「ちゃんとしたものは、戦争が終わったら、だな。」
その日、何度も何度もいとおしく指輪を眺める私に、イザークが言った。
「うん! 給料三ヶ月分ね?!」
ちょっとふざけて答えた私に、イザークの痛くない拳が飛んできた。
「調子にのるな。」










〔 過去と違う未来 PHASE:43 〕










国防本部直属になっても、私は“赤”の軍服を着ていた。
最初は議長の護衛が“赤”では・・・。と、お父さまと同じ黒の軍服を用意されそうにもなった。
けど、年の若すぎる私が黒服、というのを懸念する声もあり、結局今までどおりの赤服で落ちついた。
私にとって“仲間”を示すこの色の軍服を脱がないで済んだことは幸いだった。

イザークからもらった指輪は、軍服を身に着けているときもはめていた。
指輪の内側に彫られていた、“イザークto”の文字。
それがこの指輪を、急きょ用意したものではないと知らせてくれて、さらにくすぐったくなる。
イザークは、いつから用意してくれていたんだろう。



パトリックおじさまの執務室に入室すると、おじさまは自席に座っていた。
目を閉じて、手を両目にあてている様子から、だいぶ疲れていることが見て取れる。
おじさまのとなりに立つお父さまの方が先に、私に目をむけた。
カツン、とかかとを鳴らして敬礼をすると、その音に気づいておじさまが顔をあげた。

か。」
「はい! 今日から護衛の任に就かせていただきます。至らぬところもあるかと存じますが、よろしくご指導ください。」
「心配などしておらんさ。お前には特別な遺伝子がある。」
おじさまの言葉に、ぴくりと身体が痙攣した。
そんな私を見て、お父さまも顔をしかめている。

「あの・・・議長。いえ、・・・おじさま?」
「何だ?」

呼び名を言い直したことに怪訝な顔を見せ、おじさまが私を見た。
一度だけつばを飲みこむと、私は口をひらいた。

「私の遺伝子は、誰のためにあるのですか? 私の未来は? 誰のための未来ですか?」
!」
お父さまが私をとがめる声で名前を呼んだ。

「ザラ家のための未来なのだとしたら、どんな未来がそうなのですか?」
だけど私は、二人の顔色をうかがうこともしないで言葉を続ける。
「ナチュラルをすべて滅ぼしたあと、私たちはどう生きていくのですか?」

「・・・・・お前まであのバカ息子に惑わされたか?」
おじさまの声は、どこまでも冷酷だった。

「いいえ! 惑わされているのではありません。自分で考えたのです。たくさんのものを見て、聞いて。」


命令は、必ずしも正論じゃない。
トップの考えが、すべて正義と思ってはいけない。
信念は、自分で得るものだ。

どこにいても。

「アスランは、おじさまがおばさまをそれほどまでに愛していたと知りません。
 おばさまを殺したナチュラルをすべて滅ぼして、かたきを討とうとしていることを知りません。」
「何が言いたい?」
「アスランと、もう一度話をしてほしいんです。同じように地球軍とも。プラントも地球も、戦争で愛しい人を失うのは一緒です!」


おじさまやお父さまのように、愛しい人を失った人がいる。
私のように、仲間を失った人がいる。

プラントも地球も、戦争に命を奪われた人がたくさんいる。
同じ痛みを持つことを知れば、分かり合えるはずだから。

私は無意識に、左手にある指輪を撫でていた。
私もイザークも、愛しい人を失う者だったかもしれない。

脳裏に浮かぶのはミリアリア。
愛しい人を失った、ナチュラルの彼女。

「だが、我らはもはや後戻りはできない。」
おじさまの答えのあとに、不自然なほどに長い沈黙がおとずれた。



「ザラ議長閣下!」
ノックもなしに執務室へ飛びこんできたのは、エザリア様をはじめとするタカ派の議員たちだった。

「失礼。事が一刻を争う。」
「月艦隊の“ボアズ”侵攻が開始された!」

飛びこんできた議員の中に、ラウの姿を見つけた。
イザークが軍本部へ転属になったとき、同時にラウも国防本部直属に籍を移していた。

「全軍への召集は?」
「完了しております。」
「報道管制?」
「はっ、すでに。」

特にあわてた様子もなく、おじさまは淡々と確認をとる。
私は黙って、身体をおじさまの後ろに滑りこませた。
この混乱に乗じて、と考える者だって居ておかしくない。
そんな私を目にとめて、ラウが苦笑したように見えた。


「―――しかし・・・。」
ラウが、データパネルを見上げたままで遠慮がちに口をひらいた。

「なんだ、クルーゼ。」
「何の勝算もなしに、“ボアズ”侵攻とは・・・。その訳が気になります。」

思わせぶりなその言葉に、エザリア様がツンと顔をそむけた。
そういえばあの仮面が嫌いだ、と言っていたっけ。

「何が言いたいのだ、クルーゼ!」
なかなか核心に迫らないラウの言葉に、イライラしておじさまが聞く。
ラウは口に微笑を浮かべながら告げる。

「“フリーダム”、“ジャスティス”、“ラクス・クライン”。―――我々には不安要素がありますので。」

その場の空気が凍りついた。
おじさまが憎々しげにラウに言った。
「まさか。・・・ヤツらの手に再び核が戻ったと・・・? そう言いたいのか?!」

「いえ。よもやとは思いますが・・・。」
言葉を濁すラウを、私も恨めしくニラみつけた。

Nジャマーキャンセラーが搭載されている二機のモビルスーツ。
乗っているのはキラとアスランだ。
そして、亡命したラクス・クライン。
彼らは共に、足つきと合流している。

地球軍にもザフトにも身を寄せず、どちらも同じく護りたいと願う彼ら。
彼らがそのデータを、地球軍に渡すはずがないことを、私は知っている。





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