトップが、これほどまでナチュラルに憎しみを抱いていたなんて、考えもしなかったのだろう。
妻を奪われ、子を奪われ・・・・。
とっくに気を狂わせていたパトリックおじさまを、それと知らずに信じてついてきてしまった“プラント”。
ジェネシスが地球にむけられて、誰もが初めて知ったのだ。
ZAFTもまた、完全なる正義ではなかったのだと――――!
「・・・・・パトリック。」
私にその身体をむけていたお父さまが、パトリックおじさまに歩み寄った。
「この戦争、すでに我らの勝利だ。ジェネシスを地球に撃つ意味が、どこにある?!」
パトリックおじさまは、うるさそうにお父さまに視線を投げた。
「意味だと? ラレールこそ、同じ思いであろう?」
「撃てば地球上の生物半数が死滅するんだぞ?!」
最高権威者のパトリックおじさまと、側近中の側近であるお父さまの言い争いは、司令室に異様な空気を生み出した。
その場にいる誰もが、不安げに事を見守っていた。
「―――撃たねばならんのだ! 撃たれる前に!」
パトリックおじさまの大きな声と、一発の銃声。
前に立つお父さまの身体が、ぐらりと揺れた。
「え・・・・?」
事が理解できずに、無重力に流されるお父さまの身体を抱きとめる。
赤い球が目の前に、いくつも浮き上がった。
それが自分の父の腹部から流れ出る血だと、気づきたくなかった。
「おとう・・・・・。おじさま・・・・・?」
かすれた私の声は、誰にも届かない。
狂気にとり憑かれた目でお父さまを見たおじさまは、そのままジェネシスの発射シークエンスに接続するモニターに歩み寄る。
「敵がまだそこにいるのに・・・・・。なぜそれを撃つなと言う?」
独り言のようにつぶやくと、キーボードの上をその指が滑る。
「ぎ、議長! 射線上にはまだ、我が軍の部隊が!」
あせった部下が制止の声をかけても、おじさまの心が動かされることはない。
「勝つために戦っているのだ! みな、覚悟はあろう!?」
自分の部隊を巻き込んででも、ジェネシスを発射しようとしているおじさま。
――――止めなければ。
ジェネシスが撃たれれば、本当に終わりになってしまう。
この世界の、すべてが終わってしまう。
止めなければ。
止めなければ。
パトリックおじさまの、この苦しいほどの憎しみを。
止めなければ――――!
私がっ!
静まり返った司令室。
そこに、乾いた音が響き渡った。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ・・・・・・・・・・・・・。
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